第二部 第四話 沈痛と真実
デュトワ伯爵はもともと、夜の社交の場が好きではない。だから昼下がりの庭園で幼い令息令嬢たちの姿を見て目の保養をした後、早々に自邸に引き上げていた。
そこに、舞踏会の警備の任についているはずの嫡男のトリスタンから、急ぎ参られたいと火急の使者が遣わされてきた。
「マクシミリアンがアルファを発現しただと?!」
届いた報せに、デュトワ伯爵は手にしていた物を取り落として、荒々しく立ち上がった。
「こうしてはおれん! 馬車の用意を!」
慌ただしく外出の支度をするデュトワ伯爵の書斎に、妻である伯爵夫人が駆けつけてきた。
「貴方、マクシミリアンさまの身に、なにかございましたの?」
母親のはずなのにマクシミリアンに敬称をつけるデュトワ伯爵夫人は、トリスタンと髪の色も眸の色もまったく同じ、顔立ちもそっくりで、ひと目で親子とわかる。が、髪の色も眸の色も、マクシミリアンとはまったく違っていて、なにをどうやっても親子には見えない。デュトワ伯爵は、髪の色はマクシミリアンに似ているけれど、眸の色と顔立ちはまったく違う。
ベルナデットの指示で、王宮の侍医がアルフォンスを診た。下級貴族など診ないと渋るのを、ベルナデットは強烈なフェロモンで威嚇し、有無を言わせない。
「これは・・・っ」
診始めれば、そこは腐っても医師だ。マクシミリアンが噛み傷を切開してヴィルジールのアルファ因子が着床するのを防ごうと口で何度も吸い出したと聞いて、眉間に皺を寄せながら傷口の洗浄、消毒をしていく。
「どうだ?」
二年間、医学の勉強をしたベルナデットは、ビッチングに関してはもう、手遅れだろうとわかってしまった。だからせめて犯罪者のつがいにされてしまうことだけは、阻止してやりたい。ベルナデットにとってアルフォンスは、同級生だけれど弟のように可愛い、揶揄い甲斐のある玩具で、貴公子としての振る舞いを教える、教え甲斐のある生徒なのだ。自分よりも成績上位なくせに天然で純朴で素直な、生涯にわたって大切にしたい友なのだ。
「大変言い難いのだが・・・、その、無理矢理につがおうと噛んだ犯罪者と、阻止しようと口で吸い出したアルファでは、どちらのほうがこのペイシェントにとってマシ・・・、だろうか?」
「マシ、とは?」
「推測でしかないのだが・・・、口で吸い出したというアルファの因子が混入した可能性を否定できない。そのアルファのほうが彼にとって好ましい人物であるなら、その彼の血液を輸血することによって、犯罪者のアルファ因子を駆逐できるかもしれん」
ベルナデットは看護師に、マクシミリアンを呼んでくるように言った。
しかし医務室の外にいるはずのマクシミリアンの姿は消えていて、どこに行ったのかわからなかった。
怒りに我を忘れたら、身体が熱くなって、考えられないほどの力が身体の奥から噴出した。睨みつけただけでジョフロワとヴィルジールを床に叩きつけ、その意識を刈り取っていた。ヴィルジールはまあ、そう簡単には意識を失わず、抵抗して来たので剣を抜いて斬りつけた。正確には憶えていないのだが、腕を斬り落とした気がする。
アルフォンスを助けるために、死に物狂いになった。あんなことは、生まれて初めてだった。
いつもどこか、冷めていた。どんなに一生懸命頑張ったとしたって、父は年に一回義務的に様子見に来るだけ。母と兄は、一度も自分に会いに来なかった。貴族学校に入学してからもだ。王都の自邸から学校に通えと言ってくれるのかと思ったのに、寮に入れと言われた。家族は自分の顔すら見たくないのかと思った。自分はそんなにまでも家族から疎まれているのかと、暗澹たる気持ちになった。
ずっとベータとして生きてきたのに、いきなり、アルファを発現したと言われた。なにを言われたのかわからない。しかし外道どもを床に叩きつけたのは、マクシミリアンの『アルファの威圧』だったようだ。
自分が、威圧が出るほどのアルファだった。
信じられなかったが、事実だ。受け止めなければならない。
そして。
アルフォンスのそばにいたいのに、アルフォンスが心配で、離れたくないのに。年に一度しか顔を合わせない父親がなぜか血相を変えて駆けつけて来たかと思ったら、泣きながら笑って、よかった、よかった、おめでとうございます、これで肩の荷が下りました、感無量でございます、と涙を流している。
なにを言っているのかわからない。アルフォンスがたいへんな状態なのによかったなんて、おめでとうございますなんて、ふざけたことを言わないでほしい。
それなのにアルフォンスから引き離され、拉し去られるかのように、王宮の奥へと連れて行かれる。扱いは丁重なのだが、有無を言わせない強引さで、王宮の最深部、王族の居住区まで連れて来られた。
ヴィルジールの返り血に染まった服を脱がされ、女官たちに風呂場に連行されて、寄ってたかって髪や身体を洗われた。洗われている最中に、中年の女官が、
「あった、ありました!」
と叫んだ。なんのことかさっぱりわからなかった。返り血なんかどうでもいいのに、アルフォンスのそばに居たいのに、なんでこんなところで身体を洗われているのか。
本来なら新しいお衣裳を用意しなければならないのですが、急なことゆえこれで、と着せられたのは、体格が近い王太子のものだと言われた。やっぱり兄弟でいらっしゃいますから、そっくりでいらっしゃいますね、と咽び泣きながら言う初老の女性は、王宮の女官長らしい。
第二王子と第三王子は側室腹である。背が低くポッチャリ体型で、顔も王太子にはあまり似ていない。第四王子以下はまだ成人されていないので、マクシミリアンは知らない。
そして。
自分のことなんかどうでもいいのだろうと思っていた。愛してなんかいなくて、親としての義務感で年に一回顔を見に来るだけだった父親が、いきなり自分の前に膝をついた。ほとんど会ったこともなかった兄もだ。
殿下、と呼ばれた。いったい誰のことを言っているのか。
「この度はアルファを発現されましたこと、祝着至極に存じます!」
「デュトワ家一同、心よりお慶び申し上げます!」
深く叩頭され、唖然とする。
さらには。
「弟よ!」
今宵の舞踏会のために、ひと際豪奢な衣装で盛装していた、遠くから拝するだけの存在だったはずの王太子が感極まった様子で足早に近づいてきたか思いきや、がしっと肩に手を置かれて顔を覗き込まれ、さらにはぎゅうぎゅう抱き締められて、呆気にとられる。
弟? 誰が? 誰の?
