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転生聖女の罪と罰〜少女は三度の人生を歩む

作者: 水流花
掲載日:2024/03/03

『最初の人生で私が8つの時の時のことでした。

 突然、女神さまの声が聞こえてきたのです。


「セイラ」


 頭に直接鳴り響く、体中に喜びをもたらすその声は、とても人のものであるとは思えませんでした。


「このままでは人類は滅びます。あなたの神の力で、どうか、私の子を救って……」


 事実その日、私は聖なる力を覚醒させたのです。

 女神さまのお言葉の意味など分からないままに幼い私には大きすぎる神の加護の力を。

 それは力なき弱者であった私の、運命が確実に変わった瞬間だったのです』



ーーーーーー【一度目の人生】ーーーーーー


 隣国からの移民だった母はとても美しかった。貴族の目に留まり、私は妾の子として生まれた。


 けれど父は子を産んだ母の体にすぐに飽きた。正妻を迎えると、捨てられるように母と私は王都を追われた。

 父の別宅の一つを譲り受け、地方都市に移り住んだけれど、次第に仕送りが途絶えるようになると私たちは屋敷を手放すことにした。新しい街で暮らしたい気持ちが強かったんだろう、遠くの町に小さなボロ屋を買った。


「大丈夫、もう少ししたら私が稼いでくるから」


 母を励まし続けたけれど、母は生きる気力が削がれていくように弱っていった。

 それは8つの時。

 必死で食材を手に入れて帰ってくると、母がもう既に冷たくなっていた。

 肉親の死を初めて経験した私は、ただ受け止められない事実に泣き叫び、そうして一晩経つと涙が枯れ、幼くして生きることに絶望していた。その瞬間、神の声が聞こえてきたのだ。


「このままでは人類は滅びます。あなたの神の力で、どうか、私の子を救って……」


 心地よいはずのその声は私の耳をすり抜けていった。

 私にとって守るべき人は母一人だったけれど、母の死を導いた慈悲なき神に救いを求められたのだ。


 それからの日々はよく覚えていない。

 一つほど歳を重ねていたかもしれない、最低限の食料を口にしながら生きながらえていたある日、教会からの使者がやってきたのだ。


「神託が下りました。聖女様をお迎えに来ました」


 嗚呼女神は、私を捨て置いてはくれないのか、そう私は神に絶望した。







 幼い私はまだ何の力も使いこなせず、聖女候補としての学びを受けた。

 けれどさすが女神の加護を持っているだけあるのだろう、学べば学ぶだけ大きな聖力を扱えるようになっていく。教会の聖具はさらに聖女の能力を伸ばしていく。


 学びながら奉仕活動というものをしていた。聖力を使い、一般の民から高貴なお方まで、傷や病気を治し、そして呪いまで浄化していく。私はその活動が好きだった。人々に感謝の言葉を送られているときだけ、少しだけ心が満たされる気がしたのだ。


 それ以外の日々は酷いものだった。

 神託が下りていた聖女であるはずなのに、なんの後ろ盾もない、生まれも貴族の庶子である私は、教会の権力者や、聖女候補の他の貴族の子女たち、そしてはじめはその扱いを見ているだけだった他の教会関係者からも蔑まれていた。


 見目の悪い、やせこけた孤児が聖女として扱われるのを良しとしない、それは当たり前のことだったのだろう。そして弱いものを馬鹿にて傷付けはけ口にしてもいい……その陳腐な行為は、生まれてからどこにでもあったものだった。


 けれど私の力は大きすぎた。ほかの誰も私の力に及ばない。私の祈りだけが、強力な聖女の結界が張れると国が気付いた時、私は王子の婚約者になってしまった。


「聖女を伴侶に迎えるのは王族の務めなのだ。共に国を守ろう。けれど……きっと私はお前を愛することはないだろう」


 一国の王子が出逢った初日にそんなことを言ってもいいものなのか。私はまた一つ、小さく絶望した。


 





 16歳になり、王子と共に入学したのは、魔法大国最高の学び場である、王立魔法学園。

 そこでも私は、人々に蔑まれる。

 無理やり王子の婚約者になったと噂されているそうだ。なんでも強欲聖女とあだなまで付けられているとか。笑ってしまう。生まれてから、何一つ、願いを聞き入れてもらえたことなどない立場の弱い私に。


 生まれも育ちも私は何もかも弱者だった。聖女の肩書を与えられてもなお、その事実は変わっていなかった。


 王子の邪険な態度に、人々のあざけりに、心の中に少しずつ積もっていく小さな絶望。


 嗚呼女神様。

 あなたに問いたい。どうして私に人を救う力を与えたのですか。

 私は、私を愛さない人々を救いたいと願えるような人ではないのです。貴方は確実に……選ぶ人を間違えたのです。


 そんな気持ちを学園内の小さな教会で捧げても、神からの声はもう降ってくることはなかった。







 学園の卒業パーティーのその最中、婚約者である王子が叫ぶように言った。


「私はここで聖女セイラとの婚約を破棄することを宣言する」


 彼は、良くわからない私の罪をつらつらと並べ、聖女などというのはおこがましい悪女なのだ、と言う。

 彼の隣には、美しい黒髪の女性が寄り添うように立っていた。


「メリンダこそが本当の聖女なのだ!」


 私が攻撃したとされる貴族の女性の名だった。本当に驚いた。彼女は聖女だったのか?私はそんなことも知らなかった。


「牢に連れて行け。取り調べ後、お前は国外追放とする」


 王子の言葉に私は笑顔で答えた。


「うけたまわりました。……私はずっとそれを望んでおりました」

「……」


 いつか自由を手に入れて、女神のことも、聖なる力も、権力者たちからの蔑みも忘れて、異国で生きてみたい。そんなことを夢見ることがあった。決して叶うことはなかったけれど。


