10)慰問
本日、二話目の投稿です。
「ねぇ、あの雑誌、見た?」
エリに尋ねられてレアは「雑誌?」と首を傾げた。
「聖女様の記事が載っていたの。すごく清らかな人なのね。感動しちゃった」
「そ、そうなのね」
それじゃぁ敵うわけがないわ、とレアは思ってから「敵う」ってなによ、と自分に突っ込みを入れる。元からボロ負けだろう。そもそもなんで勝負しようとしてるのだ、なんのために。
なぜか胸中に嵐が吹き荒れる。
「聖女様と第二王子殿下が婚約! とかいう噂があったけど、まるきりのデマだって」
「え?」
レアは口を開けたマヌケ顔をさらした。
「第二王子殿下とは口をきいたこともありません、ですって。なんでそんなデマが広まったのか不思議でしょうがありません、とかも書いてあったわ。神殿の神官長様のコメントでも、ありえませんって答えててね」
「へ、へぇ、デマ? めちゃ不敬なデマじゃない?」
「ホントね。そういうデマって、私、良くないと思うわ。無責任よね」
なぜかエリが怒っている。
「そう? 怒るほどのことでも」
「怒るほどのことよ! 聖女様のファンにも王子殿下のファンにも失礼だと思うの」
「あぁ、それはそうかもね、なるほど」
「でしょ」
エリはなおもぷんぷんしている。
「エリって、ホント、良い子よね」
「え? そ、そう?」
エリは、今度は照れているようだ。
「エリと友だちになれて良かったわ。あのとき声をかけてもらえて良かったってつくづく思うの。私、ほら、茶会とかも経験皆無だったから友だち欲しくても上手くできなくて」
「そ、そうね、自分でも不思議とレアのこと気になっちゃって。私もレアと同じで、社交性がだいぶ残念な女なんだけど。声かけようって思えたのよね」
「ありがと」
「どういたしまして!」
エリが照れ顔のまま笑う。
「でさ、エリも王子様のファンなの?」
「え? ううん、私、結婚願望はあるんだけど、男の人って苦手で」
エリは本当に苦手らしく、顔をしかめて首を振る。
「男が苦手で結婚願望があるって矛盾してない?」
「そうかしら。実は、子供もちょっと苦手」
「え? そうなの? エリ、優しいのに」
「あはは。そう言って貰えるのは嬉しいけど。なんていうか、子供って育て方ひとつで将来が変わりそうで。責任重大そうで重荷に感じるの」
「そう? 大事に愛して育てればいいんじゃない?」
「駄目よ、それだけじゃ。ちゃんと躾けないと。とんでもない娘や息子に育ったら人に迷惑をかけるかもよ」
エリはやたら真剣にそう言った。
「そ、それはそうかもね。躾けは要るわ」
「でしょ? そういうのがちょっと怖いなと思って。犯罪者、とまではいかなくても残酷な人間に育ったらって思うと。でも、穏やかな生活はしたいから結婚には憧れるのよ」
「なるほど」
いろんな考え方があるのね、とレアは一つ価値観が広がった気がした。
□□□
エリを連れて孤児院に慰問にいくことにした。
男と子供が苦手なのに結婚がしたい、などという困難な道を進もうとしている親友のために。男と子供に慣れるようにしてやろうと「余計なお世話作戦」をレアは思い付いた。
カリヤ侯爵家は執事と家政婦に欺されていた間、孤児院への寄付も着服されていた。
そのことに気づいた新しい執事が当主のエイトと相談して以前の寄付を復活させていた。
裕福な貴族家は寄付くらいするものだ。当たり前のことで、半ば義務化されている。孤児院や養護院でも、寄付を得たときは公にしている。その上で、慰問という名の視察を受け入れている。レアの母も元気だったころはレアを連れて行っていた。
カリヤ侯爵家は二年間もその義務を怠っていたことになる。
高位貴族のくせに、王都の大きめの孤児院などに寄付者の名前がないと「あの家、どうしたんだ?」と密かに思われている。二年間、カリヤ侯爵家はそういう状態だった。
エイトは法務部の高官で名前はそれなりに知られているので目立つ。自分が義務を怠っていたことに気づいて焦っているらしい。侍女のメイサを通じてこっそり探りを入れたところ「新しい執事に言われて大急ぎで寄付をしまくってました」と淡々と情報をくれた。
自業自得だ。いつものことだ。
そんなわけで、次ぎは慰問だ。
レアは兄二人に手紙を出した。二人は学院に進学しているが学院はすぐ隣だ。いつでも会える。それで慰問のことを相談というか、行きましょうと誘った。
当日はエリを可愛らしく着替えさせることにした。
エリの実家、マレリ伯爵家は古くから続く由緒正しい伯爵家で、裕福さは平均より少し上くらいだという。エリ本人がそう言っていた。
マレリ家にお邪魔すると、確かに良いお屋敷だった。裕福そうだ。
エリの母上であるマレリ伯爵夫人と伯爵家の侍女たちと一緒にエリのお洒落を手伝った。
エリはいつも「可愛い格好は似合わないから嫌」と言い張って、地味なドレスを選びがちなのだという。でもマレリ夫人はエリを着飾りたいので可愛いワンピースや訪問着はたくさん作ってある。
「この可愛いのを着なさい!」
とレアがビシビシと言って、いつもなら着ないワンピースを選ばせた。
夫人は大人しい感じの人で、エリに負けて地味な服ばかりを着付けることになっていたらしい。
「今日はお化粧もしましょうね」
と伯爵夫人が娘を誘う。エリは渋い顔だ。
「エリ、もう十六歳なんだもの。薄化粧くらいしましょうよ。エリはお肌すべすべだけど、ちょっと化粧すると感じが変わるわよ」
