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1)プロローグ




 それは悲しい夢だった。

 主人公は太めの女性だ。

 彼女は温和な性格で友人はたくさんいた。容姿のことを言われても気にしない振りをした。でも、一人になると落ち込んだ。

 双子の妹がいた。似ていない双子だ。彼女は妹にいつも虐められていた。わざと傷つくことを言われ、歩いていると足を引っかけられる。

 虐められていると訴えても、可愛い妹が泣きながらそんなことはしていないと否定すると妹の方が信じられた。

 頑張って勉強して、妹には行けないであろう偏差値の高い高校へ進学した。

 妹は高校卒業後、働き出してから結婚したが三年ほどで離婚した。離婚後に実家に戻って来た妹にまた虐められ、逃げるように見合い結婚をした。

 結婚相手の彼も太っていた。妹には「ぶくぶく夫婦ね、お似合いよ」と笑われた。夫婦して肉が暑苦しい、などとも言われた。でも幸せだった。彼は優しい人だった。

 夫が会社の健康診断で痩せた方が良いと言われ、夫婦で食事制限をすることにした。栄養がありカロリーを控えめにした美味しい食事を勉強した。手間がかかっても毎日弁当を作った。

 二人で痩せ始めた。彼は痩せるととても格好良かった。彼女は夫ほどはすぐに痩せられなかったが友人たちには「可愛くなった」と褒められた。

 幸せだった。子供がいたら良いね、と夫が折に触れて言うようになった。きっとこのまま家族が増えて、もっと幸せになれると思っていた。

 そんなある日。妹から連絡があった。

 夫が飲み会で遅くなった日。その日、彼は妹と一緒に居たのだと、一緒に泊まったのだと。写真まで送りつけてきた。あられも無い恰好の二人だった。

 妹はその写真を夫の家族と実家の両親にまで送り、離婚することになった。

 夫からの弁明はないままに離婚話が進み、すべてが終わったころ。彼女は事故で亡くなった。亡くなったときのことはあやふやだが、人がたくさん乗っている大きい乗り物の事故だった。

 悲しい夢。ただただ悲しい。辛い苦しい夢だった。

 目が覚めると枕が涙で濡れていた。

 今日の夢はなんだかいつもよりはっきりしていた。

 レアが悲しい夢を見るのは初めてじゃない。「魔力持ちだから」と亡き母が言っていた。

 魔力を持っている者が勉強をしたり何かを記憶しようとすると、知らないうちに記憶力を魔力で補強しようとする。そうすると夜寝ているときに無意識に魔力が記憶を遡らせる。ときに、前世の記憶までも蘇らせてしまう。

 そういう「記憶の蘇り」は魔力持ちの子が幼いころに起こる。大抵はほんの微かな記憶に留まり、はっきりとはしないものだ。

 レアも目を覚ますとほとんどは忘れている。けれど、虐められたことと夫に裏切られたことは「強い記憶」らしく、目を覚ましてもうっすらと覚えていた。物語のあらすじを覚えている感じだ。そのあらすじもあやふやだったりするが。

 あとは、覚えているのは感情だ。今も悲しみを覚えている。だから枕が涙で濡れているのだろう。

 レアは泣きすぎて重い目を瞬かせた。

 ただの夢だ。前世であったことかもしれないが、もう遠い消えた過去。でも、あまりにも本当みたいに感情が残っていた。

 レアはそっと身体を起こして自分の手のひらを見た。

 むっちりと太った小さな手。夢と同じに太っている。

 でもまだ少女の手。レアは十三歳だ。

 夢の彼女は大人だった、結婚してたし、とレアは思い返す。

 ふっくらとした手を握って開いた。

 最初に夢を見たとき、なぜ生まれも年齢も違う女性の夢を見たのか不思議だった。目覚めたとき記憶は消えかけていたが、大人の女性に成り代わったことは覚えていた。まるで我が身のことのように思える奇妙な夢だった。

