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「急に声かけられて、振り向いたら東堂さんめちゃくちゃ疲れてて……びっくりした。」
「だって月斗君、何も言わずに帰っちゃうから。」
「ああいうしんみりとしたの、なんか苦手でさ。それに東堂さん、お父さんお母さんと帰ると思ったから。」
いつもと同じように歩き出す。いつもと同じ並木道。いつもと同じ帰り道。
でも、今日は特別で……
「お父さんとは、卒業式の後会えた?」
「うん。『卒業おめでとう。』って言ってくれた。内心では、どう思ってるのかはわからないけど。」
「きっと本心から思ってるよ。私が言うんだから、間違いない!!」
「その自信はどこから?」と彼は笑う。
やっぱり……今日は特別だよ。
「ありがとう、凛花。父さんが来てくれたのは凛花のおかげだって、母さんが言ってた。」
「そ、そんな、私は何もしてないよ……って、今、月斗君、私のこと……」
凛花って……彼の方を見ると、パッと顔を逸らされる。
「凛花だって、僕のこと『月斗』って呼んでるでしょ。だから、仕返し。」
私も恥ずかしくなって反対を向く。
ちゃんと気づいてたんだ。
そのまま歩みを進める。お互い顔は合わさないけど、この一瞬も愛おしくて。
「私ね……最初、月斗君のことが怖かった。『心がないんだ。』って言われた時、どうすればいいのかわからなかった。」
「うん。」
心のない彼が怖かった。心の声が聞こえない彼とどう接すればいいのかわからなかった。
だから、彼に惹かれた……
「わからないから、いっぱいいっぱい知りたくて、いっぱいいっぱい話しかけた。
そしたらね……心の声は聞こえなかったけど、月斗君の優しい気持ち、温かい心は、ちゃんと伝わってきたんだ。」
彼が立ち止まる。表情は硬い。
「そんなわけないよ。僕に心はない。」
「ううん、ちゃんとあるよ。だって心のない人は、下の名前で呼んで恥ずかしがったりしないもん。
心のない人は、私のことを助けたりしないし、お父さんに認めてほしいって思ったりもしない。」
ただ、心がちょっと不器用なだけ。
それは仕方がないこと。辛いこと、いっぱいあったんだから……
でも、彼は納得しない。
「確かに、凛花と出会って少しずつ心が戻っていくのは感じてた。でも……
前に凛花が好きな人を聞いてきたことがあったよね。」
「うん。」
「あの時……凛花は心の声を聞くことができなかった。
それで改めて実感したんだ。僕に心はないんだって。好きだと思ってた気持ちは本心じゃなかったんだって。」
苦しそうに気持ちを吐き出す月斗君。
その姿からは、やっぱり心がないとは思えない。
「運動会の時、けがして表現に出られなくなった私に、心の中で言ってくれたよね。
『東堂さんの分まで頑張ってくる。だから、ちゃんと見ててね。』って。
私、本当に嬉しかったんだ。」
「ちゃんと聞こえてたんだ。」
驚く月斗君に、私は頷く。
あの言葉に、私は救われたんだ。
「それから、好きな人のことなんだけど……
あの時心の声が聞こえなかったのはね、きっと私のせいなんだ。
私が……月斗君の心の声に耳を塞いだんだ。」
この先を言ったら、もう後戻りはできない。一緒に帰ることも、話すこともできなくなってしまうかもしれない。
でも、それでも……もうがまんできなかった。
「月斗君の好きな人が私じゃなかったらって思ったら……聞けなかった。」
「それって……」
顔を上げられない。
月斗君の表情は?困ってる?嫌がってる?それとも……喜んでる?
「私は……月斗君のことが好きです。
いつも無表情だけど、ちゃんと優しいところ。言葉は冷たい時もあるけど、行動は温かいところ。頑張らなさそうで、見てないところではちゃんと頑張るところ。
みんなみんな……大好き。」
『例え心の声が聞こえなくても。』と、心の中で付け加える。
1年間、さまざまな表情で私たちを見守ってくれた桜並木。その下で、私はやっと想いを伝えることができた。
告白って……こんなにどきどきして、苦しくて……素敵なものだって知った。
ゆっくり顔を上げる。そして、月斗君と目が合う。その瞬間、私の心に感情が流れ込んできた。
喜び、嬉しさ、幸せ、恥ずかしさ……好きだという気持ち。
嬉しくて涙が涙が込み上げてくる。
「僕の気持ち……今度は伝わった?」
「うん……でも、ちゃんと言葉にしてほしい。」
心の声が聞こえるか聞こえないかが大切なんじゃない。
本当の気持ちを言葉にすることが大切なんだって、あなたと出会って気づくことができたから。
「僕も……凛花のことが好きです。」
思わず、ぎゅっと手を握ってしまった。
こんな大胆なこと、私ができるなんて……
そのくらい嬉しかったんだ。
「ちなみに、どういうところが?」
ちょっと意地悪したくなっちゃって。けれど、もういつもの月斗君で……
「それは……秘密。」
「えー、私はちゃんと言ったのに!教えてよー!」
握った手をぶんぶん振ると、『リーン』と鈴の音が鳴る。
「これって……願いが叶う鈴なんだよね。」
「うん。ちゃんと願い、叶ったよ。」
それって……ううん、聞かない。
きっと同じ願いだから。
私もお願い……叶ったよ。
満開の桜並木の下で、私達を祝福するように、いつまでも鈴の音が鳴り響いていた。
心の声が聞こえる私は、心がない……
ううん、違う。
心の声が聞こえる私が、心の声は聞こえないけど、誰よりも優しくて温かい心の持ち主に恋をした物語。




