今から夢の話をします。
「羽根をもらえるのならば、君は東の空だ。」
凍りゆく惑星は、日柄木の海を越えて砂の空に嘯いた。天羽の時間にはまだ早い。迫りくる尖兵は虚ろなき眼で蒼天に叫ぶが、いくら何でも時期尚早だ。
「転ぶのは、明日の方がいいです。」
できれば、残るものすべてを置いていきたかった。そのためには、歩むのも翔ぶのも、幾ばくかの差でしかない。そうでなくとも、ロップイヤーには自明の理だった。
彼にしてもそうだったのだろう。しかし、事の焦点はそこではない。有体に言えば、砂の城を崩す巨人の群れは懇々と進む蟻達のゲシュタルトでしかなく、幼年期の輝きなど一切持ち合わせていなかったのだから。
「ソクラテスはそれでも進んだ。」
彼の言葉に水平はない。踊るよりも歩くことの方がいくら何でも隈取りをする事とは遠く感じた。
羽根は既に朽ちていて、喧々諤々(けんけんがくがく)とも非難囂々(ひなんごうごう)ともつかない砂嵐は、小休止を挟みながら歴史の1ページとなることはあり得ない。かといって、車に乗るのは文明に飼い慣らされた豚でも出来る。苦悶に満ちたエンドルフィンの遡及には紫煙満ちた監獄の円形脱毛症の気狂い共が夢の跡だ。
独り、不眠症は啓郷するのを辞めた。そうしたところで、脚の痛みは増すばかりだ。通り過ぎる人々は、砂の向こうで仮面舞踏会の準備と、羊頭狗肉の断末魔を交互に満たす。
「被らないものは被るとして、想起するのは数年後の刹那なのに、頭頂部から突き抜けるパルスは千変万化の総局じゃないのだろうか?」と訊ねるが、所詮は荒唐無稽の嘱託人員だ。当該のやまびこが届く事がある訳がない。
すると、まるで輪廻転生のような石楠花は、君がここにいるなんて、と言わんばかりに天真爛漫と千差万別を間違えた。きっと疲れているのだろう。私も疲れた。
それでも止まれないからこそ、結末を探すためには歩みを止めない。進んでいるのか迷っているのか、この砂嵐の中ではそれも定かではない。それでも私は歩くことを辞めなかった。
砂に、足をとられる。当然だ。私が歩いているのは、平坦な舗装された道ではない。広大な砂漠なのだから。一歩一歩、踏み固めていくしかない。自らの足で、自らの力で。
喉が渇く。足が痛む。また、声が聞こえる。
「君がやっていることは、全くの無駄だ。大体、上手くいく訳がないだろう。」
「上手くいくかいかないかはわからないが、挑戦しない限り成功もないんだ。」
幻聴に抗うようにそう呟いて、私はまた一歩、足を進める。
「そう言って死んでいったものを何人も見てきた。」
「そう言うお前は何者なんだ。」
気が付くと砂嵐は収まり、晴れた空が見える。ほっとしたと同時に、疲労感が襲ってくる。足は棒のようで、身体は鉛のように重い。段々と聞こえる幻聴は大きくなる。
「君は凄いよ。優秀だ。けれど、これ以上進むことはつらいだろう。」
先程までとは違った、優しい声色。疲労が限界に近い私は、ついその声に甘えてしまいたくなる。先程のように言い返そうとしたが、口を開けば気持ちが折れてしまいそうだった。私は、無理矢理身体を動かして、這うように砂漠を進む。
もはや手は前足であり、足は後ろ足となっていた。口に砂が入ることすら厭わずに、私は獣のようにもがきながら進んだ。
「少し先を見てごらん。オアシスがある。そこで休むといい。」
あまりの甘言に、思わず耳を貸してしまった私は、血眼になってオアシスを探した。幻聴の言う通り、先には確かにオアシスがあった。
私は微かに残っていた力を振り絞り、オアシスに駆けた。
がむしゃらに手足を動かして、あの場所を目指す。蜃気楼ではない。たしかに近付いている。必死の思いで辿り着き、私は顔ごと水辺に突っ込んだ。
乾いた喉に、皮膚に、冷たい水が巡り、疲労に満ちた身体を癒す。生きていると実感する事が出来た。
ふと落ち着いて周りを眺めると、10人程度のキャラバンが同じくオアシスで休んでいるのが見えた。周りには、いくつもヤシの木が生えている。
「ここでしばらく過ごすのも悪くないんじゃないか?キャラバンに付いていくのもいい。」
また、幻聴が聞こえる。その言葉に、私は揺らぎそうになる。けれど、私はそうはしなかった。キャラバンからいくつか食料を買い、水筒に水を入れて、オアシスを離れ、また歩き出す。
少し休む事が出来たからか、足に力が宿る。砂を踏みしめながら、今までよりも確かな手応えを感じた。
「そうまでして進めるなんて、きっと君は天才だ。」
天才じゃない。だからここまで一歩一歩歩いてきたんだ。
「凄いけれど、あなたはこれ以上にはなれない。」
なれないんじゃなくて、なるんだ。
「それで生きていけると思っているの?」
わからないけれど、それでも憧れるから、私は歩いているんだ。
幻聴は、よりはっきりと聞こえるようになる。けれど私は歩みを止めない。見たかった景色が、もうすぐ見えると分かったから。
そして、丘のようになった砂を越えた、その瞬間。
「海だ…………!!」
私は、駆け出した。駆けて、駆けて、それで海に辿り着いた。
辿り着いた私の目には、自然と涙が溢れていた。遂に、ここまで来れたんだ。今までの苦労が報われた気がして、感情がこぼれて、嗚咽を漏らした。
しばらく涙を流した私は、海の近くに生えている木を何本か切り倒して、いかだを作り、海に浮かべ、漕ぎ出した。
海に着くのは一つの目標だった。けれどまだ、志半ばだ。
いかだが転覆して死ぬかもしれない。この先には、何もないかもしれない。けれど、私はこの先を見たい。それが私の夢だから。
『生き乍死せるもの』みたいに自分には何の話をしているか分かる話ではなく、完全に自分にも何が言いたいか分からない話を書こうと思ったのですが、何となく何が書きたいか分かっちゃったので、徐々に夢が形となっていくイメージの話にしました。あんまりこういう書き方しないので書いてて楽しかったです。




