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運動が苦手だった剣術師範の高校生、真剣勝負で成り上がる  作者:


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ドイツ人美少女、借金ヲ処理スル

「アナタの家の借金を、処理しておきましタ」


 僕は何を言われたのか、理解できなかった。


 アメリカンジョークならぬ、ジャーマンジョークか? 僕の反応をどう受け取ったのか、アレクシアは得意げにパソコンの画面を日本語に直した。


 目を、疑った。


 僕の家が借金していた会社とその金額、借りた年月日。


 何度も差し押さえの予告が来たから覚えてしまった、役場担当者の名前。


 そして柳生流道場の住所と、名称。


 それらすべてがパソコンに表示されている。


「これで心おきなく指導に専念できまス。バイトも休みを入れてくださイ」


 パソコンに表示された情報と、アレクシアさんの表情。その二つが僕の心にこれが真実だと理解させた。


「なんで、ここまでするの? そこまでしてもらう、義理なんて……」


 スーツ姿のアレクシアさんは、一旦眼をつむる。もう一度開いた時、確固たる意志がその目に宿っていた。


「アナタからサムライの精神を学ぶのでス。そのためには、はした金でス」


「はした金、って……」


 借金は数千万円にも及ぶ大金だ。一介の学生、いや社会人にすらそう簡単に払える金額じゃない。ローンを組んだって追いつかないだろう。


「ワタシが稼いだお金でス。好きなように使っても親は文句を言いませン。数百万円程度の買い物ならこれまでも何度かおこないましたシ。その一つがこのスーツでス。専門の職人にオーダーメイドで作らせましタ」


「ワタシ、シーメンス社の取締役でもありますかラ。このスーツはこれからヤーパンでの取引相手と会いに行くので来ているのでス」


 彼女がスーツのポケットから黒い名刺入れを取り出す。ICカードほどの大きさの名刺入れの中にはドイツ語や英語の企業名、そして僕でも知っている有名な日本企業の名刺が山と入っていた。


「スーツはサムライにとってすれば刀のようなものでス。身に着けている服装だけで取引の成否が決まることさえあるのでス」


 住む世界が違いすぎる。


 出がらしのお茶と一汁一菜のご飯で日々をしのぐ僕と、数百万円を買い物、と片付けてしまえる彼女。でもそれ以上の疑問が、頭を埋め尽くした。


「なにが君を、ここまで駆り立てるの?」


「転校初日に言った通りでス。サムライを知りたい。ビジネスの世界に身を置くと、人の醜い面や手のひら返し、嘘つきばかり見えてくるのでス」


「ワタシは、変わらないものが見たイ。伝統を見たイ。数百年受け継がれてきた、魂というものを知りたイ」


「そのためにニセモノのサムライを、アナタに打ち破ってほしイ。富とも名誉とも無縁だったアナタの流派が、実力だけは絶えることなく伝えていった証を、見せてほしイ」


「そのために聖演武祭という大舞台で、北辰葵を打ち破ってほしイ」


 北辰葵を偽物と断じる彼女。一体昨日、何があったのか。


 でもそんなことは、無理な話だ。


「僕には出場資格がないよ」


 聖演武祭に出場するには武道の大会で好成績を残すか、古流の多くが所属する大会組織委員会に属する人の推薦が必要だ。


 僕は剣道部は退部したし、大会にも出たことがない。推薦という手も、次の月曜日は出場者の発表の日だ。ギリギリすぎる。


 でもアレクシアさんは手元のパソコンを少しの間いじっていたかと思うと、メール一覧が表示されるページを開いた。

 

「これでアナタは出場できまス、ヘル・ヤギュウ」

 

 聖演武祭の大会組織委員会、と表示されたアドレスからアレクシアさん宛に、「大会参加者追加、了承しました」件名でメールが届いていた。


 その文面には柳生流の名と僕の名前が入っている。


「シーメンス社は聖演武祭の一番のスポンサーですかラ。これくらいはなんということはありませン」


「このためニ、リムジンをわざわざ使ったのですヨ。セキュリティのしっかりした通信設備を備えていますかラ。聖演武祭へのページなど、ハッカーが手ぐすね引いて待ち構えていますからネ」


「でも、こんなに早く…… ウチの流派も父さんも、聖演武祭とか大会組織委員会とは、全然縁がなかったのに」


「だからこソ、いいのでス」


 アレクシアさんは僕の言葉を遮るようにしてそう言った。


「聖演武祭の大会組織委員会と距離を置いている古流の方が、都合がイイ」



 アレクシアさんは入門したけれど今日は仕事があるということで、僕を家の前で下ろした後再びリムジンに乗って去って行った。


 玄関手前の留め金が錆びた郵便受けの中には、黄色の封筒が入っている。


 早い。早すぎる。


 僕は震える手で封筒を手に取り、靴を脱ぎ散らかして家に入った。


 居間で正座すると、中身を破かないように慎重に封を切る。


『柳生宗太様 あなたは次回の聖演武祭に出場できる権利を得ました。あなたのような逸材が野にうずもれていることを看過していたこと、汗顔の至りです……』


 それからも延々と、歯の浮くようなお世辞が並べられていた。別紙には大会の注意事項と、参加者用のパスが同封されている。


 黄色の封筒は聖演武祭組織委員会からの通達を示すもの。アレクシアが連絡を取って二、三時間しか経っていないのに、どうやって家に届けたのか。


 でもそんなことは些細な事。


 僕と柳生流剣術に対する賞賛を読み進めていると、聖演武祭に出場できるという実感がわいてきた。


 これが事実だと確信すると胸の奥からじわじわと喜びが沸き上がってきた。今までテレビと動画で繰り返し見てきた聖演武祭の試合を思いだす。


 何度も何十度も、嫉妬にかられながら繰り返し見てきた。目をつむればすぐ前に情景が浮かぶほどにくっきりと覚えている。


 竹刀ではなく真剣同士がぶつかり合う迫力満点の試合。


 負傷者が出ないように黒い糸を舞わせて選手を守る、安全装置マヨイガの不思議な力。


 そこに僕が立つ妄想は繰り返ししてきた。


 決勝戦の舞台に上がる前、インタビューで何と答えようか繰り返しシミュレートしてきた。


 でもそれは、もう妄想じゃなくて現実になった。この輝くような黄色い封筒がその証。


 封筒を黒ずんだ木目の天井に掲げて浮かれていると、居間に飾ってある両親の遺影が目に映った。


 のぼせ上った頭が一瞬で冷える。


 聖演武祭には高校生の部だけじゃなく、大人の部もある。なのに父さんは招待されたことが一度もない。

 マイナー流派だったからか? 他の古流とも、剣道とも付き合いがなかったからか? 弱かったからか?

 理由なんてどうでもいい。聖演武祭の大会組織委員会は父さんを無視していた、それは事実。それなのに。


 スポンサー企業からの圧力があるとこれか。


 さっきまで輝くように見えた黄色が、虚飾の象徴に思えてきた。


 状況次第で態度を変え、手のひらを返し、ゴマをする。子供でも大人でも変わらない。だから人間は嫌いだ。


 封筒と手紙を握る手に力が入り、父さんの声も母さんの声もしない居間に音がする。


 慇懃無礼な文章にしわが寄り、ところどころが破けた。


 ちょっとだけ、気が晴れた。


 

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