7)進路
本日、一話目の投稿です。
レアは授業が終わると図書室に通っていた。
高等部の図書室は、第一図書室と第二図書室がある。第一と第二といっても部屋は隣同士で書棚が増えて分裂したという感じだ。第一図書室の真ん中の通路を通らないと第二図書室には行けないのだから、当然、貸し出しカウンターは共通だ。
他には閉架書庫があり、第一と第二図書室になかった場合は隣の閉架書庫に行って司書に探してもらうことになっていた。
貸し出し禁止の本は閉架書庫のカウンター横にある閲覧スペースで椅子に座って読んだり書き写したりしている。
いつものように借りた本を書き写していると、隣にサシャが座った。
「やぁ、また会ったね」
「そうですね」
レアは慌てて本を閉じた。
「どうして隠してるのかな。変な本を読んでるのかい」
サシャが覗き込んでくる。
「い、いえ、そんな変じゃないです。普通の本」
「それならなんで?」
「えっと」
レアは諦めて本を開いた。
「魔草を使った薬?」
「ええ、そうなんです。でも、この本が閉架書庫に入れられてしまったのは、もう絶滅して存在しない素材をたくさん使っている薬の作り方だから。もう作れない本なんです」
「どうしてそんな本を?」
「エリが、友人なんですけど、もう手に入らない素材でもよく似た魔草を探したり、あるいは色んな魔草を調合して代替品を作ったりするんだって言ってたから調べてるんです」
「へぇ。それは面白いね」
「でしょう? そうやって代替品を使って作ってる薬は実際にたくさんあるそうです。でも、そういう薬の多くは薬師や薬の店が秘匿していてわからないんですって。私みたいな学生にはそれこそ無理な話なんですけど。一つくらい自分で代替品を見つけられないかなと思って」
「興味深いね。薬師志望にしたのかい?」
「ああ、ええ。志望の一つです。まだ文官にするか迷ってますけど。でも、文官って社交性がないと難しそうなので。一人きりでもできる薬師っていいかなと思って。高等部を卒業したら学院にいく予定です。薬学を学べるところも候補です」
「そうか、けっこ」
「え? けっこ?」
「あぁいや。でも、それは良い話だし、本も隠す必要ないと思うんだけど。慌ててたね? 秘密なのかい」
「ひ、秘密っていうか。えっと、あの、たまたま媚薬の頁を開いていたので」
レアは思わず頬を染めた。
「ハハ。意識してくれたのかい?」
「そ、それは、誰が隣に座っても少し気まずいと思いますけど」
「そうだね。媚薬は作れそう?」
「駄目そうです。絶滅した白蜥蜴の肝なんて代替品が思いつかなくて。すんごく精力が強い蜥蜴なんて知らないし、あ、言葉遣いが崩れてしまって」
レアは慌てて口を閉じた。
「言葉遣い以前の問題を感じるけど。あのね、私の前で敬語は使わなくていいよ。面倒だから。こういう面白い話をしているときに言葉遣いをいちいち気を付けられると話の面白さが削がれる」
「でも、私の話なんてさほど面白くもないような」
「面白いよ。レアは。好きだな」
サシャは目を細めてレアを見詰めた。
レアは頬に熱が集まってくるのを感じた。
いや、だから、面白さが好きって言ってるだけなんだろうけど。ちょっと口説いてるっぽい言動は謹んで欲しい、切実に。相手はまだ十四歳のウブな女の子なんだから。
レアはサシャを恨めしく見遣り、なんとか気を取り直す。
「えーとあの、面白いというのは、女性に対する褒め言葉としていかがでしょうか」
「うん。手強いね」
サシャがそっと囁く。
「え、なんて仰いました?」
「なんでも。これからも図書室で会いたいってこと」
「はぁ。もちろん、たまたまお会いできたら光栄です」
「その堅苦しい言葉遣いもやめてさ」
「いえいえ、最低限の礼儀ですよ」
「敬語やめないと、レアがトカゲの精力に興味を持ってるって話をあちこちに話す」
「敬語、やめるわ」
「ハハ、素直だね」
サシャは柔らかく微笑むが、レアはこの王子ちょっと腹黒いかもと疑い始めていた。
サシャはレアとのささやかなお喋りを終えると閉架書庫の閲覧室を出た。
速やかにサシャの隣に護衛、兼、側近のゼノが控える。
「想い人との逢瀬は楽しかったですか」
ゼノが小声で尋ねた。
「逢瀬って感じにはならなかったけど楽しかったよ、もちろん。レアは可愛いし」
「さっそくのろけですか」
