9、黒い鳥
翌日、そこそこ眠れた私はあの透明な果実をまた食べたい気持ちと葛藤の末、断腸の思いで諦めて森を進んでいた。
「ギャァ!ギャア!」
やっぱりもう一度食べたかった…と後悔しつつ歩いていた私の目の前に鴉を何十倍にしたような黒くて巨大な鳥がいた。
「ギャア!ギャァ!」
「ピィピピィ……」
「ギャアア!ギャアギャア!!」
茂みから顔を出した先で鳥の魔物が小さな黒い塊を苛めている。
いやいや。私だって魔物は避けていたよ?熊の魔物だとか、ゴブリンの巣だとか、避けて来ましたよ。結局目の前にいるんだけどね!本当にこの森って魔物天国だな!
「ギャアギャア!」
「ピィピィ…」
下らない事を考えている間にも鳥の魔物は弱々しくか細い鳴き声を上げた黒い塊を苛烈に苛め続けている。
「ギャアア!!」
赤い瞳を吊り上げて、まるで親の仇のように執拗に鉤爪で攻撃を浴びせる鳥の魔物に止める気配はなく、時間が経つに連れて攻撃は酷くなっていっていく。
「ピィ…ピ………」
私がここに来る前からずっと攻撃されていたであろう黒い塊から聞こえる鳴き声が小さくなり遂に聞こえなくなった。
「ギャアギャアア!」
それでも鳥の魔物は攻撃の手を緩める事なく、トドメを刺すかのように今までで1番鉤爪を振り上げた。
「ッ!ダメ!」
咄嗟に飛び出して黒い塊と鳥の魔物の間に立っていた。
───『資料1つ作るのにどれだけ掛かっているんだ!すぐに作れ!トロいんだよ!』─────
ブラック企業で朝から夜まで必死に働いても1度も褒められなかった。
────『悪魔め!リージュを殺した悪魔め!今すぐ出ていけ!娘を返せ!!』─────
魂喰らいだと分かって家族から拒絶された。今までの事が必死で小さく鳴いていたのに助けが来ない黒い塊と重なる。
「あっち行って!〈ウィンドハリケーン〉!」
鳥の魔物に向かって風魔法を放った。
「ギャアギャア!」
近寄ると思っていたよりも大きくてビビるが、風魔法で少し離れた隙に黒い塊を全身で覆い、風魔法を使う。
「〈ウィンドドーム〉」
「ギャアア!!ギャアギャア!」
戻って来た鳥の魔物がドーム状に張った風魔法を破ろうと鉤爪を振り下ろす度に金切り音が響く。
「ピィ……」
「大丈夫!私が守るから!」
その音で気が付いたのか黒い塊が僅かに鳴いた。
「ギャアギャアア!!」
「ツッ!〈シールド〉もうどっか行ってよ!」
絶え間なく攻撃を続ける鳥の魔物に向かって叫んだ。鳥の魔物は風魔法によって足が傷付くことすら厭わず、風の中にいる獲物に向かって攻撃を続けてきた。村にいた時に盗み読みした魔術書で覚えていた結界魔術を仕掛けて新たに張ったお陰で迫っていた鉤爪を防げた。
「ピピィ…!」
うずくまってただ耐え続ける事しばらく。
「……………静かになった?」
どれくらいの時間が経ったのかは分からないが、ずっと鳴り続けていた鳥の魔物の鳴き声や破壊しようとする音が鳴り止んだ。
そーっと外を伺うと翼をはためかせて小さくなっていく黒い影が見えた。
「…良かった~!怖かった~!」
もう終わったと理解した瞬間、ブワッと涙が溢れる。何度か破られそうになった時は生きた心地がしなかったけど良かった、と思った瞬間体の力が抜けた。
「……ピ…」
「あぁ、どどっどうしよう!死なないで!」
全身泥だらけになったけど、嬉しくて生きている喜びを噛みしめていたが、今にも死にそうな鳴き声に我に帰って焦る。
「〈ヒール〉!」
風魔法を使い続けていたから残りの魔力が少ないけど、ここまで来て見捨てるなんてあり得ない。これまた盗み読みして覚えた回復魔術を何度か使って出血が止まったのを確認して服で優しく包んで運ぶ。
「何か食べさせた方がいいかな?」
グッタリしている黒い塊に心配になる。取り敢えず何か食べさせた方が良いだろうと近くに生っていた木の実を採って口に近付ける。
「美味しいよ?一口で良いから、ほら」
「…ピッ」
だが、顔を反らして明確に拒否された。食べる気持ちにならないかと口ギリギリまで近付けてみるがしっかり嘴を閉ざされている。
