6.ローブが無敵でした
ーーー冷たっ! え、なに、この人、物理的に寒いんですけど!
エスコートされるために腕をとったら、急激な冷気が手から伝わってきた。
それにそのほかにもアレンに近い部分が冷たい。
エルフィリアが驚いて手を離すと、アレンが怪訝そうな表情でこちらを見た。
「……あの、どうしてそんなに冷気を放っていらっしゃるんですか?」
「ああ。すまない。これは魔力量が多すぎて無意識に魔力を放出してしまっているらしい」
「なるほど。それは仕方ありませんね。失礼しました」
エルフィリアはとりあえず理由がわかったので、魔力を受け取らないように薄い膜を自分に張って、身を守る。
寒くないわけではないが、エスコートされるのが無理なほどではなくなった。
ーーーにしても、まさか氷の王太子って、氷のように物理的に冷たいから? まあ、性格も無愛想にみえるからどっちもかしら。
エルフィリアはそっとアレンの腕に手を回すと、彼がじっとローブを見つめていることに気がついた。
「そのローブは……?」
アレンに問われて答えようとしたが、先にリオネッタがピシャリと答えた。
「私がエルフィリア様にお渡ししました。宮廷のドレスコードにも合致した品ですので、王太子殿下が気になさる必要はありません」
「……リオネッタが渡したのであれば、もちろん構わない」
リオネッタは丁寧な口調ではあるが、王太子相手にしてはやや無礼にも見える。エルフィリアに丁寧なのに王太子にある意味で無遠慮な様子なのは、もしやリオネッタは元々、王太子の侍女だったのだろうか。
2人の空気感は、一介の侍女と王子のものではない気がした。
しかし、だからといって恋仲には見えない。むしろ、どちらかというと戦友、のような互いへの信頼関係が透けて見える気がした。
ーーー詮索しても仕方がないわ。
リオネッタがエルフィリアに親切にしてくれる間は、彼女の機嫌を損ねることはしたくない。宮中の事情など知らなくても良いことはできるだけ知らない方が平穏に暮らせるのだ。
アレンもまた、特にエルフィリアに話しかけてこなかったので、二人は静かに並んで歩くことになった。淡々と寒々しい荘厳な城の廊下を歩いていく。
普通はエスコートされていて触れている所は体温を感じそうなのものだが、彼は冷気をまとっているので冷たいし寒い。
無言で淡々と歩いて暇だったので、レオナールの城と違ってやや高めの位置にある細長い開かない窓や、冷たい石造りの床に引かれた絨毯の見事な詩集を観察して、時間を潰していた。
そうして、エルフィリアはようやく謁見の間へとやってきた。
桁違いに大きい扉だったので、何も説明はされていないが、ここがその入り口だとわかったのだ。
アレンは特にエルフィリアを気遣う様子はなく、重そうな扉を開けさせた。リオネッタは後ろについてきていたが、謁見の間には入れないそうなので、入口のそばの廊下の端に寄って立ち止まる。
ここからはアレンだけを頼りにしなければいかないが、全くもって期待はできない。
ーーーエスコートされているだけ満足されるべきね。
ゆっくりと開いていく扉を見つめながら、エルフィリアは一度大きく深呼吸した。
そして、アレンの歩みに合わせて、エルフィリアも歩みを進め、謁見の間に入った。
謁見の間は、いったい何階分の天井をぶちやぶって作ったのかと思うほど天井が高い大空間だった。最奥には玉座と王妃の座る椅子があり、そこに至るまでに赤い絨毯が敷かれていた。
アレンとエルフィリアはその絨毯の上を一歩ずつ歩いていく。
絨毯の両脇には等間隔で並んでいる人々がいる。
おそらく玉座に近い人が身分の高い貴族で、遠い人が身分の低い貴族だろう。彼らの着ている服装も、どことなく、奥に進むに連れて豪華になっていく。
最初は冷たい視線を感じていたが、なぜかエルフィリアが彼らを通り過ぎるたびに、ざわめきが起きる。彼らは何かをみて、話しているのだ。
そしてその変化は、どちらかというと好意的な変化に思えた。
ーーーおそらくローブが原因ね。
