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異能が現実のものとなったこの街の片隅で。  作者: 松葉天佑


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諏訪澪の営業トーク

 那須によるお真面目トークもほどほどに、何気ない会話に4人が花を咲かせていたところだが、彼らの居る部屋にインターホンの音が鳴り響く。


「あ、諏訪ちゃん来たんじゃない?」


「よっしゃ。おい神栖君よ、諏訪ちゃんに挨拶しに行くぞ」


「わかりましたよ」


 来客のお出迎えは峯と神栖に任された。


 ガチャリとドアが開かれると、そこには金髪ロングを後ろで束ねた活発そうな女性が立っていた。そう、彼女こそが“諏訪ちゃん”こと諏訪澪である。年齢は25歳で峯とタメ。


「あ、その子例のカヲル君!?」


「カヲルじゃないです」



――――――――――――――――



 時刻は20時30分、リビングへと通された諏訪は目の前に出されたカレーを頬張りながら、


「そっか神栖御琴君かあー。あずちゃんのことよろしくねー?」


「諏訪ちゃーん、飲み込んでから喋りなさい」


 そんなお母さんみたいな注意をする那須が、麦茶の注がれたコップを諏訪に差し出すと、諏訪は口の中のカレーを流し込むようにひと息で飲み干した。そんな彼女に峯はキッチン越しに声をかける。


「でもさあ!やっぱこの子カヲル君に似てるでしょ?」


「確かに。銀髪って手入れ大変でしょー。トリートメントとかどうしてるのー?」


「まあ、美容室でお薦めされたものを買って使ってるっス」


 バンバンっと、神栖の“美容室”という言葉に反応して那須は彼の肩を強く叩いた。


「なんスか、痛いなあ」


「聞いて驚くな?何を隠そう、諏訪ちゃんも美容師なのだ!」


「だろうなとは思ってました」


「えー。反応薄ー。」


 パンパカパーンと楽しげな効果音でも鳴ってそうな演出にも関わらず、神栖の反応は酷く淡々としている。その様子に若干いじける那須と諏訪だったが、


「まあそうでもなきゃ金髪になんてしてねえよな」


「ですです」


 神栖と峯はここにて初めて意気投合する。

 皿洗いを済ませた峯と高月は各々がタオルで手を拭きながらリビングのソファに腰をかけた。


「でも神栖君よ。諏訪ちゃんを味方にすりゃそれほど心強い事は無いぜ?」


「どういうことっスか」


「なんとなんとー!カットモデル、カラーモデルをすることで美容室代をチャラに出来るのだー」


「えー、なんスか。営業スか?」


「とことん冷めてるな、神栖君」


 呆れて思わず乾いた笑いを浮かべる峯だが、諏訪はそんな程度のことで諦めはしない。美容師の営業を舐めるな。


「ねー神栖君。君のそのヘアスタイルと髪色を維持するために美容室には幾らかけてるー?」


「え。一回で1万くらいですかね」


「たっか」


 高校生に似つかない可愛げの無い値段に峯は声が漏れてしまった。

 神栖のスタイルは銀髪のウルフカット。実際都内の美容室に通っていればそれくらい……いやそれ以上だってかかるのはザラなのだが。それにしたって高いものは高い。


「君が月1で美容室に通うとしてだよー?毎月1万の出費って結構痛くない?1万円あれば美味しいご飯とか、ゲームだって買うことが出来るよー」


「それは確かに」


「その出費を丸々削ることが出来たら…お得だと思わないー?」


「なるほど。言う通りかもしれないっス」


 個人的に営業嫌いの筆者としては本来なら”乗せられるな神栖君”と言いたいところだが、実際のところカットモデルとか、こういうタイプの営業は全力で乗せられるべき。というかそんなお誘いが来たらラッキーどころの話じゃないのは確かである。

 その理由には美容室代を浮かせられるという話は勿論あるのだが、ここから先は美容師諏訪が解説してくれることだろう。ひとまず彼女の言葉に耳を傾けてみよう。


「カットモデル及びカラーモデルになることで得られる恩恵を3つご紹介しますー。

 まず1つめは美容室代を節約出来る。これはさっきから言ってることだけど、一万円かかるところをタダに出来たらそれほど美味しい話は無いよね。

 そして2つめは美容師とより親密なお話が出来る。ウチのお店は原則、営業後にカットモデルとか練習をするんだけど、営業後なら当然お客さんは神栖君以外に居ません。ということはつまり何が出来るか、そう。他のお客さんに聞かれたくないお話も出来るようになります。まー、そういうのは神栖君が打ち解けてくれないとなんだけど。そこんところはウチが1美容師として頑張ります。あと流行にも詳しくなれるかもねーウチの話を聞くことで」


「まあ聞く限りじゃ良い話っスね」


「でしょでしょー?あと美容室ってご飯食べるのNGだったりするでしょー?でも営業後に限り特別にご飯の持ち込みオッケー!ということで明日の19時半から神栖君のカットとカラーやるからあずちゃん!お弁当頼んだ!!」