 幼かったレアは、今は亡き母に尋ねて教えてもらった。

「前世の夢かもねぇ。レアは魔力持ちだから」と母は言った。

 特別な夢だから二人だけの秘密よ、と母はレアに約束させた。

 あれから何度も同じ夢を見て、忘れてまた夢を見てと繰り返し、昨晩はいつもよりはっきりと夢をみて、その余韻が残っている。

 明け方の薄暗い部屋で寝台でじっと蹲り、身動きもできないままにいるうちにうたた寝をして朝になった。

 レアは、心に決めた。「負けない」と。

 あれは、犯罪だ。

 レアはいつも独特の匂いのする食材を食事に入れられていた。知っていながら、口にしていた。

「テルゼア豆」という食材だ。国立研究所の指導により一般には流通していない。

「馬鹿な私」

 レアは夜の明けた寝室で呟いた。


 レアはカリヤ侯爵家の令嬢だ。二年前に母が流行病で亡くなってから孤独だった。母はあまり身体が丈夫ではなかったために病が癒えるまで命がもたなかった。

 父は王宮勤めの高官で、領地運営は家令に任せているが定期的に領地に通っている。王都の別邸は王宮から馬車で一時間の距離にあり、父は普段は王宮そばの上級文官用宿舎に住んでいた。

 レアには三歳年上の兄が二人いて、長兄と次兄は双子で王立学園の寮住まいだ。兄たちは一卵性でそっくりだった。

 王都の別邸で、レアは家族に会えないまま暮らしていた。母が存命中は母と二人きりだった。思い返すほどに酷薄な父だなと思う。レアは捨て子みたいなものだ。

 父エイト・カリヤ侯爵と母は政略結婚でありながら仲は良かったらしい。母はそう言っていた。今思えばそれも本当か怪しいが。身体の弱い母は結婚して何年も子が生まれなかった。そのため父は第二夫人を娶った。第二夫人を娶るのは子が生まれなかったときは認められる。

 明くる年、第二夫人は双子の兄たちを産んだ。

 さらに二年後にはまた男児を出産したが、その子が問題だった。赤ん坊は焦げ茶の髪をしていた。父は金髪碧眼、第二夫人も薄い金髪。調べたところ、子の魔力波動は父の子ではないことを示していた。

 第二夫人を問い質し、元恋人の子爵の子であることがわかった。父は離婚し、第二夫人と子は子爵の元へいった。

 その一年後、正妻である母はレアを産んだ。

 レアが十一歳となったころ、母は病死した。二年前のことだ。侯爵は以来、再婚は考えていないらしい。

 そういった話は母が存命中は母から聞いたり、古くからいる侍女が教えてくれた。

 レアが父から放りっぱなしにされているのは過去の経緯によるのか、元々父は家族に対する愛情が足りない人なのかはわからない。父とは挨拶以外に口をきいたことがない。

 武術を習いたい、とレアは思った。夢の中で彼女が始終、転ばされていたのは鈍かったからだ。妹がそばに居るときに横を歩けば足を引っかけられると知っていながら、馬鹿みたいに引っかかって転んでいた。ああはなりたくない。

 彼女は部屋に閉じこもるのが好きで、身体を動かすことをしない。だから鈍かった。足も情けないほど遅かった。

 あの夢は生々しかった、衝動的に「このままじゃ駄目だ」と突き動かされるほどに。


 明くる日。

 レアは朝早く目覚め、庭を歩いた。

 昨夜はあまり眠れなかったが、動かない生活を辞めようと早速、散歩から始めた。

 部屋に戻ると朝食が用意されていた。朝からテーブルにはご馳走が並んでいる。それに、鼻につく匂い。

 テルゼア豆の匂いだ。レアは鼻をすんっとさせて嗅ぐ。

 テルゼア豆とは、カリヤ領のテルゼア村特産の豆だった。曰く付きの豆だ。

 昔、村の豆と植物型の魔獣と交配して大粒でよく実る豆を作ったのだという。そう簡単に作れるものではないが、運の良いことに成功した。けれど、豆の実は独特の風味があり、手間のかかる下処理をしないと食用に向かなかった。

 今は、テルゼア豆は国の薬学研究所にほとんどを卸している。なぜなら、テルゼア豆が「異様に太る」とわかったからだ。栄養価が高すぎるという。そのため、治癒師の処方がなければ食用にしないよう研究所に指導されている。

