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紫央は扉の広場にマリー神と向かう。
扉がズラッと並んでいるところに、対面するように金色、黒色、白色の順に等間隔に扉が並ぶ。
3つの扉の中で、一番神殿に近い方側に金色の扉がある。
マリー神が金色の扉の前に立つ。
「私は、ここから出入りしているのよ。ちなみにデリット神もここから出入りするわ」
マリー神が微笑むと春の匂いが立つようだ。
芳しい...
「神様は皆様そのように美しい容姿をなさっておられるのですか?」
「あら、ありがとう。紫央はもう聞いているかしら?この体は依代なのよ、神力を抑え込むために依代に入ってるの」
「依代に入ることで、人にも見えるようになるのよ、もちろん自分の容姿と寸分違わず作ってるわ。私は大好きな恋愛小説を読むために、この依代に入っていると言っても過言ではないわ」
そんなに好きなんだ。
「ね、紫央。アリビオはデリット神の特別なのよ、アリビオは紫央にかなり構っているみたいだけど、慎重に行動してね。アリビオを傷付けちゃ駄目よ」
どういうこと…?
「あら、あら。わかってないわね〜」
「パンとミルクなんて、アリビオがわざわざ商人に頼んだに決まってるじゃない?」
「でも、差し入れって....」
「基本的には、ロホの実しか食さない使者にパンとミルクなんて、庶民の食べ物を差し入れなんてするおバカな商人はいないわね」
紫央が考えこんでいるうちに、マリー神は自分で金色の扉を開けた。
「う...目が....」
扉の向こうが眩くて紫央は目を瞑った。
目を開けたときには、扉は閉まっていた。
紫央は、マリー神に言われた事について考えてみるが、面倒くさくなってそのまま放棄した。
とりあえず、アリビオを傷付けないように....だったけ。
紫央が扉の広場に戻ると、ゲストを送り出したアリビオたちが、3人で顔を突き合わせている。
「どうしたんですか?」
「じつは...クランっていう生物が、獣人の治める世界で、生存が数多確認されたらしいの、さっきの商人がたまたま教えてくれて」
「クラン?」
「見た目はね...え〜っと、猫みたいで、こう...耳が床に付くほど長くてね、毛がふわふわですっごく可愛いの!お目々も黒目がちでね。ベルデ国内では愛玩動物として王族とか地位のある人がペットとしてよく飼うんだけど....」
フレンが耳が垂れ下がる感じを、手で表現して紫央に見せる。
「可愛い...」
フレンが真似して見せてくれたクランは、可愛いの一言に尽きた。
そんな可愛いなら見てみたい。
「それが獣人国で確認されたら、なにかまずいんですか?」
「すごい繁殖能力なんだ...」
コラードが、眉を顰めた。
繁殖力?
アリビオが話の続きを引き取った。
「クランはベルデ国の固有種なんです。他国に持ち出すと生態系に影響を与えるほど繁殖するのです」
「そんなに増えちゃうんですね...」
外来種問題ってここでもあるのね....
アリビオが話を続ける。
「クランは、不思議なところがあって、自分たちで生息数の調整をするんです。捕食者が増えすぎると自分たちが繁殖を控えることで捕食者の数を減らします」
「逆に捕食者が減ってクランの数が増えすぎても、生態系を壊すので繁殖を控えるのですが、国外に出してしまうとその制御が狂うからなのか、過去に密輸した国の生態系が崩れて....」
「崩れて?」
「デリット神が、こう....クシャっと....壊したんです_生態系の崩れた世界を」
アリビオが右手の手のひらをを出して、クシャっと握り込んだ。
「ん?」
聞き逃したところがあったのかな?それともうまく音が拾えなくて脳内変換されてない??
