4)兄との再会
一年後。
レアは十四歳となり無事に王立学園高等部の入学試験に受かった。
家庭教師を雇ってもらったおかげだ。武術の指導の人も付けてもらった。学園に入るまでの間だけなのが残念だ。今では屋敷の使用人たちとも良好な関係で、新しい執事は優秀で気配りの人だった。あまりに以前と違ってありがたくて泣きそうだ。
当主のエイトがアミと執事に欺されていたころ、侯爵邸の使用人たちは何度か主の侯爵に手紙で実情を訴えていたらしい。ところが、エイトが使用人の手紙などろくに読まなかったためにアミたちの悪事に気付かず、かえってエイトから使用人の訴えがきていることが執事たちにばれて彼らは首になっていた。
その話を聞いてレアは無能な父親のために心ある使用人が被害に遭っていたことを知りあの父親は生涯、信用すまいと心に誓った。
レアが聞いたところによると、執事とアミたちが送られた鉱山と作業所は国内でも最も過酷なところらしい。
アミと元第二夫人マナリアの送られた先が同じというのも意外だった。その上、アミの刑期は十年だが、マナリアは三十年だという。実行犯のアミよりマナリアは悪質と判断された。
アミは学生のころからマナリアの友人だった。マナリアの伝手で侯爵家の家政婦の職を得られた。その恩があったうえに、マナリアの「エイト様に冷たくされて、正妻に嫌がらせをされ続けて別れた恋人に縋ってしまった」という言い訳を信じた。それで、侯爵家に報復をしてやりたいというマナリアの手伝いをした。
エイトとレアの兄たちは屋敷にいなかったので手を出せなかった。それにマナリアは、正妻に似たレアを害することを望んだ。テルゼア豆を手に入れてアミに渡していたのもマナリアだった。
裁判で明らかにされ、二人の女は侯爵令嬢の毒殺未遂の犯人と見做された。
レアはそれを聞いて「私、毒殺されかかったの?」とびっくりだった。
エイトは自分の領地の産物が、未遂とはいえ「毒殺」事件に使われたとされたのがショックだったようだ。
自業自得だ。レアはあの父親に関しては「自業自得の権化」としか思えない。辞書の自業自得の項にはエイト・カリヤの名を記してほしいくらいだ。
離婚したマナリアは、浮気相手の子爵家で肩身の狭い思いをしていた。離婚され愛妾になった夫人など立場がないに決まっている。それなのに父のせいにしていた。
父の性格は褒められたものではないが、マナリアはレアの母にも虐げられたなどと嘘をついた。「正妻のせいで満足に食事も貰えなかった。だからお産や授乳が辛かった」などという酷い嘘だったらしい。実際は子供の面倒をみたのは乳母たちで、マナリアはいつも留守だったというのに。そんな大嘘をアミは信じた。
ピアノや竪琴を使わせなくしたのもマナリアの指示だった。ピアノの鍵はアミの部屋の引き出しにあった。竪琴は物置の中に仕舞われていた。
マナリアはアミを使ってレアを酷い目に遭わせようとし、本当はもっと確実な毒物を与えたかった。体が弱ったり皮膚が爛れるような毒がほしかったが、そんな毒は簡単に買えない。
テルゼア豆の話は第二夫人だったころに知って手に入れた。王立研究所で要注意食材とされている豆だ。人は食べてはならないなら、逆を言えば食べれば害があるということだ。エイトに冷遇されて腹を立てていたので何かに使ってやろうと考えていた。そのうちに浮気がばれて離婚され、正妻が病死してからアミを利用しようと思い付いた。
マナリアはレアを害そうという意図があり、テルゼア豆を使った。だから「毒殺未遂」とされた。
アミのほうでは、豆が毒物だとは聞いていなかった。アミがテルゼア豆を味見したときに「不味い」とは思ったが別に体はなんともなかったので、単なる嫌がらせだと思っていた。
あの豆を味見していたとは驚きだ。
そんな経緯とは知らなかった。そういった裏の事情からアミよりマナリアのほうが重い罪になったという。アミに嫌がらせをされたレアとしてはアミのほうが印象が悪いが、法的には黒幕で殺意があったマナリアが重罪らしい。
公には、テルゼア豆のことは出てこなかった。不自然なくらい報道に出てこない。
レアは未成年だったため、虐待の件も報道されなかった。執事の横領が大きく出て、家政婦は横領の秘匿に関わった、という風になっている。