 研究所に卸さない残りは、やむなく家畜の餌と油に使う。

 豆は油分を多く含み、油を絞ったあとの滓は家畜の餌に良かった。栄養があるので家畜が肥える。動物たちにとっては美味いのかよく食べる。

 油は塗料に使う。もったいないが食用で売ることができない。国に指定食材とされてしまっているからだ。一般に流通できない苦肉の策だった。

 それなのに、処方などされていないのに、テルゼア豆の匂いがする料理を十三歳の少女が食べさせられている。

 だから太ったのだろう。

 レアはこの食事の原因である家政婦のアミをちらりと見た。

 薄い茶色の髪に焦げ茶の瞳のアミは、がっしりとした体型で大柄な三十代半ばの女性だ。顔立ちはそこそこ綺麗だが、きつい目つきをしている。

 ふんわりした髪型と濃いめの化粧は家政婦らしくない。アミの実家は男爵家で、レアの母が亡くなった年からこの侯爵邸にいる。

 アミは「子供のうちは栄養をたっぷり取った方が良い」という信念を持っていて、アミが来てからレアは徐々に太り始め、今はでっぷりと肉のついた体型になってしまった。

 最初のうちはそんなに食べられず食事を残しがちだったが、押しの強いアミに「食事を残すのは行儀が悪いです」としつこく言われ続けて今にいたる。

 でももう、こんな食生活はやめよう。

 レアが食事を始めるとアミは部屋の隅の椅子に腰を下ろし本を読み始める。娯楽小説だ。面白いらしく、ときおり「ふふ」と笑うアミの声が聞こえる。レアはいつものように揚げ物をこっそりとハンカチに包んでポケットに入れる。多すぎる料理は庭の焼却炉の中に捨てている。

 食べ物をそんな風にするのは悪いと思うが仕方なかった。ずっとそうやっていた。それでも、レアはでっぷりと太った。テルゼア豆のせいだ。豆の匂いがするのは煮物やスープなのでハンカチに包めない。だから、食べるしかなかった。

