5)新入生歓迎会(1)
本日、一話目の投稿です。
高等部一年目の授業はほとんどが必修で、選択科目は少ない。レアとエリは少ない選択科目のすべてで魔法関係の授業を選んだ。
「私ね、将来どうせ行き遅れるだろうから、実家の商会を手伝うか、魔導研究所に就職を考えてるの」
エリが選択科目を書き記す用紙を手にこそこそと話している。
「十四歳にしてその夢の無さは、なに?」
レアもさほど結婚願望がないので仲間ではあるが、それにしても就職までは考えていなかった。
「だって、こんな可愛げが無い背丈だし」
「そんなこと気にしてたの? エリはすらっとして格好良いわよ」
「このまま成長が止まれば良いけど。母も大柄なのよ。顔も地味だし」
「平均より少し高いだけでしょ。エリは悲観することないと思うわ」
エリは目立つ美少女ではないかもしれないが、顔立ちは整っている。なにをそんなに気に病むのかレアにはわからない。もっと大人になり、好きなように化粧できるようになればエリは綺麗になるはずだ。服だって、制服より似合うものを着られるのだ。
以前は髪がぼさっとしていたが、今はだいぶ改善されている。
「私、魔方陣の構造を見るのが好きなの。魔力は高いほうだから、魔法を使う仕事がしたいわ。うちの実家がもってる商会では、治癒室に卸す薬草を仕入れたり自家の薬草園で栽培もしてるんだけど。保管庫とかの魔導具もあつかっていてね。どの仕事でも魔力持ちが重宝されるのよ」
「へぇ、好きなことを仕事に出来たらきっと楽しいわよね」
「レアもそう思う?」
「もちろん。まぁ、私はあまり好きなことって思い付かないけど」
「ないの? 全然?」
「楽器は好きだわ。ピアノとか。でも、仕事にできるほどは上手くないのよね。才能はないみたい」
「そうなの? コンクールとかは出ないの?」
「あがり症だから気が進まないわ」
「レアは可愛いから幾らでも結婚できるわ、侯爵令嬢だし」
「幾らでもってなに。結婚はあまりしたいとは思わないけど子供はほしいわ。自分の赤ちゃんを抱いてみたい」
レアはうっとりと答えた。
あの前世の夢を見てから、そのことはときおり考えた。夢の中で夫がまだ浮気をする前、「子供が欲しいね」と言いながら叶わなかった。
だからなのか、産んでみたいと思ってしまう。
「結婚しないで子供が欲しいなんて無理じゃない? どうやって育てるの?」
エリが本気で心配そうな顔をする。
「結婚したくないのは、夫が浮気をしたりとか、そういう不幸な夫婦生活は嫌だからよ。結婚願望がまるきりないってわけじゃなくて。愛のある夫婦って、難しいじゃない?」
「うわぁ、レア。なんて夢のないことを」
エリが呆れて引いた。
「自分だって結婚は無理って言ってるくせに」
「あのね、私は結婚したくても無理って言ったの。だいぶ違うでしょ」
「男って浮気するでしょ」
「うーん、女もするわよ、きっと」
「あーまぁ、そうね」
あの夢の中で夫の浮気相手は、当たり前だが、女だったことを思い出す。というか、妹だった。
彼女も不倫というものをしたのだ。同じじゃないか。二人して不貞なのだ。
「絶対に浮気しない相手と結婚して子供が欲しい。これが第一希望。っていうか、願望」
「なるほどね」
エリは苦笑して相槌を打つ。
「そうでなかったら、なにか考えないとね」
「レア、働くの嫌なの? 魔力持ちは働き口たくさんあるわよ」
「うーん、魔法ねぇ」とレアは考えを巡らす。「私は細かい魔法は得意なほうよ。水魔法を使って水気を飛ばしたり、風魔法を使って乾燥させたりとか。濡れた靴や洗った髪を乾かすのに便利だから」
「ホント? すごいわね。私、侍女にやってもらってたわ」
エリが本気で驚いている。通常は驚くだろう。貴族令嬢とはそういうものだ。
「うちには使えない侍女しかいないから」
「そ、そうなの?」
「自分でやるしかないのよ。そんなわけで細かい作業がけっこう得意。仕事で使えるかわからないけど」
「仕事で使えるわよ。薬師の仕事で」
「薬師?」
レアは母に少し習ったので屋敷の采配や書類仕事ならやれそうだと思っていた。ゆえに、勤めるとしたら文官一択だ。他は考えていなかった。
レアが不審な横目でエリを見ると、エリは興奮気味に頷いた。
「薬草を加工するのに重宝なのよ。薬草から薬を作る過程では細かい魔法が必要なんだから」
「私、でも、錬金術のスキルとかないし」
「錬金術でも凄い薬は作れるけど、大多数の薬師は錬金術スキルなしで薬を作っているのよ。薬によってはその方が質の良い薬になるんだって」
「へぇ、そうなの」
「錬金術スキル持ちは希少だもの。錬金術に頼らないレシピはたくさんあるのよ。だから、レアみたいに四属性持ちでそれなりの魔力量があるなら優秀な薬師になれると思うわよ」
「ふうん。じゃぁ、絶対に浮気しない旦那を見つけられなかったら、そうやって働いてもいいかも」
「もぉー、やる気が感じられないけど、頑張りましょう!」
「うん、まぁ、がんばろ」
レアは、でも文官がいいかな、と思いながら頬笑んだ。
レアがエリと連れだって教室の方へ歩いて行くと、生徒会の役員たちが掲示板に張り紙をしているところだった。あの煌びやかな人たちだ。とりまきの令嬢たちもいる。
「レア、こっちは不味いわ」
「でも、こちらを通るしかないでしょ。端の方を通らせてもらえば良いわよ」