「早くもっとのろけられるようになりたくてさ。レアは毎日、図書室に来るらしい」
「了解です。サシャ様も図書室ですね、生徒会メンバーは協力しますよ。殿下の『女性嫌悪症』のせいで生徒会に女性メンバーを入れられなかったんですから。ラズなどは完治を祈ってます」
ラズは劇で女装するはめになった副会長だ。
「嫌悪症って言い方は好きじゃないんだが。当然の反応ってだけで」
サシャがゼノを睨んだ。
「嫌悪症で間違いはないでしょう。あのとき、生徒会メンバーは本気で驚いてましたね。いきなり、守秘義務契約でなにを告げられるかと思ったら、殿下の女性嫌悪症の秘密だった、という。まぁ、言えるわけがないですよ。第二王子が不能ってのと同義語でしょう」
「言いたい放題だな。不能ではない」
サシャが嫌な顔をする。
「たった一人でも我慢できる相手が見つかって良かったです」
「我慢じゃない。可愛いからね。進んで愛でたい」
「はいはい。殿下が彼女の手に触れられたのはこの目で見ましたしね。ですが、サシャ様は気持ち悪いくらい気に入ってるみたいですが彼女は一歩引いてる感じですよね。王子殿下だからというのもあるんでしょうけど」
ゼノは占いくじの偽造を手伝わされたことを思い出して顔をしかめた。きっと生涯、忘れないだろう。くじの箱に「百十八」の半券を大量に入れさせられたのだから。
「気持ち悪いはやめろ。あんまり意識されてないみたいなのに、それでいて、引かれてるんだよな」
サシャは何かを憂うように遠くを見ている。
「もしかして、気付いてるのかな」
という王子の呟きは細やかすぎて誰の耳にも届かなかった。
□□□
王立学園には六歳から十八歳までの学生がいる。初等部、中等部、高等部とあり、初等部と中等部は学舎が隣の敷地で少し離れているため小さな学生の姿をここでは見ない。むしろ、隣の学院のほうが近い。
高等部を卒業して学院に進学する学生は多い。学院は専門課程により二年制と四年制がある。
この国では十八歳で爵位を継ぐことができる。学院に進まない場合の進路は文官試験を受けて就職したり結婚したり、他の学院に行くなどさまざまだ。学院は研究所付属のところが多くある。
レアは学院に行きたいと考えていた。文官希望を捨てたわけではないが、薬師かあるいは薬草の研究も面白そうだ。
結婚願望が皆無なのはあの前世の夢のせいもあるが、父が原因でもあった。結婚してもろくなことがないと思ってしまう。幸せな結婚生活を間近で見た経験がないのは悲しいが、結婚に甘い夢を見て、のちに夢がぶち壊しになるよりましではないか。
エイト・カリヤ侯爵は家庭を蔑ろにしている代わりに、自分の息子や娘を政略の道具にしようとはしなかった。それは良かったと思う。息子と娘の婚約問題を放りっぱなしなのは「相変わらずだな」と呆れるが。
一年が過ぎてレアは二年に進級した。
高等部二年になると選択科目がずいぶん増える。教室も二年生用に変わる。新しい教室に向かいながら、レアはエリが塞ぎ込んでいることに気付いた。
「ねぇ、エリ。調子でも悪いの?」
レアはエリのボレロの裾をつんつんと引っ張って尋ねた。
エリはレアを振り返った。
「それがね、お休みのときに、父と母にロザ・メリエ公爵令嬢と親しくしなさいって言われたの。要するに取りまきになれってことよ」
「あぁ、そう言えば私も言われたわ」
「そうなの!?」
エリが甲高い声をあげた。
「父に言われたので、善処しますって応えておいたけど取りまきになるつもりはないわ」
「えー、お父様の言うことに背くの?」
エリは心底驚いたという顔をしている。
「だって、父の言うことなんて、ぜったい聞かなきゃいけないものでもないし」
「えー、えー、えー、そ、そうなの?」
エリがうるさく取り乱している。
「ちらっと見ただけだけど、ロザ様ってなんだかきつそうな感じだし」
「そ、そうよね。私も母やいとこたちからそう聞いているわ。なんか喜怒哀楽が激しくて、ちょっと気に入らないことがあると態度が一気に冷たくなるって話。例えば、つい先ほどまでは機嫌良く微笑んでたのに、お茶の好みが合わなかっただけでそれきりずっと無視されるようになったりとか。取り巻きとしてお付き合いするのも凄く気を遣うって。いとこが何度も間近で見てたから、ただの噂ではなくて本当らしいの」
「うわぁ、面倒くさそうね」
レアは顔をしかめた。