「私は……お前の心のこもらない笑顔がずっと怖かった。薄気味悪い」


 王子は小さな声でそう言った。

 王子こそずっと不機嫌な表情をしていたのに、何を言うのだと思い、思わず笑ってしまう。







 魔法大国の牢は魔法の遮断がされている。その夜、どうやって入り込んだのか、王子の隣に立っていた黒髪の令嬢メリンダがやってきた。門番を買収したのだろうか。


「やっとやっと、お前を追い払える。よくも私の立場を奪ってくれたものね!お前が居たから、私が聖女になれなかったじゃないの!隠しキャラまでお前を探してる……どうして、どうして!!」


 それからは罵倒の言葉を山のように私に浴びせて、従者に命じて大量の水を私にかぶせると、満足したような笑顔で出て行った。


ーーーーー


『本来の私ならば魔法でさっと体を乾かし怪我をしていても治癒させていたでしょう。

 けれどそこは魔法の使えない牢の中で、もちろん着替えなども用意されず、体を拭くものなどない、寒い冬の日でしたから。

 体温を極限まで落とした私は、翌日の朝にはもう、母と同じように冷たくなっていたのです。


 一度目の生、それは、私に雪のようにふりそそぐ小さな絶望と、聖なる力を使うに値しない世界を教えてくれるだけのものでした』



ーーーーーー【二度目の人生】ーーーーーー


「セイラ」


 そしてまた8つの歳に、再びその声を聞いた。私はすぐさま思い出した。

 かつて生きた苦しい人生を。

 そして、再び同じ人生を歩んでいることを。


「……私は間違えました。どうかあなたを救って、そしてあなたが望むなら、人を救って」


 女神は前回とは違う台詞を言った。

 私はその、無条件に心を喜ばせようとする、圧倒的な支配力を持つ女神の声を憎々しく思ったけれど、部屋の中を見回してはっと気が付く。

 ベッド上の母が、寝息を立てて、眠っている。慌てて手を触れると温かい。生きている……生きている!!


 女神は母の生きている時間に戻してくれたのだ。今この瞬間だけは、神に感謝を!


 教会で息を吸うように繰り返した神への祈りを捧げる。


 そうして私は慣れたように母に回復魔法をかけた。母は少し苦しそうな表情をしたけれど、段々と顔色も良くなっていく。死の淵に足を掛けていた母は、簡単には回復しなかった。体力も追いつかない。毎日少しずつ回復させていき、5日ほど経った頃には本人も首を傾げていた。「体が若いころに戻ったように軽いわ」


 ウキウキと鼻歌を歌うようになった母を説得して、母の生まれ故郷に帰ろう、と提案した。

 母の生まれた隣国は、気候が暖かく、作物が良く育つ豊かな土地だ。陽気な人々が多いと聞く。


「そうね、帰りたいわ。お父様には怒られてしまうだろうけれど……それでももう一度、一目でもお会いしたいわ」


 厳しい父親に反発し、家出同然で国を出たのだという。

 家を売り、隣国へ旅立った。温かい空気を吸い込む土地に入ると、水の中に戻された魚のように、母はよく笑いよく歌うようになった。そんな母を見ているだけで胸が熱くなり、泣き笑う私の頭を母は不思議そうに撫でた。


 隣国の首都にある、母の生家は大きなお屋敷だった。私はその時まで、母が貴族の生まれであったことを知らなかった。


 母の父は年老いていたけれど、母に似た顔立ちをしていた。


「馬鹿もの……ずっと探していたのだぞ」


 大粒の涙を流しながら、私たちを抱きしめてくれた。

 祖母はもう亡くなっていた。私たちは三人でお墓参りに行った。私の誕生日には、母と祖父、そして母の兄や、仲良くなったその子供たちがお祝いしてくれた。

 そうして私は、それから14の歳までの6年間、その屋敷で暮らした。

 私に愛情を向けてくれる人々と、守ってもらえる暮らし、令嬢としての作法や勉学も教えてもらえる。子供として過不足ないその暮らしは、私の中の何かを確実に変えていった。


「私は冒険者になりたいのです」


 そう伝えると、馬鹿者!とおじいさまは私を一喝してから、はっとするように母を振り返った。母がひんやりとした笑顔を浮かべている。かつて母と祖父の間で繰り広げられた光景だったのだろうと想像出来た。


「ずっとずっと、憧れていたのです。私は魔法の才を受け継いでいます。おじいさま達に守られて、一人で生きて行けるだけの力も付けさせてもらえました。父に虐げられ、街を追われ、人々に蔑まれながら困窮していた暮らしを、私はきっと生涯忘れることはないでしょう。こんな私は、貴族の社会ではとても暮らしてはいけません。ただ自由に、生きていきたいのです」


「そうはいっても……冒険者は危険なのだ。いつ命を落とすかも分からない。何も貴族の家に嫁ぐ必要などない。裕福な人柄のよい平民をお前に紹介することだって出来るのだよ」


 渋る祖父を説得し、監視という名目で護衛に付き合ってもらいながら、冒険者登録を済ませ幾月か依頼をこなしているうちに、優秀な私の魔法能力と、社会で生きて行けるだけの判断力や社交性を、祖父に認めさせた。


「私たちはいつでもセイラの助けになる。そしてこの先も、何があっても年に一度は必ず屋敷を訪れなさい」







 聖女だった時ほどではないけれど、聖魔法を多少使える冒険者として、私はひっぱりだこだった。

 大病や大けがさえも治せることは隠していた。冒険者には怪我が付き物だ。小さな傷ならすぐ治せるだけでもありがたい。呪いや毒も浄化してしまい、様々な付与魔法も器用に掛ける、おまけに、性格も悪くなく、人懐っこい子供だ。可愛がってもらえた。


 初めて、人と過ごすことがこんなにも楽しいのかと私は不思議な感覚を感じていた。

 毎日のように新しい人と出会い、思いもかけないことが起きる。驚いたり笑ったり、たまには泣いたり、日々が新鮮だった。確実に冒険者は私に向いていた。毎日が楽しくて仕方がなかった。