「レアだってお化粧してないじゃない」
エリが口を尖らせる。
「私はお母様が亡くなってて、気の利かない侍女しかいなかったから化粧道具も持ってないんだもの」
「あら、じゃぁ今日はエリと一緒にお化粧しましょ」
伯爵夫人に誘われ、レアは頬を染めて頷いた。
二人の少女は「我が家でもっとも化粧の腕が良いのよ」と伯爵夫人一押しの侍女に自然な感じのお化粧をしてもらった。
今日のレアは父に「服がない」と強請り、侍女と選んだワンピースを着ていた。三年前の服だが少し大きめサイズだったのでまだ着られた。クリーム色の地に小花の織り柄が入っていて、ハイウエストの部分にレースの帯を締めるシンプルな服だ。派手ではないけれど綺麗なワンピースだと思う。お気に入りの一着だ。
エリは薄紅色のワンピースだ。古典柄の綺麗なレースが胸元や袖に使われていて上品で可憐な装いだ。エリにとても似合っている。
待ち合わせの時間丁度に、レアの兄二人が馬車で到着したと階下から報せがきた。
エリとレアの支度も調っている。夫人と一緒に三人で静々と階段を降りていく。
兄二人はエントランスで待っていた。目を見開いて階段を降りていくレアとエリを見ていた。
「お待たせ致しました」
エリが声をかける。
「い、いえ、待ってはいません」
「今日は、お誘いいただいてありがとうございます」
エリがお辞儀をしてアズが答えた。
「こちらこそ、了承していただいて嬉しいです。いつも妹と親しくしてくださって感謝しております」
隣では次兄のルトがきりりとした表情でかしこまっている。
エリを慰問に連れ出すに当たって、二人の兄に頼んだのだ。兄たちもカリヤ家が寄付と慰問をさぼっていることに関しては気にしていたらしくすぐに応じてくれた。エリを誘うのも了承済みだ。
それにしても、エントランスでのやり取りがあまりに堅苦しくて、レアは呆れてしまった。こんな展開は想像していなかった。
ま、まぁ、仕方ないわよね、初めてだし、とレアは気を取り直す。これから仲良くなればいい。エリに慣れさせるのが目的なんだから。
「男に慣れさせる」なんていうと聞こえが悪いけれど。
孤児院に到着すると、最初は緊張気味だった兄たちとエリだったが、子供たちがなつっこくてすぐに打ち解けていった。子供たちのほうがよほど慰問を受けるプロだった。
若い男性の慰問はあまりないらしい。アズたちがボールを持ってきたので男の子たちと大騒ぎで遊んでいた。
レアは女の子たちに自分が知っている体術の基礎を教えてあげた。護身のためのものだ。ごく簡単な、基礎の中の基礎みたいなものだが、女の子たちは体術を習うのは初めてらしく、なかなか上手くできずに手こずっていた。エリが案外、上手で驚いた。
慰問は楽しく終わった。帰りの馬車に乗る頃にはアズたちとエリもすっかり打ち解けていた。
明くる日、学園でエリと会うと、
「レアのお兄様たち、二人とも格好良いのね」
と褒められた。
「えぇ? そう?」
意外な言葉にレアは思わず目を見開いた。
「そうよ、そう思わない?」
「うーん、あの父親に似てるところが惜しい、っていうか」
「お父様似なの? レアのお父様、性格はアレだけど、容姿は良いのね」
エリにまで「アレ」と言われてしまった。
エリもなかなか言う。その通りだけれど。
「容姿は良いのかわからないわ。ろくでなしって思い込んでるから、素直に顔付きだけを見られないのよね」
「気持ちはわかるけど、お兄様たちは良い人だと思うわ」
「うん、それは認める。兄様二人は優しいわよ、頼りになるし。それに、どちらも常識的よ、性格はまったく父と違うの。どう思う? たとえば、婚約者としてとか」
「え? ええと、でも、うちは伯爵家で、レアの家は当主が高官の侯爵家よね。良いところのお嬢様を選びたいんじゃない? お二人は婚約者いないの?」
エリは遠慮しながらも頬を赤らめていて脈がありそうな様子だ。
「うちはあの家庭を顧みない父親だから、兄たちの婚約とかも放りっぱなしよ。兄様たちはうちが職業斡旋所の悪質な雇用主リストの永久会員であることとか、アホな詐欺に引っかかるような父親だとかで、ちょっと良い婚約は諦め気味なのよね。執事がすんごく気にしてるのよ。父親はなんら気にしてないけど」
「お兄様と執事さんが気の毒ね」
「そうなのよ。もしもエリが兄のどちらかを気に入ってくれるなら超お勧めするわ。そうしたら、エリと家族になれるんだもの」
レアがにっこりと笑って言うと、エリは目を見開いた。
「れ、レア、私と家族になってくれるの?」
「あ、あのね、兄を気に入ってくれたらだってば」
「お、お兄様は素敵だと思うけど。私、私も、レアの家族になりたい」
エリはぽろぽろと涙を零した。
「え、え? エリ、なんで泣いてるの」
レアは狼狽えた。
「嬉しくて。レアと家族になれるなんて。なりたいって言ってくれるなんて。嬉しくて」
「そんな嬉しがるほどのことじゃ」
「嬉しいわよ。レアの父親はトンデモ親父なんだもの。私が代わってあげたいくらい」
「あはは。エリってば大げさ」
レアはなぜか感動しているエリを必死に慰めた。
では、遠慮無くエリに家族になってもらおう。兄をけしかけることにした。
それにしても、どうしてそんなに感動するのだろう。エリの家族は優しくて、カリヤ家とは比べものにならないくらい素敵な家庭だ。
不思議でならなかった。
明日も朝9時と、夕方20時に投稿する予定です。




