14)顔合わせ
本日、二話目の投稿です。一話目は朝9時に投稿済みです。
週末。
父と二人で馬車に乗り王宮に向かった。
レアは現地集合でも良かったのだが、それはまずいとエイトは思ったらしい。レアは兄たちも一緒が良かった。でも予め同席すると伝えていなかったので父と二人きりだ。
気が利かない父親だと本当に困る。
心が鬱々と沈んでいても馬車は進んでいく。
王宮は広い。レアが幾度か来たのは正面から入ってすぐの辺りだけだ。庁舎と呼ばれる建物が並んでいる。
王族が住まう御殿はずっと奥にある。
庁舎近くにも外交や祭事に使われる荘厳な宮が聳え立ち貴賓室や大広間があるが、今現在は王族の住まいは奥の御殿に移っているという。王宮内はとても複雑になっている、とレアは授業で聞いた。
実際に敷地内に入ると本当に複雑そうだ。
馬車でカラカラと敷地の中を進みながらレアは夢のように美しい庭園や建物に見惚れた。
奥の奥まで進んでようやく馬車は停まった。
もうこの時点でレアは「こんなとこに住む生活は肩が凝りそうで嫌だ」と決めていた。レアの心は決めてあるが、穏便に断るのは難しいこともわかっていた。
兄様たちがいたら良かったのに。レアは不安に押し潰されながら思う。側にいてほしかった。そうしたらきっと社交用の笑みも上手く作れるだろう。
馬車が停まると宮殿から御仕着せ姿の家臣たちが現れ、馬車の扉が開かれた。
エイトとレアは絢爛たる応接間に座らされていた。
どこを見ても贅をこらした部屋だ。侯爵家の屋敷もそれなりに立派なものだったが古かった。それに、手入れが行き届いていなかった。エイトが放りっぱなしにしている屋敷だからだ。
母は生粋のお嬢様で体が弱かった。ゆえに、屋敷をきちんとする仕事もできていなかったのだろう。今ならそれがわかる。
レアはどう考えても普通の貴族令嬢ではなかった。そんなレアが王族の妃になどなれるのだろうか。
まったく! この父親のために! 思わず隣の父親を睨みそうになったが耐えた。
レアがぼんやりしている間も国王夫妻とエイトが今後のことを話していた。国王の側近が書類を用意したりしている。
あぁもう後戻りできないじゃん、とレアは心中では焦りまくるが、容赦なく時も人の動きも通り過ぎていく。
遠い出来事のようにも、雁字搦めのまま運命に流されているようにも思えてくる。目の前のやりとりを見守るしかない。
ふいに、気が付くと王妃に声をかけられていた。
「レアさんは緊張しているのかしら?」
綺麗な王妃が優しく頬笑んでいる。
「あ、はい、とても」
レアは無理矢理、笑顔を作った。
「まぁ、そうね、こちらには初めて来られたのですものね。すぐに慣れるわ」
レアは和やかな王妃の言葉に精一杯の笑顔を浮かべる。ぜったいにすぐになんか慣れないと思いながらも「はい」としか言えない。
「あとでそこらを案内するよ」
サシャがそんなことを言ってくれる。
「ありがとうございます」
二人とも優しい。でもレアの気持ちが晴れることは難しそうだ。
「レア嬢はサシャとの婚約の話を聞いたときにどう思ったのかね」
と突然の問いかけは国王からだった。
恐れ多くも視線を向けると、威厳の固まりのような国の頂点におわすかたがじっとレアを見詰めている。
レアは一瞬、呆然としそうになったが、必死に冷静を取り繕う。
「あ、はい。このお話をうかがいましたのが三日前でしたので」
とレアが話し始めたところで「三日前?」と、部屋にいた王族たち全員が思わず声をあげた。
王妃とサシャと、陛下までもが声を抑えられなかった。背後に控える側近さえ目を剥いた。
エイトはごほんごほんとわざとらしく咳をする。
「あの、はい、三日前、です。それで昨日は慌ててこの訪問着を兄と買いに、あ、ええ」
テンパったレアは余計なことを言ったと気づき、慌てて口を閉ざす。
エイトはさらにごほごほと咳をする。
レアはエイトや王族たちの様子から、この話はもっと以前から出ていたのだと知った。
それはそうだろう、王子の婚約だ。半年やそこらは前から下準備がされていたはずだ。とはいえ、カリヤ家にいつ申し込みが来たのかは皆目わからないが。
国王を初めとするサシャたちは、カリヤ侯爵は常識に欠ける男だとはわかっていたが、それを目の当たりにして二の句が継げない。
おまけに、訪問着も兄と前日に買いに行ったという。
王家からカリヤ侯爵家には、当然ながら半年以上前から打診を始めていた。
最初はただのお伺いであり、まだ断る猶予はあった。王家の側は、断られそうになってもねじ伏せる気満々だったが表向きはきちんと手順を踏んだ。それから幾度もやりとりがあり今日を迎えている。