 友人も出来た。気さくに、バカみたいな話をして盛り上がった。そんな仲間が出来たのははじめてだった。


 そして16歳になったときに、ある指名依頼を受けた。

 背の高い美しい青年と、その付き人のような四人の旅人だった。

 銀色の髪の青年はシルバーと名乗った。西の森の調査をしているそうだ。回復要員として付いて来てほしいとのこと。彼らはとても紳士的に、旅の間私にあらゆる危害を加えずに守るという魔法誓約までしてくれた。断る理由などなかった。


 彼らは若い研究者で、冒険者と旅をするのは初めてだと言った。私の冒険話を、どんな話でも笑ったり、つっこみをいれたり、興味深く聞いてくれた。私は逆に彼らの研究の話に心が引かれた。どんな事柄でも幅広い視野で物事を語るのだ。彼らと過ごして、私はどうやら、国や政治、魔法についての視野が狭いのだと気付き反省が出来た。どんな話もすごい!もっと聞かせて!とねだるまだ子供と言える歳の私を、彼らも可愛がってくれていた。


 西の森に魔物が増えている、そのことは噂として知っていた。事実、冒険者ギルドの魔物討伐依頼が増えてきている。魔物の研究をしている彼らが、国に先んじて、現地調査に向かうのだそうだ。


 私はふと考える。かつて住んでいた国から見れば「東の森」だったところ。この歳の頃に、東の森に魔物が増えたことなどあっただろうか?


 少しだけ、嫌な予感が心をよぎった。

 私が聖女にならなかったことで、変わる未来。

 けれど……最後のメリンダの台詞を思い出す。『お前が居たから、私が聖女になれなかったじゃないの!』彼女は聖女になれたのだろうか。


 彼らはたびたび、私への依頼を出した。

 そして私は、重ねる旅の間に……生まれて初めての恋を知った。


 それはなんでもない日常から生まれて行った。

 彼に手を引かれる度、笑いかけられる度、優しい眼差しを向けられる度、名前を呼ばれる度、心に降り積もるのだ。

 喜びが雪のように。

 ただそのことが嬉しくて笑顔を返すと、彼も同じように返してくれる。


 時間があれば二人きりで楽しそうに話し、笑い合う私たちに、彼の部下である者たちは戸惑っていた。彼らの話を聞いてしまった。「駄目です。~様が悲しまれます」「分かっている」女性の名前をあげていた。やはり、彼にはもうすでに恋人がいるのだ、そう気が付いた。


 もう、この恋を忘れよう。この旅を最後にしよう。そう思いながら、西の森に付き野営の準備をしていたとき、私たちは魔獣に襲われた。

 最初は火事でも起きたのかと思ったけれど、それは空を飛ぶ、火竜の群れだった。

 西の森の入り口になど、いるはずもない、伝説の魔獣だ。

 空を覆い尽くす、圧倒的な魔力を感じた。

 かつて聖女だった私でも、彼らを追い払えたとは思えない。


 熱くて、息が吸えない。

 シルバーは私を守りながら逃がしてくれようとするけれど、逃げ切れるようには思えなかった。私は彼を思いきり突き放し、そして叫んだ。


「ここに置いて行って!」

「ふざけるな!何を言っている!」


 慌てるように怒鳴る彼を初めて見た。心底私を心配しているのが伝わってくる。だから、余計に私は彼を守りたいと思った。


 この恋は叶わない。けれど、この恋の証は残せるのだろう。


「私は聖女です」

「……」


 見開かれた瞳が私を見つめたけど、嗚呼、もう説明している時間もない。


「聖女の血は、彼らの毒になります。私を彼らに貪り食わせればいいのです。火竜は死んだ仲間の肉も好んで食べると言います。その肉にも毒が染みわたっているはず。お逃げください。次に戻ってきたころには、全て終わっているでしょう」

「待て……」


 駆け出した私を彼が追いかけてくる。来ないで、逃げて、そう思うのに、なのに心のどこかで嬉しいと思ってしまう。


 彼に向ってはじくように聖魔法を放つと、彼は足をすくわれるように膝を付いた。


 薄々分かっていた。これはきっと、私が未来を変えたことで生み出した惨事。私はただ背負った業に焼かれるだけなのだ。


 迫りくる火竜に聖魔力を放出してみたけれど、少しもひるませることが出来なかった。

 火竜の吐き出す炎にのまれそうになったときに、私は突き飛ばされた。目を開けると、体を焼かれたシルバーが横たわっていた。


「嘘よ……」


 全力で治癒魔法を展開する。嗚呼、神よ。私の人生のすべてを捧げます。人類を救うことだってなんだってします。どうか彼を助けてください。


 ひゅう……と空気が吸い込まれていくような音がするのを聞いた。泣きながら顔を上げると、火竜が炎を吐き出すところだった。



ーーーーーー


『そう、第二の人生は、辛いことばかりではありませんでした。人に恵まれ、助けられ、そして……恋を知りました。それは辛く切ないものでもありましたが、けれど、この身を捧げてもいい、そんな想いはまるで宝物のように……私の心をきらきらと輝かせたのです』





ーーーーーー【三度目の人生】ーーーーーー


「セイラ」


 そうして私はまた、8つの歳に女神の声を聞いた。

 同時に一度目と二度目の生を思い出し、心の中に様々な想いが溢れる。

 胸に手を当てながらその感情を受け止め切ると、今度はとても静かな気持ちになる。


 私は今生きている。それは一緒に亡くなったはずのシルバーも……生きているということだ。

 良かった、良かった、良かった……!