「私の若い頃にそっくりだ」
王太子はマクシミリアンやアルフォンスたちが貴族学校の一年生だった時には既に成人していた。十二歳年上だ。若い頃にそっくりだなんて、父親みたいなことを言われても返答に困るのだが。
王太子が笑う。
「もっと言うなら、母上にそっくりなのだよ、私も、お前も」
母・・・とは? デュトワ伯爵夫人ではなくて?
知らされる、王室の秘密。
王家の男児には、身体のどこかに御印と呼ばれる特異な痣が現れる。先ほど風呂場で中年の女官があったと叫んでいたのは、御印のことだったらしい。
それと、王子はすべてアルファでなければならないという思想のもと、アルファを発現しなかった王子は極秘に王族籍から除籍されること。
「マクシミリアン。お前は病弱だった上に、生まれてから一年経っても、王家の御印が身体のどこにも現れなかった。だからアルファを発現しないだろうと思われたのだ。しかしお前は正妃腹だ。母はお前がかならずアルファを発現するとかたくなに主張して、除籍を待って欲しいと父に懇願した。だからデュトワにあずけ、マクロン領で育てられたのだ」
身体が弱かったのは本当だったが、デュトワ伯爵の次男、というのは嘘だった。デュトワ伯爵夫妻の子どもではなかった。デュトワ伯爵夫人と兄トリスタンが会いに来なかったのは、髪の色も眸の色もちがう上にあまりにも似ていないから、ただそれだけの理由だった。マクシミリアンを愛していなかったからではなかった。どうでもいい存在だったからでもなかった。似ていないことで不安にさせたくない、ただそれだけだった。
生みの親である王妃もまた、会えない我が子がアルファを発現して、御印があらわれることを願って、毎日毎日、大聖堂で祈りを捧げていた。王都で有名な、王妃のお祈りタイム。毎日毎日、一定時間、大聖堂を独占して祈りをささげる王妃を、我儘だと非難する声も無くはなかった。しかしそれはマクシミリアンを想う生母の祈りだった。
「それに、王都にいたなら王妃と王太子にそっくりだと噂になることを危惧した。だからデュトワはマクロン領にあずけたのだ」
しかし平民の子とするわけにはいかなかったし、貴族の子弟とした以上は貴族学校に通わせなければならないわけで。
「ひとつ、よろしいでしょうか」
「ん? なんだ」
「だったら何故、帝国への留学を承認していただけなかったのでしょう?」
王都にいたら王妃と王太子にそっくりだと言われてしまうからマクロン領にあずけたと言うのなら、帝国に留学させてくれれば、誰も顔を見比べる機会など無かっただろうにと思った。
「母心というものだ、わかってくれ。母上はお前がかならずアルファを発現すると信じていた。王妃の身でありながら毎日欠かさず大聖堂で祈りを捧げていたのだぞ」
王妃のお祈りタイムは、王都では知られた光景である。ただ、賛否はあった。なにを祈っているのか知らされないまま、毎日一定時間大聖堂を独占するというのは、王妃としてどうなんだ、という声もあった。しかしそうまでするほどに、王妃は我が子を案じ、思っていたのだ。
明かされる様々な真実。情報量の多さに、頭がついていかない。
状況も頭の中も、ぐちゃぐちゃだ。
が、ひとつだけ、明確なことがある。
自分の状況なんかどうでもいいから、アルフォンスの容態が知りたい。アルフォンスの側に行きたい。今この時にも、アルフォンスは生死の境を彷徨っているのに。
それなのに、王太子はマクシミリアンを、国王の居室へと強引に連れて行く。
「さあ、早く。父と母がお待ちかねだ」
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