その家の事情や方針によりいつのタイミングで令嬢本人に話しがいくのかはわからない。おそらく、最初のうちは当主夫妻と王家との話し合いになるのが一般的だろう。
それにしても、顔合わせの三日前に本人に報せるとは、あんまりではないか。
その場にいた王家側の者はエイトに冷ややかな目を、レアに慈愛の視線を向けた。
「それでレアの態度がまるきり変わらなかったんだね。遠回しに振られたのかと思って凹んでたんだが」
サシャは脱力した様子で呟いた。実のところ一時期は凹んだどころではなかった。
当然、とっくにレアは父親から婚約の話を聞いているだろうと思っていた。けれど、むしろ避けられている頃もあった。レアが図書室に来なくなったり、また来てくれるようになったり、笑顔を向けてくれたり、そういった全てでサシャがどんよりと落ち込んだり、舞い上がっていたことなどレアはもちろん知るよしもない。
「ふ、振られ? まさか、そんなこと」
レアはそんな風に振るなど思い付きもしなかった。お断りするにしてもきちんと理由を述べて辞退するべきだ。その「きちんとした理由」がないから困っていた。漠然とした不安だけでは駄目なのだ。
「違って良かったけど。そんなびっくりした?」
「あ、それは、はい。とても驚きました。不安もあったのですが、兄からサシャ殿下と、不安とかがあったら相談し合えばいいと言われて」
「うん、なんでも言ってくれ。良い兄上だね」
サシャが頬笑む。
「はい、優しくて頼りになるんです」
レアは兄が褒められて嬉しくなり、サシャに笑顔を向けた。
強ばりかけた場の雰囲気が緩んだ。若い二人の様子に、国王夫妻の表情も柔らかだった。
想定とは幾分、違った展開でこの日は終わった。
レアはサシャに美しいバラ園や子馬が遊ぶ馬場を見せてもらい、思っていたよりも和やかな気持ちで帰った。
□□□
前世の記憶の夢をみられる者は少ない。
前世の記憶についての研究はされているがあまり知られていない。大した研究成果がないからだろう。
前世の夢をみるには条件があるのだ。
まずは魔力が高い者でなければならない。
それに、記憶を魔力で強められるような、魔法の能力を持っていなければならない。しかも、その能力の開花は子供のうちに芽生えていなければならない。前世の夢を見られるのは子供のころに限られるからだ。
これだけの条件を持ち、さらに強く印象に残る前世の記憶がなければならない。
ありふれた記憶、印象の強くない前世の記憶は、夢でみても明くる朝には消えている。残るのは鮮明に残っているような強い記憶だけだ。
こんな条件をすべて満たしてようやく前世の記憶が蘇る。ゆえに稀なのだ。
そう思っていた。
実際はどうだろうか。わからない。なぜなら、前世の夢の記憶は人には言わないものだ。個人の秘密だ。
前世の夢は人の心や資質に影響を与える場合がある。弱点となる場合もある。そのためか「秘密にする」という慣習というか、常識がある。
自分もわずかながらに前世のものみたいな記憶がある。エイトは不機嫌に思い返した。
大したものではない。あまりにぼんやりとした夢の記憶だ。
息子がいた。幸せな結婚をした息子が。嫁が愛しくて仕方ないらしい。
孫の顔がみたいものだ、と思った。
それが、離婚した。性悪な女に欺されたらしい。離婚したのち、あれほど好き合っていた嫁は事故で死んだ。
息子は心を壊した。体も悪くした。
病院を抜け出して、死んだ嫁の墓に行く。何度も行く。何度もだ。
哀れだと思う。辛くてならない。妻と二人で息子を迎えに行った。何度も、何度も。本音ではこんな辛いことはしたくない。仕事のほうが楽だ。
エイトは仕事に逃げたかった。そもそも、仕事人間な男だった。仕事のことだけしていればいいのなら良かった。悲惨な家庭のことなど考えたくない。
そんな夢だと思う。
あの夢が自分に影響を与えているとは思わない。あんなぼんやりとした前世の夢など、幼いころに読んだ童話と同じだ。影響などない。
なぜ前世の夢などみるのだろう。強い印象のある記憶だとしても、戦争の夢などはあまりみないらしい。
思い出したくないと望めばみなくて済むという説もある。
エイトにとっては、あの夢も思い出したくなかった。
夢のせいでこうなったのだろうか。夢の中の「仕事人間になりたい」という強い願望が今の自分を作ったのだろうか。
いや、やはり関係などないだろう。
これでも少しは反省している。
長男のアズから「婚約者が決まりました」と言われた。
興味ないでしょうけど一応、お知らせします、と嫌みたらしく言われた。
「父上、なんなら、もう当主の座を私に継がせますか」
と冷淡に言われ「それもいいな」と思い、そう答えた。
もう自分には家長は無理とわかった。とっくにわかっていた。
「結婚式には呼びますよ。覚えていられたら来てください」