 それだけで感謝の気持ちが溢れ、涙が止まらなくなる。


「私は見誤ったのです。人はひとりでは生きていけないというのに。私の力が及ぶのはこれが最後です。今度は愛する人とともに生きなさい」


 女神は、人を救ってと言わなかった。

 そのことが少し不思議だったけれど、私は母の病気を治し、また隣国に旅立とうと準備を進めた。そうしてゆっくり未来のことを考えようと思った。けれど、一月も経たないうちに、家の前にりっぱな馬車が止まったのだ。


「ずっと探していたのだ……馬鹿もの……!」


 私は驚いた。馬車から降りてきた高貴な身なりのその人はおじい様だった。

 母と祖父は泣きながら抱き合い、前回と同じように喜び合い和解をした。私は混乱していた。なにかが運命を変えてしまっている。何が?そう思い悩む私の前に、一人の少年が現れた。銀色の髪に、貴族の少年の身なり。目が飛び出そうなほど驚く。思わず「シルバー」そう彼の名前を呟けば、私を見つめる彼の瞳が揺れる。


 それだけで、彼も記憶を持っているのだと伝わってくる。

 彼は私の前にひざまずき、懇願するように私を見上げると、隣国の第一王子の身分であることを告げ、そうして言った。


「どうか、我が国にお越しください。貴方は、私の国が長く探し求めていた方なのです」







 国を越え、おじいさまの屋敷に迎え入れられ、落ち着いたころ、シルバー……本当の名はシルヴァピース第一王子が屋敷を訪れた。


「セイラ」


 優しく私を呼ぶその声は、私が冒険者だったころと変わらない。二人きりになれる中庭の一角で、彼は言った。


「君が聖女として生きていたころに出逢ったことがある」


 それは驚くべき告白だった、一度目の生のことだ。


「学生時代、お忍びの旅の中呪いを受けた。供に連れられ私は秘密裏に教会を訪れたが、ただの庶民のように身をやつしていたのに、そんな私の感謝の言葉を受け取る貴方は、本当にうれしそうに笑っていた。その姿に……私は見惚れた」


 優しい春の空気がそよいでいる。


「二度目は、同じく……旅の中で大けがを負った私を、小さな少女が泣きながら治療してくれていた。その時のことはおぼろげにしか覚えていない。しかもその少女は礼も受け取らず姿を消してしまった。12.3歳ほどの少女だった。おそらく君も覚えてはいないだろう。相手に気付かれぬよう無償で治癒しては立ち去ることなど日常茶飯事だったのだから」


 おじいさまのお屋敷で暮らしていたころだろうか?何も思い出せなかった。


「我が国には神託が降りていた。聖女が生まれたと。けれど、その血筋のものに一向に聖女は見つからない。冒険者たちの中で、小さな聖女と呼ばれていた少女のことはすぐに耳に入った。会いに行ってみればやはり君だった。生き生きと良くしゃべり、よく笑う、だけどお人よしの君に、私はやはり見惚れた」


 そうして、彼は私をじっと見つめるとくすりと笑う。


「そして今……小さな君に、やはり同じように見惚れてしまう」


 彼は言った。


「君も望んでくれるというなら。共に生きよう。何度生まれ変わろうとも、俺は貴方だけを探し求めてしまう」


 愛している、そう、懇願するように言う。


 彼の申し出を受け入れ、小さな私とまだ少年の彼は、数年後婚約を結ぶことになる。






 答え合わせをした。

 私の三度目の覚醒の時に、彼にも過去の記憶が蘇ってきたそう。私から聞いていた情報と、かつて調べていた私の身辺調査の情報を照らし合わせて私を探し出してくれたのだそうだ。

 聖女の神託は、私が生まれたときには降りていたというけれど……。かつての国では8つの時だったのに、これはどういうことだろう?


「違う女神様なのでしょうか?」

 そういうと彼は不思議そうに言った。

「神は男神だろう?」

 驚愕したのは私の方だ。

「私は女神の声しか聴いておりません、美しい女性の声です」

 それはおかしいな、と彼は言う。

「この国でも、隣国でも、神は常に男神として伝えられている」

 それではあの女神はどこのなんの神なのでしょうか。人を救ってと言っていた。人間の神なのだろうか?


 第一王子の婚約者としてかつていたのは、妹のような従妹だったのだという。「彼女には好いた相手がいた。私たちは義務として婚姻関係を結ぶ覚悟をしていたけれど、彼女にはあまりにも可哀そうであった。最後にはなんとか好いた相手と結ばれる未来を作れないか模索していた」

 その言葉は、実際に彼女とあって、彼女が恋する人と幸せそうに過ごしているのを見て納得した。


 私は教会で学び、そして聖女としてこの国に受け継がれる聖具を身に着けたとき、一度目の人生をはるかにしのぐ聖魔法が使えることを自覚した。

 王太子妃としての教育も受ける。知識は私の視野を広げる。今まで見えてなかったことも見えてくる。


「聖魔法使いの衰退ですか」

「そうだ。本来、どこの国でも、聖女の結界が張られ、人と魔獣は可能な限り場所を住み分けて暮らしていたんだ」

「聖女の結界はもう……弱っています」

「そうだ、そして強い結界を張れる聖女が生まれなくなった。隣国ではかつて、そのために聖女を召喚する儀式まで行い失敗しているらしい。心当たりはあるか?」

 その儀式が行われたのは、私が生まれた年だった。なにか嫌な予感がした。詳しく聞くと、その召還を行った術師の娘が、メリンダだった。私は何かが繋がるのを感じた。

 彼にメリンダのことを伝える。異常な敵視、聖女への執着。彼は彼女の行いが私の死因に直結した話をすると、ぎしりと奥歯を噛んだ。

「調べよう」





 私は16歳になると、彼と婚姻を結んだ。

 聖女として多くの活動をし、民に慕われ愛される王太子妃になった。

 こんな未来が来ることを、かつての私は少しも予想していなかった。


 無条件に私を愛し、信頼してくれる夫が出来た。

 与え合う優しさはさらなる優しさを生み続け、心が満たされると、辛い過去すら呑み込めてしまう。悲しみすら包み込む愛があるのを知った。


 貧しさは、それだけで、人の心を疲弊される。それをよく知っていた。

 飢えるものを減らし、人にやさしさを向けられる、そんな国づくりを目指したかった。

 かつて私を虐げた者たちも、満たされぬ心を持つ、民の一人一人だったのだろうと……そんな風に考え方が変わった私は、少し大人になっていた。


 聖女の結界はほころびを許すことなく張り続けられ、国の守りは堅かった。

 けれど彼はかつての記憶から知っていた。

「国の崩壊は隣国から始まった、そして周辺諸国を巻き込み、最後はこの国も魔獣に襲われた」

 自分の国だけの守りではどうにもならない、長い時間を掛けて周辺諸国と聖女の守りの強化を連携して行えないか、話し合いを続けていた。

 魔獣への危機と言えど、国同士力を合わせることは容易いことではなかった。

 政治による駆け引きが必要だった。国の幹部や国民を納得させられる理由や与えあうものに対しての財源。私一人ではどうしようもなかったことを、この国の力を得て、伴侶とともにやり続けた。


