132 ファエル講座
「ふぁえる、『あくるまふるす』教えて」
「ええ~、だって弟子はニンゲンでしょ、我のはルミナスプの魔法よ?」
昼食を終え、さっそく面倒そうなファエルに迫った。
ルミナスプの魔法だろうが、人の魔法だろうが、魔物の魔法だろうが、そう違いがあるのだろうか。
魔物の魔法は、どうなっているのかを教えてもらえないから難しい。それは、分かる。
魔石、という魔力結晶を体内に持っているのが特徴らしいので、そもそも魔法の使い方が違うかもしれない。
「でも、るみなぷしゅは、魔物なない」
「当たり前でしょ! もっと聖なるくくりにしてくれますぅ?! せめて妖精でしょ」
「『人』なない?」
「我が弟子は深遠なる問いかけをしますねえ~。それは、捉えようによるといいますかぁ、魔物か人か動植物か、みたいなくくりで言えば人、間違いなく人! でもさあ~大雑把すぎるでしょ」
大雑把だろうか。もっと細かく分けてしまったら、もしかしたら私が『人』の枠から外されてしまうかもしれない。AIは、人ではないと言われるかもしれないから。
「しゅくなくとも、共通言語で意思そちゅうが図れる。魔法の概念もおおむね同じ」
「まー、そりゃね、体系的に見ると根っこは同じであろうよ」
私が真剣なのを見て取って、コホン、と咳払いしたファエルが腕組みをした。
「よろしい、不肖の弟子がため、我が直々に教鞭をとってしんぜよう」
「よよちくお願いしまちゅ!」
サッと膝を抱えて『よく聞く姿勢』をとると、ファエルが膝の上に降り立った。
「まず、魔法というのは概ね2種類ありましてぇ――」
2種類?! 驚いた私に気を良くして、ファエルがうむ、と頷いてみせる。
「我らが使う、文字を介する確定的で強力無比な魔法。そして、魔物が使う魔力任せのふんわりした魔法。つまり、高度なる人の魔法と、原始的な魔物の魔法――と、言いたいとこでいくつか例外がいるわけ。まあ……ニンゲンは両方使っておるねえ。ほら、アレよ。主もやっておった生活魔法、アレ系」
そうなのか……! なるほど、あれは確かにそう言えるのかもしれない。感覚的に、と言えばまさにリトだ。理論など皆無で使える魔法。もしかして、リトが魔法を使えないのは、そちらの相性が悪いのでは。
ということは、私は理論を使う方が抜群に相性がいいのでは?
逸る気持ちを抑えて、ぐっと身を乗り出して集中する。
「あと、ソレよ、ドラゴン系の超絶強力魔法」
「まよくが、多いからなない?」
「それがそうとも言えないのが不可思議なとこよ! あやつら、ぱーっと魔法陣浮かべちゃうわけ。」
魔法陣を……? 私の知識の中のドラゴンとは、西洋竜タイプで、恐竜のような見た目をしていて……。
でも、ファエルだってこの見た目で文字を書くし読むのだ。
ドラゴンだって、ちまちま文字を書いたりするのかもしれない。
「どやごん、しゅごい」
「いやいや反則も反則よ! あの図体で文字なんか書けないでしょっつうの!! なんっで魔法陣描いちゃうわけ?!」
「書けない?」
「書けるわけないでしょぉ! あんな凶暴な手で!」
ファエルは、ドラゴンに恨みでもあるんだろうか。
「ファエル、会ったことある?」
「あるわけないでしょ! 瞬殺よ!! あのね、ルミナスプとドラゴンは結構敵対関係なわけ。あんな文明破壊の権化、嫌いに決まってんよ! へっへ、随分数が減ったみたいでざまあー!!」
あくどい笑みを浮かべているけれど、数が減ったのは多分、ルミナスプもそう。
ドラゴンは1匹居れば超災害級だけど、ルミナスプは居てもあまり目立たないから、むしろルミナスプの方が人の中では存在が消えていると思う。
「りゅーも、どやごん。りゅーのままえ、どやごん」
「はーん、ま、ニンゲンはアレでしょ、強いモンの名前をつけたがるしぃ。ルミナスプから取った名前にすれば、もっとかわいくて天才な存在になったかもしれないのにぃ」
「りゅー、どやごんの方が良い」
「辛辣ぅ!!」
それはいいのだ。早く話を進めてほしい。
なぜドラゴンは魔法陣を使えるのだろうか。もしや、ドラゴンは言葉を使えないから……?
