178 事態の把握へ
「――だから、昨日は閉まってたんだろう」
「……」
何も言わない私に、そう付け加えて、リトはじっと私を見た。
私は、一生懸命入って来た情報を整理する。
でも、いくら考えても……そんなのおかしい。
「ちやう。まちやってる」
その銀色の瞳を見上げて、きっぱり言った。
「せいりあ父ない。矛盾ちてる」
「……そうだな、俺もそう思う。けど、厄介なことに親父さんが認めてんだよ」
「どうちて?!」
そんなわけない。
セイリア父が、赤琥珀偽装の主犯なら、あの日、あの時わざわざリトに見せたりしない。
昨日、セイリア母が丁寧に鑑定して話をしたりしない、はず。
どうして、そんなことに。
セイリア父の顔が浮かぶ。人が良さそうで、同時にしたたかそうで、いかにも商人で。
私に本を見せて、嬉しそうだった。
キラキラになった私に、得意げにしていた。
転んだまま、必死に私に手を伸ばした顔。
セイリアを見る、リトみたいな目。
そして、不服そうに、鬱陶しげにやり合っていたセイリアが。
「せいりあの、とこに行く」
「そうか。けどもし、本当に犯罪者だったらどうすんだ」
「大丈夫、犯罪者ない」
そうか、と笑ったリトが私を抱き上げた。
私一人で行こうと思ったのだけど、いいのだろうか。
「りと、お仕事は」
「これから受けようと思ったけどよ。こんな話聞いちゃあなあ」
ほ、と息を吐いて頷いた。じゃあ、行こう。
セイリアはきっと今、リトを取り上げられた私と同じ。
「……せいりあ、ちゅらい」
「そう――お前が泣くな」
苦笑したリトが、そっと私を撫でて額に口づける。
「行っても店は閉まってるだろうけどな。どうする?」
「裏口、教えてもらった」
「開けてもらえねえかもだけど、いいか?」
もちろんだ。その時は、この3体に行ってもらえばいい。
セイリアは、撫でるのが好きだったから。きっと。
「お前がいりゃあ、あの子も助かるかもしれねえしな」
そう呟いて、リトはまだ昇ったばかりの日の中を歩き出した。
「――やっぱ、閉まってんな」
「裏口、あっち」
一応、お店の前に来てみたけれど、しんと重く閉まったまま。
商店街も、どこか静かで人はまばらだった。
きっと、みんなセイリア父を好きだからだ。
だから、一体どうしてそんなことになったのか、聞かなければ。
「おーい」
「せいりあーー!」
リトの低い声より、私の声の方が、きっといい。
裏の自宅前で声を張り上げると、中で物音がした。
留守ではない。張り切って二度、三度声を上げる。
ややあって、そうっと扉に隙間が空いた。
わずかな隙間から見えるのは、セイリア母。
リトが、ふと訝しげな顔をする。
「あの……何のご用ですか?」
「せいりあは?」
「港で、話を聞いた。こいつが、嬢ちゃんを励ましに行くって聞かねえから」
「……ありがとう。でも、大丈夫ですよ」
消え入りそうな声で、セイリア母が微笑んだ。
「大丈夫ない。りゅー、せいりあのとこへ行く。きっと、よよこぶ」
ずい、とキンタロを差し出してみせると、母がぐっと口を噤んだ。
「……セイリア、その、ちょっと寝込んでるの。そっとしておいてね」
リトが、僅かに目を細めた。
じ、と母を見る。
「そうか。どうする、リュウ」
なんでもないように言いながら、そうっと耳元で囁いてくる。
私はきりりと眉を引き上げ、しっかり頷くと、3体へ視線をやった。
3体も、同じようにきりりと頷いてみせる。
「ピルルッ!」
「あっ?!」
「きゃうっ!」
お見事。わずかな隙間から、ガルーが室内へ飛び込み、驚いた母が振り返った瞬間、キンタロを乗せたパンが押し入った。
途端、母の後ろから物音がした。
「あー、悪いな。あいつらもセイリアに懐いてたから。入っていいか? 会いには行かねえよ、捕まえるだけだ」
「え、え、でも、あの、あの――」
扉の前でおろおろする母が、しきりと後ろを振り返る。
リトの視線を受け、目を閉じていた私は、念のため片言の古語で答えた。
『大丈夫、今、近く、人、いない』
『そうか。機転が利くじゃねえか』
苦笑したリトも、古語で返して母へ向き直った。
「どうした? 入っちゃまずいのか?」
「いえ、その、少々お待ちを」
ぱたん、と閉じられた扉の向こうで、なんとか3体を捕まえようと頑張っているらしい音がする。
さすがに母には無理がある。
無理と悟った母が、恐る恐る階段へ向かい、小声で何か会話していた。
誰と……セイリア?
けれど、ぎし、と階段が鳴った途端、パンが激しく鳴きはじめた。
ガルーの視点でリトに実況中継していた私にも、見えてはいないけれど……。
「おい、どうした? なんでパンが吠える?」
ことのほか大きなリトの声に、階段がまた鳴った。
パンは、唸り声を上げつつ口を閉じる。
何度か階段上に向かって頷いた母が、きゅっと手を握ってこちらへ向かう。
その間に、リトは紙とペンを出していた。
「あの、どうぞ。でも、本当にセイリアは……」
「ああ、騒がせて悪い。無理強いはしねえよ」
言いながら、何か書きつけてチラリと見せた。
『家にいるのは誰だ? 助けがいるか?』
「――ッ?!」
表情を変えた母が、呼吸を飲み込んで、そして微笑んだ。
「……ええ。頼みますね」
「わかった。あんたも大変な時だろうが、頼れるもんは頼れ」
「ありがとう、ございます……」
つうっと伝う雫に、私は黙ってハンカチを差し出した。
3体が縦横無尽に動き回る室内は、それがなければ絵の中のようにもったりして見えた。
ぐるり、天井を見回すようにしたリトが、おずおずついてくる母を振り返る。
「で、どうする? あいつら素早いからな。捕まえるのに、少々荒っぽくなるかもしれねえけど」
「……全部捕まえてください!!」
随分、力の籠もった声だ。
にや、と笑ったリトが、古語で私にも任務を寄越した。
私は母を壁際の椅子に座らせ、リトへ力強く頷いてみせる。
なんでもないように階段を上り始めたリトに、にわかに二階から物音が響き始めた。
もう、いいだろう。
「大丈夫、りとちゅよい。100人でも大丈夫」
「だからお前は勝手なこと言ってんじゃねえよ」
「じじちゅだから」
リトの脚が、階段の上まで行って見えなくなった。
戻って来た3体が、はふはふしながら私を見上げる。
リトの手伝いは……いらないだろう。
私は、瞳を揺らす母を見上げて、ぎゅっと抱きしめた。
「りゅー、せいりあ母守る」
ついに両手で顔を覆ってしまった母が、糸のような声でありがとう、と言った。




