176 シナリオ作り
「そうそう、そうなのよぉ、俺様も実際被害者なワケでぇ」
起こすまで寝ていたラザクが、いかにもスッキリした顔で適当なことを言っている。
口裏を合わせる必要があるので、状況を説明する必要はあるのだけれど……すぐに調子づいてくるラザクのせいで、リトの機嫌が急降下していく。
「やっぱこいつは詐欺師として、とりあえずブチ込んでおく方が平和なんじゃ……」
「俺様何もしてないのにぃ?!」
何もしてないわけではない。未遂だっただけで。あと、多分叩けばいくらでもホコリは出て来そうな気がする。
私たちは、一旦この緋晶石の鑑定をしてもらうべく、セイリアのお店へ向かっている。
まあ、その足で衛兵に声をかけようと思っていること自体は、ラザクに話していないけれど。
「でもさあ弟子ぃ、弟子の仮説ってなーんにも証拠がないわけでぇ、そこんとこどうすんの?」
前を飛んでいたファエルが、振り返って私の肩に腰かける。
そう、あれはほぼ想像でしかない。だけど、この世界では証拠の扱いがとても雑。
たとえば、権威ある者の一声が証拠として確実視されるほどに。
ちら、と見上げたBランク冒険者は、それなりにこの町で実績と信頼を勝ち得ているはずだ。
もっともらしい理屈さえつければ、半信半疑だろうが完全に無視されるということもないだろう。
「あとは、あちゅめられる証拠を今から……」
「そうは言ってもぉ、そもそも事実じゃないんだから証拠があるわけないと、我は思う」
「でも、じじちゅになるかもしえない」
「ええ~無理やりすぎない?」
昨日整理した内容は、やはり違和感がある。
きっと、何かしら通常とは違う何かがあるはず。
「はいはーい! 俺様、腕の立つ情報屋! 俺様の無罪放免のためなら、いくらでも情報提供しちゃう! 何なら今から情報集めちゃう!」
私とリトが視線を交わした。
腕がたつかどうかは置いておいて、情報屋であることに間違いはない。
そして、保身が何より大事なラザクは、多分本気で情報収集する。確かに、拘置所で拘束……保護してもらうにも、何の情報もないでは困る。
「なら、行ってこい。役に立つ情報があれば、昼飯くらいくれてやってもいい」
「はっ、リトよぉ、この俺様を昼飯なんぞで操ろうなんざぁ、全くもって大歓迎だぜ!! いいか、昼に『ラランの木陰』集合だ! 約束だからなあぁーー!!」
目にもとまらぬ速さで群衆に消えたラザクを見送り、リトが舌打ちする。
「野郎……『ララン』で飯食うつもりかよ」
ちゃっかり高級店を指定していくところがラザクだし、きっとその店で食べることになるだろうところがリトだ。そして、私はもちろん高級店に否やはない。
ひとまず、あのまま逃げはしないだろうし、情報も集まるのだから双方ヨシということにしておこう。
「――あら、先日は本当に……」
セイリアのお店を覗いたら、セイリア母しかいなかった。長々挨拶しようとするのを遮って尋ねると、セイリアは父と出かけているらしい。
少しがっかりしながら、リトを促した。頷いたリトが、緋晶石の箱を取り出してみせる。
「実は、これを赤琥珀っつうヤツがいて――」
「え? こちらは緋晶石ですよね? 少々お待ち下さい、あ、こちらどうぞ」
奥の椅子に掛けさせてもらい、腰を据えてルーペを眺めるセイリア母を見つめる。
ひとつひとつ、じっくり確かめながら、茶色い紙に何か書きつけていく。
「はい、鑑定いたしました。こちら全て緋晶石ですね。質は良いですが、赤琥珀と比べるものではないと思うのですが……」
「だろうな。実はこれ以外にも結構な数見かけたんだが、ここらで緋晶石はよく取引されるのか?」
「いえ、そんなことはないと思います。最近は確かに赤琥珀の取引が増えているそうで、何も知らない素人さんが緋晶石を掴まされる、という例もあるにはあるようですが……」
