17)真相(1)
本日、一話目の投稿です。
この日。
王家と宰相らが対峙していた。
この場には捜査に関わる幹部らも列席していた。
サシャの乗った馬車が横転した場所が街道だったため騎士団が捜査に駆り出されていた。王族絡みゆえに、近衛の諜報部も当然、関わる。
サシャ殿下の馬車にぶつかってきた馬車はのちに崖下で見つかり、乗っていた男性三名は遺体で見つかった。現場は王都の外れだった。その捜査は王都の衛兵が行っていたために衛兵本部長の姿まであった。
彼らは成り行きを見守っているが、近衛の諜報部幹部はこれがただの事故でないことは知っていた。
彼らを呼んだのは国王だ。
情報を持ち信頼のおけるものをこの場に集めた。全てを今日、この時に決着させたいと王は望んだ。
裁判所の司法官が法衣姿で隅に控えているが、この国の法衣は一見、文官の制服に似ているため気付いているものはあまりいないだろう。
王妃と第一王子レオン、第二王子サシャは並んで立ち、宰相カレル・メリエの隣にはロザもいた。
他には護衛の騎士や侍従たちもいる。
国王自らがこの場を調えた。宰相に引導を渡すためだ。
この男はすでに自分がこの国を乗っ取った気でいるのだ。
国王は冷めた目で宰相を眺めた。
最初に宰相カレルが口を開いたことからも彼の傲りがうかがえる。
「陛下。この事故によって引き起こされた事態はまことに遺憾ではありますが、サシャ殿下が娘になさったことを重く受け止めていただく必要はあります。婚約者の交代は避けられまい」
カレルは不機嫌な顔を作ってはいるが、本当に不機嫌か否かまではわからない。この結果をカレルの愛娘は長年、望んでいたのだから。
「それなんだがな。サシャの馬車にぶつかってきた馬車が見つかっているが加害者は全員死亡している。これは事故ではなく、事件だな。平穏に終わるものではない。ロザ嬢には自白剤を飲んでいただく」
国王が冷淡に告げるとカレルが目を剥いた。
「は? なにを馬鹿なことを! 娘は、いわば被害者ですぞ! 自白剤など! あんな後遺症が残るような強い薬を娘にだと! 冗談もいい加減にしていただきたい!」
「今どきの自白剤はだいぶ改良がされている。そう酷いものではない。それに、どうしても自白剤は必要だ。ご令嬢は、嘘をついているのでな」
国王は酷薄な笑みを浮かべた。
「娘が嘘など! なにを根拠に!」
「我が息子が言っていることと、令嬢が言っていることは正反対だ。どちらかが嘘をついている」
「殿下が自白剤を飲まれれば良いだけの話だ!」
「ほぉ? では二人で飲むことにしようか?」
国王が挑むように笑う。
「なぜ我が娘が飲まねばならんのだ!」
「そもそも、公平に嘘をついているほうが飲めば良いと言っているのだが? 宰相ともあろうものがわからんのか?」
「どちらが嘘をついてるといえば、殿下のほうであろう」
「嘘はすぐにばれる。これから証明をしよう。嘘をついている方が自白剤を飲む、それで良いな」
「どうやって証明するというのだ?」
「こちらには証明をする提案がある。宰相殿にはあるのか? あるのなら、それを述べれば良い。こちらの案よりも優れているのなら、そちらを採用しよう。言ってくれ」
「そ、そんなことを急に言われてもあるわけがないだろう」
カレルは焦り額に汗を滲ませた。
「案もないのに文句だけ言われてもな。ないのならこちらの案でやらせてもらう」
国王は威圧を込めて言い放つ。さすがの宰相も言葉が浮かばないらしく黙り込んだ。
カレルがなにも言わないことを確かめると、国王は畳み掛けるように言葉を続けた。
「では、こちらの案でやるとして、調べを受ける者を一旦、席を外させてもらおうか」
「は? どういう意味だ」
「調べる案を聞いて対策を立てながら調べを受けるのを防ぐためだ。もちろん、サシャもだ」
宰相がしばし考えたのちに「わかった」と答えると、国王は側近に命じた。