 けれどどうしても、かつて聖女として過ごした魔法大国だけは、頑なに連携を拒んだ。もはや、一番脆弱な守りを持つその国の結界こそが、一番のかなめだというのに。


 そしてその翌年、私たちは魔法大国に留学することになった。

 かつて婚約者として過ごした王子とメリンダがいる学園へ。

 中から情報を得るしかないと、私一人で留学をしようとしたけれど、彼が付いていくと聞かなかった。

「あなたは国を離れられるような立場ではございません」そういう私に「かの国を抑えなければ、国にいようがいまいが、崩壊の未来は変えられない」と言った。






 かつて過ごした、王立魔法学園に、今世の私は敬意を持って迎えられた。

 仲良く微笑み合う私たちは、いつどこにいても羨望の眼差しで見つめられる。不思議だった。かつてこの学園で感じた心の痛みを私はもう感じない。かつての私と同じように立場の弱い者もいる。人に悪意を持つ者もいる。人の営みはどこにいても変わらないけれど、その一つずつには理由があり、因果のない物事など起こらない。それが見えないだけなのだ。

 可能な限り和を大切にし、学友を尊重し続けた私たちは、学園でも大層好かれたように思う。


「こんな時に思うことではないけれど」彼は言った。「まるでなんでもない学生同士のように、君と過ごせることが俺は嬉しい」それは彼の本心からの言葉なのだろう。幼少から国を背負う覚悟を持っていた彼は、私と旅に出ていた時だけ、心から笑えていたと言っていた。「私もです。学生の恋人同士が中庭で手をつないで過ごしている姿を見ると、とても眩しく思えていました」彼はそっと私の手を繋ぐ。そう、私たちは本物の、学生同士の、恋人。


 国に入って知ったのだけれど、私の実の父が亡くなっていた。

 旦那様はご存知だったようだけれど、私が頑なに父親の情報を聞かなかったのだ。噂話の中で知った。「6年前にご病気で亡くなられた」その話を聞いて初めて思い出した。1番最初の人生で、実の父親は度々私の魔法を求めて訪れていた。知らぬ間に病気を治していたのかもしれない。私がいなくなったあとの二度目の人生でも亡くなっていたのだろうか?もう分からない。


 メリンダの情報はうまく掴めない。

 彼女の父親の消息も掴めなかった。

 かつて聖女を召喚し、失敗したという父親。

 国の命で行われた召喚の儀式の責任を取らされ、立場を失脚し、心を病んだのだという。

 召還を行った魔術師だけの責任ではないだろう、そう思うけれど、それだけでは済まぬもの。


「どうして……!」

 学園で初めてメリンダと顔を合わせた日、彼女がそう呟いたのを聞いた。

「一体どこにいたの?」

 彼女の小さな声も、私は魔法で拾い上げていた。





 かつて婚約者だった王子は非常に友好的で、私の旦那様の方が彼を前にするとピリピリと神経を張り詰めている気がした。けれど王子は気付かない。凍えるような笑顔を彼に返していることに。

 情報を聞き出そうとしていると彼はどんどん心を開いて、私たちに「ずっと心から話せる人がいなかったんだ」と言った。「婚約者とも……長い間うまく話せないんだ。情けないけれど、彼女がどうして不機嫌なのかも察することが出来ない」と。今の婚約者はメリンダだ。かつてあれほど仲が良さそうだったというのに。彼女こそあなたの聖女じゃなかったのか。つっこんでやりたくて少し楽しんで話を聞いていると、そんな気持ちが旦那様にも伝わってしまった「君は驚くほど彼のことを気にしていないな」「もとから、なんの感情も抱いていなかったのです」


 けれど、思うところはある。

 同じ人同士なのに、立場や状況が変わるだけで、こんなにも関係性が変わってしまうのだと。きっとそれは誰に対してもそうなのだ。

 そうして気がついてしまう。三度も人生を繰り返さずとも、一度目の人生で、もっとうまく聖女として立ち振る舞えた可能性は十分あったのだろうと。


 その元婚約者が「私に向けられる、張り付いたような笑顔が苦手なのだ」と心情を吐露したときには、私はドキリとした。自分のことを言われたような気がしたのだ。「何を考えているのか、言いたいことを我慢しているのかもしれないが、分からないのだ」

 私は「話し合いですよ。分かり合いたい気持ちを忘れずに、互いを否定せずに会話をしあうのです」と答えたけれど、それはかつての私と、かつての婚約者に伝えたかった言葉のようにも思えた。

 「私の笑顔もそのように見えますか?」そう聞いてみると「とんでもない!お二人はこの学園で誰よりも幸せそうに微笑まれております!」心の中で何かが報われたような気がした。




