別の世界の自分
「ぎゃはははは!」
「いひひひ!」
「はははは!」
「ほら、もう! おじいちゃんの髪を引っ張らないの! どうもすみませーん。ただでさえ少ないのに、ふふっ」
「ああ、い、いいんだよ……」
そう、少々生意気だが、孫はかわいい――
「痛い! おいおい、さすがに蹴るのはやめてくれよぉ」
「うっせ! 雑魚!」
……もしかすると、この子たちは悪魔かもしれない。しつけはどうなっているんだ。……いやいや、こうして息子の嫁さんがわざわざ連れてきてくれているんだ。文句を言っては――
「ねえ、おじいちゃん、見て見てー! この前ね、虫を捕まえたのー!」
「おお、そうかそうか、この瓶の中にいるのかい? ……くさっ! カメムシか!」
「ぎゃははは!」
「あら、あなたも臭いのにね。同族嫌悪かしら?」
「あらもう、お義母さんったら、あはははは!」
お願いだから、死んでくれないかな……と、そう言うのは、いつも妻だ。面と向かっては言わないが、ため息混じりに呟く。「あの人、先に死なないかしらねぇ。それだけは負けたくないわ……」と。
『それだけは負けたくない』というのは、結婚には負けたけど、という意味だろう。妻は私を嫌っている。それがいつからかは、もうわからない。
息子が一人いるが、ひどい不良だった。今は就職して結婚もしたが、嫁と孫たちは私に対して当たりが強く、息子はそれを咎めようとしない。
老いた父親は、どの家もこういう扱いを受けるのだろうか。そう思い、友人たちに相談してみると、「現役の頃と比べれば、そりゃ色褪せるものさ」と口を揃える。独身の友人は自由を謳歌しているように見えて羨ましいが、彼は彼で「家族がいて羨ましいよ」と寂しげに言う。そう思うと、私の悩みも贅沢なのかもしれない。だから、ここは我慢し――
「いたっ! 痛いよ! そ、そんな、エアガンなんてものを人に向けちゃいけないだろぉ!」
「あははは! 人に向けちゃいけないだろぉう、だって! あはははははは!」
「あら、いいじゃない。鬼は外ーってね!」
「もう、お義母さんったら、あははははは!」
ああ……もし違う人生を歩んでいたら……。他の女と結婚していたらなどという贅沢は言わない。そもそも、他に相手もいなかったしな。
結婚せず独身のまま自由に生きた自分と、別の世界の自分と、もし今入れ替われるなら……。
『その願い、叶えてやろうか?』
「え、だ、誰だ?」
『叶えてやろうか?』
ま、まさか本当に? でも、それは妻とこの子たちを捨てることに……。
「じじーがボケたぞー!」
「うつるぞ! 逃げろー!」
「はははは!」
「……ああ! 頼む!」
私が答えると、目の前に光が広がった。まさか、本当に……神が願いを叶えてくれるのか? よほど私が哀れに見えたのだろう。でも、いい。別の自分になれるのなら……。
「ねえ、おじいちゃん、見て見てー! この前ね、虫を捕まえたのー!」
ん、なんだ……? これは、さっきの会話か……? じゃあ、時間が巻き戻ったのか? いや、ただ単に夢でも見ていたのか……ん?
「へぇ、この瓶の中か? ……くさっ! おえっ! こらっ! こいつ!」
「あははは! ごめんてばぁ!」
私はカメムシになっていた。