神栖の現状
「さて、それじゃ早速本題に行こっか」
そろそろ夕方に差し掛かる時間帯、生徒は全員下校し、すっかり静かになった2年3組の教室。
そこには教卓から見て、左一列目の後方二席に腰掛ける二人の男女の姿があった。
一人は担任教師である那須桃葉、そしてもう一人がその生徒、神栖御琴。
那須と神栖がこの教室に来てからも一悶着こそあったものの、なんとか本題まで漕ぎ着けることができた。
しかしまだまだ那須は気を緩めることなどできない状況にある。
那須は大きく一呼吸し、口を開く。
「今の神栖君の出席状況を話すけど、正直かなりヤバいよ。」
そう言うと那須は自身のスマホを内ポケットから取り出し、カレンダーアプリを起動すると神栖に画面を向けて説明する。
「4月でまともに出席したのは最初の一週間だけ。そこからは少しずつ疎らになっていって、5月以降の出席日数はたった三日のみ。
この間の登校だけでも、先生としてはよく来てくれたって、本当助かる限りなんだけれども。
今日時点でも実の所留年ギリギリの出席日数に加えて更にヤバい点がもう一つ」
「神栖君、奨学金受けてるでしょ?」
そう、神栖は奨学金制度を利用している学生なのである。
それも無返済、給付型。
神栖御琴がマンションで一人暮らしをしている事も、今日まで自由に生活できていたのも、全ては奨学金の賜物なのである。
一般的に給付型の奨学金制度は大学生や留学生を対象とされている。
しかし神栖が暮らすこの街、異能学区では特に優れた異能力者を対象に学費は勿論、家賃を始めとした生活費を支給する特別制度が設けられているのだ。
つまり神栖御琴は異能学区でも有数の、折り紙つきの異能力者なのである。
「君の持つ異能………千里眼改め、視覚操作?の力を買われて、今現在奨学金を貰えてる訳だけど、奨学金制度は不登校となった学生の生活をも保証してくれる程優しいモノではないの。
つまりこのままだと神栖君に対して奨学金は給付されなくなり、それと同時に返済の義務を負う事となりかねないの」
那須のその言葉を聞くと、神栖は深くため息をついた。
そのまま俯き、教室には数秒の沈黙が流れたあと、彼は声を絞り出すように那須へ問いかける―――
「――――だから学校に来いと………?」
「決めるのはあくまでも神栖君自身だよ。でも今のままじゃ奨学金給付は取り下げられて、住むところが無くなるし、今まで給付された奨学金全額が借金になっちゃう。
あとね、神栖君が揉めてた子達のことなんだけど、退学処分になったよ。」
「え…………」
「停学になってたことは君も知ってるだろうけど。もとより問題行動の目立つ子達だったからね。それに神栖君、虐められてた子を庇った結果、今回の一件に巻き込まれたんでしょ。君は何も言ってくれなかったけど。
彼らが停学になってる間、先生方で洗いざらい調べ上げて全貌が明らかになった。その結果、例の一件に関わってた加害者は皆退学処分。被害者の子達はね、今では毎日学校に来てくれてる。神栖君は数多くの人達を救ってくれたんだよ。本当にありがとう。
だから、君が何か後ろめたく感じる必要は全く無いの。先生も学校生活に復帰できるよう、最大限のサポートはする。先生は君の将来のためにも、君に学校へ来てほしいです」
そう口にすると、那須は神栖に向かって深々と頭を下げた。
「や……やめてくださいよ」
神栖は彼女のその行動に心底驚いた。
ごく普通に、ありきたりな人生を送っていて、人から……ましてや大人から頭を下げられる事などそう何度も体験することではない。
そしてそれは他でもない彼自身の為を想って、那須は頭を下げている。
何より、年頃の高校生がこんなにも改まった対応をされてはなんだか気恥ずかしくも感じてしまう。
担任教師である那須にここまでされては、神栖の答えも一つしかない――――
「あーもう!わかったっスよ!!明日からちゃんと来ますって!!だから良い加減…もう……頭上げてくださいよ…………」
だんだんと尻窄みになってしまったものの、よく言えた。
満点である。
神栖の言葉を聞き、那須は満面の笑みを浮かべ―――――
「マジ!?やったあ!ありがとう神栖君!!」
那須は嬉しさのあまりガッツポーズ。そんな彼女の姿を目にし思わず神栖は苦笑い……。
「あー、でもそうだ」
だが彼女はふと思い出したかのように再び口を開く。
「前々から先生方と話してたんだけど、いきなり皆と一緒に授業を受けるのも流石にしんどいよね」
「―――――まあ、それはそうっスけど」
「明日からしばらくは空き教室に来なよ。職員室の隣にあるんだけどさ」
職員室の隣の空き教室――――
本来は補習を受ける生徒の為に使用される場所だが、ここしばらくは特に使用される予定もなく空の一室となっている。
生徒からは夜になると霊が出るから使われていない―――――という話が出ているような場所だが、
実の所ただ単に使用用途が無い為使われていないだけの事であり、全くもって根も葉もない噂話である。
「ありがとうございます……」
そう言って神栖が那須へ頭を下げると彼女は続けて――――――
「それじゃ注意事項ね。明日から8時30分までにその空き教室で着席しているように。
でも基本的にその教室は閉まってるから、事前に職員室へ寄って鍵を受け取りに来る事。
そして授業はしっかり午後まで行うから、お昼ご飯は忘れずに。」
那須は自身の手を神栖の方へ向けて1、2、3と、指で数える仕草を取りながら説明する。
「基本、プリントでの自習になるけど予定が空いてる先生にはドンドン来てもらうから、さっきの君みたいに先生方には楯突かない、そして先生方に手伝ってもらえることを感謝する、いいね?」
「はい!」
と神栖は頷きながら返事をした。
「神栖君だけの特別授業だからね。感謝の心は忘れちゃ駄目だよ。先生これから君の為に頭下げてまわるんだからね」
神栖は深く頷いて応える。
「ではこれにて二者面談は終了!―――――なんだけど。実は君にもう一つお願いがあるんだよね」
「お願い?」
「そう、おねがい。」
那須は神栖の言葉を繰り返した後に問いかける―――――
「神栖君、今日私の家に来ない?」




