167 セイリアと
「あのさ、すっごく気になってたんだけど、その子たち何?! めちゃくちゃかわいいんだけど!」
二人で手を繋ぎ、海沿いを歩いていると、堪えきれなくなったようにそう言われた。
その視線の先には、しっぽをふりふり先を行くパンと、その上に乗るキンタロ、さらにキンタロの頭に載っているガルー。
そうか、セイリアは初めて会ったかもしれない。
「りゅーの、召……ぺっと」
「へえぇ、やっぱり主人に似るのかな?! こんなに小さいのに賢いね。しっかりついてきてる」
召喚獣だとは、あまり言わない方がよかったと思い直し、そう紹介しておく。
褒められた3体が、とりわけキリリ顔をして胸を張るので、少しによによ口元が緩んでしまう。
「せいりあ、触ってもいい」
「え、いいの?! 大丈夫かな……?」
立ち止まったセイリアが、そっと手を差し出した。
キンタロがさっとその手を取り、ぽふ、とガルーに当て、パンに当て、そして自分の頭にぽふぽふとして返した。どうやらこれで終了らしい。
「な、なにこのサーピス?! めっちゃ柔らかかった……あったかい! これ以上はお金が必要ってやつ?! うまいやり方だわ……!」
「せいりあ、お金いやない。ぱんたち、おやちゅの方がよよこぶ」
スッと財布を出そうとしたセイリアを慌てて止め、そうアドバイスしておく。
ぺろり、口の周りを舐めたパンが、期待に満ちた目でセイリアを見ている。
「そっか! いいよいいよ! ウチに来たらいろいろあげるからね?!」
「きゃうっ!」
嬉し気に弾んだパンを見て、セイリアもでれっと相好を崩す。
キンタロたち、普段他人が触っても気にした様子もないのに、どうしてだろうと思ったら、お腹が空いていたんだろうか。それとも、商家と聞いて何か思う所があったのだろうか。
何せ、キンタロは……思ったよりも賢い。
そして、少しずつ大きくなるパンたちに比べて、一定から全然大きくならない。
恐らく、取り込んだ魔力を体の成長よりも、まずは思考能力などへ振り分けている気がする。
どうも、この3体の中で自分がリーダーシップをとって頑張らねば、と思っている節がある。
「かちこいの、助かる」
そう褒めておけば、小さな口をもぐもぐさせてパンにぎゅっとしがみついた。
何となく、『嬉しい』と『照れ』が伝わってくる。おかしい、私より感情豊かに思えて納得がいかない。
確かに、生き物としてはあちらの方が先輩ではあるけれど。
「うふふ、犬くんと仲良しなんだね。お猿さんなんて珍しいけど、港で売ってたの? 外国からの輸入も多いから、時々珍しい生き物とか、魔物とか檻に入ってることもあるんだよ!」
「りゅー、見たい!」
「私も見たいけど、中々いないんだよねえ」
そうか……もっと、熱心に港に通うべきだった。確かに色んな面白いものがあるだろうに。
でも、大概は木箱に入っているので、中身が見えない。
そうだ、と思い出して、歩き出したセイリアの手を引っ張った。
「せいりあ、前に会った人、あむない人の可能性が高い。注意がひちゅよう」
「危ない人? 誰のこと?」
「こえ、拾った時のひと」
カバンにぶら下がる石を指してそう言うと、しばらく首をかしげていたセイリアがぽんと手を打った。
「ああ! あの人ね。ふふ、怒られたからでしょ? そんなこといちいち気にしたらダメだよ!」
「ちやう、りとも言ってた」
「うんうん、気を付けておくね」
本当に分かったんだろうか。とは言え、あれが悪党だとして、どうせ私を覚えていることもないのだし。
リトのことは会ったこともないくせに覚えていたのに、不公平だ。まあ、悪党に覚えられていいことなどないのだけれど。
「もちかして、りゅーのみちゅけた石、取りにくるかも」
「この石? どうして?」
「たくさん持ってた」
あの袋の中、似たような石がたくさん入っていた。
もし、これに価値があるのなら、狙われるかもしれない。割と真剣に言ったのに、セイリアはくすくす笑う。
「そっか、リュウ君の大事な宝物だもんね! でも大丈夫だよ、そういう大人がほしがる石はね、そのへんに落ちてないから。そうだ、パパに聞いてみたらいいよ! そういう売れ筋商品があれば、知ってるんじゃない?」
なるほど、と頷いてセイリアとお揃いの石を見つめた。
これに、価値なんてなくていい。だって、売ることはないから。
世界で私にしか、価値がないものでいい。
「こっちだよ! リュウ君は、あんまりこっちには来ないかな?」
すっかり石に気を取られていたら、くいっと手を引かれた。
島の探索をした時に、この辺りも通りはしたけれど、確かにあまり来たことはない。
ここも商店街なのに、どうしてだろう。
「こっちの商店は、食べ物系がほとんどないから、冒険者さんたちはあんまり来ないんだよね! 商人の買い付けとか、一般客が多いんだよ。向こうの商店とは棲み分けてるの」
「町ぐるみの、販売戦略……」
「そう! 双方で客を集めて、相乗効果を狙おうってね!」
良い対策だな、と深々頷くと、セイリアが可笑しそうに笑った。
「こんな話、普通の子は全然興味ないんだけど、リュウ君はしっかり聞いてくれるから楽しいな。でも、面白くないでしょ?」
「どうちて? とても、興味深い」
「ホントに、変わってる! 商人に向いてるよ」
「でもりゅー、冒険者になる」
「危ないよ? リュウくんはあんまり向いてなさそうだけど……」
そうだろうか。でも、商人に向いているかというと、そうでもないのでは。
だって私は、セイリアみたいににこにこしてないし、楽しそうな顔じゃない。
でも、そう言えば私はきちんと販売を成功させたのだった。
「りゅー、飴、いっぱい売った。らざくと、屋台した」
「え! そんなことしてたの?! 言ってよ、手伝うのに。それじゃあ、今度屋台出すときはリュウ君に手伝ってもらおうかな!」
「りゅー、お手伝いれきる」
サッと腰に手を当て、ファエルのごとく右に左に尻を振る。
これだけでいいのだ。それだけで、結構客が来る。
自信満々で、客寄せの踊りをしてみせたら、一瞬ぽかんとしたセイリアが、ふぐっと妙な声を上げて口元を押さえた。
「せいりあ、しんどい?」
「だい、だいじょうぶっ! ふっ、はっ、はーー! 大丈夫、落ち着いた。新たな学びになったわ……下手を極めれば、それはそれで一芸になるって」
「……りゅーのこと?」
下手と言ったろうか。
むっと見上げると、セイリアが慌てて首を振る。
「そうじゃないのよ、えーーと、たとえっていうかね! ど、どんなものでも一生懸命だと素晴らしいものになるって……そういう感じ!」
「りゅーに、いっぱいお金くれたから、りゅーは多分、上手とももう」
「うんうん! すっごくキュートでこう、腹から笑顔が溢れるような素敵な踊りだったわ!」
腹から……? 変な表現だなと思いつつ、私は満足して頷いたのだった。