リオネッタがどこからか調達したアルミナーク公爵家の家紋入りのローブの効果だろう。ローブの前にもささやかに刺繍が入っているが、背中に入っているものが最も大きい。
だから、エルフィリアが通り過ぎたタイミングで、ローブに気づいて騒がれているのだ。
隣を歩いているアレンは気にもしていないのか、まったく表情を変えずに、玉座の近くまで歩き切った。
「アレンディス・ヴァルデンが拝謁いたします」
ーーーアレンディスが本名? アレンかと勘違いしてたわ……。
本人も最初にアレンと名乗ったので通称はアレンなのだろう。レオナールに伝わってきている名前もアレンという名前だった。しかし、ここで嘘をついているわけではないので、アレンディスが本名に違いない。
そんなことに気を取られていると、自分が挨拶をするべきだというのを失念していた。少しの間をあけて、なんとか口上を絞り出す。
「エルフィリアが帝国の太陽と月にお目にかかります」
ヴァルデン帝国では皇帝は太陽、皇后は月に例えられるので、これが公式の挨拶だ。自分の名前については、レオナールの姓を名乗ってもいいが、レオナールの王族であることを特に誇りにも思っていないので、あえて省略した。
すると、太陽に例えられるが、アレンと同じく見事な銀髪と青い瞳の国王が、エルフィリアをじっと見つめ、ローブに視線を向けたあと、静かに話し出した。
「遠路はるばる、北の地までよく参られた。ヴァルデンに慣れ親しんでもらえれば幸いだ」
思っていた以上に好意的な言葉だ。もう少しギスギスすると思ったが、敵国とはいえ、和平の証として嫁いできたのだからこんなものなのだろうか。
「温かいお言葉に感謝申し上げます」
エルフィリアは返礼しながら、皇帝の顔をまじまじ見ないようにやや視線を下げ、服を観察した。
ヴァルデン帝国の皇帝は、その瞳と同じく、澄み切った夏の空のような青を使った衣装が印象的だ。アレンも同じく青を使っているが、アレンはマントだけで、皇帝は全身が青い。
もしかすると、位が上がると身につける量も変わるのかもしれない。
王妃も青のマントと青いドレスを見に纏っているが、ドレスの半分は黒い布が使われている。
この様子を見るとエルフィリアに用意された数々の青いドレスは、今のエルフィリアが着るには大幅なマナー違反であるように感じた。
「そのドレスは、この国では寒いのではなくて?」
王妃は髪や目の色は違うが、アレンと良く似ている顔立ちで、表情の乏しさも良く似ていた。だからその言葉の真意がわからない。
「お恥ずかしい限りです。北国の寒さを考慮できておりませんでした」
「私のドレスを何着かあげるわ。そのローブがなければ寒々しいもの」
準備不足を責められるのかと思ったが、単純に心配してくれたのか、それともやはり裏の意味があるのか。
エルフィリアは意図を計り兼ねたので、ひとまず素直に受け取ったふりをすることにした。
「ご厚意に感謝いたします。リオネッタがこのローブを持ってきてくれなければ、凍える所でした」
エルフィリアの返答に、場がややざわついたのを感じた。
王妃はアレンと同じぐらい無表情だったが、わずかに目を細めている。エルフィリアの言葉に何か驚いたポイントがあったようだが、わからない。
「リオネッタはなんと?」
「このローブの持ち主が、私にこのローブを私にくださると。この家紋がアルミラーク公爵家の物だとも説明を受けました。どなたが持ち主かは聞いていないのですが……」
「リオネッタが明かしていないのであれば、それは持ち主の意向よ」
どうやら王妃も持ち主について教えてくれないようだ。王妃は手に持っていた扇子を静かに開くと、口元にあてた。もともと表情の変化に乏しいのに、ますます表情が読めなくなる。
「でもよく分かったわ。今度、お茶会に誘うから、私の渡すドレスを着ていらっしゃい。新たなドレスを仕立てるのも、リオネッタが手配してくれるでしょう」
「ありがとうございます。お誘いお待ちしております」
投げかけられている言葉は好意的にすら思えるが、真意は読めない。しかし、エルフィリアはそもそも自国でも社交に熱心なタイプではなかったので、帝国での独特の言い回しや比喩表現があれば、気づけるはずもない。