「そうなのよ。それに、もっと酷い噂もあるし」
「酷い噂?」
「ちょっと不穏な噂なの。だから、迂闊に口にできないんだけど」
「誰にも言わないわ。教えてよ。気になるじゃない」
エリが声を低めたので、レアも小声になった。
「去年、令嬢が二人、自殺してるんだけど」
「え、自殺?」
「しっ。声が大きい」
「あ、ごめん」
レアは慌てて周りを見た。幸い周りも話し声でうるさいので聞いた者はいない様子だ。
「公には事故ってなってるわ。自殺だと聞こえが悪いからでしょ」
「どういうこと?」
「理由を出せない自殺は、とくにね。家が秘密にするらしいわ。それでね、その死んだ二人はロザ様が虐めてたって」
「酷いわ。死にたいくらい虐めるの?」
「綺麗な二人だったのよ。たぶん、ロザ様より。それに婚約者と仲良くいちゃいちゃしてたから嫌われたって。ロザ様はサシャ殿下が好きなんだけど婚約者の候補止まりで殿下は彼女に素っ気ないから」
「そんな理由? あんまりだわ」
「でしょ。怖いわよね」
「エリは、取りまきにならないと家が困ったりするの?」
「そんなことはないと思うわ。メリエ家とは別に取引もないし。お父様の王宮の仕事でも部下というわけでもないし。ロザ嬢は宰相のご令嬢だから頼まれれば断れなくて一応、娘にそう言うしかない、というか」
エリの実家は手広く商売をしているが、中心となって運営しているのは祖父とエリの兄だという。エリの父は商売に向いていないので王宮で働いている。
「なんだ、そんな程度だったら無視できるわね」
レアはにこりと笑った。
「そ、そうかしら」
「だって、ロザ嬢はきっと普通科の授業を受けるでしょ? あるいは、王子殿下の婚約者候補みたいだから外交とか政治経済とか、そういう将来を見据えた授業を選ぶんでしょうけど。私たちは魔法科の授業を受けるんだもの。授業で顔を合わせることはないわ。避けまくればいいのよ」
「それが、なるべくロザ嬢と同じ授業を受けろって言われて」
「えー? 魔法科の授業、受けないの? 魔法陣研究学とか受けたいって言ってたのに?」
「そうなんだけど」
「高等部の授業選択の用紙は家の承諾なしで提出しても大丈夫でしょ? 親の署名欄なんかなかったもの。将来のための大切な選択よ。たかが公爵令嬢の取りまきになれって気まぐれに言われたからって捨てていいの?」
「いやよ、もちろん、嫌だわ」
エリは必死に首を振る。
「それなら、やることは決まってるでしょ」
「そうね。わかったわ、レア。私、自分の将来を守るわ」
「そう来なくちゃ」
レアとエリは二人でにんまりと笑い合った。
半月後。
レアとエリは魔法科や薬学科の授業を選びまくり、おかげでロザ嬢とは一つも授業が重ならないで済んだ。
レアはそのことに心底ほっとしていた。ロザはサシャの婚約者候補だったからだ。
この一年間、レアはしばしば図書室でサシャと会っていた。
いつも取りまきや友人たちと一緒にいるサシャが、なぜかレアと図書室で話すわずかの間だけは一人きりだった。サシャはわざわざ友人たちをまいてレアに話しかけているのだろう。一年も続けばさすがにわかる。
殿下に気に入られているのかしらと思う。
サシャは王子なのに偉ぶったところがなく優しい素敵な男性だ。けれど、なんとなく、避けたい。
自分でもなぜそう思うのかわからないが。彼に側に来られたり話しかけられると、どきどきして「これは恋?」と思うような感覚はあるが、それと同時に重苦しい不安な感じもあるのだ。このままそばにいても悲惨なだけのような、そんな強い不安だ。
王子の婚姻とは国が決めることだ。それが不安の原因なのかと思う。叶わない恋をしても悲劇が待っているだけだから不安になるんじゃないか。
そういう予感とは違うもっと根深いものの気もするが、考えてもよくわからない。考えても無駄な気さえする、心と感情の問題なのだから。我ながらおかしい。
恋愛に関してレアは臆病で不安になりやすい人間なのかもしれない。ならば、なおさら恋心が育たないように気を付けなければならない。今のところ殿下への憧れよりも胸が引き攣るような苦しい不安の方が強い。
それでも、婚約者候補の令嬢の取りまきになるのは嫌だった。どうしても辛いと思ってしまう。
彼が婚約の候補たちと親しくしている姿など見たくなかった。
夜20時に、もう一話、投稿予定です。




