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杏子と美鈴 お化け銀杏の秘密

紅葉が美しい秋の古都。親友の杏子と美鈴は、“お化け銀杏”がある静かな寺を訪れる。

梅昆布茶で休憩しながら、ふとした好奇心から境内の奥へ――。

ふたりだけの小さな旅が、不思議であたたかな秋の記憶を紡いでゆく。

ちょっぴり幻想的な友情ストーリー。

挿絵(By みてみん)

※本文のネタバレを避けたChatGPTで出力したイメージビジュアルです




「はう、杏子ちゃんもうちょっとゆっくり行こうよー」


親友の美鈴のかすれるような小さな声が遥か後方から聞こえる。

おかしいな、そんな置き去りにするほど早く歩いた覚えはないんだけど……。

踏み出していた右足を止め、私はゆっくりと親友がいるであろう方向に振り返った。


私の目に飛び込んできたもの。

それは、思ったよりも遠くに映るふらふらと歩く親友の姿……ではなく、

眼下に広がる古都を燃やし尽くすような真っ赤に染まる紅葉だった。

冬手前の涼しくなった空気が、木々を赤、橙、黄色といった色に衣替えさせている。

中にはまだ緑色が残っていて、濃淡だけでない色彩を演出している。

お互いが個性を主張しあっているはずなのに、どうして遠くから見るとこう上手く1つになるんだろう。


「んー!景色はいいし、空気も美味しいね」

歩いて強張った筋肉をほぐすように私は大きく伸びた。

風を感じるたびに聞こえる木のざわめきは、さざなみののように心を穏やかにさせてくれる。

深く息を吸うと、冷たくて爽やかな味が、感覚が全身に染み渡る。


「……きょ、杏子ちゃん。もう私グロッキーだよ」

自然を存分に楽しんでいる間に、美鈴がようやく追いついていたみたいだ。

肩で息をしている様子を見ると相当辛いみたいだけど、この坂そんなに疲れるかなぁ……?

