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運動が苦手だった剣術師範の高校生、真剣勝負で成り上がる  作者:


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妬み嫉み

強さとは何か。

僕は試合後、一旦選手用の控え室へ戻る。


 白い壁と金属製のロッカーが立ち並ぶ控え室。室内用の長椅子の上にはスポーツバックやドリンクが置かれ、すでに試合を終えた他の選手たちが汗をふいたり動画のチェックをしたりしていた。


僕が中に入ると控え室の視線が一斉に集まる。


「あいつは確か、この前のニュースに出てた……」


「聞いたこともない流派の出で、しかも他の武道の大会でも目立ってないのに、なんで出場できた? ズルか? きったな」


「いや、一回戦見てたが実力は十分ある。油断するな」



 僕は初出場で、大会前の活躍もなかったからこのまえのニュースの一件以外ほぼ情報がない。


 出場選手なら当然あってしかるべき動画リストもyoutubeには作成されていない。


 誰なのか。なぜ出場できたのか。そんな視線を感じ、場の空気がねっとりとまとわりつく。


 文化祭も、体育祭も、遠足も、修学旅行も。人の集まりは、いつだって苦手だった。


 僕はその場から逃げ出すように控え室を出る。


 廊下に出た途端、おり悪く人影がいきなり目の前に出てきた。だが慌てた素振り一つ見せず、流れるような体捌きで僕のことをかわす。


「すまんね」


 裾を払いながらそう答えたのは和服を着た、初老の男性。ただし腹も出ておらず腰も曲がっていない。身のこなしから相当な使い手であることが感じられた。出場者の師匠だろう。


「お前も出場者か?」


 男子性の質問に僕が答える前に、控え室の中から声が聞こえてきた。


「さっきの奴調べてみたけどよ。柳生流っていう流派らしいぜ」


「何やそれ? 聞いたことあらへん」


 それを聞いた男性の口調が、急に上から目線で押しつけがましいものへと変わる。


「おい、柳生とやら」


 その口調の強さに、僕は思わず身がすくんだ。それを見て口元を愉悦で歪ませ、男性は言葉をつないでいく。


「ニュースに出て浮かれているのか知らんが、あのようなもの武人の振る舞いではないぞ」


 それから延々と武人とはなにか、武士とはと語っていく。


「女子供を危険にさらすなど、愚か者。真の強者は戦わずして勝つ者だ」


「そもそも私闘を、この歴史ある国立武道館で行うなど……」


 上から目線で口先だけの道徳を得意げに押し付けながら、ニュースになったことを責めてくる。武道家にはよくいる、嫌なタイプだ。


「そもそも聞いたこともない弱小流派がこの栄えある聖演武祭の舞台に立つなど、言語道断」


 しかし、話が進むと言葉の端々から嫉妬を感じた。


 今まで柳生流が、聖演武祭と縁がなかったのにいきなり出られたのが気に食わないのか。


 古流の流派の多くが加盟している、日本古流連盟にさえ柳生流は加入していない。聖演武祭ではここ数年は北辰一刀流が優勝しているが、以前は日本古流連盟に加入している他の流派が優勝していた。


 この男性の流派も、優勝経験があるのだろうか。だから僕に嫉妬して、嫌味たっぷりに敵意をむき出しにするのか。


 試合で負ければ悔しいし、勝てば恨み言を言われる。だから人間って、苦手だ。


「ソウタ!」


「柳生くん!」


「勝ったな……」


 説教が終わった後、通路から特等席へ向かった僕は、最前列で試合を見ていたアレクシア、中島さん、広田の姿を認める。他に和服を着た他流派の師範らしき人や、お金持ちそうな品と貫録のある人たちもいた。


