157 海賊
「……遅いな」
皆が一斉に構えた瞬間、リトがぼそりと呟いて。
周囲でカカッ、カコッ、と鈍い音がした。
まさに今、弓や魔法を撃とうとしていた冒険者たちが、慌てて身を潜める。
何の音だろうか、と一拍も二拍も遅れて見回した目に映るのは、ビイィンと突き立って揺れている細い棒。射られたことがなかったので、少し遅れて気が付いた。
どうやらこれが矢らしい。思ったよりも長い。
リトは隠れなくてもいいのだろうか。
そう思ったけれど、いつの間にか抜いていた剣と落ちている矢を見るに、飛んできても斬れるらしい。
剣士というのは、便利なものだ。
多分、全員無事のようだと思った時、どおんと船が揺れた。
海賊船……! あの一拍で、最後の距離を詰め切られたのか。
なるほど……先手を取れるかどうか、このくらい差が出るということ。
海賊船が大きな音をたてて横付けするようにぶつかって、攻撃に転じようとした冒険者たちがやむなく船に掴まって衝撃を堪える。
手際がいい。慣れているのだろう。
まんまと接舷されてしまったけれど、ここからどうするのだろうか。
「怯むな、撃て! 乗り込ませるな!」
「もやいを外せ!」
もやい? ああ、あのロープ。
跳躍して飛びついて来た海賊たちがどこへ行ったのかと思ったけど、いつの間にか、船と船を固定するロープが結ばれていた。
「りゅー、はじゅしてあげる?」
「やめてくれ」
ナイフがあれば、私にもロープくらい切れるけれど。
皆が忙しいなら、私が。そう思っての提案は即答で断られた。
苦笑したリトが、ふっと短く息を吐く。
「ぐっ?!」
ぐるっと体を回して、長い脚が後ろにいた海賊を蹴り飛ばす。
凄い音を立てて船べりにぶち当たった人が、そのまま海に落ちた。
あっと言う間に、あちこちで戦闘音が響き始める。
ごちゃごちゃと入り乱れて、これでは味方を間違って攻撃しそう。
「きんきゅう時の訓練、しない?」
普通に海賊が出てくる世界で、あまりにも危機への対策が疎かじゃないだろうか。
「緊急時? ああ、けど船護衛をお抱えで持ってるトコなんて限られるからな。訓練なんてしようがねえよ」
「ちやう、船員たち」
「まあ、船員は船員だからなあ。戦闘は専門外だろ」
そうは言っても、こうなれば皆武器をもって戦っているのに? だったら、非常時にとる行動を決めておけばいいものを。こうバラバラと各自戦闘していては、不慣れな船員はすぐにやられてしまう。
せめて、小集団として行動すればいいのに。
「りとは、客室のとびらを守ったらいい」
「ああ……。けど、俺一人で全部は守れねえんだよな」
危険と見た人のところへ飛んで行っては次々海賊を海へ蹴り落し、リトは常に周囲を見ている。
多分、被害を最小限にしようとしているのだろう。
「ぱん、きんたろ、できる? がるーも、ばんがる?」
「おい……何するんだ? 危なくなっても助けねえぞ?」
「きゃうっ」「ククッ!」「ピルルッ!」
気合十分な声に、頷きを返した。
大丈夫、みんな覚悟が決まっている。
「客室のとびら、あむなかったら教えて」
「あー、まあそのくらいならできそうか……」
どうやらリトも認めてくれたらしい。
リトのカバンから飛び下りた3体が、鼻息も荒く任務へと向かった。
と、ふいに何かが私の胸元に飛びつき、潜り込んできた。
「い、今はこっちの方が……いや、過保護者の方が……? いやいやでもぉ……う、おうえっ」
「ふぁえる、きちゃない」
「汚くないわっ! まだ吐いてな……うっぷ」
そういえば、ファエルもいたのだった。静かだからすっかり忘れていた。
「あ! そういやお前、目ぇ閉じてろ!」
「りゅー、問題ないとももう」
「それでも、今は見なきゃいけねえ時じゃねえ」
それは、そういう時も来る、ということだろう。
だったら別に、今でもいい気がするけれど。
でも、きっと私が見ていたら、リトが戦いにくい。
「りゅー、目々ちゅむった」
「よし、いいって言うまで開けるな」
急に動きの速くなったリトを感じる。
そして、悲鳴が近く、遠く。
多分一撃必殺だろうから、私は悲鳴でカウントしておく。
3、5……7。
とても、早い。すぐに全員斬られるのでは?
「きゃうっ! きゃうわうっ!!」
「お、賢いじゃねえか」
パンも活躍していて嬉しくなった。揺れる甲板にころころ転がりながら、しっかり役目をはたしているよう。
「リトぉお! うおお!」
「イケえぇ!」
「うるせえ! そんな口利いてる暇あるなら、活躍しろ!」
段々と歓声が聞こえ始めて、リトが怒っている。
どうやら優勢のようだと頷いた。
「ピルルッ」
ふいに聞こえた、ガルーの声。
警戒、警戒、そう言っている気がする。
だけど、何を? 私は、リトに何を伝えればいい?
もう一度鋭く鳴いたガルーの声。
そして、急に視界が拓けた。
えっ、と目を抑えたけれど、ちゃんとまぶたは下りている。
まるで何かの映像を見るように、脳裏に浮かぶ、俯瞰した船の姿。
「がるーの、目々?」
召喚獣の繋がりを通じて、そうだと言われた気がした。
そして――!
「りと! 左舷前方! 大砲、ちゅーい!!」
「は? くそっ!」
左舷へ飛んで行ったリトが、ボオンと大きな音が聞こえたと同時に、剣を振った。
ぼちゃぼちゃぼちゃ、と落ちる音が複数なのは、なぜだろう。そんなに何回も斬ったのだろうか。
リトの手は、随分速く動くものだ。そして、この世界の剣は金属を斬れるのか。
……一瞬、しん、と船上が静かになった。
直後。
「うおおおお?!」
「マジか?! マジかぁあー!!」
どうっと船が湧いた。
すごいな、と思ったけれど、他の人にとっても凄いことだったらしい。
そして、甲板にいた海賊たちが一気に逃げ腰になった。
たぶん、リトが怖いのだろう。
「ククイッ!!」
あ……! 快挙を成し遂げたキンタロに、思わず私の頬も熱くなる。
「りと! きんたろがやった! もやい、解いた!」
「へ、は?! おお、マジか……?! おい出せ! 全速で離れろ!」
なんて賢い。私にとって何が一番か、命令なしに自ら動くとは。
空はガルー、扉の警戒はパンに任せられると踏んだキンタロは、小さな身体を活かして大仕事をやり遂げた。刃物は倒れた海賊から拝借したらしい。
慌てて近くの海賊が自船へ飛び移り、じれったくなるほどゆっくり、船の間が開き始めた。
「油断すんな! 魔法、飛び道具が来るぞ!」
「後方よじ! 大砲ちゅーい! ちゅづいて後方ろくじ!」
安堵感の広がる船上でリトと私の声が響き、二度、大きな音が鳴った。
「同時に撃たれたら無理だぞ?! 早く離れろ!!」
「無理だ、向こうの方が速い!」
そうか……確かに。
リトを怖がって逃げればいいのに、と思ったけれど、そうはいかないよう。
離れれば大砲が来る。そして、再び肉薄する海賊船に緊張が高まっていくのが分かった。
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