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箱庭に夜の帳が下りた。
紫央は入浴後、予め用意していた氷を入れたグラスを持って談話室に行った。
談話室では3人がテーブルを囲み、明日のことについて話している。
「アリビオは、クランを処分するのかと思った」
「最初はそのつもりでしたが、紫央がせっかくこちらに来て積極的に関わってくれようとしていたので」
クランのためじゃなくて、私の為?!
紫央は談話室に入ろうと思ったが、なんとなく足が止まってそのまま立ち聞きしてしまう。
「それでか〜、おかしいと思ったんだよね。マリー神が加護を授けてくれたから良かったけど、そうじゃなきゃ面倒くさい状況だったよ」
「面倒なことは承知です。なにせ俺たちは、この箱庭から出たことがないので。とりあえずマリー神の言う、獣人国の恋愛の本とやらで、獣人国の勉強をしていこうと思います」
フレンが椅子から立ち上がる。
「2、30冊あるけど…見繕って持ってこようか?」
「そんなにあるんですか??」
「獣人国の狐属のは少ない方かな...」
「どこのが多いんですか?」
「狼とか、兎とか、かな?500冊くらいあるかも」
「アリビオ、兎族いっとけば??一夜限りの〜ってやつ」
紫央が握りしめていたグラスの中の氷が、カランっと溶ける音がする。
紫央はドキッとした。
隠れて立ち聞きしている身としては、こんな小さな音でも大きく聞こえる。
紫央は談話室内に視線を戻す。
コラードが頭を押さえ机に突っ伏している横で、アリビオが席を立とうとしていた。
「フレン、俺も一緒に本を取りに付いていきます」
「痛ッテ〜いいよ、いいよ。僕が行くよ、もう寝るつもりだからついでに」
コラードがフレンに付いていく。
入口で、フレンの足が止まる。
「あれ、紫央いたの?」
フレンの後ろからコラードが顔を出す。
「本当だ。入っておいでよ〜なになに紫央ちゃん覗き?僕たち趣味が合うね。今度一緒にやろっか」
「あ、はい」
ここで、聞き耳を立ててたってバレなくて良かった。
「...紫央、大丈夫?今コラードに覗き仲間にされたんだよ?」
立ち聞きと覗きじゃ、覗きのレッテルを貼られる方が人としてはいいのでは...
フレンが怪訝な顔をして紫央を見る。
「....ま、いいや。書架から狐族の恋愛小説を持ってくるから、紫央も読んだらいいよ。マリー神が一緒に感想語るの楽しみにしてたしね、待ってて」
紫央は談話室に入った。
「紫央、入浴後ですか、お水淹れましょうか?」
アリビオが紫央の持っている、溶けかけた氷の入ったコップを受け取って水を注ぐ。
「談話室の水は、ランデル王国に繋いであるので冷たいのが飲めるんですよ」
「ランデル王国?」
「通称氷の国ですね。一年の殆どが冬の国です。
飲んでみてください」
紫央はアリビオからコップを受け取って口を付ける。
う…目がキーンってなるくらい冷たい。
「眉間にキンキンくる...次からは、氷持って来ないです」
紫央はちょびちょび飲む。
「ハハ...そうしてください」
「ただいま〜、持ってきたよ」
フレンは5冊ほどを胸に抱えて戻ってきた。
残りの25冊を積み重ねて、コラードが抱えて持っている。
アリビオが、フレンの分を急いで受け取ってテーブルに置き、コラードの分を半分受け取るとテーブルに置く。
「じゃ、ぼくは先に寝るから、みんなおやすみ」
コラードが、残りの本をテーブルに載せる。
「2人で頑張って読んでね、私は一回読んでるからもう寝るね。おやすみなさい」
この量、全部無理でしょう...なんで全部持ってきた?
とりあえず、表紙のきれいな色のやつからいくか...