「二人を別々の控え室に案内しろ」
「控え室はこちらで選ばせていただく!」
間髪を入れずにカレルが声を上げ、国王はにこやかに頷いた。
「そうしてくれ。良い案だ。幾らでも選ぶが良い」
こちらには邪気はないからな、と言っているかのようだった。
実際に国王としてはそのつもりだったが、カレルは鼻息も荒く玉座に向かって右の控え室を自分の娘の部屋と決め、サシャは左中央の控え室を選んだ。
二人が姿を消すと、国王は再び口を開いた。
「では、証明の仕方を話す。その前に、これは王家の秘密も関わるため、宰相にはこの場でのことは秘密にしてもらう。守秘義務契約の書類だ。署名をしてくれ。他の者はもう署名済みなのでな」
カレルは国王の側近から渡された書類に目を通し、署名をした。
「では、説明は侍医に頼む」
「わかりました」
王宮治癒師である初老の男性が歩み出た。
「サシャ殿下の『嫌悪症』に関して説明をとのことでしたので、お話いたします」
侍医がそう話し始めると、「嫌悪症?」とカレルが眉根を寄せる。
「明らかになったのは殿下が十歳のころですが、それ以前から兆候はありました。殿下は、女性嫌悪症です。症状は主として強い不安症状、嘔吐、手足の震えなどです。原因を取り除けば数分で治まりますが、取り除けない場合、症状が続き重症化していく恐れがあり、女性との接触は不可能」
「はぁ? 言うに事欠いてなんていう出鱈目を! 殿下は実際、娘と閨を供にしたではないか!」
「出鱈目ではありませんな。全ての女性とは申しませんが」
「では、うちの娘はその例外の女性だったのだろう!」
「ロザ嬢とは不可能です。ダンスが出来なかったという実例がございましたな」
「なっ」
宰相が目を剥いた。
「殿下の症状は私が幾度も確認をしています。症状を改善させようと出来ることはなんでも行ってきましたが、やはり信頼を寄せている女性以外は接触できません。乳幼児のころから付きそう乳母や侍女、あるいは、長年護衛を務める女性騎士が一人。彼女らは側にいても症状が出ない」
「い、いや! だが、殿下は学園の催事で女生徒の手を握ったことがある! ロザがそんな話をしていた」
カレルはロザが苛立つ様子で母親に話していたと、そう妻から聞いた覚えがあった。
「サシャは手袋を着用する予定だった。だが、彼女の控えめで全く王子に迫ろうとしない様子に安堵し、手に触れても拒絶感がなかった」
陛下が治癒師に代わって答え、カレルはロザが控えめでも謙虚でもなく王子にしつこくしていたことを思い出し気まずく話題を変えた。
「だ、だが、殿下には婚約者が」
「ああ、その奥床しい新入生が婚約者だ」
と王は告げ、治癒師がさらに説明を加えた。
「レア・カリヤ嬢も症状が出ない。それも確認済みです。殿下は『彼女には緊張しない』と仰る。それが理由のようです」
「詭弁だ!」
「詭弁ではないのですがね」
侍医は困り顔で呟く。
「証明はできる。だから、それを今から行う。法務官殿にも協力を仰ぎ、どのように公平に証明できるか方法を考えていただいた」
国王が鷹揚に説明をすると、カレルは唇を震わせた。顔が赤らんでいるのはよほどしゃくに障ったためらしい。だが、国王の申し出には文句をいう隙が無かった。
他の権力から独立している裁判所の法務官が方法を考えた、というところが要だ。宰相は文句を言えない。
隅で待機していた法務官が一歩、前に歩み出し口を開いた。凜としてよく通る声が謁見の間に響いた。
「こちらで公平と思われる方法を考えさせてもらった。まずは、殿下に似た者が用意され、目元を隠す。それとわからない状態で椅子に腰掛け、腕を出す。ロザ嬢と、それから対比のための者が順次、殿下らに触れる。その上で、殿下が本当に女性に対して嫌悪の症状が出るのかを見る」
「なる、ほど」
カレルは法務官の言葉をじっくりと聞き、その上で慎重に答えたが、さらに疑問を呈する。