この場では素直にお礼を言っておくしかなかった。
謁見自体は本当に顔合わせの意味合いが強かったようだ。礼をして退出の流れになった。
アレンは一度こちらをみると、そのまま一歩後ろに下がった。王に背を向けるのは失礼にあたるため、数歩そのままの向きで下がってから、左回りに回って立ち去る。
エルフィリアもアレンの動きに合わせて、歩いた。
謁見の間から出て行く時は、左右にいる貴族たちの視線を正面から浴びることになった。
できるだけ目を合わせないようにしていたが、玉座にかなり近い位置、つまり、反対側を向いてすぐのところにいた黒髪の壮年の男性か、こちらに小さく礼をした。
エルフィリアは礼を返しながら、その男性が誰かに似ている気がして、必死に考えた。しかし答えは出ず、アレンに合わせて歩いているうちに過ぎ去ってしまう。
そうしてアレンとともに部屋に戻ったエルフィリアは、二人でテーブルに向かい合って座った。
着席するとほどなく食事が運ばれてくる。
そこで、ようやく、昨日の夕食が正式な1食分もなかったことに気づいた。なにせ今、運ばれてきた前菜だけで、昨日の前菜の5倍はある。
ーーー逆にこれ、食べ残したらどうなるのかしら。リオネッタに聞いておけばよかった。
部屋の中にいるのはテーブルに向かい合って座っている婚約者のアレンと、その護衛を務める騎士と魔法師だ。3人の手前、細かい宮中のルールを質問しづらい。
「君は、無口なんだな?」
目の前の前菜とどうやって戦うかを考えていたところ、もはや置物かと思っていた目の前の銀髪の男から思わぬ言葉が飛び出してきた。
「私の得意なコミュニケーションは、相手に合わせることです」
要約すると、あなたが無口だから私も無口なのだ、という意味なのだが、その言葉の棘は聞いたらしい。アレンはその美しい青い瞳を丸くした。
「ははっ」
そのやりとりを見ていた後ろにいた魔法師が思わずと言った様子で吹き出した。真面目そうな護衛は隣の魔法師を睨んでいたが、魔法師はこちらを見て、口を開いた。
「失礼しました。発言してもよろしいですか? エルフィリア殿下」
「ええ。構わないわ」
「殿下のお召の服は、魔法がかかっていそうですが、ご自身で施されたのですか?」
彼の言葉に、アレンと後ろの護衛はそろってエルフィリアの服を見つめたので、どうやら魔法に気づいていなかったらしい。
特に隠蔽する必要もない魔法なので、大胆にかけていたのだが、気づかれていないとは、エルフィリアの魔力が微細すぎるからだろうか。
「ええ。暖かくする魔法よ」
「暖かく? 暖を取れると言うことですか?」
「まあ、私の魔力だとこの北国の気温に打ち勝てはしないけれど……」
「それでも素晴らしい魔法です」
母が研究していた生活魔法を褒められるのは悪い気はしない。だから、エルフィリアは相手も魔法も褒めてあげることにした。
「あなたのそのローブ、護身用にしては殺意が高い魔法だけれど、素晴らしい出来栄えね。魔力が多い人は羨ましいわ」
魔法師のローブは、自分に打たれた攻撃魔法を反射して倍の威力にして返す魔法式が組み込まれている。魔法式自体も高度だが、威力を倍にして返すようなことができるのは、本人の魔力が強く、その魔力で補って打ち返すからだ。
エルフィリアには理論がわかっていてもできない芸当である。
「何の魔法付与か見てわかるのか?」
唐突に、前菜を食べていたアレンが手をとめて、疑問を口にした。
「当然、そのぐらい分かります。南部人が魔力が低いからとバカにしているのですか?」
エルフィリアは魔法を感知する能力は高い方だ。目の前にいる魔法師のローブは隠蔽する気もなさそうだが、もっと隠蔽されたものであってもだいたい見抜ける自信があった。
「いや、バカにした意図はなかった。素朴な疑問だった」
「それではまるで、王太子殿下はわからないみたいに聞こえますね」
「ああ。わからないな」
「え?」
今、アレンはなんと言っただろうか。わからないと言っただろうか。