「世の理を記した有名な古語にこうある。字と詞と呪。此、皆同じ理に通ずるものなり。字を解し、詞を操り、呪をもって成せ。然れば、現に結実せん。つまり――」
「るみなぷしゅと人は主に言葉をちゅかうけど、どやごんは文字をちゅかう……。でも、人の魔法陣は文字と言葉を両方ちゅかう……らかや、強力で、特殊という可能性……」
「どうして一発理解ぃい?!」
がくり、と項垂れたファエルを放置して、今得た純然たる宝の知識を反芻する。
文字による魔法陣と、言葉による詠唱。
これを両方組み合わせて使っていたのが古の魔法なら。
「魔法陣、練習する……!!」
そうすれば私は、ドラゴンに匹敵できる魔法を会得できるかもしれない。
もし、もしドラゴンに遭遇する機会があれば。その時点で私が古代文字を読めるようになっていれば。
ドラゴンの魔法を、魔法陣に興すことが出来れば。
「りゅー、どやごんに、なれる……!!」
「いやいやいや、あのねえ、あやつらの魔法は、莫大な反則魔力があってこそよ? しかもアレ、天災級よ? あんな魔法、使えても使えないって」
それは、確かに? 万が一使えても、むしろドラゴンと戦う時くらいしか使う場面はない気もする。
天災級の破壊魔法より、ファエルの洗浄魔法の方がよほど有用。
「ちゅづき、教えて」
「理解できたようだな弟子よ! 我の偉大さを!!」
「魔法、言葉でちゅかう方法」
まずは、そこから。そうでないと人の魔法陣も使えない。
「弟子はさっき、ルミナスプは言葉を使うって言ったけどぉ、それだけじゃないワケ。ルミナスプはもちろん文字を扱えるんでー、『字を解し』その上で言葉を使っているわけよ」
その割にファエルの魔法がショボいのはなぜなんだろうか。
そうか、魔力がなければ発動はままならない、ということかもしれない。と思ったけれど、長くなりそうなので口を閉じておいた。
「魔法陣にしてもー、詠唱にしてもー、字と詞に呪を乗せることが発動の鍵になるわけでー。ま、練習あるのみってやつぅ?」
「そえを、おちえて」
「そう言われましても……我ら、割りと感覚的に使えますし?」
肝心なところで、役に立たない……!!
リトもそうだ。魔法の訓練の時、役に立たなかった。
「ちょっとその目! 我がこんな懇切丁寧に指導しているっていうのに!」
「じゃあ、あくるまふるす練習する。おちえて」
「ま、いいでしょ。簡単だし。まず、理解すべき字として『水よ流れ、そして清めよ』という意味ね。正しくその言葉と意味を脳裏に描くことが大事よ? で、魔力を必要な量、言葉に乗せる」
……本当に、役に立たない!
だけど、私は感覚的な魔法をすでに使える。
魔力というものを使っているのだから、魔力を感覚として掴むことができればいいのかもしれない。
そうだ、火吹き。あれは、肺から吐き出す音のない息。
火の代わりに、言葉を。
「『あくるまふるす』!」
「全然~! ま、練習することよ」
練習か。それなら、私の得意分野。
アクルマフルスなら、もし発動しても綺麗になるだけ。
さあ、声が枯れるが先か、魔法を覚えるが先か。
私は、自分の口角がぐっと上がるのを感じていた。