実際はだいぶ違う。アミは執事の横領は知らなかったらしい。ただ使用人を辞めさせる件には関わっていた。まともな使用人を辞めさせるのはマナリアの指示だったからだ。執事にとっても都合が良かったので彼らは辞めさせられた。
テルゼア豆の件とレアの虐待が隠されている記事は、辻褄は合っているが、レアにとっては間が抜けた印象だ。
おまけに父に「あの豆のことは秘密だからな」と必死の形相で言われた。
父は意味ありげに「あの三人は務所から出られん」と嘲笑っていた。
やはり、国防関連だろうとレアは察した。背筋がぞわぞわする。秘密は必ず守ろう。アリスティア王国では歴史上で起きた数々の教訓から国防関係の機密には殊の外、厳しいのだ。
侍女のメイサが持ってきたゴシップ誌にはカリヤ侯爵家が詐欺にあった事件があれこれと載っていた。
アミは貧しい男爵家の出で、まだ少女のころから畑仕事や家事をして弟や妹たちの世話をし食事を食べさせていたという。
アミを気の毒に思わせる書き方がされているがアミは犯罪者だ。マナリアに欺されたのも愚かだったからだ。悪事を働くならきちんと確かめるべきだった。浮気して離縁された女など信じるほうがおかしい。
ゴシップ誌には「刑期は十年くらいはあるだろう」などと推測が載っていたが、父は「出られん」とほくそ笑んでいた。
本当にろくな父親ではない。
執事とアミが捕まってから屋敷は格段に居心地が良くなったが、レアは学園で寮住まいすることになっていた。
侍女のメイサに荷物運びを手伝ってもらいながら寮に向かった。
明くる日は新入生の学園説明会だった。
太めだった体型がほっそりしたおかげで制服を着るのが嬉しい。制服は綺麗な藤色で、ワンピースにボレロを羽織る形はなかなか素敵だ。
ボレロがあるのは可愛いし、レアの体型的に助かる。レアはテルゼア豆を食べさせられていたころに胸も太ったが、体が痩せても膨らんだ胸はそのままだった。つまり、十四歳にしてむっちりとした胸がある。ボレロはそれを隠してくれた。
レアは鏡で自分の胸を見る度に思う。
「この胸、あの豆のせいかも」
レアの母の胸はもっとささやかだった。祖母の肖像でも胸は目立っていない。まさか、あの豆の隠れた効果? と思いながら、確かめるすべもない。
髪型はふんわりと梳かして、両耳の上の髪を一房ずつとって後でリボンで括った。それくらいの支度は一人で出来る。
高位貴族の令嬢は寮でも侍女を侍らせているようで、お仕着せ姿の侍女を見かけた。レアは最初の説明で、侍女はどうしても必要な事情がある場合以外はおかないと聞いていた。「どうしても必要な事情」とはなんだろうとレアは甚だ疑問だった。
早めの時間に寮を出た。
講堂が開いているか少し心配だったが、早く目が覚めてしまった。二度寝をすると今度は遅刻するかもしれないので行くことにした。
講堂に向かって歩いていると、同じく入学式に向かう新入生と在校生たちがいた。
在校生は入学式では役員以外は関係がないはずだが、多数の女子学生がたむろしている。胸元の細いリボンで在校生と新入生は区別がつく。
上級生の男子学生は襟のバッジを見るとどうやら生徒会役員らしい。背が高いので目立つ。ひときわ華やかな人たちだ。
レアの二人の兄は風紀委員に所属しているが、役員ではないと聞いている。ちなみに、そういう情報を教えてくれたのは新しい執事だ。前の執事と違ってとっても有能なのだ。
講堂の扉は開いていた。レアは役員たちの後に続いて講堂に入っていく。
女子学生たちに取り囲まれてゆっくりと歩いている彼らとちらりと目が合った。
ふと既視感に囚われ、くらりとする。ごく軽いめまいを感じた。
あのクルミ色の髪に碧の瞳の彼はどなただろうか。
綺麗な少年だった。彼に見詰められている気がしたが、周りの取りまきに押されるように離れていった。
知ってる人、ではない。それなのに、確かに既視感があった。
レアは母と孤児院の慰問に行く以外は王都の別邸に閉じこもって暮らしていた。生まれてからこの方、家族や使用人以外に出会った人は少ない。
入学試験のときに学園の教職員や受験生たちを見ているが印象に残った人などいない。
他に人と会ったとしたら母の葬儀のときくらいだが、兄たち以外に少年などいなかった。
