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48話 珍しいリト


「大丈夫……だな?」


眉を下げ、銀の瞳が私をのぞき込む。

まっすぐにそれを見つめ返し、小首を傾げた。


「らいじょうぶ、なに? りゅー何もちてない」

「あー、うん。だろうな、お前は大丈夫だと思ったんだ」


私はちゃんとお利口にしていたので、転んでもいないしダメなこともしていない……はずだ。

大丈夫かと尋ねるなら、後ろで首をさすって呻いている人の方じゃないだろうか。


私の視線に気づいたリトが、ちらりと男の方を見やって私の目を塞いだ。


「あんなの見るな。あれはな、ギルドに入り浸っちゃあ格下のヒヨッコを探して、優位に立とうとする下衆だ」

「リトぉ?! そんなこと言ったらどうなるか分かってんのかぁ?! 泣くぞ、いいのか?! わんわんと声を上げて泣くぞ!!」

「……泣くのはお前だろ?」

「当たり前だろがぁ! 俺を誰だと思ってやがる!」


私の翻訳がまずいのだろうか? 威勢のいいセリフと内容がどうも沿っていない気がするのだけど。

目を覆う手をずらして見上げると、リトがすごくじっとりした目をしている。


「りと、ちり合い? りとのままえ、呼んだ」

「見たことある人間をそう呼ぶなら、町中が知り合いになるぞ」


ものすごく嫌そうだ。

つまり、決して親しくないと言いたいらしい。

なら、私も知り合わなくてもいいだろう。

興味を失った私は、ひとつ頷いてリトに向き直った。


「りと、登録おわり?」

「おう。ざっと情報も聞いてきたし、出るか」


ひょいと抱き上げられ、何事もなかったように踵を返したところで、男が前へ回り込んできた。


「待てよ、お前そりゃないだろぉ?! このラザクさんの犠牲を無駄にしようってのかよ! こちとら情報に身体張ってんだぜぇ?!」


本当にやかましい男だ。ラザクというらしい。犠牲って……もしやさっき首根っこを掴まれたこと?

扉前で通せんぼしているけれど、滝のような汗だ。体調が悪いのではないだろうか。


「……へぇ? なら、本当に身体、張ってみるか?」


すう、とリトが目を細めると、途端に男の足がガクガクと頼りなく揺れ、尻餅をついた。

その横を悠々と通り過ぎても、青い顔で視線を逸らしたまま。

けれど、私達が扉を閉めるか閉めないかのうちに、再び賑やかな声が響いてきた。


「やたらと人を威圧しちゃいけませんって、習わなかったのかよぉ! いいか、ぜってぇお前の情報掴んでやるからなぁ、首洗って待ってろリトぉ!」


通り一帯に響くような大きな声だ。姿は見えないけれど。

舌打ちしたリトのこめかみに、青筋が浮いている。

怒っているのだろうか。

珍しいリトをまじまじ見つめていると、視線に気付いてきまり悪そうな顔をする。


「あー、あの鬱陶しいのはポンコツ情報屋だ。情報っつっても魔物関連じゃねえぞ、噂話だとか、クソどうでもいいゴシップなんかを集めてやがんだよ」

「どうちて、りとの情報?」

「知らねえよ! 知りたがるヤツがいるんだろ。俺は自分の情報を漏らさねえ主義なんだよ!」


ずかずか歩く足が、いつもより随分早い。

リトがこんな風になるなんて――とても面白い。

だけど、それなら私はリトの情報を漏らさないように注意しなくては。

きっと、あの男はそれを狙って近づいてきたのだろう。なのに、あんなどうでもいい話をしてしまうあたり、ポンコツが伺える。


「りゅーも、ひみちゅがたくさん。りゅーは、りとのこと言わない」


大丈夫だと頷いてみせれば、リトが笑った。


「あーそうだな、お前も魔法だのなんだの秘密が多そうだ。口も堅そうだし、俺はどうやらいい相棒を見つけたらしい」

「りゅーは、いい相棒」


むふり、鼻息と共に口角が上がる。

私たちは、似たもの同士というやつになれるに違いない。

私は大層満足して、リトの腕に身をゆだねた。

機嫌の直ったらしいリトが、ゆったり歩きながら私の髪を撫でる。


「腹は……まだ減らねえよな? 試しに外、行ってみるか?」

「いく!」


一も二もなく頷いて顔を上げると、期待を込めて銀の瞳を見つめ返した。


「そんな楽しみにする場所じゃねえと思うが……。お前、一応あの集落出身だろ?」


私は、首を振った。


「りゅーは、ちやう世界のAI。ここ、知やない世界」

「ああ、なんかそんなこと言ってたな。精神的ダメージによるもんかと思ってたが……お前、そんな風に見えねえんだよな。それにあの魔法、この珍しい色、お前本当に遠い国から来たのかもな」

「ちやう、ここなない世界にいた」


そう言ったところで、こんな幼子の言う内容のこと。リトもそうそう信じることはできないだろう。けれど、嘘を言うわけにもいかないから。

いつか、きちんと説明できるよう、誤魔化さずに伝えておくのだ。


「だから、りゅーは外、はじめて」

「んー、俺がお前を見つけたのはそもそも外だけどな。ひとまず、お前が外を初体験だって思ってることは分かった」


だってリトと初めて会った時が、私の本当の初めてだったのだから。

空と、リトの顔しか見えなかったのだから。

外は、怖い場所なんだろう。

だけど――。


思い出す。

冷え切った体を抱き上げた、あの腕の温かかったこと。

硬く、背中を刺していた石から解放されたあの浮遊感。

厚い胸に大事に抱え上げられ、初めて感じたあの安堵。

私の記憶に残る、不快を塗り替えていった『快』の情報。


外は、リトと会った場所だから。

段々近づいてくる門をひたと見据え、私はどうしたってわくわく心が弾むのだった。


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