 初戦で勝った僕に対し、彼らから驚きや好奇の視線、さらに優雅な会釈等も混じって落ちつかない。


 でも金髪の少女は満面の笑みで、黒髪の少女はどこかほっとしたような顔で、そして広田はどこか憑き物が落ちたような表情だった。


「さすがはソウタ!」


「怖かったけど…… でもおめでとう」


 赤らんだ顔で興奮気味に笑顔を浮かべるアレクシアに、僕は表情が緩むのを感じた。


「応援ありがとう。少し緊張したけど、みんなの顔を見ると少し楽になったよ」


「お前が出たことに、もう文句は言わねえし、言わせねえ。だがな。俺に代わって出たようなもんだ。絶対に優勝しろよ」

 

 急に態度が変わった広田に疑問を覚えた。だけど彼がすっきりした顔で拳を差し出してきたので、僕は腰の刀を左手で押さえながら右手でグータッチした。


 グータッチをするのは生まれて初めてだ。同時に、広田が認めてくれたことにほっとする。


 アリーナをざっと見渡すが、他のクラスメイトはいない。


 汐音学園が数個は入りそうな面積の会場だから見つけられないだけかもしれない。けれど、聖演武祭の観戦チケットの倍率はどんなアイドルグループよりも高い、と言われるくらいだ。


「ソウタ。ねぎらいの言葉はまずアヤにお願いしまス」


 そう言われて中島さんの様子を見る。先週マヨイガの調整に来た時と同じように作業着に身を包んだ彼女の顔色は少し青く、手が震えていた。


 手の甲には白く跡が残っている。


「アヤ、試合中ずっと手を握っていましタ。頑張って、怪我しないで、ト」


 有難くは思う。そこまで僕のことを思ってくれたのは、正直嬉しい。


 可愛くて気立ての良い女の子にそこまで応援されるのは、悪い気分じゃない。


 でも。


「お願いがあるんだ。もう帰って」


 中島さんは弾かれたように顔を上げ、立ち上がる。その表情にあるのは悲しみと。怒り。アレクシアも、広田も、僕の言葉に怒りを露わにしていた。


 ああ、まただ。僕はいつも肝心な時、言葉選びを間違える。


「言い方が悪かったね、でも中島さんにそこまで怖い思いをさせたくない。もう、無理しなくていいから……」 


 中学の頃、絡まれていたところを助けた女子から、怯えた目で見られたことをまた思い出す。


 アレクシアや広田のように武の心得がない人、アリーナの観客のように武術に興味のある人でなければ人が戦うところなんて怖いのが当たり前だ。


 武道の時間にダンスを履修していたくらいだ、元々武道に興味なんてなかったはず。


「そうじゃないの」


 でも中島さんと目が合った時、黒い瞳には怒りも悲しみも、怯えさえもなかった。


 眼鏡の奥の視線をまっすぐ僕に向けて、ゆっくりと椅子に座り直す。肩まである黒髪が軽く舞った。


「怖いけど、試合を見届けたい。柳生くんのマヨイガの調整に関わったのは、私もだから。柳生くんが剣術に誇りを持っているように、私もこの仕事に誇りを持ってる。怪我をしないでスポーツや試合ができるこの技術に関われることを。だから、帰らない」


 僕を見上げながら語る彼女は、情熱に満ち溢れていた。同時、彼女が抱える暗さと悲しみが伝わってくる気がした。


「強いね。中島さんは……」


 言の葉が唇から漏れ出る。嘘偽りのない本心が、アリーナに溶けて消えていく。


 クラスが盛り上がったり、大々的に中継されたり、こうしてアリーナが歓声で埋め尽くされているから

忘れがちだけど。


 中島さんの反応が自然なのだ。


 目の前で真剣で打ちあって、おまけに殴ったり投げ技まで含まれる。


 こんなことを間近で見せられて、怖くないわけがない。


 柳生流を習い始めたばかりで素人だった頃を思い出す。木刀を持つだけで怖くて、顔の前を袋竹刀が通るだけで目をつぶって、気合の声を聞くだけで身がすくんでしまったあの頃を。


 中島さんは、そういうことを思い出させてくれた。武道とは怖いものだ。


 でも彼女は素人でも、怖くても逃げずに、自分の役目を全うしようとしている。


 だから僕より、ずっと強い。

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