 そんなある日のことだった。

 授業を受けていると、国を包む聖力がフッ……と薄くなるのを感じた。

 そんなことは本来あることではなかった。私は立ち上がり、旦那様を呼ぶ。けれど、メリンダも同じように立ち上がっていた。「大変だわ」そう彼女は呟いていた。

 メリンダは急用を申し伝えると教室を飛び出した。私たちは彼女を追った。彼女は中庭で魔道具を使い誰かと通話をしていた。


「お父様!一体どういうことです!結界が……」

『壊されたのだよ』

「まさかアレが!?」

『協定を結ぶことに反対する勢力の仕業なのだろう。すぐに修復させる。それまで持ち堪えてくれれば』

「私が結界を保ちます!」

『待て、お前では……』


 メリンダは駆け出そうとして、その腕を隣国の王太子に取られた。驚いた彼女は、私達を見つめて震えている。


「結界が破られたのですね?」

 私は言った。それはきっと聖女である私にしかわからないこと。

 彼女はポロリと涙をこぼした。

「そうです。すぐに行かなくてはなりません。後ほどご説明致しますので……」

「いいえ、だめです。私達を一緒に連れて行ってください。今、結界が破られれば、この国、そして我が国にも危機が訪れるのです」

「私からも頼む」

 旦那様も言う。

「結界を張り直すのに、1番適しているのは私です」

 私は彼女をまっすぐ見つめて言った。





 国の許可を得て、転移魔法のゲートを使わせてもらえることになった。メリンダを心配した王子が、共に行くと譲らなかった。護衛を引き連れた私たちは、ゲートをくぐり、魔獣が生息すると言う東の森近くに辿り着く。


 そうして、彼女の父親と合流した。

 僻地の研究施設で、結界を強めるための魔道具を開発しているのだと言う。そんな話は初耳だった。「極秘事項なので、詳しくは話せないんですが、それが壊されました」「足りない聖力をこの魔道具に頼っていたので壊された今、結界はとても薄くなっています」


 森を見つめていたメリンダは泣き叫ぶように言った。

「なんてこと……!魔獣の群れがやってきます!」


 嗚呼、まるで運命のようだと思う。

 何度時を繰り返しても、同じように破滅への道を歩み始めるのだ。


 私は聖なる魔力を結界に捧げる。

 国に聖女の専用魔道具は置いて来てしまった。今の私1人の力で他国の結界を強められるものなのか分からない。


「ああ……間に合わない。どうしたら!」


 メリンダが叫ぶ。

 

「神様……!どうか願いを叶えてください。私の体を捧げます。私の命を捧げます。どうか私に結界を張り直すための助力を」


 どうか、女神よ……!!


 メリンダの叫び声に応えるように、彼女の体から光の大爆発が起こった。


 眩しい光に世界が包まれる。

 人影もない、輝くような白の世界。


 しばらくすると、そこに黒い影が現れる。魔術師のローブを羽織る黒髪の男性……それは、今より若い、メリンダの父親の姿に思えた。


 私は今、幻影を見ているのだと気が付いた。



ーーーーーー【メリンダ】ーーーーーー



 召喚の儀式に失敗し、魔術師長の職を失ったメリンダの父は、人々の嘲笑に耐えられず酒浸りの日々を送っていた。

 そんなある日、妻が妊娠したのだ。ちらりと思う。召喚を行った、こんな同じ時期に?と。まさか召喚した魂は、子供として生まれてくるのではないか、と。期待を膨らませながら生まれた子を抱き上げれば、家系にはいない黒目の子だった。この世界では好まれぬ色。少なくとも、聖女様の特徴ではありえなかった。

 邪険に扱っていれば、妻も取り換え子なのではないかと疑い出す。

 子供の世話は使用人に任せた。しっかりと対面したのは、子供が8歳になったとき。私の前でただ怯えていた。震えながらうまく受け答えも出来ないような子供だった。叱ると涙を浮かべる。使い道のなさそうな子供だった。適当に教育させて、他家に嫁に出す道具にしてしまえばいい。


 事態が変わったのは、その翌年、聖女が見つかったのだと教会の神託が降りた。

 自分の妻ではない女の腹に、聖女の魂は降りていたのだと彼は悟ったが、彼の名誉が回復されるわけでもなかった。

 彼はますます荒れた。妻の心は家庭になかった。メリンダは、ただ不幸な子供だった。




 メリンダは、幼いころから記憶を持っていた。

 乙女ゲームの中に転生した!子供のころから魔法を使いこなして、チートが出来るかもしれない!

 心から浮かれていた。けれど様子がどうもおかしい。

 父親はいつも酔いつぶれ、母は泣いたり怒鳴ったり、少しでも赤子が泣けば、手を上げてきた。

 女神さまが言っていたのだ。私は輝ける魂を持った、聖女として望まれて生まれてくる人間なのだと。こんなはずではなかった。

 もしかしたら長い夢を見ていたのか?そんな風にも思った。


 使用人が目を掛けてくれなければ、生きてはこれなかった。

 家族に罵倒され、手をあげられる。愛情が向けられていないことはもうよく分かった。けれど、いつ怒鳴り込んでくるか分からない家族が恐ろしくて、緊張をほぐすことが出来ない家の中で、メリンダの神経は衰弱していった。少しのことでも使用人に手を上げ、罵倒する。両親が自分にしてきたのと同じことを、気が付くと逆らえない弱いものにしていた。


 いつか王子様がメリンダを助けてくれるの……そんなおとぎ話を夢見た。早く結婚して、生まれた家の呪縛から解き放たれたかった。


 16歳になり入学した学園で、王子様に出逢った。運命の人に思えた。満面の笑みで話しかければ、彼もくったくなく笑う。なのに彼には婚約者がいて、聖女なのだという。聖女!どうして!よりにもよって、聖女の存在が、また私の人生を邪魔をする!メリンダは憤った。


 そうして悟った。偽物の聖女がいるから、自分は聖女になれなかったのだと。だから皆に教えてあげた。彼女は聖女なんかではなく、メリンダが聖女なのだと。女神との会話を知っているのは、メリンダだけなのだ。

 なのに――彼女は亡くなって、この国は魔獣に滅ぼされた。人々の、聖女を求める声を聞きながら。

 どうして、と思う。どうして?メリンダが聖女なのに、と。





 女神さまに、やり直しをお願いした。

 どうして聖女になれなかったのかを問うと、魂の輝きが必要なのだ、と答えた。

 もう一度、辛い幼少期を繰り返した。魂はどうすれば輝くのだろう……そう考えて思いついた。メリンダの王子様のそばにいればいいのだと。

 メリンダの父に、神の神託があったことを告げ、教会に連れていってもらった。確かにメリンダの聖魔力が確認出来「聖女の資質があるかは分からないが、教会で預かれる」と言われる。メリンダは教会で学ぶことを希望し、両親は子供を手放すことを望んだ。