 そういえば、凄い豆だ。太るというのは本当だった。研究所の慧眼に感心してしまう。

 おやつも揚げ物と同様に捨てていた。ときにはパンもだ。テルゼア豆の料理を食べると満腹感が続いて食べられなかった。それでも太るのだ。

 母から「テルゼア豆って、ずっと研究中なんて変よね」と聞いたことがある。

 どうしてずっと「研究中」なのだろう。

 領地では昔は食べていた豆だ。独特の風味を緩和させるために手間がかかる。少量で満腹感があるので多くは食べられない。けれど飢饉のときなどに重宝した。

 兵糧とかにいいわよね、とレアはふと思った。

 飢饉のときに助かるくらいだ。兵糧に最適だろう。

「あ、まさか、だから」レアは思わず小さく呟いた。

 だから「一般に流通させるな」と言われてるんだろうか。

「まさか」

 国防の秘密に今気付いたとかじゃないよね、と言葉にしかけて慌てて口を噤んだ。

 知らない、気付かない、忘れよう。そんな話は聞いてない。ただ思い付いただけだ。

 けれど「ずっと研究中」という謎もある。

 本当に国は兵糧にするつもりなのかもしれない。

 気付かなければ良かった。そんな機密めいたこと、小娘が知っているなんて危ないに決まってる。

 嫌な汗を掻いてしまった。余計に豆の匂いのするスープが口に入らなくなる。

 料理を残すと案の定「レア様、お食事を残すべきじゃありませんわ」とアミにきつく言われた。

「食べられないからいらないわ!」

 レアもきつく言い返した。

「お顔の色も良いですし、体調が悪くないのでしたら召し上がれるはずですわ!」

「朝からこんなにご馳走は要りません。料理人にもそう伝えておいてください」

 レアは、もう話はおしまいとばかりに立ち上がり食堂を後にした。

 アミがどんな顔をしているのか、気になるが振り返るのは止めておいた。

 部屋に戻りしばらくして、扉がノックされた。

 アミが来たのかと身構えたが「レア様、お加減は悪くありませんか」と、レアに付いている侍女メイサの声がした。

「入って」

 レアが答えると、心配顔のメイサが入ってきた。

「あの、お嬢様、お体の調子はいかがですか」

 メイサはレアが食事を残したことをアミに聞いたのだろう。レアの食事中は、なぜかメイサは用事を言いつかって追い出されるのだから。

「あんなに朝から無理をして食べる必要はないと思っただけよ」

「そうでしたか。いつも無理をしていたんですか?」

「たくさんだと思っていたわ」

「お腹の調子でも悪いのですか」

 メイサがレアの様子をうかがいながらなおも言い募る。レアはお付きの侍女にまで詰め寄られ、だんだん嫌気が差してきた。

「少しお腹が痛いわ」

「え? まぁ、そ、そうだったんですか。わかりました」

 侍女は慌てて出て行った。アミに報告するのかもしれない。

 嘘をついてしまったが、そう言われれば胃が重いような気がしてくる。

「嘘じゃないわ。もう、胃が悪くなったせいにしておこう」

 来年には王立学園に行くのに、こんな太った体型で制服を着たくない。そもそも処方なしにあのテルゼア豆の料理を食べさせるのは違反だ。

 なぜ大人しくあの食事を食べていたのだろう。レアは知っていたというのに。自分の領地の特産だ。おまけに曰く付きのものだ。母に教わって知っていた。

「馬鹿よね。なにやってんの、私。明らかに悪意があるのに」

 そう思いつくと、背筋に怖気が走った。独特の匂いのする料理の向こうに悪意が透けて見える気がした。

 侍女のメイサが様子を見に来たのはメイサもアミの味方だからだろうか。体調を心配してというよりアミに逆らったことを気にしてるように思えた。

 考えすぎだろうか。

 もう被害妄想になりそうだった。


 三か月後。

 レアは「胃が重い」「お腹の調子が悪い」と言い続け食事を減らしおやつをやめた。おやつは揚げ物と一緒に焼却炉に捨てた。食べ物を捨てる罪悪感は酷かったが、その結果レアはにわかに痩せていった。

 運動もしていた。体調が悪いと言っている手前、庭で運動することは出来ないが、部屋でひとりで身体を動かしている。孤児院の慰問で覚えたやり方だ。

 母が存命中はレアは母とともに孤児院に慰問に行っていた。そのときに騎士志望の子供たちが鍛錬するのを見て覚えていた。準備運動や柔軟体操や庭で拾ってきた棒で素振りをした。

 本当はきちんと習った方が良い。動きに変な癖がつくからだ。そう思いながら自己流で運動を続けた。

 レアは自分が本当に父から捨てられているのだとわかった。この三か月の間、具合が悪いと訴えても父からはなんら音沙汰がなかった。

 とはいえ、このまま家庭教師がつかないのは困る。王立学園の入学試験で落ちる可能性がある。魔法の実技練習も二年前から出来ていない。

 母がいたころは母に勉強を教わっていた。基本的な魔法も母から習った。母が亡くなってから二年間、レアは放りっぱなしだ。家庭教師が付くはずだと思いながらつかない。アミが止めているんじゃないかと思う。

 母からピアノや竪琴も習っていたが、母が亡くなったあとピアノは鍵が閉められてしまった。アミ曰く「調子が悪いので閉めた」。

 そんなはずはない。母が亡くなるまでは弾けたのだから。竪琴も無くなった。どこに行ったのかわからない。どうせアミが隠したのだろう。あるいは、売り払ってしまったのかもしれない。

 考えれば考えるほどアミはおかしい。

「やっぱりこのままでは駄目だわ」

 レアは父に密告する計画を立てた。

 引き出しの中を探って、母がレアに国の貨幣の価値と計算の仕方を教えてくれたときに使った銅貨や銀貨を取り出した。母の小袋に入れたままだった。

 白金貨は厚紙に描いたものを使ったが金貨と銀貨、銅貨と大銅貨は本物の硬貨だ。銅貨と大銅貨は十枚、銀貨も十枚、金貨は一枚ある。

 レアは屋敷の敷地から出てはいけないことになっている。母が生きていたころは母と護衛や侍女とともに街に出ていたのに二年前からは一度もない。アミに言っても外に出して貰えるとは思えない。

 父に「武術を習いたい」と手紙を出しても返事はなかった。父に手紙が届いているのかもわからない。父がいつこの別邸に来るかもわからない。

 それなら、屋敷を脱走して父に会いに行けばいい。

 父は王宮の上級文官用宿舎に住まっている。乗り合い馬車に乗って王都中央に行き、人に尋ねながら父に会いに行こう。

 作戦決行は第一曜日にした。

 平日なので父は王宮で仕事をしているだろう。王宮に行って、もし父に会わせて貰えなかったら宿舎の方で待てばいい。



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