そんなはずはない。アレンは氷魔法の優秀な使い手で、魔法感知能力だけ低いとは考えづらい。
「分かるのは、魔法付与したもの限定か?」
「魔力のあるものなら全てですよ」
エルフィリアは答えながら、アレンの後ろの魔法師が発動させようとしている魔法が目に入った。それは、かけられる対象者が認知したら無意味になるので、害はない。
「あなたの護衛の魔法師が、精神干渉魔法を行使しようとしているのもわかります」
エルフィリアが指摘した瞬間、構築されかけていた魔法式が霧散した。どうやら慌てて止めたようだ。
「……っ! 何の種類かもお分かりですか?」
「自白剤と同じ効果ね。私には効かないから、私の言葉の真偽は闇の中で残念ね」
相手に自分の望む情報を喋らせるこの魔法を、エルフィリアが見逃すことはない。この魔法はちょっとした因縁のある魔法なのだ。
そして、精神干渉魔法は、対象者がその魔法をかけられていると認知すれば解けるのが特徴である。魔法の完治能力の高いエルフィリアは、一度も精神干渉魔法にかかったことがなかった。
ーーーだからこそ、自国でもなんとか生き残ってこれたのよ。不審な自殺もせずに、ね。
レオナール王家の人間で魔法完治能力が低いものは死にやすい。
精神干渉魔法によって、自殺に見せかけて殺されやすいのだ。
「不快にさせて申し訳ありません。本当に魔法付与を見破られたのか、それとも事前情報があったのか知りたかったのです」
「謝る必要はないわ」
自国でも常に脅威に晒されてきたのだ。このぐらいのことは当然、ヴァルデンでも起こるだろうと思っていた。
「ですが……」
怒っているわけではないのだが、やられっぱなしになるのが良くないことは承知している。だからこそとりあえず、咎める気はないということを伝えると同時に、ちょっとした嫌味だけ言っておくことにした。
「名前も知らない人間に攻撃されても、なんとも思わないわ。まさかあなたがこの国で私に嫌がらせをした最初の名もなき人物だと思っているわけでもないでしょう」
エルフィリアの嫌味に、その場の空気が止まったのを感じた。
しかしその空気の中、あえてエルフィリアは前菜にフォークを突き刺して食べ進めた。気にしていない空気を演出しないと、しつこい女だと思われてしまうからだ。
前菜は話しながらも食べ進めているが、前菜の量が多くて全然減らなくて困った。
そっと、斜め後ろに付いていたリオネッタの方をみると、リオネッタが一歩近づいてきたので囁いた。
「これ、全部食べないとだめ?」
「お好きなだけで問題ありません」
「この食材はどこへいくの?」
さらに声を潜めて追加で質問すると、リオネッタは小声でささやき返してきた。
「……この場はお気になさらないでください。後でご説明いたします」
もし廃棄されるなら勿体無いが、前菜だけでこの量では、後からどんな量が出てくるかわからない。リオネッタの言葉通り、この場は諦めることにした。
そうして前を向いて前菜と向き合うのを諦めてフォークを置くと、魔法師と目があった。
「エルフィリア殿下。申し遅れましたがーーー」
「ーーーレオナールの文化なのか、意味が伝わらなかったみたいね。名前を知らない人間の無作法は見逃しても良いが、知っていたらそうはいかないという意味なの。この場において、あなたの名前は聞く必要性を感じないわ」
どうやら先ほどの意味が理解されていなかったようで、慌ててエルフィリアは名乗らせるのを遮った。この場で名乗られたら意味がない。エルフィリアは釘を刺したいだけで罰したい意図はないのだ。
すると、そのやりとりを見ていたアレンが疑問を口にした。
「もし名前を知っていたら、君はどうするんだ?」
「そうですね……今着ている全部の服に、寒くなる魔法をかけます」
エルフィリアがちょうど良い罰を答えると、アレンは、一瞬動きを止め、そして、急に笑い出した。
笑い出したアレンを見てか、護衛はギョッとした顔をしていて、魔法師は口をあけて呆然とした表情をしていた。