 前回の聖女のように、教会で学び能力を伸ばせば、王子様の婚約者になれるのだ。幸運なことに、あのにくい聖女は教会に現れなかった。

 やっと希望する生き方が出来ると喜んだけれど、メリンダはどうしても……聖女と呼ばれるほどの力は芽生えなかった。


 学園に通うこともなかった。

 教会での、雑用のような仕事、終わることのない世間体のためだけの奉仕活動。それだけを何年も繰り返した。自由などない。家にいたときの方がまだましだった。

 魔物が増えている、という噂を聞くようになった。そして家族からの支援もなく、能力の低い聖女候補たちが、捨て駒のように魔の森へと結界を張るために連れ出された。魔獣に襲われ、人が簡単にバタバタ死んでいくのを見た。そうして、なんの感慨もなく、メリンダも死んだ。




 やり直しをお願いした。

「どうして、私は幸せになれないの?」そう問えば「こんなはずではなかったのです」そう答えが返って来た。それはメリンダの台詞だ。「貴方の父に、一つ変化を与えました」


 生まれたメリンダを抱き上げた父は「神の神託があった」と言った。「私の魔術は正しく発動し、聖女になり得る子が妻から生まれてくるのだと」誰に非難されようと、神の言葉に縋るように、彼は少しだけ自信を取り戻した。本来の彼はこの国で誰よりも魔術に長けたものだった。「けれど人の子の運命は、人の世界でしか決まらないのだ、と」


 メリンダの父は夢から覚めるように、また仕事に励んだ。熱心に何事にも取り込む姿を見て、彼の醜聞はすぐに回復した。メリンダもそんな父の姿を見て育った。母は愛情深く子供を育てた。メリンダは愛され守られていることを十分に理解すると、彼らを信用して言った。「私には未来に起こる可能性のいくつかが分かる」のだと。「17~18歳になるころに、魔獣に襲われ、国が亡びるかもしれない」そう伝えると、彼らは教会に相談し、教会はまた国に報告した。


 未来に起こることをつらつらと書き連ね、それが実際に起こるかどうかを確認された。しばらく時を経て確認が済むと、メリンダは神の神託の降りる巫女なのではないか、と言われる。また聖魔力を確認すれば「聖女の資質があるかは分からないが、教会で預かれる」とまた同じことを言われた。メリンダは両親と相談し、家から通いで教会の教育を受けることになった。父からは魔術の英才教育を受けた。貴族令嬢としての教育も欠かさない。父はメリンダを自分も通った王立魔法学園で学ばせたいのだ、と言った。


 教会でよく学び、聖魔力は伸びて行った。未來視の巫女と呼ばれるのは複雑だった。そう呼ばれるのは、17~18の歳までが最後になるのだから。


 けれど歳を取るほどに、メリンダは理解していた。女神の言っていた台詞を。魂の輝きがなければ聖女になれないのだ、と。「私がなるわけないのよ」だって人を殺しているのだ。聖女セイラの死因をメリンダが作ったことを分かっていた。どんなに探しても見つからない聖女セイラ。その父親と同じように、また亡くなっているのかもしれない。メリンダの魂は、本来誰よりも輝くものだったと女神は言っていた。誰よりも素直で、聡明で、明るい人として生まれるはずだったと。メリンダは心が落ち着けば、取り返しの付かない罪を受け入れられる度量を持っていた。メリンダはそうして贖罪の道を選んだのだ。


 王子の婚約者に選ばれたときは驚いたけれど、それでもこれがメリンダの役割なのだと、受け入れた。

 けれどかつて大好きだった王子様にどうしても素直になれなかった。それは罪悪感からだったのかもしれない。自分は幸せを感じてはいけないとどこかでそう思っていた。


 魔術師長だった父は娘の神託を信じていたし、国も対策を講じていた。各国に先駆けて、魔獣対策に乗り出した。聖女の結界の強化は難しかったけれど、それでも、長い年月を掛けて少ない聖女候補たちとともに結界を張りなおしていく。新たな魔道具を生み出すことにした。魔道具に聖魔法を閉じ込め結界を補強し続けるのだ。開発には年月がかかった。その特殊な魔法技術は、魔術師たち一人一人の家系に受け継がれた魔術や、秘伝の魔術が使われていた。開発が出来たはいいが、とても口外が出来ないものになってしまったのだ。魔術師どころか、国まで頭を抱えた。


 他国も魔獣の害について危機を覚えだしているようだった。危機対策の連携を結ぶ話し合いが行われる中で、返事をすることが出来ない状況が続いているらしい。連携を結ぶということは、魔道具やこの特殊技術のことを知られることになるのだ。反対派を抑えながら、意見を摺り寄せていくのに時間を費やしていた。もはや内輪もめの状態になり、うんざりとした。


 けれどそれも、時間が解決するだろう、そう思っていた時に、なんと聖女セイラが再び学園に現れたのだ!