「ええ!?…はい、わかりました」


 厳密に言えば飲食物の持ち込みが可能かどうかはそのお店によって異なるので、気になる人は前持って聞いておくのがベストだろう。


「なんでもう受けるって決まってるんスか。あとまだ3つめの利点聞いてません」


「そうだったそうだったー。じゃあ3つめね。これは気持ちの問題なんだけど、結果的に人助けが出来るってことかなー」


「人助け?」


「そ。美容師って、というよりパイセンのやってる先生もそうだし職業全般に言えることなんだけど、経験の積み重ねが何より大事なのね。カットやカラーの技術ひとつをとっても練習を始めとした経験とか、あと勿論可能なら無いに越したことはないけど、お客様に怒られた時に得る教訓とかね。そういうのをコツコツと積み上げることでウチ達は一人前の美容師になれるのね。カットモデルとカラーモデルを神栖君がやってくれることでウチが経験値を得る手助けを出来るの。特に神栖君みたいなハイダメージ毛はやらせてもらえるだけでも凄い勉強になるし」


「なるほど、つまり諏訪さんに恩を売れるって訳っスね」


「言い方が凄く嫌だけどそういうことー。あとトリートメントもサービスしたげる。一万円ってトリートメント抜きの値段だよね?大切にしてる髪の毛、ある日ダメージでブチっと切れたら嫌でしょー。最も、これ以上ダメージが嵩まないよう尽力は勿論するけど」


「うん、確かに悪い話じゃないっスね」


「一応施術ミスったりしたらごめんなさいなんだけど。まあその時はお店としてしっかり修復とか、それにかかる費用は負担するから気にしないでだいじょぶだよー。と、こんなところだけどモデル、受けてくれるかな」


「ミスった時については別にどこの美容室でもそうっスもんね。わかりました。よろしくお願いします」


「よっしゃー!澪お姉さんに任せなさい!せっかくだしカヲル君カットしてあげよっか」


「いやウルフ気に入ってるんで」


「そっかあ。でも気が変わったらいつでも言ってね。あずちゃんも喜ぶだろうしー」


「あずきさんが…?」


 神栖はおもむろに高月の方へ目を向けると、彼女はほんのり頬を赤らめながら頷いた。なるほど、彼は実写版カヲル君としての期待も背負っているらしい。


「………まあ気が向いたらお願いします」


「よし、任された」


 諏訪は神栖にグッドポーズを向ける。これで晴れて彼は諏訪のカットモデル兼カラーモデルになれたわけだ。正直羨ましい限りである。諏訪の営業もひと段落ついたところで、那須は神栖に声をかけた。


「それじゃ諏訪ちゃんの話も終わったことだし、神栖君そろそろ帰りなよ。明日から早いんだし。8時30分までに空き教室に居ること。遅刻欠席は絶対許さないからね?」


「あとあと!モデルの件も絶対だよー。19時半にウチの店に来てくれれば良いんだけど」


「わかってますって」


「あ、でも諏訪ちゃんの店の場所わかんなくね?」


 良いところで疑問を投げ掛けてくれた。流石だ峯。じゃあ……と諏訪が言いかけたところで思わぬ人物からの提案が。


「あ……はい!……あの、私がお店まで案内します………。前持ってココに来てくれれば……、はい。案内できます」


「……………。」


「……………。」


「……………。」


「……………。」


 一同、空いた口が塞がらないご様子。一拍置いて最初に驚きを見せたのは那須だった。


「え、珍し!あずちゃん外に出てくれんの?」


「あ……うん。たまには外の空気吸わないとだし」


「どうしよ私、嬉しすぎる。神栖君!!お前のおかげだよ!」


 と、口にすると那須は神栖に手を差し出した。“握手ってことだよな?”とちょっぴり疑問に感じながらも彼もまた手を差し伸べると、2人は熱いハンドシェイクを交わした。


「なんなんスか」


「いや、嬉しくてつい」


 那須がここまで喜びを露わにするのも無理はない。高月は極度の引きこもり体質なのだ。最も彼女の生まれ育った環境、境遇を鑑みればそれもまた無理もない話なのだが、それ故に高月が外に出るのは夏に雪が降るのと同じ程に珍しいと言っても良いのかもしれない。


「よしみんな。明日は絶対良い日にしよう」


「なんなんスか本当に」


 そんなことを言ってツッコミを入れる神栖だが、彼もいずれきっと理解するであろう。高月が外に出るということの重大さが。


 何はともあれ今日という1日は神栖にとって本当に濃ゆいものだった。本宮との戦闘に始まり最後は諏訪とのモデルの約束。そんなところで締め括りに入らせてもらうが、明日という1日もきっとまた彼にとって特別なものとなるだろう。

 頑張れ神栖御琴。きっと明日も良い1日になるはずさ。


―――と、どこかの誰かがそう感じたのでした。

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