沈黙の炎(戦場の前線)
笑いながら引き金を引いた。
煙が舞い、土がはね、敵が崩れた。
「ハハッ!まだ動くか!よし、もう一発──」
体の奥が燃えるように熱い、視界は明るすぎるほど鮮明だった。
色彩が強調され世界が美しい。
体の内側にはまだ、さっき打った白い悪魔の残り香がある。
薬が回って、世界が歪む。
それが気持ちよかった。
「オレは今、最高だ──」
その瞬間、音が消えた。
弾が空中で止まり、爆煙が空に張りついた絵の具のように固まっていた。
銃声も怒号も、風もない。
「なんだこれ……まさか、薬がキマりすぎたか?」
目をこすってみても動かない。
舌を噛んでみると痛い。夢じゃない。
これは“現実の異常”だ。
まるで、自分だけが置き去りにされたような空気だった。
その場に立ち尽くしたまま、手元の機関銃を見た。残弾はまだある。
足元には、さっきまで敵として向かってきていた少年兵が一人。
恐怖の表情を浮かべながら、今にも走り出しそうだ。
だが、ぴくりとも動かない。
呼吸もしていないように見える。
「なんだこれ……」
口の中が乾く。火照った血が、逆流するように冷えていく。
思わず空を見上げた。雲が浮かんでいる。流れないまま。
目を閉じると、鼓動だけが異様に響く。
懐の内側が熱くなる。
薬の熱じゃない。
思い出した。
──村を焼かれた夜。
──銃を渡された日。
──自分を奮い立たせるために、笑いながら撃った。
あの時と同じ匂い。焦げた土、血の匂い、泣き声。
だが、この世界に“音”はない。
ただ静かだった。あまりに静かで、自分の息すら騒がしく思えるほどに。
目の前の少年兵は、まるで自分の過去だった。
撃つべき敵ではなく、“忘れたかった何か”だった。
「……つまんねぇな」
呟いて、銃を下ろした。
膝をつき、地面の砂を握る。
それも止まっていた。滑らない。崩れない。
ポケットからタバコを取り出し、火をつけようとするが──火すら、止まっていた。
「チッ……世界の全部が止まってんだ。都合のいいもんだけ動く訳がねぇか」
無理に笑ってみたが、顔はこわばったままだった。
“このままずっと止まっていてくれたら”
そう思った。
このままなら、誰も死なずに済む。
でも、それはありえないと何となく分かった。
この時間が、罰なのか救いなのかはわからない。
ただ、何かが自分に問うている気がした。
──お前は、何のためにここにいる?
3分後、世界が音を取り戻す。
風が頬を撫で、銃声がまた遠くで響く。
だが、彼はもう撃たなかった。
視線だけを前に向け、土煙の向こうへ彼は消えた。
背中には、静かな火が灯っていた。
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その日、世界は3分間だけ止まった。