169 楽なお手伝い
「本当かい?! 今、手伝うって言ったね?!」
「ちょっとパパ、こんな小さな子に何させようっていうのよ」
セイリアがぺしぺしと、私の肩を掴む手を振り払ってくれた。
でも、手伝うこと自体はやぶさかではないのだけど。そういう経験はたくさんある方が役に立つ。
「セイリアも手伝ってくれればいいんだけどなあ?」
「もう! 今はリュウ君と遊んでて忙しいの!」
「でも見なさい、リュウ君は手伝ってくれそうだよ」
不服そうなセイリアを横目に、セイリアの父がにこにこ私を眺めて揉み手をする。
「座っているだけでいいんだけど……どうかな? セイリアが隣でおしゃべりしてくれれば、退屈もしないだろう? セイリアも、そのくらい手伝いなさい」
「えー。お小遣い出るなら」
セイリア、ちゃっかりしている。そこはさすがの商人魂なんだろうか。
私にもお小遣いを、と言ってくれたのだけど、お手伝いはそもそもお礼なのだから。
「じゃあ、こっちにおいで。セイリアも」
嬉しそうなセイリア父に促され、何をするのだろうとついていったのだけど。
「――うん、いいね。最高だよ!」
「りゅー、じっとしてるだけ?」
「そう、そこに座って本を読んだり、おしゃべりするだけでいいよ」
本?! 本があるのか。
目を輝かせた私に、商人の目がキラリと光った。
「おや、本が好きかね。色々あるよ、商品は渡せないが、ここにあるものなら、持って行くといい」
「パパ……そんな小難しいのいらないわよ」
「いや、探せば外国の絵本も、お前が読んでた本も確か……多分、ここらに」
宝の、山だ。
素晴らしい。普通の書店にはないだろう様々な種類の本が、雑多に置かれている。異国の言葉や本もあるし、商売について書かれた本も多い。
「りゅー、全部読む!」
「はは、またいつでもおいで。そんなに本が好きとは、素晴らしいね」
とりあえず、端から攻略だ。一気に取り込もうとして、そう言えば人前でやってはいけないのだったと思い出す。
仕方ない、『普通に』読みながらインプットしていくしかない。
持てるだけ本を抱え、セイリアにも抱えてもらい、いそいそ店頭までやってきた。
「リュウ君が本読んでたら、私が暇なんだけど……そうだ、お猿さん、この編み方教えてよ」
「ククイッ!」
さっそく本に視線を落とすと、セイリアも読めばいいのにそんなことを言ってキンタロとマクラメ編みをしている。師弟が逆転してしまったけれど、セイリアは柔軟だな。きっと、良い商人になるだろう。
ガルーは肩でまん丸になり、パンが忙しそうにあちこち行ったり来たりしている。
「まああ、本当に凄いわ! なんて綺麗なの?!」
読み始めて間もなく、セイリア父に連れられて母がやってきた。
私を見て、目を輝かせている。確かに、今私はとてもキラキラして綺麗だと思う。
「凄いだろう、最高の魅せ方だと思わないか? セイリアも、こうやって――」
「嫌よ、やったことあるじゃない。すっごく肩が凝るもの」
そんなに重くないのに、肩が凝るんだろうか。
本から視線を上げ、まばゆい輝きに目をやった。
私は今、なんだかシンプルな服を着て、頭から肩から腕まで、キラキラに覆われている。
ヘッドチェーンというのだろうか、額から髪にかけて、繊細な鎖と宝石類が連なって揺れている。
さらには首から肩にかけてはショルダージュエリー。ブレスレットやイヤリングもある。指輪はサイズがなかったけれど、代わりに手の甲を彩るアクセサリーがある。
どうせ見えないから、と胸元から下は大人しいけれど、上半身は圧倒的に過剰装飾だ。
身動きのたびに、チカチカ眩しく輝く。
本のページにも、虹色のきらめきが揺れていた。
これが、私のお手伝いらしい。
私の色が薄いから、きっと繊細なアクセサリーが映えるのだろう。
マネキン代わりとして、ここに居るだけ。なんと簡単なお手伝いか。しかも、その間私は存分に知識を取り込める。まさにWin-winだ。
「美しいわ……ずっと眺めていたいくらい。しかも大人しく座っていられるなんて最高ね……」
「本を読んでいるのがなおいいね。伏せたまつ毛が、繊細さに輪をかけてはかなげじゃないか。装飾品が、実際の価値よりずっと高く見えるな!」
「ホント、リュウ君綺麗だわ。精霊か神様みたい。でもそれ、邪魔じゃない? しかもさあ、じっと座ってるとか拷問よ」
セイリアは、あんまり装飾が好きじゃないらしい。確かに彼女はじっとしていないから、こうして座っているのは苦痛なのかもしれない。
なぜか鼻高々なセイリア父が、さっそく足を止めたお客さんの対応をしている。
さすがの見立てなのか、通りを歩く人が漏れなく私へ視線をやるようになった。
ほう、と溜息を吐いて見つめ、私がページを捲ると一様に驚く。そんなに私は人形に見えるのか。
口々に褒めているようだから、せっかくならリトに見せたかったと思う。
「ねえ見てリュウ君、私も飾ってみたよ! かわいくない?!」
ややあって、セイリアがウキウキそう言うから、てっきりセイリアもマネキンになったと思ったのだけど。
満面の笑みを向けるセイリアの方へ顔を上げて、そして、下げた。
「……キンタロ、かわいい」
「でしょ?! 毛に埋もれちゃわず、映えるものを厳選したんだから!」
そこには、神猿と言わんばかりの煌びやかな猿がいた。
せっせと作品を作っているキンタロは、時々邪魔そうな顔をするものの、そう気にはしていないよう。多分、私がやっているからそのお供のつもりなんだろう。
かわいい、と言えば照れて私の膝へ飛び乗ってお腹に顔を埋めてしまう。
すごいな、もしかして私より小さい服があれば、着られるかもしれない。
「きゃうわうっ!」
「待って待って、じっとして?! 君はよく動くから、頑丈なアクセがいいよね……かつシンプルに!」
パンも装飾するのか。嬉し気なパンが跳ねるので、装着は中々大変そう。
「我を見よ、この神々しさ、さすがルミナスプとも言うべき高貴なる――」
ファエルもいたのか。お世辞にもカエルに装飾は似合わないと思うけれど、頭に乗せた王冠が随分マッチしていた。もしかしてそれは、本来指輪では。
「ほう……やるな。やはりお前には商才が――」
「そういうのじゃなくない?! 商才関係ないよ、絶対!」
父に言われて、セイリアが抵抗している。商才はあって困ることはないだろうに。
そうこうする間に、店舗の前が黒山の人だかりになってきた。セイリア家は忙しそうだけれど、私は何も忙しくない。何とも気楽な身分だ。
温かい日差しの中、ぱらり、ページをめくってひたすら文字列を追っていたのだった。