「だ、だいたい杏子ちゃんは私が運動部じゃないのわかってるくせに酷いよ。もうちょっと歩幅ぐらい合わせてよ」

「だらしないよ美鈴、それにそんなこと言われれば、私だって運動部じゃないもの」

「うう、その天然の運動能力が羨ましい」

美鈴が目を細めて私を睨む。おお、親友よそんな顔もできるのね。

「ジー」

美鈴が意味ありげな言葉を発し、なにやら目線を私の腰にずらしている。その先には今朝入れたばかりの梅昆布茶が入った水筒があった。

「そしたらここで一旦休憩にしよっか」


美鈴を苦しませていた上り坂も終わりをむかえ、目当てのお寺の前まで着いた私たち。

おそらくは観光客用に設置されているだろう、背もたれのないプラスチックのベンチに腰掛ける。

水筒の蓋兼カップに梅昆布茶を注ぐと、雲ひとつない空に小さな湯気が吸い込まれていく。

「はい、美鈴どうぞ」

「ありがとう、杏子ちゃん」

美鈴にカップを渡すと、私も水筒に口をつける。

渇いていた細胞に、水分と梅昆布茶のほどよい塩気が浸透していく。

「はぁー」

「はぁー」

ほぼ同時に安堵の吐息をついて、思わず目を合わせる私と美鈴。

「美味しいねぇ、杏子ちゃん」

「だねー」

小さな風にあやされるように、紅葉した葉がゆっくりとゆっくりと地面に落ちていく。

静かな時間の中、あたりには私と美鈴のお茶をすする音だけが聞こえていた。

うん、こうやってゆっくりとお茶を飲むのもいいなぁ。


「ねえ、杏子ちゃん」

ふと、お茶を飲み終わった美鈴が口を開いた。

「私たちってけっこう色々なところへ出かけてきたじゃない?」

「うん」


そうなのだ。春休み、夏休み、冬休みといった私達学生にとって嬉しい長期の休みは、必ずといっていいほど二人で遠くへ出かけている。

最近流行りの地方の町興しイベントや、地元の特産品が賞品の町全体を巡るクイズ大会、地元の伝統技能を体験できるツアーなどなど。

私たちの町にはない楽しみを見つけられるのが私や美鈴にとって、刺激的でワクワクするのだ。


もちろん、今回みたいに長期の休みじゃない時にもふらっと思い立ってお出かけしたりする。

大抵は私から言い出すから、美鈴にとって負担とかになってない……といいんだけど。

そんな私の思考を読み取ったのか、美鈴が微笑む。

「いやね、今まで色々と杏子ちゃんと色々なところに行ったじゃない?でも、ここ……今まで来た場所の中でもすごく寂しい場所だなって」


寂しい場所。


そう言われて、私は辺りを見回す。

今回の目的地、通称「銀杏寺」。もう随分と昔に捨てられたというお寺で、入り口の木板からも本来書かれていただろう名前を読み取ることができない。

おそらくは人為的に消されたのだろう、不自然に表面を削り取った後が見受けられる。

年数的には鎌倉時代からあったとも言われ、放置されていたこのお寺がこうやって観光できるようになったのは、ここ数十年前に今の住職さんがやってきてかららしい。


寺からしてみても、私達のような観光客は珍しいのだろう。

現に、私達以外に人の姿は見えなく、木の葉が風で揺れる音が辺りに響いていた。


「思いにふけるにはいい場所だと思うけどね」

「杏子ちゃんがそれを言いますか」

「聞こえない、聞こえない」


いつものツッコミ、いつもの受け流しをしているうちに、体も温まってきた。

水筒に蓋をして立ち上がると、美鈴も準備OKとばかりに立ち上がった。

鞄を肩にかけ、美鈴とアイコンタクトで頷く。

と、私よりも早く美鈴が握った拳を上に上げ、駆け出した。


「さあ、いざ行かんお化け銀杏の元へ」

「ちょっと、美鈴それ私の台詞」


してやったりとした表情で走り出す親友を追いかけ、私達は境内に入っていった。


門をくぐるとすぐに、その存在を見せ付けるように大きな黄色が飛び込んでくる。

黄色と一言で表現するにはもったいないくらい……。黄色をさらに濃く深みを増した少しだけ朱に染まっているそんな黄色だ。

上を見上げる私達に覆いかぶさるように、枝垂れた銀杏の枝が広がっている。

枝垂桜、柳のような珍しい銀杏の木。通称「お化け銀杏」だ。


もう何十年、何百年と人の手が加わってなかったことが原因かはわからないが、このような形に成長したのだろうか。

今まで、真っ直ぐに立ち枝を伸ばす銀杏しか知らない私にとってはワクワクする銀杏だ。

「わー、すごいね。風に揺れるたびにお辞儀してるみたい」

長く伸びた枝の重みか、それともこの時期についている実のせいか。

しなる音と一緒に銀杏が揺れている。

「なるほど……お化けって『大きい』ってことを表現されるのにも使われるけど、この銀杏は姿も例えられて名付けられたのかな……」

「今昼だからいいけど、夜だったら絶対見たくないよ杏子ちゃん」


美鈴の顔が引きつっている。

たしかに、ライトアップの装置もなさそうだし真っ暗の中で見たら怖いかも。


と、お化け銀杏の脇に古ぼけた木の案内板が立っていることに気付いた。

「えーと何々、お化け銀杏の説明」


そこには……。駄目だ、どうやら昔の字で達筆で書かれて内容が読めない。

ところどころ、虫に食われていてなおさらだ。

住職さんが、そのまま設置したのだろうか。

どうしようかと隣を見ると、美鈴の目線が上下に動いている。

「この銀杏……素晴しく……」

思わず抱きつきたくなるのを我慢して、私は美鈴の言葉を待った。

さすが古文の成績学年上位。期待してるよ、親友。

「……えっと、その姿まさに銀杏?」

美鈴が首をひねる。

「実がもたらす……水……美しい……?」

ギブアップとばかりに美鈴が手を合わせる。

「ごめん、杏子ちゃんわかんないや」

「住職さんならわかるかな?」

私達は住職さんの姿を目で探してみるが、どうやら近くにいないようだ。


「さあ、二人で考えよう」