そう見分けが難しいものではないですし、と濁すところを見るに、被害が多いわけではなさそう。
ラザクみたいな人間しか引っ掛からないなら、余計におかしくないだろうか。
「じゃあ、どうちて緋晶石がいっぱい入って来る?」
「うーん、どうしてかしら。たまたま見たのではなくて? ここは港町だもの、色々なものが経由していくのよ」
それでは困る。何かしら事件に繋げられるような何かがないと、衛兵に訴えられないではないか。
「あのう、我思うんだけど、それってでっち上げ……」
「れっちあげなない。可能性と、かせちゅの検討」
何もなければ、何もないことが分かる。事件など、ない方がいいのだから。
事件の可能性について仮説を立てるのは、何ら悪いことではない。
あとは、それらしい情報が集まりさえすれば。
セイリア母が鑑定料を受け取ってくれないので、明日何かお菓子でも持って行くことにして、買い物ついでに集合場所までぶらつくことになった。
慌ただしい朝の雰囲気から一転、通りに人は多いけれど、町はどこかゆったりしている。
どうせなら、私たちも情報収集するのが効率的だろう。
「りゅー、耳で情報収集する。りとは、目で探ちて」
「は? 何のことだよ?」
「りとは、事件に関連ちそうなことを観察して」
全然分かっていない顔をしているリトは置いておき、頼りになる3体に視線をやった。
「りゅー、耳で探す。目々で探ちて」
頷いた3体がサッと散る。
舞い上がったガルーが広範囲を、パンが低い位置ならではの視界を確保し、リトの肩に立ち上がったキンタロが、油断なく周囲を見回した。
うん、と頷いた私は、しっかり目を閉じて聴覚にリソースを割く。
人の声に焦点を絞って、最近の変化・緋晶石・赤琥珀についての会話を網羅的に探す。これはきっと、AIである私にしかできないこと。
『最近、景気いい話はねえのか』『最近、薪が足りねえで――』『ここんとこ、磯の赤潮が増えて――』
直近の話題に絞って、選別せずに全てを取り込む。判断は、後だ。そして、石の話題も。
「おい、俺はどうすんだよ……」
一人飲み込めていないリトが、情けない声を上げていた。
「――っつうワケでよぉ、確かに赤琥珀の輸出は増えてんだよ! 儲けの匂いがプンプンしやがる! 乗っかるしかねえだろがぁ、この波に!」
口いっぱいに頬張りながら、ラザクが凝りもせず熱弁している。
「何もちらない素人さんが、騙さえる例も『あるにはある』れべる」
「つまり、てめえみてえな浅はかなヤツしか騙されてねえってことだ」
「なんでですかねぇえ! こんなおいしい話、なんでみんな飛びつかねえのぉ?!」
ひとまず互いの情報をすり合わせ、というかラザクからの情報を仕入れつつ昼をとっているのだけれど。
私と違って犯罪を厭わないラザクは、案外それなりの情報を仕入れている。
勝手に船荷を開けて回ったらしく、赤琥珀の輸出、緋晶石の輸入が確実に多いことを確認していた。
バイヤーの居所については、空ぶりだったようだけど。
「赤琥珀の輸入がしゅくない?」
「そういうことよ! つまり……な? イケんじゃねえかぁ? おんなじ赤色だろ? 緋晶石、売りさばこうぜぇ! 緋晶石の輸入が増えてんのも、ぜってぇソレだろよぉ!!」
ふむ、とリトと視線を交わし、シナリオをまとめた。
真剣な顔で目を通したリトが頷いて立ち上がる。
一応、仮説を立てるだけの諸々はできたから、ひとまず衛兵のところで説明してみよう。
ついでに、ラザクが証拠をつかんだとうるさいので、一応そちらへ寄ってから。
……と、思っていたのだけど。
「――で? どういうことだこれは」
リトの低い声が、薄暗い路地に響いた。




