表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

別の世界の自分

作者: 雉白書屋

「ぎゃはははは!」

「いひひひ!」

「はははは!」


「ほら、もう! おじいちゃんの髪を引っ張らないの! どうもすみませーん。ただでさえ少ないのに、ふふっ」


「ああ、い、いいんだよ……」


 そう、少々生意気だが、孫はかわいい――


「痛い! おいおい、さすがに蹴るのはやめてくれよぉ」


「うっせ! 雑魚!」


 ……もしかすると、この子たちは悪魔かもしれない。しつけはどうなっているんだ。……いやいや、こうして息子の嫁さんがわざわざ連れてきてくれているんだ。文句を言っては――


「ねえ、おじいちゃん、見て見てー! この前ね、虫を捕まえたのー!」


「おお、そうかそうか、この瓶の中にいるのかい? ……くさっ! カメムシか!」


「ぎゃははは!」


「あら、あなたも臭いのにね。同族嫌悪かしら?」

「あらもう、お義母さんったら、あはははは!」


 お願いだから、死んでくれないかな……と、そう言うのは、いつも妻だ。面と向かっては言わないが、ため息混じりに呟く。「あの人、先に死なないかしらねぇ。それだけは負けたくないわ……」と。

『それだけは負けたくない』というのは、結婚には負けたけど、という意味だろう。妻は私を嫌っている。それがいつからかは、もうわからない。

 息子が一人いるが、ひどい不良だった。今は就職して結婚もしたが、嫁と孫たちは私に対して当たりが強く、息子はそれを咎めようとしない。

 老いた父親は、どの家もこういう扱いを受けるのだろうか。そう思い、友人たちに相談してみると、「現役の頃と比べれば、そりゃ色褪せるものさ」と口を揃える。独身の友人は自由を謳歌しているように見えて羨ましいが、彼は彼で「家族がいて羨ましいよ」と寂しげに言う。そう思うと、私の悩みも贅沢なのかもしれない。だから、ここは我慢し――


「いたっ! 痛いよ! そ、そんな、エアガンなんてものを人に向けちゃいけないだろぉ!」


「あははは! 人に向けちゃいけないだろぉう、だって! あはははははは!」


「あら、いいじゃない。鬼は外ーってね!」

「もう、お義母さんったら、あははははは!」


 ああ……もし違う人生を歩んでいたら……。他の女と結婚していたらなどという贅沢は言わない。そもそも、他に相手もいなかったしな。

 結婚せず独身のまま自由に生きた自分と、別の世界の自分と、もし今入れ替われるなら……。


『その願い、叶えてやろうか?』


「え、だ、誰だ?」


『叶えてやろうか?』


 ま、まさか本当に? でも、それは妻とこの子たちを捨てることに……。


「じじーがボケたぞー!」

「うつるぞ! 逃げろー!」

「はははは!」


「……ああ! 頼む!」


 私が答えると、目の前に光が広がった。まさか、本当に……神が願いを叶えてくれるのか? よほど私が哀れに見えたのだろう。でも、いい。別の自分になれるのなら……。


「ねえ、おじいちゃん、見て見てー! この前ね、虫を捕まえたのー!」


 ん、なんだ……? これは、さっきの会話か……? じゃあ、時間が巻き戻ったのか? いや、ただ単に夢でも見ていたのか……ん?


「へぇ、この瓶の中か? ……くさっ! おえっ! こらっ! こいつ!」


「あははは! ごめんてばぁ!」


 私はカメムシになっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