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アレクシア視点1

ワタシは、憧れの場に今立っていまス。


 学園かラ車で一時間ほど行った場所、都心の中心部に堂々としたビルを構える北辰一刀流の総本部道場、玄武館。


 中からは既に稽古が始まっているのカ、車のクラクションや横断歩道のメロディーに混じってヤーパンの言葉の掛け声が外まで漏れてきていまス。


「一、ニ、三、四」


 ドイッチュラントとは掛け声から違いまス、まさしく本場に来たという感じがしまス。


「アレクシア・フォン・シーメンス様、まだ道場に入ってもいないのですよ?」


 道着を着た師範と思しき人ガ、闊達に笑いながらワタシに声をかけてきましタ。


 ドイッチュラントでプロジェクトの説明をする時でさエ、これほどまでに緊張したことはありませン。


 ですがここでまごついていても、仕方ありまセンね。


 私は竹刀や踏み込みの音が聞こえる、真っ白いビルの中に入りましタ。


 ワタシは持参してきた道着に袖を通し、道場に一礼しまス。中では大勢の門下生が文字通りに汗を流シ、磨き抜かれた道場の床は汗の水たまりがあちこちにできていましタ。


 動画でしか見たことガなかった北辰一刀流の墨書、流派を示す旗、歴代宗家の絵や写真。


 ひときわ目立つところに飾られている、戦闘機のパイロットでもあった先代宗家の肖像画。


 人呼んで、「大空のサムライ」。


 ああ、ワタシは猛烈に感動していまス。


 憧れの場所に、自らの足で立っているのですかラ。


 さっそくワタシも木刀を持って素振りに参加シ、さらニ組太刀という形稽古も体験させてもらいまス。


 互いが木刀を構え、対峙しテ向かい合う。


 ドイツの剣道でやったのハ竹刀での打ちあいと昇段審査のための形稽古で、ここまで本格的なもの初めてでス。


 互いに寸止めする、それが契約。それなのニ、師範代の木刀の先からは痺れるような殺気が伝わってきまス。


 ワタシが形どおりにみぞおちに突きを放つと、手が痺れるほどの力でワタシの突きは払われ、吸い込まれるようにワタシの喉に師範代の木刀が付きつけられましタ。


 払われたワタシの木刀は道場の隅へ転がっていき、拾い上げるとヒビが入っていたほどでス。


 安全のため刃がついていないものですガ、真剣での居合術も教わりましタ。


 それから防具に身を包み竹刀での地稽古に入りまス。


 さすがは北辰一刀流の本部道場、レベルが高くワタシはなかなかの苦戦を強いられましタ。師範代という壮年の方にも稽古をつけていただきましたガ、いいようにあしらわれてしまいまス。


 しかし同年代の女子には負けませン。これでもシーメンス社の事業と学業の傍ら、剣の腕は磨いてきたのでス。


 休憩時間となりワタシは防具の面を外し、頭に巻いた手ぬぐいも取りましタ。汗だくになった体に、クーラーの涼しい風が心地よいでス。


 木刀での形、居合の稽古、竹刀での地稽古。古流の美しさと剣道のスポーツ性を併せ持った古流、それが北辰一刀流ですネ。聞いていた通リ。


 クーラーの効いた快適なビルの中で、古式ゆかしい木刀や竹刀で稽古をする。そのミスマッチが逆に面白いでス。


「一手、手合わせ願えませんか?」


 野太い声や甲高い気合が耳立つ中、凛としながらも幼さを残した声が頭上から聞こえ増しタ。


 正座していたワタシが見上げると、腰まである黒髪をポニーテールに結ったワタシより頭一つ分は背の低い少女が立っていル。


 前回の聖演武祭の優勝者、北辰葵でス。


「喜んデ」


 ワタシの返事は、すでに決まっていまス。


 お互いに竹刀を構え、向かい合ウ。それだけでワタシとアオイの間を流れる空気の色が、変わったかのように感じまス。


 すぐそばで竹刀を打ち合わせる音ガ、どこか遠い場所の出来事のよう。


「お強いですね」


 アオイはワタシの構えを一瞥しただけでそう断言しましタ。


 はったりでも知ったかぶりでも、ましてや威圧でもなイ。シーメンス社の仕事で色々な人間と交渉してきたかラわかりまス。


 確信でス。


 向かい合っただけでワタシの実力を見抜いたというのでしょうカ。まるでいにしえのサムライのような振る舞いに、ワタシの胸は震えまス。


 同時に憧れの存在でもあル彼女からそう評価されたことに、胸が疼くような喜びを感じル。


 幼さの残る顔立ちからは、年相応の少女という印象を受けましタ。しかし同時に、獲物を前にした猫を思わせまス。


 はじめ、の合図がありましタ。


 断言しまス。ワタシは決して油断も恐怖もしていませン。目の前のアオイから、一瞬たりとも目を離してはいませン。それなのニ。


 ワタシの腕に防具越しにすら鋭い痛みが走り、竹刀が手から離れましタ。


 小手を打たれた? いつの間ニ……


 先ほどの師範代とすら、比べ物にならないほどのスピード。痛みを感じたと思ったときにハ、すでに葵はワタシの右側面を走り抜けていましタ。


 すごいでス。でも同時に、悔しいでス。


 わけもわからないまま一本を取られた、それが歯がゆくて仕方がありませン。


「もう一本、お願いします」


 アオイの通る声と共に、ワタシは再び竹刀を構え今度はこちらから仕掛けましタ。


 やがて休憩時間が来テ、面を外し、手ぬぐいを取って素顔のアオイと顔を合わせまス。汗で髪が額に張り付き、面をの紐を解く手もおぼつかないワタシと違いアオイにはまだ余裕がありそうでス。


「参りましタ……」


 そう言うのガ精一杯。結局ワタシの竹刀は、掠りさえもしませんでしタ。


 ドイッチュラントではそれなりにできたつもりですシ、段位も持っていまス。


「アオイ。剣の極意とは、なんでしょうカ? いえ、アナタのもっとも大切な剣の要素とは、なんと考えますカ?」


「瞬息です」


 何のためらいもなく迷いもなく、恥じることさえもなく堂々と言い切りましタ。


「瞬息とは速度のことです。相手の剣が届く前にこちらの剣が相手に届けばいい。ただそれだけのことです」


 まだまだ手合わせをしたいのですガ、ワタシにはシーメンス社の仕事もありまス。 


 聖演武祭関連の手続きや、安全装置であるマヨイガの技術者からも話を聞かなけれバ。


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