第2話
「死にたい…」
帰宅してベッドにうつぶせで倒れこみながらバークは呟いた。
レオナに手伝ってもらいながら何度か出し、飲んだ薬が効き始めたこともあってようやくバークが落ち着くと、レオナとバークは更衣室の換気をしつつ時間差でシャワー室へ行って体を洗った。
第六小隊にはバークの他に獣人はいないので、匂いでバレることはおそらく無い。
しかし、バークの後にシャワー室から戻ってきたレオナの顔をまともに見られないまま、バークは申し訳ありませんでしたと謝るしかなかった。
『気にしなくていいよ』
レオナはいつもと全く同じ調子でそうフォローして、早く帰って休むように言ってくれた。
体調が整わないようなら明日は欠勤してもいいとまで言われたが、明日休んでしまったらその次の日に出勤してレオナと顔を合わせることが余計に気まずくなりそうだった。
バークは本気で辞職まで考えたが、自分が辞めた後に他の誰かが副隊長としてレオナの隣に控えることになると思うと耐えられなかった。
せめてもの救いは、レオナに好きだと口走らずに済んだことだろうか。
というか今回のことで普段レオナをオカズにしていることもほぼバレたと気付き、バークは改めて死にたい気分になった。
レオナはよく休めと言ってくれたが、明日からレオナにどう接すればいいのかわからず眠れそうになかった。
もちろんリアルな知人に相談できるわけもない。
バークはすがる思いでネットの掲示板にアクセスした。
以前からちょくちょく覗いている『人間女子との恋に悩む獣人男スレ』という板で、バークは初めて書き込んだ。
助けてほしい。
俺:獣人。24歳。会社員。独身。恋人無し。
相手:人間。俺より少し年上。会社の上司。独身。恋人不明。
相談内容:
俺が仕事が長引いて薬飲めなくて会社で発情状態になって、薬飲んでもなかなか収まらなくて、憧れの上司が手伝うって言い出して最後までしてしまった。
どうしたいか:
わからない。
むしろ俺はどうすればいいんだ?
〈エロマンガかよ〉
〈釣りだろ〉
〈わからないじゃねえよ。お前はその上司とどうなりたいんだよ。セフレになりたいのか?付き合いたいのか?〉
すまん。つい何時間か前のことで、まだ混乱してるんだ。
セフレは嫌だ。
付き合うとかは考えたこともなかった。
〈なんでだ?憧れの上司なんだろ?〉
詳しくは言えないけどずっと前から憧れの存在だった。
でも一緒に仕事しているうちに尊敬の念が強くなりすぎて、俺がそんなこと考えていい人じゃないと思うようになった。
〈尊敬の念と恋愛感情は必ずしも一致しないからな〉
〈なんかわかるかもしれん〉
〈上司優秀なのか?〉
ものすごく優秀。上司のさらに上からも認められてる。
〈上司すげえな〉
〈した後上司は何か言ってたか?〉
気にしなくていいって言われた。早く帰って休めって。
完全にいつも通りの言い方だった。
〈上司冷静すぎだろw〉
普段から冷静沈着なんだよ。
動揺してる姿は見たことがない。
〈たぶんだが上司お前以前に獣人と経験済みだな〉
〈もしかすると発情した獣人とヤった経験あるんじゃないか?〉
〈確かに。発情した獣人なんざ普通の人間なら近づくのも怖いだろ〉
バークは書き込まれた言葉を見て、胸の奥を鈍器で殴られたような痛みを感じ、全身がひび割れて崩れていきそうな感覚になった。
ごめん今気付いた。俺やっぱり上司のことが好きだ。
上司が他の獣人と経験あると考えただけで泣きそうになった。
〈自分の気持ちに気付けたのは進歩だな〉
〈獣人との恋愛に抵抗なくなってる可能性も高いから悪いことばかりじゃないぞ〉
〈じゃあもう好きです付き合って下さいって言えばいいじゃん〉
〈上司は恋人の気配とかも無いのか?〉
そういう話はしたことがないし、上司の恋人は噂ですら聞いたことがない。
気配とかも感じたことはない。
俺は本当に仕事してる姿しか知らない。
〈お前噛み癖あるか?俺は噛み癖あって、人間の彼女から痛いから噛むなって言われて、実は二股されてて噛み痕見られたらヤバいから噛むな言われてたってオチだった。上司が噛まれても特に何も言わなかったとしたら、噛み痕見られてヤバい相手はいないってことになるんじゃないか?〉
噛み癖があるわけじゃないけど、興奮して上司のことは結構噛んでしまった。
でも別にやめろとは言われなかった。
〈んじゃ上司は今フリーなんじゃね〉
〈チャンスだな!押し倒せ!〉
俺におとなしく押し倒されるような人じゃないんだよ…。
〈どんな上司だよw〉
〈若い獣人の男に力で勝てる人間の女とかいるのかよ〉
〈でも少なくともセックスしてもいいと思う程度にはお前のこと嫌いではないんだろ〉
〈ただの部下と上司に戻るかセフレ止まりか恋人になるかはお前次第だ〉
〈とりあえず今週末デートに誘え〉
職場シフト制で、今週末は俺も上司も出勤…。
そもそも俺と上司の休日が重なるのって一年に数える程度。
〈草〉
〈絶望的じゃねーかwww〉
〈草w〉
〈デートすらままならねえw〉
〈もう「俺は上司さんとセックスしないとイけない体になってしまいました!責任取ってください!」とか言って一緒に暮らせよw〉
〈それガチでエロマンガの流れじゃんww〉
わかってはいたが同じ職場の同じ部署、しかも同じ隊の隊長と副隊長では、そもそも同時に休みを取ること自体が難しい。
しかし、誰よりもレオナの傍にいられる今の環境を手放すこともバークにとっては耐え難かった。
〈いずれにしても仕事以外の関係を築けないと、上司にとってお前はいつまでもただの部下だ〉
〈上司はお前のこと嫌いじゃないだろうし望みはありそう〉
〈お前の方からアクション起こさないと何も変わらないだろうな〉
インターネットには悪意や罵詈雑言も溢れているが、この日バークは思いのほか親切な意見をもらうことができて、随分と気持ちが楽になった。
明日レオナとどう接すればいいのかはわからないままだったが、他にも参考になりそうな書き込みはないかと探しているうちに、いつの間にかバークは寝落ちしていた。
[つづく]
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