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164 気が付いた『忘れていること』

期待値的には、もちろん甘み優先。こんなにきれいなオレンジ色だし、きっと甘い。

しかも焼いた果物というのは、得てして甘くなるものだ。

でも、念のため酸っぱい可能性も想定して、酸味の急襲に備えておく。

鮮やかな実を頬張って、ぷつりと歯を立てて――


「うおおっ?!」

「ちょっと何ぃー?! バッチぃんですけど!」


勢いよく吐き出したのは、幸い地面の上。

シュバッと駆け寄ったパンが、止める間もなくぺろっと食べた。

次はまだですか、と言わんばかりの顔で、口の周りを舐めながら私を見上げている。


「おいおい……お前が食いたいっつったんだろ。吐き出すな」


私の口の周りを拭って、リトが肩を竦めた。

口の中に残る味を反芻し、とても納得のいかない顔で唇をひん曲げた。


「果物、なない」

「は? だから、ココロコだぞ。あー、お前、これ果物だと思って食ったのか。そりゃまあ……」


リトが私に紅茶を飲ませ、混乱をきたしていた味覚系統が、ようやく落ち着きを取り戻す。

違和感が、全力でココロコ摂取を拒否してしまった。

だって、明らかに果物じゃなかった。

私の身体が、異物! と認識してしまった。

磯臭くて、ぐにっとして、苦甘しょっぱい。


「ここよこ、何?」

「何っつうと、何だろうな?」

「貝でしょ貝~。んーまあまあ、ってとこ。独特で悪くないと、我は思う。酒を飲むには良きかな」


貝……貝? なるほど。海洋生物なのか。

そう理解してしまえば、納得できる。どう見ても貝ではないけれど、ひとまず植物や海藻類ではなく、分類的に動物側の生き物なのだろう。


「りゅー、もう一回食べる」

「吐き出すなら食うなよ」

「大丈夫」


疑り深い顔をしたリトが、大きめのココロコを剥いて、薄くナイフで切った。

そうしてみると、少なくとも果物ではなさそうだと分かったのに。

ぴらぴらした薄切りに特性タレをちょんとつけ、差し出される。

舌なめずりしたパンが、真下で今か今かと待ち構えていた。


今度は少し慎重に、口に入れてゆっくり噛みしめてみる。

薄いわりにつるぷに、とした独特の弾力。やっぱり、甘くて苦くてしょっぱい。何なら酸っぱい気もする。

美味しいか、と言われたら……返答に困る。

複雑な顔で咀嚼して、飲み込んだ。

そして、口を開ける。


「食うのかよ」


笑ったリトがココロコを刻んで、私の口に入れた。

ガッカリしているパンには、何か別のものをあげたよう。

おいしい……かどうかは分からない。でも、面白い。

感触と、味の面白さ。こういう『おいしい』もあるのか。

理解しがたい感触をもう一度味わいたくて、もう一枚、もう一枚と食べ進めてしまう。

ちょうどこぶし大を三つ食べ終え、深々と頷いた。


「ここよこ、おいちかった」

「そこまで食わねえと分かんなかったのか?」


吹き出したリトが、いつの間にか次々焼けた海鮮を私の皿に載せていた。既に皿はこんもりと山になっている。

何というか、もう少し見た目を気にしてはどうだろうか。生ごみのようだなと思いつつ、焼き上がった海鮮にかぶりつく。

これ以上ないほどシンプルな料理が、なぜこんなおいしいのか。

塩辛い海の中にいるから、こんなに甘みの弾ける身になるのだろうか。


「美味そうに食うな。汚ねえけど」


目を細めて私の顎を拭ったリトが、私に倣うように貝を頬張った。

美味しそう、ではない。美味しい、だ。美味しいのだから、当然そういう顔になる。

気付けば周囲は殻やら何やらでごちゃつき、両手も顔もベタベタ。

だけど、これも『おいしい』。

むんず、と大きなエビモドキを掴んで、しっかり感じる厚みと弾力にむふ、と笑う。

きっとこれも当たりだ。今のところ、ハズレは引いていないけれど。

