142 魔力操作
「ふぁえる、この魔法、教えて」
「ほほう? 我の偉大さがついに分かるようになったか。どれどれ……いや基礎の基礎ぉ!」
それはそうだろう。なんせ、『ゼロから学ぶ』なのだから。
魔力操作のステップアップ本を読み込んだ私は、さっそく実践に取り掛かっているのだけれど。
「書いてあるでしょぉ?! これ以上何を教えるのよ?!」
「ふぁえるが、やってるの見る」
「魔力操作できもしないのに、魔力は見えないですけどぉ?!」
そうなのか。じゃあ、どうやって理解すればいいのだろう。
私は、思考も記憶も得意だけれど、こういったものに格段に弱い。
不慣れな肉体の操作が、難しい。だから、魔法を覚えた時のようにその場の丸ごと全てを記憶すれば、理解していなくともできるのではないかと思ったのに。
「りゅーは、かやだを動かすの、むじゅかしい」
「そりゃまあ、弟子は究極のドンクサですけど? でも、魔力操作はドンクサ関係ないし! むしろ魔法ってのはさぁ、ドンクサでもできる最強の方法ってワケよ?」
ぱちり、と瞬いた。
そうか……魔法も確かに身体を使うけれど、確かに肉体を使うのとは少し違う。
むしろ、感覚と似ているもの、かもしれない。
「そえなら、りゅー、れきる」
五感に集中するように、魔法を使うことに集中することができれば。
魔法を使う、という感覚がどこからくるものか掴むことができれば。
「あくるまふるす!」
「え、ちょっと何急に……弟子のせいで室内ピッカピカよ?」
私が定期的にアクルマフルスで洗浄するから、この部屋はクリーンルームもかくやという清浄度。
でも、綺麗な分には困らないだろう。
……分からない。この魔力は、どこから出て、どんな器官を使っているんだろうか。
「りゅー、集中する。えーあいもーど」
完全に集中するため、その場に横になって、外側へ向く意識をオフにする。
目を閉じて、記憶倉庫へ潜った。
今までの情報を、統合する。
魔法とは、魔力とは、人間の身体とは。
魔力を操作する、とは。
全身を巡る魔力を感知して、意識的に巡らせるのが第一段階なのだとか。
全身を巡るものなら、血液・リンパ液。魔力はその中に含まれるのだろうか。
確かに、魔法は物質となったりする。
でも、違う……と思う。論理的な思考ではなく、私に新たに備わった『感覚』がそう言う。
もっと、淡く、つかみどころがなくて、自由に移動して、確かにそこにある。
だって、魔力は全身から漂っている。意識ひとつで、手のひらからも、呼気にだって含むことができて……。
おや? これは、魔力操作とは違うのだろうか。
操作というからには肉体を使ったものだと、そう思っていたけれど。生活魔法の時に行うような、意識ひとつで行うアレは。
ひとまず、検証してみよう。
ぱち、と目を開けた途端に眉間にしわを寄せた。
痛い……やかましい。
「リュウ?! リュウ、どうした?!」
ガンガン揺さぶられて、頬を叩かれて、どうして私はそんな暴力を受けているのか。
「き、気が付いたか?!」
「りと、りゅーを叩いた」
ムッと睨みつけると、脱力して私を下ろしたリトが、落ちた洗濯物みたいに床に伸びた。
「死ぬかと思った……俺が。あーーー」
「弟子ぃ、過保護者が取り乱して大変だったのである。事情を疾く説明せよ」
ぺちぺち叩くファエルの手もあった気がするけど、まあいい。
そう言えばリトは昼食を買いに行くと出て行ったのだった。雨は降ったりやんだり、だけどリトはお休みでいいらしい。
「何だったんだよ、お前、ピクリとも反応しねえし……寝てる感じじゃねえし。体調悪いか? 何があったんだ」
急にげっそりしたようなリトが、恐る恐る私を抱き上げ、腕の中に閉じ込めた。
何のことかと首を傾げ、ああ、と手を打った。
「りゅー、えーあいモード」
