163 ココロコを食べに
「ここよこ、どこで食べらえる?」
「どこでも食える。よく採れるからな」
「ちなみにおススメは~? 我、可能な限り美味しく食べたい!」
港町まで戻って来た私たちは、どこへ入ろうかときょろきょろしながら歩いている。
てっきり私は『名物、ココロコ!』のようなノボリや看板があちこちにあると思っていたのだけど、ちっともそんなことはない。
どうやら本当に『メジャー食材』として当たり前にあるらしい。そして、それ目当てに外から客がわんさか、というわけではないということは……味の方はお察しだ。
「おススメつってもな。そんなに食ったことねえし。味を知りてえなら、シンプルに焼いたもんでいいんじゃね? そもそも、メイン張る食材じゃねえよ。網焼き店で色々買って食うか」
「賛成ー! 我、お肉を所望する!」
「さすがにそこは魚介類メインじゃね……? 同じ網で肉焼くのか?」
つまり、海鮮バーベキューか。それなら、お肉だって焼いてもいい気がする。
たらり、と伝ったよだれを、すかさずリトがハンカチで押さえた。
「分かった分かった、よだれで意思表示をするんじゃねえ。とりあえず、あそこでいいか。早く入るぞ、俺の服がべたべたになる」
だったら、私を下ろせばいいのだけど。でも、言わないでおく。
リトが指した看板に近づくにつれ、いかにも磯の香が漂ってくる。滞在中のオリオストの港町でもおなじみの、海の匂い。
どちらかというと、いい匂いよりも『臭い』に近い気がするけれど、慣らされた私はそれが美味しい匂いであることを知っている。
お店は、とてもオープンな造りになっていた。
屋根と、並んだ網焼き台。それだけ。
方々でじゅうじゅう音が鳴り、白い煙が上がっている。
口の中が、既に塩っぽい気さえする。
リトは、私の口元を押さえっぱなしだ。
店の人に何か言ってお金を払うと、お店の人がいい笑顔を向けた。
スタッフに案内されるままに向かった場所は、さっきの店内(?)より少し小高くなって広々している。
いうなれば、個室のような扱いだろうか。
「こちら、海を眺めながらお楽しみいただけます。火を点けますので、ご注意くださいね!」
前半はリトを、後半は私を見て言われた気がする。
こくり、と頷くと、うふふと笑われた。
さわ……と涼やかな風が、おでこの髪をかき分けていく。
視線を向けた先に、なるほど海が見えた。
お昼に見る海は、きらきらが凄い。眩しくて、とても美しい場所のように思える。
美しいには違いないけれど、魔物も海賊もいる、割と怖い場所だ。
……でも、好きだな、と思う。夕焼けと同じように、私の中にきらきら溜まっていく、『好きな光景』のひとつ。
「――お待たせしました! 海鮮&お肉のコースです。焼き方のご説明は――」
じ、っと海をみつめている間に、もう食材が来たらしい。
耳で説明を聞きながら、目は食材に釘付けだ。
これが、全部食べ物……? 貝だろうもの、エビのようなもの、丸ごとの魚、串焼き、そしてよくわからないもの。
もしかして、この大小さまざまな赤い拳大のものが、ココロコ?