親友が以前放送されていたクイズ番組の司会者のマネをする。

私は空中で手を叩くと、回答権を求めた。

「はい、杏子ちゃん」

「美鈴先生、銀杏と案内板の説明が一致しません」

「はい、正解」


そうなのだ。

『その姿まさに銀杏』『実がもたらす』『水』『美しい』……目の前の銀杏と照らし合わせると、どうも腑に落ちない。


「はい、杏子先生」

「はい、美鈴くん」

「ほら、水かけると虹が出るからその様子が美しいとか」

と、答えた美鈴は自信がないのか語尾が小さくなった。


「銀杏にかかる虹とか綺麗だけどね。でも、それとこの文は結びつかないなぁ」

「だよねぇ杏子ちゃん。もしそんなことしたら、水分を含んで重くなった銀杏の枝やぎんなんが落ちてきちゃうし、危険だもんね」

「えっ?」


美鈴の一言に私は違和感を覚えた。

「ん?だから、こんなにしなってる銀杏の木に水かけたら、ちょっと怖いなーって。雨の日とかどうなるんだろうね」


私は足元に落ちているぎんなんの実を拾い上げる。

まだ匂いはひどくないが、よくあるぎんなんの実だ。

私は、頭に一瞬よぎった仮説を確かめるために、鼻を近づけた。


うん、変な匂いというよりは爽やかな香りがする。


「ちょっ、杏子ちゃん。何してるの?」

美鈴がビックリして私を止めようとするが、私はそのまま思い切ってぎんなんの実をかじった。

美鈴が、まるで苦みが伝染してるかのように、苦虫を潰したような顔になる。


が、、、、甘い。


この銀杏。甘いのだ。


もし、これが食べられるということであれば……。


「杏子ちゃん、わかっていると思うけど、ぎんなんはその中の仁の部分を食べるんだからね?何でそんなことを……」

不思議そうに私を覗き込む美鈴に頷いて、私は口を開く。

「ねえ、美鈴。この近くに池ないかな?」

「へ?」


私の予想が正しければ、この境内のどこかに……。

境内を見回すと、このお化け銀杏の他にも沢山の銀杏の木があり、お寺を彩っている。

この銀杏の木たちも、同じようにぎんなんをつけているのであれば……。


「あ、あそこに境内の案内板あるよ」

「本当?でかしたわ、美鈴」


私と美鈴は足早に看板に駆け寄って、それを凝視した。

今私達がいるお化け銀杏は、境内入ってすぐ。そしてお寺の本堂があって……そして……。

案内図のお寺の本堂の裏のさらに奥の奥。

『ぎんなん池』と書かれている小さな池がそこには描かれていた。


「杏子ちゃん、そこに答えがあるの?」

私は親指を真っすぐに立て、それに答えた。


かくして到着したぎんなん池。

それは、小さな一戸建ての家がそのままスッポリ納まるぐらいの小さな池だった。

そう、このぐらいの大きさの池なら全国どこにでもあるのだが……。

1つ違ったのは、その透明度だった。


「わあ、杏子ちゃん底まで見えるよ」

青く澄んだ水の底に、ゆらゆらと砂が動いている様子が見える。

地下から湧き水が沸いている様子がこんなにもハッキリわかる池があるなんて。

これだから旅は止められない。

水中に生える植物や、池に住みついている小魚たちが動いている様子を見ているだけでも心が癒される。


「ねえ、杏子ちゃん。そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」

美鈴が降参とばかりに手を合わせる。


「そうね、そしたら……あの枝を見て」

ぎんなん池中央から目線を上に上げると、銀杏の木の枝が池の真ん中まで伸びてきている。

当然そこには、銀杏の葉とそしてぎんなんが実っている。

お化け銀杏まではいかないけど、その枝は重さでしなっている。

あとはタイミングだけだ。


ふと風が吹き、1つのぎんなんが池に落下する。

小さな水の音と、広がる波紋。

ぎんなんに反応して、水中の小魚たちが一斉にその身に食らいつく。

その小魚たちの鱗が透明な水と、外からの光、そして銀杏の黄色に反応して黄色く輝く。

餌を求めて必死に食らいつく小魚たちが、1枚1枚の銀杏の葉となり、

水中に見事なもう一つの銀杏の木を作り出していた。


「これは……すごいわね」

「うんうん、普段は見えないけど一瞬だけ見える……これこそお化け銀杏だね」

大きなお化け銀杏も素敵だったけど、人知れずひっそりとした場所で見つけることができたこの光景。

きっとずっと忘れない。


「よし、ここを杏子のオススメスポットNO.17にしよう」

「杏子先生ー、私他の16箇所知りませんー」

思わず吹きだす私と美鈴。

見るだけで幸せになれる場所。この先もこうやって、美鈴と一緒に探していきたいな。


ぎんなんの実が落ちるごとに姿を表すお化け銀杏を、私と美鈴は心ゆくまで楽しんだ。


「さーてと、思う存分満喫しましたし帰りますかな」

「そうだね、私も足痺れちゃったよ」

かがんでいた足を伸ばそうと美鈴が立ち上がろうとする。

が、足の痺れのせいか上手く立てず、もんどりうつように盛大に私に倒れてきた。


「あー!」

「きゃああっ!!」

と叫んだ時には既に遅し。私達は吸い込まれるようにぎんなん池に転落してしまった。


その声にビックリしたのか、遠くから住職さんが走ってくる音が聞こえる。

そうだ、住職さんに会ったらまず看板の立てる場所が違うことを教えてあげよう。

そんなことを水中で考えながら私は美鈴の手を引っ張り、池からの脱出を目指した。


その後、水で濡れた私と美鈴の姿を見た住職さんが、お化けと勘違いして腰を抜かしてしまい、

この寺にもう1つのお化け伝承が出来てしまうのは、ちょっとだけ先の話だ。



正月おもち大作戦の2人の旅を見て見たくて、書いた物語です

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