姿を観察する余裕が出来て分かった事なのだが、黒い塊はどうやら鳥らしかった。襲っていた黒い鳥を小さくしてモフモフにしたような見た目だ。同族だったのかな?ならなんで襲われていたんだろ?…よく分かんないけど魔物って怖い。
「水も飲まなかったし、何なら食べてくれるの?」
それはそうと、このまま何も食べてくれないかと思うと不安だ。木の実を与えようとするのを止めて、言葉が分かるとは思えないが何となく訪ねる。
「ピィ!ピピッ!」
「えっ何?…これ?」
聞いた途端、黒い鳥は何かを訴えかけるように鳴き出した。黒い鳥が見詰める先には木の実を持った私の手。
やっぱり木の実が食べたくなったのかと木の実を持った手を口元に近付ける。
「イタッ!」
黒い鳥は木の実には目もくれず、私の指を噛んだ。
「あ~。血が出ちゃった」
「ピィ?」
「大丈夫だよ。心配してくれ、て…」
切れてしまった指を見ていると、黒い鳥が心配をしているのが《《分かって》》返事を返した。
「何で心配してるって分かるの…?」
声が直接聞こえている訳ではないのだが、黒い鳥が発した鳴き声の意味が理解出来る。
「ピィピピッ」
「魔力が繋がったから、かぁ」
「ピッピッ!」
「そうそう!ねぇ」
何故か質問すると黒い鳥は当然のように『魔力が繋がったからだ』と答えた。流石にその一言では理解しきれなかったので更に詳しく聞いてみる。
「なるほど…。指を噛んで私の血液を取り込み、血液の中に含まれている魔力を通じて契約をした。と」
「ピッピピィ」
「そんな感じ、かぁ」
聞き取りをして理解したと同時にあの時訴えていた事が分かった。
黒い鳥は木の実ではなく、私の指というか血液を求めていたそうだ。直感で自分に今必要なモノは食料よりも魔力で1番近くにあった魔力を持つ存在が私だった。だから求めた、らしい。質問した直後にタイミングよく鳴いたのはまったくの偶然で手が遠ざかったから鳴いた、だけだそう。
「契約って?何かが起きるの?」
「ピィ?」
「さぁ?って言われても。ほら、定期的に魔力を与えた方が良いとか?」
「ピピィ」
「平気なの?」
「ピピィピピッピッ」
「契約して繋がったからそこから魔力を食べれる、ねぇ。じゃあこの木の実はいらな…」
「ピピッ!!」
「おおぅ…食べるんだね」
魔力さえあれば死ぬ事は無く、回復力も上がるが、それはそれとして食べ物は食べるらしい。木の実を凄い勢いでがっつく黒い鳥私は見詰めていた。
「この木は!」
「ピィピ?」
木の実を食べ終えて元気が出た黒い鳥と森を歩いて私は歓喜していた。
「まさかここにもあったなんて!ふふっラッキー!一緒に食べようか」
「ピピッ!」
何故なら諦めた筈のあの透明フルーツが目の前にあるからだ。透明フルーツは意外とこの近辺に多く自生しているのかもしれない。ルンルンで昨日と同じく垂れた枝の先に実が生っていたその実を採って早速食べる事にする。
「この実ね、本っ当に美味しいんだよ」
「ピピピィ?」
「嘘じゃないよ」
黒い鳥は見た目から疑っているようだが、きっと一口食べればその気持ちは失せるだろう。
フッフッ、さてどんな反応をするのかな?と上から目線で一切れを黒い鳥に上げる。
「ほら、毒とか危険な物じゃないから。…美味しい!」
「ピィ…ピッ!………」
透明な皮の中から出て来たのが赤と紫のマーブル模様の為かしばらく観察していたが私が食べて見せると、覚悟を決めて一口食べた。
「…どう?美味しい?」
だが、固まって動かなくなってしまった。心配になって話し掛けるが黒い鳥は反応せず、
「ピッ……ピピッ…………ピィピィ!」
一心不乱に食べ始めた。
「…そうなるよね……」
まるで昨日の私を見ているかのような勢いに納得して私も食べる。
「これは私の分!」
「ピッピィピ!」
「私が採ったんだから!」
「ピピィ!ピッピッ!」
最後の一切れを争って、結局新しく実を採って食べたのは致し方ない事だろう。
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