ソラマメより大きいくらいの、可愛らしいサイズから、私の拳大のものまで。鮮やかな赤色で、ぷっくりころりと丸い。そして、全体にイボイボの凹凸がある。
根っこのようなものが見えるから、植物……? 果物だろうか。
ペンタが、興味深そうな顔で肩まで下りてきて、鼻をうごめかせている。
「さあさあ、どんどん乗っけちゃって! 我、チャチャッと焼いて食べたい!」
言いながら、ファエルがせっせと貝やらエビやらを抱えては、よいしょと網に載せていく。
今にも網の上に落ちそうでヒヤヒヤする。ファエルが焼けたら、きっと美味しくない。
「邪魔だ、ついでに焼くぞ」
「ひどいいぃい!」
ピン、と弾かれたファエルが、速攻で戻って来て私のポケットに入る。
パンたちがこんなに大人しく待っているのに、ファエルは本当にしょうがない。
「お前も、やめてくれ……俺の寿命が縮む」
とりあえず食材らしきものを掴んで網に置いていたら、止められてしまった。まだ、火傷もしていないのに。
リトは、心配しすぎるきらいがある。この世界には、便利な回復薬というものもあるのに。
「りと、りゅーがもっと火をちゅける?」
「やめとけ。真っ黒になるだけだ。火はこのくらいでいいと言っていた」
そうか、リト料理になってしまうのか。
すぐさま思い当たった私は、大人しく座り直す。豪快に火を起こして焼く、リトの料理は大概外側が炭になる。
何も口に出さなかったのに、リトにじとり、とみられてしまった。
「まだかな~まだかな~? あ、我いいことに気が付いたんですけどぉ! これ、とれたて新鮮なんだから、ちょっとばかり生でも大丈夫なんじゃ!」
「そうだな、寄生虫も至極新鮮だ。食ってもいいぞ」
「いやああぁあ!! よく焼きで!!」
寄生虫はおいしいのだろうか、と考えていたら、ぱくっ! と大きな貝が飛び跳ねて口を開けた。
びくっ、としたものの、この光景だって見慣れたもの。
さっとリトを見ると、笑ったリトが貝を皿に乗せ、ふうふうしながら身を外してくれる。
じれったい。もう、冷めたのでは。滴るよだれで、顎がかゆくなりそうだ。
「ほら、気ぃつけて食え」
差し出されるやいなや、喜び勇んで両手で貝を持つ。あち、と思ったけれど、放りだすほどではない。
慎重に貝殻を傾け、浅い底に溜まったおいしいエキスを丁寧に口へ運ぶ。
私は知ってるのだ。この水分は、ただの水じゃない。とても、とてもおいしいと。
口内に到達した途端、突き抜ける磯の香りと、甘いともしょっぱいとも判断しづらい旨味。口の両側から勢いよく唾液が溢れてくるのが分かる。
おいしい……他の何とも違う、海鮮でしか、味わえないこの感じ。
「いい顔だ、お前、将来酒も飲めそうだな」
「我も我も! ちょっと過保護者ぁ! 我のも取って! 焼きルミナスプになっちゃう!!」
リトは、自分の分を手に取り、簡単にふうふうやってくいっとエキスを飲む。そして直接貝に口をつけ、がぶりと中身を頬張った。
はふ、はふ、と熱そうにしながら咀嚼する様があんまり美味しそうで、私も真似をする。
貝の中身をあむりと頬張ると、エキスが口から溢れそうになって慌ててきゅっと閉じた。
弾けるような、独特の食感。明らかな、甘み。
いっぱいに頬を膨らませながら、むふ、と笑みが浮かぶ。
「小さいのなら、ココロコもそろそろ食えるだろ」
やはり、それがココロコだったらしい。
ひょいと手を伸ばしたリトが、小さな赤い実を摘まんで、皿に載せていく。普通、そんなことできない。リトの手は、とても熱さに強いから。
焼いたフルーツなど、初めて食べる。甘いのだろうか、酸っぱいのだろうか。
目を輝かせながら見つめていると、リトが冷ました小さな実に爪を立て、つるりと剥いた。
赤い実は、途端に瑞々しいオレンジ色になる。
「ほらよ。ひとまず、小さいのを食ってみろ」
勢いよく頷き、差し出されたソラマメ大の実を、リトの指ごと食べる勢いで食いついた。
◇新作◇(N0977KX)
【選書魔法】のおひさま少年、旅に出る。 ~大丈夫、ちっちゃくても魔法使いだから!~
日間ハイファン2位ありがとうございました!
ピュア健気少年ルルアが頑張るお話です!
ほのぼの+冒険+α、そして少年たちのジュブナイル的な要素を入れたいなと、思ってはいます!




