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紫央は、人生初の肩車にチャレンジ中だった。
載せたはいいけれど、意外とバランスを取るのが難しい...
アリビオが、足元がもたつく紫央を心配そうに見守る。こそっとサンのお尻の辺りに手を添えて、サンの体重を支える手伝いをしている。
「俺、代わりますよ」
「アリビオは、肩車の経験は?」
「いえ....初めてです」
紫央が鬼の首を取ったように言う。
「サン、聞いたでしょう?アリビオは経験もなければ、肩車を見たのもこれが初めてなのよ!」
「う...うん」
サンが紫央の剣幕に押されて、びくびくと返事をする。
「それにこの身長!落ちたら、ただでは済まないわよ。初心者っていうのは、とにかく浮足立つものよ!!絶対落とすから止めたほうがいい」
アリビオが呆気に取られて紫央を見る。
サンは、アリビオの肩車じゃなければ、特に肩車をして欲しいわけではなかったが、紫央の剣幕に負けた。
サンとアリビオは勘違いをしていた__紫央が肩車をしたがっているのだと…
「…そうだな、紫央の肩車がいい」
サンは自分のお尻に当てられた手を見て、ため息をつく。アリビオがしッと唇に人差し指を当てた。
サンもアリビオを見て頷いた。
そうこうしていると、一軒家に着いた。
お洒落な木造家屋の2階建ての家から、綺麗な狐の獣人の娘が出てくる。
「サン、どうしたの?けがでもしたの?」
肩車をされているサンを見て、心配そうに尋ねる。
そして、紫央を見て首を傾げた。
紫央は可笑しくなった。
そうだよね、どう見ても私のほうがサンを肩車してるのっておかしいよね…
「ねーちゃん!オレ、今からこの人たちと西の森に行ってくる」
「あそこは不自然な状況だから、立ち入っちゃだめって言われてるでしょう」
アリビオが、状況を知っていそうなサンの姉の方に近付いた。
「あの、俺はアリビオと言います。不自然ってどういう状況でしょうか?」
アリビオ...わかってない。
アリビオの場合、顔面凶器なんだから、初対面は1m50は空けないと...
紫央は、ユラの様子が気になりアリビオの横に移動する。
う...さっきより、サンが重い?
紫央がバランスを崩したことで、サンがガシッと紫央の頭にしがみつく。
紫央は痛みに顔を歪める。さらにバランスが乱れる。
「んっうん」
サンが小さく咳払いをする。
状況を察したアリビオが、紫央の視界に入らないように、透かさずサンのお尻に手を当てた。
「...サン、大丈夫なの?」
ユラが、ぐらついたサンを見て心配する。
目線の高さがそんなに変わらないので、グラグラしていたのがよく見える。
アリビオが、一歩サンの姉に近づく。
「サンのお姉さん、西の森について詳しい話を知ってる方に会いたいのですが」
サンの姉は人外の美貌のアリビオを間近で見て、わかりやすく頬を染める。
「わかるよ!ほら、ほら。初対面だとそうなるよね!」
この反応を見たかったんだよ!紫央が同士を見つけて喜ぶ。わざわざ移動した甲斐があった!
サンの姉が紫央の反応に一歩後退りした。
「紫央...」
アリビオが冷笑する。
しまった。同士がいて、つい嬉しくて口から出ちゃった。
「すみません、俺の連れが...失礼しました」
サンの姉は、また赤くなった顔を両手で挟んで、アリビオを見上げる。
「あ、はい...私はユラと言います。実は数日前から草木がすごいスピードで消えていっているようなんです。異様な光景らしくて、今は誰も西の森に立ち入ってません」
「俺たちが、なんとかできるかもしれません。どなたか、西の森とやらに案内していただけると助かります」
「では、ユラがお供します」
「あなたが、ですか?」
サンの姉のユラがアリビオを見る瞳は、強い意志が表れていてきれいだった。
紫央は横で二人のやり取りを、サンを肩車しながら見ていた。
「あの....よければユラと呼んでください。アリビオさま....とお呼びしてもいいですか?……サンはまだ西の森に詳しくありません。それに西の森に肩車で入るのは....」
「ねーちゃん、紫央は肩車の紫央って異名があるくらい肩車が好きなんだ、大丈夫だろ」
サンは、得意とは言わず、好きと説明しておく。
サン…言った…確かにそう言ったけど、肩車が好きとは言ってないですよ。それもこれも、サンの爪が長いせいですから。
ユラさんの爪は丸くて華奢なのに....
紫央は頭皮に触れているサンの長めの爪が、ちょっと痛いのを我慢していた。
「そ、そうだったのですか??てっきりサンが無理を言ったのかと....」
ユラがサンと紫央を交互に見てオロオロする。
アリビオがサンに優しい口調で告げる。
「サン、ユラさんとも合流できたことだし、そろそろ紫央から下りようか」
サンが紫央を見た。
「...だって、お前から下りていいか?」
3人が一斉に紫央を見た。
ちょっと、私のわがままで肩車したことになってるじゃない!
「....下りていいに決まってるでしょう」
紫央の承諾に3人がホッとした。
「下ろしますよ」
アリビオが紫央の後ろに回って、サンを抱きかかえる。
「おぉ、やっぱりだ!アリビオに抱っこされると遠くまで見えるぞ、ねーちゃん」
アリビオが、サンを縦抱きにして周りの景色を見せている間、紫央はその隣で、凝った肩やら腰辺りを叩く。
紫央はサンの手に目を走らせる。
サンの指は、大人しくアリビオの肩に置かれてるし大丈夫でしょう...
ユラが、傍に寄ってアリビオの手からサンを受け取ろうとする。
「アリビオさま、そこまでしていただいては...」
「大丈夫ですよ、俺が下ろしますよ。サンもういいですか?」
「満足した!」
それを聞いて、アリビオがサンを地面に下ろした。
「良かったわね、サン。アリビオさま、サンをありがとうございました」
え…なに?その3人家族みたいな空気感…
私が今まで肩車してたんだから、そこに私を入れて然るべきでしょ。
紫央はちょっとすねた。
「『肩車の紫央』サンキューな、また乗ってやるよ。オレ以外乗せるなよ」
「それは、約束できないわ」
また爪の長い孤族が同じこと言ったら、アリビオの代わりに私がすることになると思うわよ。
後で、頭皮を見てみよう...出血してるかも
「お前どんだけ好きなんだよ」
サンは、アリビオが後ろからかなり体重を支えていたのを知っているので、紫央が一人で肩車をするのを心配している。
「サンは、お父さまとお母さまにこのことを伝えておいてね。じゃあ、アリビオさま行きましょう。そちらのお嬢さんは、よければサンと家で待ってても…」
お嬢さんって、私はこれでももう飲酒解禁の年齢...言うならお姉さん。
ユラの目がアリビオと二人きりになりたいって言ってる…
なるほど、獣人は情熱的な人が多いのね。
そりゃ、マリー神さまが恋愛小説をご所望になるはずね。ロマンスが転がりまくってるのね。
「ユラさん、俺らがここに来た目的の遂行に彼女は必要不可欠なんです」
ユラがわかりやすい落胆の声を出した。
「そう…ですか」
「じゃ、オレ先に帰るわ。父ちゃんに言っとくわ。またな紫央、アリビオ」
サンは家に帰った。




