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「帰るのなら、今から紫央を送るのだろう?紫央、これをやろう儂からの餞別だ」
ルバ神の声が弾んでいる。
乳白色でツルンとした丸いフォルムの石が付いた、ペンダントのチェーンを、ルバ神が指で摘み紫央の目の前で揺らす。
「テレポートキーだ。これがあれば、帰ったあとでも、また白の扉を通ってここに戻って来れる。デリットに儂が依頼した」
ルバ神の依頼?
紫央が首を傾げる。
「儂も、白の扉の世界に興味があったからな。リストに行かせようと思ってな。アリビオが紫央を好いているなら、ちょうどよい」
「紫央を帰したら、今の白の扉は一度破壊して、新たに創りなおす予定らしいからな。扉の代わりを手元に持っておいたほうが良いだろう」
「え?一度破壊??」
「ペルラに汚染された扉でしょ、デリットにとったら無いほうがいいのよ。これでもアリビオが、頑張って止めてたのよ〜!紫央が帰るまで待ってって。ね、アリビオ」
アリビオが嬉しそうに微笑み、紫央を見る。
「紫央、ありがたく頂戴しましょう。あちらに戻って体調の変化などがあった時、こちらに帰ってきて、相談できる場所があった方が安心だと思いますし」
「あ、はい。ありがとうございます」
アリビオがルバ神からペンダントを受け取って、紫央に手渡すと、目が潰れそうなきらびやかな笑顔で紫央を見つめる。
な、何?!
「このペンダントがあれば、想定より早く会えそうですね」
「紫央があちらでの生を終えるのを待つもりでしたが、このペンダントを使えるなら、それを待たずとも会えそうです。生きている間に、会いに来てくれるのを楽しみにしてます」
待って...今、全く寝耳に水の情報が。私が死ぬのを待つって何?
「あの!どういう意味ですか?私が死んだあとの話??」
「そうですね。紫央には加護が付いてますから、容れ物は今の加護を授かった状態のままで創れます。魂は、冥府の入口で俺が回収しますから」
「話が、見えない...あの?」
「大丈夫です。その時まで、せいぜい長くて百年ほど。すぐですよ」
ちょっと待って...
理解が追いつかない。
「やだ紫央、聞いて無かったの?」
マリー神が当然とばかりの顔をする。
「私は、死んだあとここに戻るのですか?」
アリビオが当然だという顔をする。
「人でいるうちに、加護を受けた者はそうなります。リストと同じですね」
いきなり過ぎて_嬉しいのか、悩んでいいのかわからない...
ルバ神が紫央の心の内などお構いなしで、子どものように嬉しそうにはしゃぐ。
「よし!儂も開かずの扉だった白の扉の、向こうの世界を覗いてみたい。今から行こうぞ」
ルバ神が急かして、みんなで白の扉のある広場に移動する。
こころなしか、ルバ神の後ろ姿がウキウキしているように見える。
紫央はルバ神の背中を見ながら、ルバ神の言った言葉で気になっていたことをアリビオに尋ねる。
「開かずの扉とは?」
「白、黒、金の扉はゲストがいないとこちらから扉は開かないのです。特殊なんです」
「そうなんですか...ルバ神さまさっきから、ちょっと嬉しそうに見えますけど」
「白の扉が開くのが、嬉しいんじゃないですか...」
「そう...ですか」
紫央は、アリビオの相変わらず美しい横顔を見上げる。
包帯姿が痛々しいが、もう顔色もいいようだ。
「アリビオ、そういえば体調良くなってよかったですね」
アリビオが紫央の方を向いて、足を止める。
「紫央が俺のために、無茶をしてでもヒュコスを採りに行ってくれたおかげです。命懸けで俺のために、行動してくれた女性は紫央が初めてです。ありがとうございます」
アリビオの金の瞳が、いつもより潤んでいる。
涙ぐむほど、嬉しかったんならよかった。
「あの....ごめんなさい。お礼の強要したかったわけじゃなくて...アリビオにはお世話になってるから、当然のことです。これで恩が返せたなどとは思ってませんが...そういえば、ユラさんたちは?」
「ルバ神とマリー神が降臨なさっているから、みんな呼ばれない限りは部屋にいると思いますよ」
「着いたぞ。アリビオ、紫央のためにお前が繋いでやれ」
アリビオが白の扉の前に立つ。
ルバ神がニコニコして紫央を見る。
「早う、開けよ」
アリビオが白の扉を開ける。
「紫央、知った場所ですか?」
紫央は扉の向こう側を見て、知らず微笑んだ。
「家の前の工事途中の空き地です」
「ほう...白の扉の、紫央の世界はこんな感じか。可愛らしい作りの世界だな。色とりどりで細々しておる」
ルバ神が、扉から顔を覗かせる。
「皆さま、お世話になりました。デリット神にも、宜しくお伝えください」
紫央は頭を下げて、白の扉から自分の世界に足を踏み出す。
「アリビオ、いろいろありがとうございました」
紫央はお礼を言って、白の扉を閉めようとした。
「白の扉が、新しくなったら会いに行きますから。ペンダント失くさないでください」
「は...はい」
こんな美貌の男が、私の世界に来ても大丈夫だろうか??
紫央が人の気配で後ろを振り向くと、自分と全く同じ姿で少しだけ存在感の薄い者が立っていて、体が吸い込まれるように箱庭の世界に吸い寄せられ、霧散したように見えた。
アリビオが一部始終を見て紫央に告げた。
「いま、紫央の分身が回収されました」
「今のが...私と瓜二つでした」
「これで全てが元通りです。紫央、早くそちらのものを口にしてくださいね」
「アリビオ、さようなら」
「紫央、すぐに会えますよ」
白の扉が静かに閉まった。
もう、白状していいよね。
私、誤魔化してもやっぱり...金の瞳の扉の使者さまに恋をしてしまっていた。
一章完結