両手で掴んだそれを、口いっぱいに。

海水の塩気をアクセントに、びっくりするほどの甘さ。ぼたぼた滴るエキス。


傍らではせっせと殻をむいて食べる、キンタロとおこぼれをつついているガルー。

机の下では、殻も何もかも全部食べるパン。ばりばり、という派手な音が美味しそうに聞こえるから不思議だ。


「ココロコを食いに、か……あんま考えたことなかったけどな」

「どうちて?」


独り言のように呟いたリトに首を傾げる。

普通、名物は食べてみたいのでは。


「んー、ココロコに限らずだけどな。もう色々食ったし、別に何でもいいかってな」

「過保護者って変わってるぅ! 我、常に美味いものを所望する。美食常食、コレ理想」


同意するように頷いて、苦笑するリトを見上げた。


「そりゃ美味い方がいいに決まってる。だから、飯のいい宿に泊まるだろうが。けど、何つうか、美味いってことをあんま気に留めてなかったつうか。変な感じだな、最近はお前が美味そうに食うから、思い出してきたわ」


小さく笑ったリトが、『――美味い、ってことを』そう、呟いた。

リト、忘れてしまったのだろうか。長く生きたから。

リトは基本的に肉が好きだけれど。でも、それは本当に『好き』なんだろうか。どちらかと言うと、選択するならばそっち、という感覚に近い気がする。なんとも消極的選択だ。


「美味しいは、いっぱいある方がいい」


真剣な顔で咀嚼しながら言うと、ふっと笑われた。


「そうだな。結構美味いもん食ってきたと思うけどな。でも、これは美味いな」

「聞き捨てならないセリフ! なんて鼻につく野郎か。自慢ですか自慢ー!」

「うるせえ、そうじゃねえわ」


どうやらひとつ、『美味しい』を思い出したらしい。

私はきっちり『美味しい』を拾い集めていくから、リトは私といると美味しいを思い出せるだろう。

ちゃんと私が教えてあげられる。


「りと、りゅーが美味しいもの、いっぱい教えてあげる」

「我も我も! つまり、美味いものをたくさん寄越すがよい。それが最も近道である」

「そうだな。お前に、美味いもん食わせてやろうと思うしな。……てめえは余計だ」


また指で弾かれそうになったファエルが、重たいお腹を抱えてよたよた逃げた。

なるほど。リトが美味しいものを私に食べさせる。それを、私が美味しいと教えてあげる。

これは、素晴らしいWin-Winの関係だ。

今後の旅の、新しい目的が増えた。各地の名物や美味しいものを、食べ歩くという……!

そうだ、しかも私たちの旅にはこういうことだけなら頼れる味方がいる。

町に寄らなくても、美味しいものは保証されるのだ。


「らざくも、おいしいのちゅくる!」

「あー……余計なもん、思い出させんな。まあ、確かに飯はなぁ……飯だけはなぁ……」

「その点以外が全て不要であるが故に……難儀な男よ」


ファエルが訳知り顔でふむう、と腕組みした。

案の定、リトがじとりと視線をやる。


「お前はどの点も不要だけどな」

「で、弟子ぃいーー! 過保護者がぁ!!」


泣きついてきたファエルをおざなりにぽんぽんしながら、私は再び海鮮を頬張ったのだった。


想像は当たりましたか?!

モデルは『ホヤ』でしたね!めちゃくちゃ不思議な生き物で、魅力的ですよねえ~!


新作の方もキリのいいところまで来ましたよ!

よろしければぜひ~!

【選書魔法】のおひさま少年、旅に出る。 ~大丈夫、ちっちゃくても魔法使いだから!~

(N0977KX)

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― 新着の感想 ―
パンちゃんかあいい(^_^) 散歩に行くと素早く拾い食いしてた、在りし日の愛犬を思い出しました。有難うございます。
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