「だが、殿下に合図をするなどは」
「無論、目元を完璧に隠しても音などで合図する可能性はあるため、殿下らは防音された中で試験を受け、関係者らも防音の結界が張られた中で様子を見守る。これだけの証人に見守られた中で行われることだ。下手な真似はできまい」
「しかし、女性の手と男性の手は違うだろう」
「触れ方を工夫すれば良い。手の平を押しつけるようにするとか。それから、こちらは男性でも手があまりごつごつとしていない者を人選した」
そこまで言われてはカレルも口をつぐんだ。そんな試験で証明などできやしないだろうとも考えた。見張っていれば、誤魔化しがあればわかるだろう。
国王はカレルの様子を笑みを隠して見ていた。
サシャの病は重症だ。治癒師が「解明できない」と嘆いていたほどだ。「意識があれば、気配でさえも反応する」と。だからロザの嘘を証明できる。
試験が始まった。
まずは防音の結界が張られた中に準備をする者以外が集められ、椅子に腰を下ろした。
魔導具が設置され「試験場の音は、この魔導具でこちらに聞こえるようになっています」と説明がなされる。
見張り役たちの声はあちらに聞こえないが、被験者の声や音は聞こえるようになっている状況が確認される。
殿下が控えている間の出入り口に衝立が置かれ、ダミーとして殿下を装う者が、隠された中で用意された。髪色や体格や鼻から下の顔立ちがよく似ているものだ。目元を覆い、鼻辺りまで隠れるようにフードを被っている。これでは家族でも欺されそうだ。
三人が並んで座ると、まるで三つ子だった。
宰相はどれが殿下か幾ら目を凝らしてもわからなかった。
殿下を含めた三人の周りも防音の結界が張られる。これで音による不正は防げる。風魔法の結界なので匂いも遮断される。香水などで相手を知ることも不可能だ。
ロザが控え室から出される。
幾人かの裁判所関係者も並んだ。彼らは協力者だ。ロザとともに殿下に触れる。女性だけに嫌悪症の症状が出る、ということを確かめるためだった。治癒師も待機した。
念入りに誤魔化しがされないよう対策が講じられ、準備が整った。
法務官が開始の合図をする。
ロザには三人の男の腕に触れるようにと指図がされた。
「他の者と同じようにしてください」
と厳めしい法務官に言われ、ロザは顔をしかめた。
「私に命令するなど、どういうおつもり?」
ロザは思わず抗った。
「では、試験は受けないと、そういうお答えですかな」
法務官が淡々と告げる。
「馬鹿馬鹿しい。この私に命じられる者などいないと言っているのよ!」
カレルは焦った。
もしも「ロザは試験を受けない」と法務官に判断されれば、自白剤を飲まされるだろう。嘘をついていないという証明を拒否したということなのだから。
娘がこんなに愚かだとはカレルは思っていなかった。
「一言、娘に伝えさせてくれ! 試験を受けろと!」
カレルは必死に申し入れ、法務官に「下手なことは言わないように」と厳しく言われて頷いた。
「当たり前だ!」
拡声器のような魔導具が渡され、カレルは娘に怒鳴った。
「ロザ! この馬鹿者が! 試験を大人しく受けろ! 嘘をついていないと証明するだめだろうが!」
父親に怒鳴られ、ロザはようやく自分が不味いことをやっていると気付き押し黙った。
ようやく試験が始まった。
殿下に似た三人の男の腕に、次々と集められた協力者たちが触れていく。
彼らは服装はさまざまで、年齢にも幅があった。裁判所勤務の信頼のおける者という条件は誰も同じだが、傍目にはわからない。
ロザはいったいなんの試験なのだろうといぶかしんだ。
そのうちに、試験管らしき者に、ロザは声をかけられた。
「ではあなたも前の方々と同じようにしてください」と促される。
謁見の間が緊張に包まれた。
カレルは息をするのも忘れて見守った。
お読みいただきありがとうございました。
また、今夜20時に投稿いたします。