と、また嫌みたらしく言われた。
「大丈夫だ。執務室中に『この日はアズの結婚式』と張り紙をしておく」
答えたら長男に呆れられた。
「そんなにしないと覚えていられないんですか」
こんな父親で済まない。
□□□
ルトは兄のアズに尋ねられた。
「俺がエリ嬢と婚約してもいいのか」と。
「もちろんだよ。エリ嬢もアズのほうが気に入ってる様子だったろう」
「双子なんだ、変わらないよ。彼女、見分けが付いてるのかな」
アズが自嘲するように答えた。
「ハハ、見分けてるに決まってる。気づいてなかったのか? 彼女はいつも兄上の側を選ぶじゃないか。それに、名前を間違えたこともないだろ」
「そりゃ、服装やなにかで」
「制服で慰問に行ったときも間違わなかったのに?」
「いや、まぁ」
アズとルトは、髪型が少し違う。だが、顔が似ているというのは似合う髪型も同じなのだ。違うといっても他人から見れば同じようなものだ。
でも、エリは見分けてる。一目で見分けている。
妹のレアもだ。間違わない。
レアは「お母様が言ってたの。『アズの方が真面目。ルトの方がやんちゃ』って。だから間違わないわ」と言うのだ。
たかがそんなので見分けが付くとは、さすが妹だ。
エリが間違わないのはわけがわからない。なんでいつも正解なんだろう。
レアは「愛の力」と言ってアズをからかう。
ルト自身は、婚約とかはまだいいなと思っている。
ルトには気掛かりなことがあった。前世の記憶の中で吹っ切れていないことがある。
はっきりと思い出されたことは少ないというのに。ルトは自分はクズだったと思われてならない。おそらく本当にそうだったのだろう。恋人を取っかえ引っかえ、まるで服を着替えるように変えていた。
それで最後の恋人は、その前に付き合っていた女にしつこく嫌がらせを受けて遠い親戚の家に行った。
腹を立てて犯人である女と喧嘩をし、崖から落ちた。階段かもしれない。
そんな夢だ。
今思えば、嫌がらせの犯人だけを責められない。
こんな自分が幸せな結婚なんてしてはいけない気がする。
ルトはだから、エリは可愛くて良い子だったが自分には相応しくないと思っていたし、彼女がアズを選んで良かったと思った。
せめて兄と妹が幸せになって、それから考えよう。
サシャ殿下も前世の夢持ちらしい。どんな夢なのか興味はないが、気になることがあった。
サシャ殿下は長らく婚約者が決まらなかった。それに、サシャ殿下が入学してから生徒会に女生徒が入れなくなった。取り巻きの女生徒たちをやけに徹底して避けている。
「なーんか同類の匂いがするんだよなぁ」
ルトは前世の死んだ理由のせいか、異性が少し苦手だ。気付いたのは入学してからだ。幼いころから知っている乳母や侍女たちには平気だったからだ。
サシャ王子はレアが気に入っている様子だ。それも、レアが入学して間もなくかららしい。
まさか、レアは殿下の前世の妻か恋人なんだろうか。前世で好きだったからレアを選んだなら嫌だなと思う。そんな理由ではなく、今のレアを好きになってほしい。
前世の記憶のあるなしに関わらず、前世からの影響というものはあるかもしれない。けれど、たとえそうだとしても、現世では今の自分を生きている。今の親から生まれた体で、現在の環境で育った自分がいる。
レアはあの父親に放置され、家政婦どもに虐待されながらも乗り越えて頑張って今がある。そんなレアを好きになってほしい。兄としてそう思う。レアが幸せならいいが不安そうにしていたのも気になる。
前世の記憶を参考にする程度ならいい。けれど、囚われるのは違う。ルト自身は囚われている、逃れようもなく。だから、なおさら思うのだろう。
ルトは愛する者ができるのが怖かった。今度は大事な人を守れるだろうか。どうしてもそんなことを考えてしまう。
それに、あの女も気になる。
ロザ・メリエ公爵令嬢。
ロザはサシャ王子に執着していた。有名な話だ。王家が断っても、宰相の父親を使ってしつこく婚約申し入れを繰り返した。
なんでそんなことを知っているのかと言えば、ロザを嫌っている取り巻きがこっそり情報を流しているからだ。
ロザは身近な者に嫌われるような女だった。取り巻きの令嬢が二人、自殺しているのも密かに流れている話だ。
以前に風紀委員であの女に小言を言われたことがある。ルトは直接、応対はしていないがすぐ近くにいた。「平民を近寄らせないで」と彼女は言ったのだ。その言い方と表情にぞっとした。まだ少女だというのに人の温かさが無い。驕り高ぶった良家の娘は、きっと裏の顔を持っている。
レアに手を出さなければいいが。不安でならなかった。
お読みいただきありがとうございました。
明日も朝9時と、夕方20時に投稿いたします。