考えてもどうしてもわからなかった。
学園生活は楽しかった。エリという友人も出来た。
レアがぽつりと一人でいたら「一緒にお昼を食べましょう」と声をかけてくれたクラスメイトだ。
エリは背が高くすらりとして、なかなか格好良い。でも、なぜか髪がぼさっとしている。あまり身なりにこだわらないらしい。いつも夢中で本を読んでいる。ときどき、なんら脈絡もなく「魔法遣いって、孤独を好む性格をしているほうが優秀になるらしいわ」などと言い出す。面白い子だった。
でも、せめて少しくらいはお洒落になってほしいので、レアが「綺麗な金色の瞳をもっと見せるようにした方が良いわよ」とお節介を言い続け、ようやく可愛らしい髪型にし始めた。
エリは個性が強すぎな気がするが、意地悪ではないところが好きだ。
交友関係を広げたほうが貴族令嬢としては良いらしいが、レアはあのアミとマナリアの関係を知ってしまった。アミはマナリアに恩を感じて犯罪の手助けをしていた。利用されたのだ。
友だちは気の良いエリだけで充分だ。
学園の食堂では二年ぶりに二人の兄を見かけた。長兄のアズと次兄のルトだ。三歳年上で十七歳。来年は高等部を卒業する。
レアは母似だが、兄二人は父に似ていた。父は見るからに「お堅い文官」風の容貌で生真面目そうな仏頂面をしている。
兄たちは双子でそっくりで、父とは顔の作りは似ていても感じは違った。少なくとも仏頂面ではない。双子の兄二人もよく見ると雰囲気は同じではないのだが、二年も経つおかげでどちらが長兄でどちらが次兄かわからなくなっていた。
母は「アズの方が真面目。ルトの方がやんちゃ」と言っていたが、そうするとあの軽い雰囲気のほうがルト兄か。推測が合っていれば、長兄のアズの方がより父に近い気がする。性格は違うと思うが、あまり話したことがないのでわからない。違っていることを祈ろう。
レアが兄たちを観察していると、エリに「どうしたの?」と尋ねられた。
「すごく久しぶりに兄たちを見かけたの。挨拶に行くべきかしら」
「それは、行くべきじゃないの? 行くべきよ」
とエリは当たり前でしょう、とやけに熱心だ。
「わかった。待ってて、ちらっと声をかけてくる」
レアはため息を一つ零してから立ち上がった。
振り返るとエリが、がんばってというように手を小さく振ってくれる。
兄たちと離れて日が経つので、声を掛けるのは気後れしてしまう。十七歳の兄二人はすらりと背が伸びてもう大人の男性みたいだ。母の葬儀のときには二人とも来ていたが、レアは泣きすぎて目が腫れている状態で、葬儀が終わるとすぐに引きこもってしまいほとんど兄たちとは顔を合わせなかった。もしかしたら妹だとわからないかもしれない。
レアは兄のいるテーブルの横に立った。
「アズ兄様、ルト兄様、お久しぶりです」
声をかけ、お辞儀をした。
「え? レアか?」
次兄のルトと思われるほうが目を見開いた。アズはカトラリーを持ったまま声も出ない様子。
どうやら本当に気付いていなかったらしい。
「はい。今年から入学しました。友人が待っておりますので失礼します」
と、そそくさと戻った。
別に兄たちを嫌っているわけではない。ただ接点があまりなかった。
侯爵邸では兄たちは第二夫人に育てられ、レアは母に育てられた。あの性悪な第二夫人が母親で大丈夫かと思うが、第二夫人は兄たちが三歳のときには離婚していた。
母はあまり丈夫な人ではなかったので手が回らず、兄たちは以前に勤めていた気の優しい乳母と侍女が養育していた。
幼いころ、庭で兄たちが走ったりボールを追いかけているのを見た覚えがある。レアはあまり近付かないで、花壇や四阿で遊んでいた。腕白な兄たちと同じ遊びはできないからだ。
兄たちはいつの間にか学園に行ってしまった。
それにしても、父が家庭を顧みないで放置する人間だったために家族団らんとか、家族の繋がりとか皆無の家だった。
「なんか、寂しい家よね」
呟きながらエリの待っている卓へと歩いていると、離れたテーブルから声が聞こえた。
「ルトたちの妹、すごく可愛いな」
「え?」
レアは思わず足を止めて確かめたくなったが振り返らないことにした。
お読みいただきありがとうございました。
明日は、朝9時と、夜20時の二話、投稿予定です。