 隣国の王太子妃が聖女だとは聞いていた。けれど隣国の貴族の生まれというその女性が、あの妾腹の子であったはずのセイラだとは思わなかったのだ。

 彼女はとても幸せそうだった。いつも笑っていた。分け隔てなく慈愛を与える、素晴らしい女性だった。聖女というのは彼女のような人をいうのだと理解した。そしてそんな人を殺してしまったメリンダの罪の重さを改めて感じた。


 メリンダはただ考えていた。自分に出来ることは何があるんだろうか、と。

 そうして、自分の出来ることを、最後に見つけたのだ。これでやっと、終わるのだと。

 

ーーーーーー


 幻想が消え、世界は真っ白な光に包まれていた。

 隣には旦那様が私を守るように立っている。

 驚いたことに、すぐ近くにかつての婚約者の王子もいた。呆然と光を見つめている。


『セイラ』


 はっとするように、私たちは天を見上げた。まばゆい光しか見えない。けれど、脳に響く美しい女神の声。


『ありがとうセイラ』


 9年ぶりの女神の声だった。


『私の世界に、不幸にして若くして亡くなった、美しい輝きの魂を持つ子がいました。

 不憫に思い、子に問いました。もう一度生まれ変わりたいか、と。子は喜んでそれを望みました。

 あなたの魂の輝きならば、聖女としてどこの世界でも尊ばれるでしょう。そういうと、子はどこかはしゃいで見えました。

 あなたのしていたゲームというものにとても似ている世界で、今聖女が求められています。そう伝えれば、そこに行きたいと言う。

 子は言いました、一度……いや二度のやり直しの機会が欲しいと。やり直しとは何か、と聞けば、同じように若くして亡くなったときには、人生を巻き戻してほしいのだ、と。私は別の世界の神に、その旨もお願いしておきました。

 結局、子は、二度のやり直しを行いました。けれど、私も、この世界の神も、彼女の魂から輝きが失われていることに気が付きました。そのまま成長しても、何度生まれ変わっても、もう聖女には到底なれません。それは彼女の生い立ちと自らの行いを背負った結果です。けれどその代償は大きすぎました。このままでは人が世界から消えてしまうでしょう。

 この世界の神は、人の滅びの未来を回避するために、他国の聖女である貴方を、メリンダの国に留め、未来を変えようとしました。それが教会の神託です。けれど因果はもつれ、貴方まで魂の輝きが失われそうになってしまった。私は子らを作った神なのに、子らの心を導くことも出来なかった。けれどあなたは、あなたたちは、再び大きな輝きを持って世界を照らしてくれた』

『ありがとう、メリンダ』

『ありがとう子らよ』


 見回すと、恍惚とした表情で王子は女神の声を聞いていた。旦那様も手が震えている。これが普通の反応なのだろう。


 光が消えうせ、森を背にして多くの魔獣が倒れている光景が見えてくる。その中に、メリンダの姿を見つけた。


「メリンダ!」

 王子が駆け寄り助け起こすと、彼女は意識を取り戻した。無事なようだ。慌てて治癒魔法をかけるけれど、怪我はしていないようだった。

「セイラ……ごめんなさい。ごめんなさい」

 泣き出したメリンダを見て、王子も勢いよく私を振り仰いだ。

「それは僕もだ。僕は君を……見殺しにしてしまった」

 あの幻想を見て、彼も思い出したのだろうか。

 頭を下げる王子に私は言った。「それはもう終わったことです」茶化すように言う。「それより私は日頃旦那様に口を酸っぱく言われているのです。決して自分を犠牲にして人を助けようとするな、と。こんなことをされては忘れられない心の傷になってしまいますよね?だからどうか、その点を叱ってあげてください」

 メリンダ、と私は彼女の名前を呼んだ。

「長い時間をすれ違い過ごしました。けれど私はきっと本当は……初めからあなたとお友達になりたかったのです」

 そういうと彼女は泣いた。


 偽りのない言葉だった。絶望と孤独を抱えていた私は、彼女の一番の理解者になり得ただろう。彼女もまた、私の孤独に一番に寄り添える人であっただろう。もしかしたらその時すでに、二人の聖女として立ち向かえたのかもしれない。


 少しだけ夢見てしまう。

 あの時、孤独を分け合う友人がいたら。メリンダと手を繋ぎ笑い合える親友になれていたら。苦しみを分かちあえる婚約者がいたら。今よりずっと幼かった最初の私は、それでも、みんなと力を合わせて、大好きな人たちを守るために、全力で生きたんだろう。考えるだけで眩しくてキラキラとしたその情景に、泣きたくなってしまう。

 出来なかった過去に想いを馳せても仕方がないのだけれど。


「たくさん話しましょう。私たちにはこれから、たっぷり時間がありますから」


 自分と同等の聖力を持つだろうメリンダ。きっと私たちならば、この先の未来も、魔獣と共存しながら生きていける世界を作れることでしょう。




ーーーーーー


『三度目の人生は、波乱に富んでいました。

 なんと翌年、子供を妊娠したのです!その数年後、双子を妊娠しました!子だくさんです。

 つまり子作りに励めるほど、国は安定しておりました。

 魔法大国とも協定を結び、結界は強化され、魔獣たちとは生きる場所の棲み分けを行えました。

 魔法大国の魔道具はとても素晴らしいものでした。少ない聖魔力でも結界の維持が可能になるのです。

 この先聖女が生まれにくくなっても、国は維持されるでしょう。

 そうして少し気にかかります。女神は言っていました。聖女には「魂の輝き」が必要なのだと。メリンダは本来輝きを持つ魂に生まれながらも、その生い立ちで魂の輝きを失いました。聖女が生まれにくくなっていることの背景に、私たちは思いを馳せなくてはいけないのかもしれません。


 メリンダ達の結婚式にも出席しました。彼女に子供が生まれると、お互いの国を訪問し、子供たちも仲良く過ごすようになりました。子供たちが笑顔で笑い合える、そんな未来を紡いで行かなくてはなりません。けれどそれは、聖女が生まれるかどうかにも関係なく、そうあって欲しいと私が望むからです。


「おかあさま」

 子供が抱いてくれるようにせがんでくると、私は今でも、幻想の中でみたメリンダの瞳を思い出します。愛されずに育った小さな子供の無垢な瞳は、空虚に世界を見つめていました。

「愛しているわ」

 繰り返し私は伝え続けます。伝わるように、忘れられないように。

「愛しているよ」

 旦那様も、私や子供たちに伝えます。

 私はとても長い時間を掛けて……心が満たされ、愛し愛されることを知りました。

 けれど、人が三度も生きるような奇跡はもう起こることはないのでしょう。ただ一度きりの人生を懸命に生きるしかないのです。


 どうか、子供たちも、いつか……満たされる心を知っていけますように。私には願うことしか出来ないのですけれど』



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