168 得手不得手
商店街を歩いてしばらく、セイリアがふいに手を引いた。
「リュウ君、あれがウチだよ。裏から回るね」
視線の先には、『ヘイルー宝飾雑貨』の看板。なるほど、業者らしき姿もあるけれど、それなりに旅行客も来ているよう。
お店を見たかったけれど、セイリアにぐいぐい引かれて店の脇から奥へと進んだ。
こっちは完全に私用となっているらしく、ごく一般的な住宅の様相を呈している。
「ただいま! ほら、リュウ君がお土産いっぱいくれたんだ! お兄さんがいいって言ったから、連れて来ちゃった!」
「おかえ……ええ?! そのお兄さんは?! これはちょっと……お土産にしては多すぎない?! ど、どうしようかしら」
受け取った袋を覗き込み、母親らしき人があたふたしている。
少ないより多い方がいいと思うのだけど、そうでもないのだろうか。
「お兄さんはいないよ、リュウ君だけ」
「わあ、あなたがリュウ君ね? 本当、外国のお人形みたいだわ!」
「でしょ? でも、結構動じないというかワイルドというか、中身はあんまりお人形じゃないんだよ!」
それは、褒められているのだろうか。違うような気もする。
ひとまず、ぺこりと頭を下げて挨拶をした。
「こんにちは。おはちゅみおめみかかりましゅ、りゅーと申します」
「リュウ君、無理しなくていいよ。何言ってるか分かんないよ!」
何と言いにくいことか。最近、マシになってきたと思っていたのに。
回らない舌に腹を立てる横で、セイリアが爆笑している。
母らしき人が目を丸くして、くすくす笑いながら私の前に屈み込んだ。
「あらまあ、ご丁寧に。私はセイリアの母ですよ、よろしくね。小さいのにきちんと躾けられて、よくできた子だわぁ」
「ちょっと、私が出来が悪いみたいじゃない!」
「あらら? 今日も手伝いをサボったセイリアちゃんは、出来が良いつもりがあったのかしら?」
「あっ、私リュウ君にお店見せてくるから!」
どうやら藪蛇だったらしい。サッと視線を逸らしたセイリアが、マズイとばかりに私を引っ張って駆けだした。
「せいりあ、お仕事は?」
「私だって、手伝う時は手伝ってるのよ!」
今日は、手伝う時じゃなかったらしい。
そそくさと家の中を通り抜け、表へと通じる扉を開けると、もうそこは店の裏手になっていた。
「どう? 面白いものがいっぱいあるでしょ? 私もお小遣い稼ぎしたりするんだ! それみたいにね!」
セイリアが指したのは、私のカバンに下がっている石のアクセサリーに似ている。
マクラメ、というやつだろうか。紐を編んで石を包むことで、色々な飾りや装飾品になっている。
「りゅーも、したい」
「いいよ! 簡単なやつなら、できるんじゃないかな? 石はどうする? お店のは勝手に使えないし……」
「石、いっぱいある」
そんなこともあろうかと……思ったわけではなかったけれど。でも、何となく集めていた綺麗な石や色々コレクション。
多分商談なんかをするのだろう小さなテーブルを陣取って、私とセイリアが材料を並べた。
ざらら、とテーブルにあけた宝物袋の中身は、色々なものが入っている。
セイリアにコレが作りやすいよと勧められた石をつまんだところで、小さな手が横から別の石をつまみとって行った。
「え、お猿さんもするの? そんなことできる?!」
「キンタロ、器用」
「そういう問題かなあ……。まあ、いいけど君は手が小さいから、こっちの紐にしなよ」
テーブルにちょんと座ったキンタロが、むいむい口元を動かしながら、ぺこりと頭を下げた。
もう、知的レベルは小さい人として扱っていいのではないだろうか。
「――そえで、こうちて……むしゅび目でちゅちゅむように」
「うん……理解はしてるんだよね。完璧に把握できてるのにねえ……」
ころり、また手から転げて行った石を目で追って、思い切りへの字に唇を歪める。
できない。
どうして、できない。
簡単なのに。何なら、マクラメとして知識を探れば、もっと複雑な工程の美しい編み方だって知っているのに。
ままならないちまちました指に腹を立てて、がぶりと噛みついた。
「うわあ?! 待って待って?! リュウ君はまだ小さいから仕方ないよ?! 得手不得手があるからさ!!」
大慌てしたセイリアが私の手を取り上げ、よしよし頭を撫でてくれる。
そうか、得手不得手か。それはそう。
セイリアは、こういうのが得意で、リトは戦うのが得意で、ラザクは料理が得意。みんなきっと、得意分野で相手に勝てない。
「りゅーは……記憶が、得意。全部、覚えてる」
「それは凄いね?! リュウ君はもう得意なものがあるんだから、それでよくない? 得意なものが見つかってない子もいっぱいいるんだよ?」
そうか……それはそうだ。孤児院にいた子たちは、あまり見つかっていない子が多かった。
リトだってきっと、最初から戦うのが得意じゃない。
私は、有利だ。最初から得意なものが分かっている。
少し落ち着いて、傍らで集中している小さな人を眺めた。
私よりも小さな指がものすごい速さで動いて、みるみる紐がアクセサリーへと形を変えていく。
キンタロ、私の知識を使っている。教えてない編み方まで披露しているキンタロを見て、セイリアが遠い目をした。
「見てよ、私の得意なことなんて、お猿さん以下……」
「せいりあ、キンタロはちょっと、普通とちやうから」
「ありがと……普通とは……だいぶ違うわね」
元気のないセイリアをぽんぽん叩くと、キンタロが作品をかき集めてサッと差し出した。
「なあに……?」
「あげるって。多分、おちえてくれたお礼」
「え?! 礼儀正しすぎない?! っていうかこれ普通に販売レベル! 細かいよ!」
褒められたキンタロが、途端に照れて私の腕にしがみ付いた。
キンタロの指が小さいから、相当細かい造形もいけそうだ。ペンタサイズが身に着けるアクセサリーだって、できるかもしれない。
リトとみんなお揃いの何かを作ったりしてほしい。召喚獣が私の力なんだったら、キンタロが作ったものを私が堂々と渡してもいいのかもしれない。
むふ、と笑ったところで、後ろから声がした。
「おや、セイリア戻ってたのか。いい加減きちんと手伝いをして覚えないと――おお、お客さんもいたのか。これはこれは、随分かわいらしい……いや本当に可愛らしいね?!」
振り返ると、少し丸みを帯びた男性がマジマジと私を見ていた。これが、セイリアの父親だろう。
そのまま動かなくなった父親に、小首を傾げる。
セイリアが、こそっと耳打ちした。
「……絶対、商売の事考えてるね。リュウ君を店の前で遊ばせてるだけで客が来るかも、とかね」
「りゅー、おてちゅだいする?」
キンタロに特技を伝授してくれたのだ、そのくらい私もお礼をしなくては。
そう言った途端、セイリアが『あーあ』という顔をして、私は目を輝かせた男性にがっしり肩を掴まれていたのだった。




