32話 お買い物
「じゃ、今日の服はこれにしよっか! どうかな? 自分で着られる?」
「りゅー、着らえる」
……とは言ったものの、下着はともかく服は少々難しい。私の一着きりの服はとても簡単なつくりだったけれど、今回いくつか選んだ服は単なる布一枚ではなく、装飾があったり妙な凹凸やボタン、穴があったりする。頭の後ろについている袋がフードで、両サイドの穴は、ポケットというものだろうか。
「うふふ! 思った通り、とっってもかわ……カッコいいわ!」
店員はとても満足そうに私を眺めている。
結局あちこち手伝ってもらいながら着替え、鏡の前に立った私は、まじまじと全身を眺めていた。
とても、良いのではないか。
何がどうとは分からないけれど、さっきまでよりずっといい。
胸の内が、そわそわと落ち着かない。
服が変わった、それだけなのに。
「りと!」
たまらなくなって、カーテンで覆われたそこを飛び出した途端、短い脚がもつれて思い切りつんのめった。
「おう、どうした?」
当然のように、地面へスライディングする前にリトの腕が私を支えている。
よかった、せっかく着たのに、リトが見る前に台無しにするところだった。
「見て、りと。こえ、りゅーのふく!」
意気揚々とリトの前で両手を広げて見せると、リトは銀の瞳を細くして笑った。
「おーおー、いいじゃねえか。すげえ可愛い」
「可愛いない、かっこいい」
間違いを指摘すると、リトが吹き出して私の頭をわしゃりと撫でた。
「リュウはカッコいいのがいいか。そりゃそうだな、じゃあ次はもっとカッコよくなる所だ」
まだどこかへ行くらしい。
ほら、と広げられた両手の間へ、私も両手を差し伸べて歩み寄る。
ふわりと高く持ち上がった体が、リトの固い体にもたせかけられ、私はきゅっとその首に両腕を回す。
そうすると、リトはちょうど良い位置で私の尻を支えてくれるのだ。
もう買い物はいいのだろうかと店員を探すと、二人はせっせと服を袋に詰めているところだった。
「めんどくせえから、色々適当に詰めてもらったぞ。そん中から選んで着ればいいだろ」
「りゅー、こえでいい」
「……着替えろよ?」
店員たちに手を振って別れ、次はどこへ行くのだろうと首を巡らせていると、リトはすぐ近くの店に入った。
ぷん、と何か妙な匂いが鼻をつく。
「りと、何のによい?」
「匂い? 別に何も――ああ、武具の匂いか。俺らはもう鼻が慣れてるからなあ」
重々しく暗い雰囲気だと思ったら、武具のお店なのか。
リトが言うには、この匂いは皮や金属、あとは油や魔物素材の匂いらしい。結構独特の匂いだけれど、これに慣れるものなんだろうか。
飾り気のないお店の内装は、むしろこの様々な武具の展示そのものが、装飾代わりなのかもしれない。どうやら半分が武器で、半分が防具のコーナーになっているらしい。
壁にかかるひと際大きく豪華な剣は、鞘から抜かれて刃がぴかぴかに輝き、カウンター横にある鎧と思われるものも、鏡のように磨かれている。食堂の包丁はぴかぴかではなかったのに、金属は磨けばこんなにつるりとするんだな。
あの鏡のような鎧に触ってみたい。
あちらの壁に掛かっている剣は、手が届くだろうか。
「りゅー、下りる」
思い切り下へ身を乗り出してばたばたすると、普段はそのまま下ろしてくれるはずが、ぐっと私を抱えなおしてしまった。
「下ろさねえよ? 大惨事が目に見えるからな。ここは危ねえの」
「りゅー、危ないない!」
「どの口が言うんだ」
私の口はひとつきりだけれど。
ただ、どんなに暴れても、引っ張っても、その腕はちっとも弛まないし外れなかった。
「……りゅー、ちやうお店がいい」
「違う店でも、武器屋なら下ろさねえぞ」
あのキラキラした刃に触ってみるだけでいいのに。
そんなこんなで、私はすっかり不貞腐れている。
それにしても、リトは武器を持っていると言っていたのに、まだ何か買うんだろうか。
そう思っていた矢先、リトが店の隅の方にあった何かを手に取った。
「……まだ長いか。これはどうだ? 持ってみな」
木樽の中に無造作に突っ込まれていた棒切れのようなもの。いくつか引き抜いては私と見比べ、その中の1つを私の手に握らせた。
「こえ何?」
「木剣だな。一応、これも武器だろ」
なるほど、ちゃんと持ち手があって、刃部分も剣をかたどってある。
ずしりとした重みは、確かに武器になり得るだろう。
「長さはいいけど重そうだな。どれが手に馴染む? こっから選んでみろ」
馴染む、とは……?
私を下ろしたリトは、ピッタリと背後に張り付いて数本の木剣を差し出した。
ひとまず次々渡されるままに持ってはみるものの、どうすればいいかわからない。
「んーこれか、これだな。どっちが好きだ?」
リトが並べた2本は、黄褐色のものと、白っぽいもの。色以外は特に見た目に変わりはないだろう。
確か、どちらも軽いなと思った木剣だ。
「こっち」
私は、迷わず白っぽい方を指した。だって、髪や瞳の色に合わせた方がいいと聞いたから。
それに、こちらの方が軽かったはず。
「そうか。ちょっとこっちで振ってみろ」
空いているスペースにひょいと移動させられ、言われるままに振ってみた。
「お前さあ……塩を振るんじゃねえんだからさあ」
リトが脱力している。
どうも振り方が違うらしい。
「何がちやう?」
「何がって……合ってるとこがねえんだよ!」
そうなのか。やはり剣というのは修練が必要なものなのだ。
私はひとり納得して深々と頷いたのだった。