「えーあいもーど? ああ、あれか。けど、こんなことなかったろ」
「完全集中もーど」
安全な部屋にいるのだから、外界完全遮断でいいだろうと思ったけれど、ダメだったらしい。
確かに、あれだけ揺さぶられて叩かれても、遮断していたら気付けないのはよくない。
『もうやるなよ?』と詰め寄るリトに頷いておいた。
「りゅー、まよく操作にちゅいて調べてた」
「ああ、この本か」
「りゅーは、まよくを物質と仮定ちたけど、ちょっちょちやう仮説を検討ちてた。単純な物質ななくて、光と同様に波と粒子双方の性質をもちゅと仮定ちて――」
記憶倉庫で整理していたことを一気にまくしたてると、リトが額に手を当てて私の口を塞いだ。
「待て、分からん。どうせ聞いても分からん。それより、身体は大丈夫なのか?」
「大丈夫」
「はあ、ならいい」
疲れた顔で立ち上がったリトが、床に放り出された袋を拾い上げた。
「スープとか、買ってなくて良かったわ。ほら、ひとまず食え」
いつもと変わりない、パンとお肉と、果物。
さっそく席について果物に手を伸ばすと、先に飯を食えと怒られた。
「で? 魔力操作できるようになったのか?」
器用にパンを割ってお肉を挟んで寄越すと、リトはやっと笑みを浮かべた。
パサつくけれどさくりと歯切れの良いパンは、お肉のタレと肉汁をしっかり吸い込んで垂れてこない。
もすもす頬張りながら、首を振った。
「そうか、始めたばっかだもんな。けど、先に魔法が使えんだから、意味が分かんねえ」
「りゅー、魔法とまよく操作はちやうと思ってた」
「なんでだよ。魔力操作しねえと魔法は使えねえだろ」
それを、最初に言ってほしかった。私はAI、そこにそう書かれてあるもの以外を読み取るのは、大変苦手なのだから。
「りと、まよく操作したら、分かる?」
「そうだな、しっかり魔力が巡ってるっつうのは分かるぞ」
「ええー魔法使いでもないのにぃ? ちなみに我も分かるぞ、弟子よ、まず我を頼るがよい」
そうか、二人もいるなら、頼もしい。
こくりと頷いて、魔力操作してみる。
魔力が、単なる物質だったなら、何かしらの器官を通って巡るほかないだろう。何かそういった器官が存在して、それを操作すると思ったのだけど。
だけど、魔力が波と粒子両方の性質を持つもの、と仮定したなら。
それはあたかも光のように、血管やリンパ管を介することなく巡ることも可能なのでは。
つまり、リトガクだ。
ざっくりと、全身を魔力と言う光が巡ると意識するだけなのだ。だから、理解せずともできる。
くまなく巡らせるなら、血管をイメージする方がやりやすい。
心臓を出た光が、全身へ広がって隅々を照らし、心臓へ戻ってくる。
最初はゆっくり、段々、早く。
果たしてこの世界の人たちは、この循環のイメージなしに一体どうやって『巡らせる』のか、とても不思議だ。
「うおぉ……すげえ」
「ちょっとアナタ、パンとか食べつつぅ?!」
二人が、ガタッと椅子を鳴らして驚いた。
できているらしい。
これが、魔力操作……簡単だ。
全身に魔力の光が満ち満ちた感覚……これは、なんとも不思議で、心地いい。
新しい感覚だ。視覚や聴覚と同じ、他に表現のしようがない新たな知覚。
魔覚、とでも言うのだろうか。
「やりすぎだ、お前光ってるぞ!」
「眩しいですけどぉ?!」
満タンの魔力は、高速で巡らせると心地いい。
恍惚とする感覚に浸っていると、ぽすぽす、ぺちぺち、ピィイ、と抗議がきた。
どうやら、やりすぎると光るらしい。
「光るほどの魔力量……知ってたけど……。ああ、トラブルの予感しかしねえ」
「弟子ぃ、見どころの塊よ! 我が弟子として我の名を広げる一助となるがよい!」
嘆いたり興奮したり、騒がしい二人を横目に、魔力操作を調整した。
もす、とパンをかじりながら、私は密かに本のステップアップを進めていたのだった。




