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翌朝、パンをトーストしたいい匂いが部屋に広がる。


「紫央、起きれますか?」


お母さんが、パンを焼いてくれたのかな...


紫央はパンのいい匂いのせいで寝ぼけていた。


そっか...長い夢を見ていただけだったのかも。

ふふふ...『デリット神の箱庭』なんて存在するわけないよね....



「紫央、起きて...」


紫央は近くに人影を感じて、思わず自分から腕を伸ばし抱きついた。


(お母さん!すごく怖い夢を見てたよ...夢で良かったぁ...)


安心して涙が溢れて止まらない。


息を呑む音がしたあと、大きな手が紫央の頭を何度も撫でる。


頭をよしよしってしてくれてる....落ち着く...



紫央は抱きついた相手の胸の辺りが硬くて、首を傾げる。



え、お母さん硬っ...


あれ、こんながっしりした体型の人、身内にいたかな...それに手も大きい?


だんだん視界がクリアになるにつれて頭も働くようになり、紫央は視線をそろりと上に向けた。


「おはようございます。そろそろ起きてください」


ヒィィィーーー嘘でしょう?!



紫央は固まった。



アリビオは紫央に抱きつかれたのに嫌な顔もせず、優しげな目を向けて挨拶をしてくれる。


紫央はテーブルに視線を向ける。


テーブルには皿にトーストしたパンが載っていた。



「アリビオさん?!ごめんなさい、ここでのことが夢だと思ってしまって...そう、このパンの匂いで家にいると思ってしまって」


紫央は言い訳をしながらパンを勢いよく指差し、(あくまでパンのせいだから!)アリビオから離れた。


「このパンは、午前中に来たゲストが差し入れにくれたのです」


「午前中...私そんなに寝ていましたか?」


「昨日、初めて神気(しんき)を浴びたせいで体が疲れたんだと思います。今、お昼ですよ」

「さ、せっかくなので焼き立てパンを食べてください」


アリビオが冷蔵庫からミルクを取り出して注いでくれる。


「このミルクも、ゲストにもらったので冷やして置いたんですよ」


冷やして置いた...?

私の部屋の冷蔵庫に、ミルク収納するために入ったの?


アリビオさん、私のこと幼児かなんかと勘違いしてないかな...就寝中にも無断で部屋に入られる女って。



紫央はアリビオが食事の準備をしている間にベッドから出て、クローゼットからローブを出した。

寝ていたせいで、皺になってしまったワンピースをローブを羽織って隠した。


一応女の子だしね。



「いただきます」

席に付いてパンをいただく。


食パンに似た見た目だが、味はデニッシュパンのように甘い。


(美味しいけど....朝の食事の光景を思い出して、余計に涙が出そう)


アリビオがミルクを注いだグラスをテーブルに置く。

「温泉の湯気には神気が含まれています。温泉の湯自体にも神力が微量ですが含有しています。それで、こちらにまだ体が慣れていないうちに、長湯しすぎると疲れやすいんですよ」


神気かぁ...だんだん俗世から遠ざかっていく...

「私、帰れますよね?」


「大丈夫ですよ。さ、どうぞ」

アリビオが、温めたミルクをテーブルに置いた。




紫央が食べ終わったタイミングで、部屋の中に花のようないい香りが漂う。


「ゲストルームにいたのね、遅いから待ちきれずにきちゃった」


声の方に目を向けると、春の日だまりのような雰囲気の女性が立っている。


黄金色の柔らかそうな髪に、真っ赤なルビーを思わせるような瞳を持つ、嫋やかな風情の女性がいた。


アリビオは、突然部屋に入ってきた春のような女性に、紫央の紹介をする。


「マリー神。こちらが、紫央です」


神…??


神と聞いて、紫央は急いで席を立つ。

神っ...てそんなほいほい会えるものなの??


マリー神が、キラキラの瞳で興味深く紫央を見つめている。


「確かに、デリット神の創造物とは雰囲気が違うのね。可愛らしいわ!」


こんな可愛い雰囲気の美人からかわいいって言われてしまった...



自己紹介、自分からもしたほうがいいのかな...それとも口を挟まないほうがいいの?


下々の者が許可なく口を開くな、とかの決まりごとがあったりしないだろうか....デレット神以外の神さまとこんな状況で会うことになるなんて思わなかった。



「紫央、こちらのお方は婚姻の神です。マリー神、中庭でお待ちいただけますか。準備が整いましたら紫央を連れて参ります」


戸惑っている紫央のために、アリビオがマリー神に部屋から退出してもらえるようにお願いする。


「だって、待てなかったのよ。アリビオったら迎えに行くって言って、戻ってくるのが遅いのだもの。紫央、神殿の中庭に憩いの場があるのよ。一緒に行きましょう、フフ...デリット神に聞いた通りのコね、楽しみだわ」



マリー神は、すぐにでも紫央を連れ出したいようだった。


アリビオは諦めた。


アリビオは、マリー神をエスコートするために手を差し出す。


よくわからないけど、流れ的には今から憩いの場に向かうのね。


二人の後ろを少し離れて紫央が付いていく。


このエスコートは、マリー神がアリビオとコーラドに教育を施したらしい。

マリーが楽しそうに後ろから付いてきている紫央に語った。


後ろから見ていると、紫央は実際には見たことないが、マリー神の言うように王子様とお姫様のような雰囲気が漂う。


アリビオの装いは王子っぽくないけどね。



廊下を進んでいくと、外回廊に繋がっていて中庭が見えてきた。


中庭の中央に噴水とガゼボが見える。


コラードとフレンがマリー神が戻ってきたのを見て椅子から立ち上がった。


外回廊から石畳を伝って進むと、ガゼボにたどり着く。


「さ、ここに座ってね」

マリー神が自分の椅子の隣を指す。


紫央は、マリー神に言われた通りに座る。


コラードとフレンが不憫な目で紫央を見る。


え、その目はなに??なにが始まるの。



「で_紫央は、恋人はいたの?」



「恋人、ですか?」


紫央は隣に住んでいる一個上の幼馴染を思い出す。

__あいつは仲はいいが幼馴染だ。


「いないですね」


「あら紫央の世界も、マギカみたいに政略結婚が主流なの?」


マギカって魔法のある国だったよね。


「私の国ではほとんどが自由恋愛ですが、中には政略結婚の人もいるとは思います」

一部の金持ちとか、してそうだよね。


「残念、せっかくだから紫央の恋の話を聞きたかったわ」

マリー神がキラキラした瞳で紫央を見る。


「私、人の恋愛の話を聞くの大好きなのよ」


恋バナか...そういえば隣の幼馴染がモテるやつだったせいで、同じ高校の女子から無理やり秀一の話を聞かされたな。


そういうので良かったら語れるけど....

私自身の話じゃないからダメかな。



「そうそう私、いろんな世界の恋愛小説を読むのが大好きで、神殿内の書架に集めて置いているから、よかったら紫央も読んで感想を聞かせてね」


「は、はい」


これは、頼んでいるようで命令だととらえたほうがいいやつかも....



恋愛か....困ったな、恋愛モノに感想とか述べられるかな。



「さて、現状も確認したしそろそろ帰るわね、ゲストが来てるみたいよ、私の見送りはそうね、紫央にしてもらおうかしら」















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