20
ザザーン、ザザーン。
まるで海の上にいるみたい。絶え間ない波の音が、私の気持ちを少しだけ軽くしてくれる。
時はあっという間に流れ、修学旅行当日。
11月半ばの日光は、普通に寒い。半信半疑で一応ダウンジャケットを着てきたけど……大正解だった。持ってこなかった子達は寒さで震え、船内でぬくぬく過ごしている。だから、船上はほぼ貸切状態。
心の声も幾分か波と風の音で流されて、今の私にはとてもありがたかった。
ちなみに、ここは中禅寺湖という日本で一番海抜高度が高い自然湖。このクルージングが終わった後、ハイキングとなる。
「はぁ……」
せっかくの修学旅行なのに……私の心は恋愛でいっぱいだ。4月の私が知ったら、驚いてひっくり返っちゃうかも。
「凛花、どうした?ため息なんかついて。」
「うわっ、びっくりした。」
いつの間にか隣に立っていたのは将斗君。
班で私だけ船内にいないから、心配して探しにきてくれたみたい。
「ちょっと風に当たりたくて。ごめん、単独行動はだめだよね。」
「先生は気づいてないから大丈夫だけど……
確かに風が気持ちいいね、寒いけど……」
「そりゃそうだよ。半袖半ズボンって……先生の話、聞いてなかったの?」
クスッと笑う私に、「甘く見てたわ」と言って体を震わす。
将斗君。友達としては話しやすいし、面白いし、結構頼りになるんだけど……
やっぱり恋愛的な好きとは違うんだと思う。だから……
『もしかして今、告白してもいい雰囲気かな?』
と恋愛モードになってしまうと、私は一歩引いてしまうんだ。
「凛花、あのさ……」
「私もちょっと寒くなってきたし、そろそろ中に入ろ!」
将斗君の言葉に言葉を重ねる。心の声が聞こえれば、簡単にできること。
将斗君は少し残念そうだったけど、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「そ、そうだな。ハイキングもあるし、しっかり休んでおいた方がいいな。」
私はまた告白を回避した。
こうしていれば、いつか私以外の人を好きになってくれるかも……そしたら今のまま友達でいられるし、何より傷つけずに済む。
でも、将斗君の残念そうな表情が妙に引っかかる。
私……間違ってないよね?
「さつき、大丈夫か?今一瞬寝かけてただろ。手、切るぞ。」
「うぅ、眠すぎる……みんなは眠くないの?」
「まだ眠くはないけど……疲れたよね。」
周りを見渡すと、さつきちゃんと同じ状態の子がちらほら。心の声も眠すぎて変になっちゃってる子、いっぱいるし。
「ハイキング、めっちゃ疲れたよね。あれ、何km歩いたんだろう……」
「相当だったと思うけど……まぁ、思い出にはなったね。お風呂と夜ご飯は最高だった。」
「「それな!!」」
各々、修学旅行の思い出を、目の前のお皿やアルバムに彫っていく。
これは日光彫というもので、日光の伝統工芸品。私が密かに楽しみにしていたものの一つ。
「凛花ちゃんは……お猿さんだね。かわいかったもんね!」
「うん!日向ちゃんは、湯滝かな?」
私もそれなりに自信はあったけど、日向ちゃんのそれには敵わない。一本一本の彫りに強弱があり、見事な滝を表現している。
「へぇ、前田さん上手だね。」
「無田君……ありがとう。」
スっと赤面し、恥ずかしそうにうつむく日向ちゃん。彼女のかわいらしさと羨ましさに、私は自分の作品をスッと手のひらで覆う。
「月斗君のは……これ、桜?」
桜?どうして?
私も気になって見てみると、円形の鏡の裏面を四等分しており、それぞれに桜の木を描いている。
あれは……春夏秋冬を表現してるのかな?
「月斗、日光に桜は関係ないだろ。」
「まぁな。」
無田君は一言だけつぶやくと、せっせと彫り始める。
これは聞いても無駄だとみんな悟ったのだろう。自分の作業に戻っていく。みんな扱いがだいぶ慣れてきたなぁ。
当然、彼の心の声を聞くことはできない。
何も考えずに桜?うーん……
わからないことは、過ごす時間が長くなればなるほど増えるばかりだ。
ガチャリ、スー。
静かにふすまが開く。話し声はおろか、物音ひとつ、寝息すら聞こえない、ある意味不気味な空間で1秒、2秒、3秒……
『これは寝てないわね……まぁ、静かにしてるし、大目に見ましょう。』
スー、パタン。
「行った?」
「行ったね。」
「顔出していいかな……苦しい。」
みんな一斉に顔を出す。そして、顔を見合わせ、にやり。
「意外とバレないものね。」
「注意されるかと思ったけど、よかったね。」
本当は気づかれてるんだけどなぁ。と思いつつ、話を合わせる。
まぁ、修学旅行の日くらい、ちょっと夜更かししてもバチは当たらないよね。
って、私が思うくらいなんだから、きっとみんなも思ってるはず。
それから、禁止品のトランプでちょっと遊び、バレるのが怖くなってすぐやめたり、中学校の話をしたりと、非日常体験を繰り返すうちに時刻は23時を回った。
「ねぇ、みんなって付き合ってるの人とかいる?」
奏ちゃんが突然恋話をスタートさせる。この流れを読まない感じ……さすがだな。
深夜のテンションもありさつきちゃんも真美ちゃんもノリノリで参戦。
「いないよー、好きな人はいるけど。」
とさつきちゃん。
「私も好きな人はいるけど、付き合うとか想像できないなぁ。そういうのって、中学生くらいからじゃない?」
と真美ちゃん。
へぇ、あの子が好きなんだ。なんて、さらっと心の声に耳を澄ましていると……
「凛花ちゃんは?好きな人いるの?」
と真美ちゃんから狙い撃たれる。
心の声も含め、班員全員が私に注目したことを察し、顔がほてる。
「わ、私は……いないかなぁ。」
「えー、もったいない!そんなにかわいいんだから、絶対告白したら誰でもオッケーしてくれるのに。」
「ほんとほんと。男子なんて、どうせ顔しか見てないんだから。」
そのまま男子の悪口大会がはじまる。
でも、女の子も結構顔で選んでるよね、あはは。
「ちなみにね……私、君田奏は、旭君と付き合うことになりました!!」
「「えー!?」」
そこからは奏ちゃんの独壇場。「付き合う」に関しては、私も興味があったから、思わず色んな質問しちゃった。
後から思えば、私も十分変なテンションだったんだと思う。
「でもさ、奏ちゃんやっぱりすごいよ。告白とか、考えるだけでドキドキして、心臓が飛び出そうだもん。」
さつきちゃんに激しく同意。
私も自分が告白するって考える……いや、無理無理、想像できないよ。
成功すればいいけど、もし失敗したら……
「そうだね、私もすごくドキドキしたよ。
でもね、言葉にしなきゃ伝わらないと思ったし、成功するにしてもフラれるにしても、一歩踏み出さないと先に進めないと思ったから。」
しーん……
私達がポカンとするのを見て、「その反応は恥ずかしいからやめてー!!」と手をブンブン振る奏ちゃん。
違うの。3人共、本心からすごいな、かっこいいなって思ってるの。すごすぎて、言葉が出ないんだよ。
そして、同時に私の中に将斗君の顔が思い浮かぶ。
「凛花……お祭り、一緒に行かないか?」
「凛花、あのさ……」
夏祭りの時も、船の上でも、将斗君……どれだけ勇気を振り絞っていたんだろう。
それなのに、私は……
3人が再び盛り上がる中、私は静かに布団をかぶった。