無口で表情もなく無愛想だと思っていたのに、笑っている顔は、整っているだけあって、魅力的だ。ただ、アレンがそんなに笑うほど面白いことは言ってない。
「そんなにおかしいですか?」
「すまない。思ったより、良心的な罰で笑ってしまった」
「そうでしょうか? 寒いのは辛いですよ?」
「我々が北国の人間だということを忘れてるんじゃないか?」
それは一理あるかもしれないが、罰しないために名乗らせないように止めたのだから、これ以上の思考は意味がない。
そう思っていたのだが、リオネッタが突然、前に出てエルフィリアの隣まできた。驚いてそちらをみると、リオネッタがいつものように淡々とした表情で言った。
「エルフィリア様、その男の名前は、セルヴィン・ノルディアです」
「リオネッタ様!?」
セルヴィンと紹介された魔法師が驚いて声をあげた。しかし、リオネッタは意にも解さず、話を続けた。
「これで、名前を知っているものの無礼ですから、ぜひ、寒い思いを味合わせましょう」
「えっと、本当に?」
「王太子殿下も良心的とおっしゃっていましたから、お止めにならないでしょう。そうですね?」
「ああ。構わない」
リオネッタはセルヴィンに恨みでもあるのだろうか。アレンも面白がっているのか、あっさりと承諾してしまった。
本人はどう思っているのかと思い、セルヴィンの方をみると、彼は改めて一歩進み出て、手を胸の前に当てはっきりと名乗った。
「改めまして、セルヴィン・ノルディアと申します。先ほどの非礼にどうか罰をお与えください」
そう言われてしまうとやらないわけにもいかない。
ただ魔法をかけるには、服に触れないと難しい。
「その魔法をかけるには、服に触る必要がありますか?」
「ええ」
リオネッタが空気を読んで質問してくれたので、セルヴィンがエルフィリアの隣までやってきた。とりあえず、ローブに触れれば、それを触媒に他の服にも影響はさせられそうだ。
座ったまま、当たり障りのなさそうな、ローブの端を掴み、エルフィリアは詠唱した。
【外気の力を借りて、北国の寒さをここに再現せよ】
あまりやったことない魔法だったが、魔法式を展開し切ったところで、急激に魔力が足されて行くのを感じた。
なんと、隣のリオネッタが増幅魔法をかけている。
リオネッタの支援のおかげで、もともとローブにかかっていた魔法もあるというのに、するすると魔力が浸透し、なんとエルフィリアが掴んでいた部分からローブが凍り始めた。
氷の花が咲くように蒼光とともにローブが結晶化して行くのは美しい光景だった。ただ、氷の結晶化はローブだけでは止まらず、セルヴィンの着ている服全てに伝播していく。
「冷たい! こ、これいつまでこの状態ですか?」
服は完全には結晶化していないが、セルヴィンにはもう冷気が到達しているようだ。ブルブルと震え、歯をガタガタ言わせながら質問してきた。
「あなたが魔法を解くまででいいわ」
セルヴィンは魔力量も多そうだったし、先ほどの精神干渉魔法の魔法式も美しく構築されていて無駄がなかった。おそらく優秀な魔法師だ。だから、エルフィリアの魔法を解読して無効化するのにそんなに時間はかからないだろうと思ったのだが、セルヴィンは目をむいて否定した。
「いやいや、魔法を解く前に凍死します!」
「服を脱げばいいじゃない? まあ、公衆の面前ではおすすめしないけれど」
「なるほど。では、僕が私室にたどり着くまでですね……」
城内広しとはいえ、流石に王子付きの魔法師の部屋が、ここから1時間もかかったりはしないだろう。
どうしてそんなにがっかりした様子なのだろう。そう思っていたら、リオネッタが少しだけ微笑んで言った。
「お食事中は我々は退出できませんから、ごゆっくりお召し上がりください」
「そうだな。見事に魔法だ。せっかくだから、氷の彫像だと思って眺めながらゆっくり食事をしよう」
確かに護衛の魔法師が中座はできないかもしれない。
ーーーえ、そしたらあと2時間ぐらいあのまま? 寒そう!
リオネッタとアレンはゆっくりしろと言うものの、ゆっくり食事しづらくなったエルフィリアだった。
 