「壊したのは、クラン....じゃなくて、ですか?」
「デリット神は秩序正しいものを好まれるのです。秩序を無くした世界は、デリット神にとっては無い方がよいのです」
先程、獣人国でクランが確認されていると言っていた。紫央は、ザイルとダルを思い浮かべた。
コラードが、紫央の肩に片方の手をトンっと置いた。
「紫央、神とはそういうものだと認識したほうがいいよ。ぼくらだって必要無くなればそうなる...アリビオ以外はね」
え、神怖い....
アリビオが、紫央の肩に載せたコラードの手を素早く叩き落とす。
フレンがコラードに憐憫の眼差しを送る。
コラードが、アリビオに叩き落とされた手を擦りながら言う。
「普通の神は、人の生活になんか干渉なさらないんだけど...デリット神はそういう意味では特別かな」
アリビオが12色相環の順に並ぶ扉に目をやる。
「デリット神が世界を繋ぐ扉を創造したのは、秩序を保つためなのです。俺らを創造なさったのもまた、扉の管理を秩序正しく運営なさるためです」
コラードが、アリビオとフレンに目配せする。
「クランを殺処分しよう....デリット神に知られる前に」
「しかしどうやって...誰かに託しますか?」
紫央は、さきほどのフレンの真似したクランが目に焼き付いていた。紫央の中で、クランのイメージが先程のフレンになっていた。
いきなり、処分はなんだか可愛そうな気がする。
持ち込んだ方が悪いよね...どこの世界にもそういうやついるんだね...
「例えば...殺処分しなくても、獣人国からベルデに直接扉を繋いで一斉にクランを戻せないんですか?」
アリビオが、自分の意見を出した紫央を嬉しそうに見る。無意識なのか腕を組んで、何度も頷いている。
紫央はアリビオの嬉しそうな顔を見て思った__
初めてのお使いを成功させた我が子を見る目?!
「直接扉を繋ぐ...紫央のいいアイディアだけど、ぼくらではできないよ。デリット神なら可能だけど...そんな面倒なこと考えもなさらないと思うよ。それより、知られた時点で...」
コラードが、口を開いたまま止まった。
コラードの反応を見て、アリビオとフレンは反射的に口を閉じる。
紫央が、3人の反応を不思議に思っていると、背後に穏やかな春のような空気が漂う。
「フレン〜、言い忘れちゃったけど。今度、商人が来たら獣人国の恋愛小説の新刊を持ってこさせてね」
マリー神が戻ってきていた。
フレンが慌ててマリー神のそばに駆け寄る。
「マリー神さまっ....かしこまりました!」
フレンの慌てた感じからすると、マリー神に知られては不味いのかしら...
紫央も、マリー神の気を逸らすための協力をしようと、どうでもいい質問を興味があるような顔でする。
「マリー神さま、神さまの世界にも恋愛小説はあるのですか?」
興味ないってバレないように、目をキラキラさせて聞かないとね!
紫央の爛々とした目の輝きを見て、マリー神が嬉しそうに可愛らしく微笑む。
「あるわね。恋愛においては、人も神も同じようなものよ。ただ小説としては、人の世界の物語の方がバリエーションが豊かで面白いわね」
「獣人国の恋愛小説は、けっこう面白いのよ。特に狼獣人は愛情深いからね。【愛のために飛ぶ!狼族の昼メロ】新刊が届いたら、紫央には特別に私の次に読む権利をあげるわ!3巻まで出てるから、読んでおいてね」
やぶ蛇だった.....
何その...口にするのも恥ずかしいタイトル。
本当に面白いの?!
「兎族のもあるけど、ちょっとマニアックだから手始めに読むのはやっぱり狼族のかしらね」
マリー神さま....生き生きと語ってもらってるところ水を差す用ですが...その獣人国、大ピンチなんです....
「せっかく戻ってきたし、新刊を読む前に復習を兼ねて2、3冊読んでから帰ろうかしら。あなたたちは仕事してていいわ、一人で書庫に向かうから」
ご機嫌で神殿に向かうマリー神の背中を4人で見送る。