フレンとコラードが去った後、紫央とアリビオは、テーブルに山積みになった恋愛小説を手にとって黙々と読む。
結婚相手を番って言い方するんだ....
狐族は14、5くらいで、番を決める。
ふ〜ん。結婚...早いのね。
紫央はチラッっとアリビオに目をやる。
(え....すごいスピードで読んでる。ページめくるの早っ!!)
あれで、ちゃんと読めてるのかな?
いけない、いけない気が散ってる。
紫央は続きを読む。
なるほど、獣人は同族同士で結婚するのが普通なのね。で、この話は異種間で恋愛になったと...
続きは...この二人最後はくっつくのかな
あ、ライバル出てきた。このライバルは同族...
異種間だと、駄目なんだ...なにが駄目なのかな
あ、なるほど?子どもができないのか。
え?!
婚姻の神が二人に子を授けてる....これ絵本並みに描写がゆるいな。
婚姻の神がコウノトリ扱い??
それとも、獣人は婚姻の神に祈れば子ができるの?
この世界はみんなそうなの?
紫央は本を閉じる。
読んだことで謎が深まった…
「ふふ...紫央、そんな難しい顔をして読む内容でしたか?」
紫央が顔を上げると、アリビオの前には紫央が手にしている本以外が全て積まれていた。
「もう読んだんですか?」
「そうですね。難しい内容ではないので、サラッと」
「そんな速さでちゃんと頭に入ってますか??」
「多分...粗方頭には入りましたが....紫央が読んでいるのは、特別難しいものだったのでは?」
アリビオが紫央の閉じた本を手に取り、目を通し始めて3分ほどで本を閉じる。
「これは、描写が曖昧すぎてわかりにくいですね。こっちはわかりやすいですよ」
アリビオが、積まれている本から一冊抜き出して手渡す。
「異種間の場合、紫央が授かったような加護持ちの方に生殖機能を再構築してもらって、繁殖行為をすると異種間でも子を授かることができるんですよ。この本はそれを曖昧に書いているので、わかりにくかったかもしれませんね」
マリー神の加護すごい...そんな価値のある能力を簡単に与えて良かったのかな...
紫央が、アリビオから受け取った本を読み始める。
さっきの読んで疲れちゃったんだよね...また最初から読むのきついな〜
紫央はアリビオから受け取った本をパラパラめくって、中を抜粋して読む。
.....え??
紫央の顔が赤くなる
こっちは...描写が細かすぎる。
恋愛小説と言うより官能小説....
アリビオ、これ....どんな顔して読んだの??
ちらりとアリビオを見る。
アリビオも紫央の様子を見ていたようで目が合う。
「紫央、気が散ってますね。もう寝ますか?」
「そうですね...こっちの本は大丈夫です」
紫央はパタンと閉じて、背伸びをする。
「ン〜…」
背筋を綺麗に反らせて、腕をしっかり伸ばす。
明日に備えてもう寝ようかな。
紫央が視線を戻すと、アリビオの金の瞳と視線が絡み合う。
「無防備でドキッとしますね」
「え??」
「こっちの本に、今のセリフが書いてありました」
私に使うなーーーー!
恋愛小説のせいで脳がそっちに寄ってる状態なんだわ....今のアリビオさんは危険だわ...手遅れになる前に、ちゃんと教育しておこう!
「アリビオさん、そういうセリフは恋愛に発展しそうな二人の間で使うものです!それを私たちの間に持ち込むのは間違ってますから!!影響されてはダメです」
「なるほど」
紫央はテーブルに両手を勢いよく叩き付ける。
「では、恋愛小説に感化されて見誤らないでくださいね!」
アリビオが紫央の剣幕に上半身を少し後ろに引く。
「そ、そうですね、読んだ直後で脳が感化されていたのでしょう」
紫央は勢いのまま椅子から立ち上がる。
「アリビオさん!私は、もう寝ますから」
紫央は振り返らずに談話室から飛び出した。