「だめよ、あの取りまきの一人にでもぶつかったら何を言われるかわからないわ。遠回りして向こうの入り口から廊下に入りましょう」
怖がりのエリが手を引っ張るのでレアは諦めるべきかと考えた。
「そうね」
納得がいかない気分だ。廊下を占領する必要はないだろうにと思う。
きびすを返そうと立ち止まると、声が聞こえた。
「君たち、通行の邪魔になっているよ。もう教室へ行ったらどうだ」
凜とした声だった。
とたんに取りまきの令嬢たちがざわめいた。
「まだ時間は大丈夫ですわぁ」
「邪魔になどなってませんわよ、ご心配なく」
「まぁ、さすが殿下、お優しい気遣いですわねぇ」
「話しかけていただいたわ、きゃぁ、どうしましょう」
レアとエリは他人事ながら呆気にとられた。
なんだ、この人たち。常識ないじゃん、とレアは悟った。近付いてはいけない人たちだ。
「やっぱり他の経路で行きましょ」
とレアはエリを振り返った。もう関わり合いたくないと思ってしまった。
「そうでしょ」
二人はさっさときびすを返してその場を後にした。
レアは歩きながらエリに尋ねた。
「あの方、殿下って呼ばれてたけど、もしかして第二王子?」
「そうよ、知らなかったの? サシャ第二王子殿下よ」
「知らないわ。エリはどうして知ってるの?」
「新聞に写真が載ってたもの」
「ふうん」
どうして会ったことがある気がするのかわからないけれど。そのあやふやな正体不明の疑問に重苦しい不安を感じた。
エリは王都の家から学園に通い、レアは寮住まいのため、授業の後は別行動だった。
エリも寮だったら良かったのになと思う。きっと寮生活は倍も楽しかっただろう。
レアは放課後は図書室で過ごすことが多かった。
エリに言われてから薬師も将来の選択肢に入れた。王宮の文官は人間関係が難しいという話を聞いたからだ。それでも本音では文官のほうが無難だが、エリと一緒に働くのは楽しそうだ。
でも、エリは家の人に言われて結婚するか、ご実家の職場に就職しそうだけどね、とレアは思う。
エリの魔法実技を見た限りでは、魔法の仕事はまだまだ修行が必要そうだった。エリは最下位レベルに下手なのだ。本人のやる気はあるので今後の頑張りしだいだが。
薬学関連の本を探し机に運んで読んでいると、隣の席に誰かが座った。
誰だろう、とちらりと横を見ると、ばっちり目が合った。
おぉ、王子様だ、と声が出そうになる。
「昼には迷惑をかけて悪かったね」
サシャ殿下が小声で話しかけてきた。
「え? 迷惑、ですか?」
レアは首を傾げた。
「廊下を通ろうとしたのに人が多くて通れなかったんだろう?」
「あぁ、そんなこと。大したことはありませんわ。お気になさらず」
レアはにこりと微笑んだ。
律儀な人だ。レアの殿下に対する評価は爆上げされた。
「そう? 私はサシャ・アリスティア。君の名前を教えて貰えるかい」
レアはするりと椅子から立ち上がると、ふわりとお辞儀をした。
「カリヤ侯爵家長女レア・カリヤです」
「レア。学園では私はただの学生だからそんなに行儀良くしなくても良いよ」
「わかりました」
レアは素直に椅子に戻った。
「新入生だよね。寮住まいかな?」
「そうです」
「私は生徒会で会長をしている。なにかあったら相談においで」
「ありがとうございます。今のところなにもありませんわ」
「そう。学園は楽しいかな」
「とても。友達も出来ましたし授業も面白いです」
「良かった」
サシャ殿下は「では、先に失礼するよ」と立ち上がり、レアに微笑みかけながら立ち去った。
レアは凜とした後ろ姿を見送った。後ろ姿まで格好良い。家柄、容姿、性格、どれも完璧なのだから、もてるはずだ。
けれど、どうしてどこかで会った気がするのか。王族の誰かとなど会ったことはない。
思い出そうとすると、どうしてか不安も一緒に募ってくる。なぜ不安になるのだろう。
王子という雲の上にいる人に対する緊張だろうか。殿下は優しい雰囲気だったのであまり緊張はなかったつもりだが。心の重苦しさに耐えかねて、レアはそれ以上考えるのを止めた。
入学から半月後。
今日は新入生のための歓迎会が講堂で行われる。
生徒会が中心となって催しがあるという。皆は楽しみにしながら三三五五、講堂に集まった。
新入生以外の生徒も参加する全校上げての催事だ。出し物は生徒会だけでなく学園が認めている同好会や、あるいは委員会が行う。
入り口で「占いに参加したい方は、抽選になりますので半券をこの箱に入れてください」と声をかけられた。
券は、プログラムと一緒に予め配られていた。生徒番号の数字が二か所に振ってある券で、半分ちぎってその半券を入れる。
「生徒番号」とはクラス毎の名前順に機械的に振ってある番号で、一桁目がクラスを示す。学年は番号の前の記号で区別してあった。
占いは「相性占い」と「手相占い」だという。抽選で選ばれるのはそれぞれ一人ずつだけだ。ずいぶん狭き門だが皆、半券を箱に入れている。
相性占いは相手の生年月日を知っている人という条件付きだ。おまけに舞台で相性が発表されてしまうという。受けたい人いるの? とレアは思ったが、相手は恋人とかでなくとも友人や兄弟姉妹などなんでも良いらしい。
手相占いのほうは「占って欲しいことを考えておくこと」とあった。レアは進路で悩んでいるので抽選に当たったらそれを尋ねようと思い、手相占いの箱に半券を入れた。
夜20時に、もう一話、投稿する予定です。




