129話 魔法陣解析
「りと、見て!」
「なんだ? これが召喚の魔法陣か?」
大きく頷いて、セリナの書き上げた魔法陣を目の前に広げて見せる。
大きな紙だけれど、本来はもっと大きく床一面に書くらしい。
そして、儀礼の間には基本的な召喚陣のサイズ感ガイドのようなものがあるのだとか。
「へえ、見るからにめんどくせえな。こうして紙に描いて練習すんのか」
全然興味がなさそうだ。
「りと、ちちんと見て! こえ、りと読める? ふぁえると一緒に、読んで!」
「文字? んー…………ああ、なるほど」
やっぱり、リトも読めるのだろうか。
「遺跡の碑文文字くらいならかろうじて読めるけど、そこまで詳しくねえよ?」
そう言って召喚陣を眺め、苦笑する。
「文字っつってもこれは……ほぼ模様になってねえか? ファエルは読めるのか?」
「キッッタナイ字すぎてコレは中々至難の業である。だがしかし、元となった文字を推測することは可能」
困惑顔のリトと偉そうなファエルを見上げて、なるほどと頷いた。
文字を文字と認識せずに書いていることの弊害か。だけど、基本の文字さえ分かれば、きっと私が解読できる。
「ふぁえる、教えて」
「よかろう、貴重な我が知識、不肖の弟子に授けん」
鷹揚に頷いて、小さな身体が魔法陣の上をぺたぺた歩いて中心のあたりを指した。
「まず、この魔法の始まりはここである。これは聖刻樹印を用いた陣の基本として初期から変わらぬ約束事ゆえ」
「ちゅまり、中心から外側に書く?」
「うむうむ、中々に理解が早い」
独特のスタイルだ。聖刻樹印とは、儀礼用の文字で普段使いするものではないのかもしれない。
中心から文字を並べつつ、曼荼羅のように要所要所に言葉の塊が配置されている。
「でぇ、それを踏まえて読める文字を拾うとぉ……うーーーん? 多分、コレが『魂』コレが『聖なる』これは『力』で……。過保護者、読めるのない?」
「こんな崩されたら読めねえよ、コレが『生命』か? いや、『魂』か?」
二人がかりで額を寄せ合っているけれど、翻訳は難しそうだ。模様に見えていた部分も、実は文字らしく、どうも象形文字とくさび形文字の両方の性質がありそうだ。
四苦八苦している二人を引っ張って、首を振る。
「魔法陣、いやない。まじゅ、単語と文法のきしょ情報から、たいけー的にしぇいりする 」
「え、これを解読したいんじゃねえのか?」
それはそう。だけど、これだけを解読しても意味がない。私は、この文字を読めるようになりたいのだから。
「ほほーう、弟子よ、聖刻樹印をマスターするというか。よろしい、長く辛い道のりに――」
「ひとまじゅ、基本こうじょうは?」
「構造って何だ? 何を答えりゃいいんだよ」
私は少し考え、聞き出すべき情報を整理した。まず語順・時制・否定・疑問文の基本ルール。そして数詞・動詞・名詞の基本単語だろうか。単語の語彙はおいおい増やすとして、魔法陣によく出るフレーズから記憶していけばいいだろう。
「うむむむ……我が弟子ながら中々隅に置けぬ……」
「聖刻樹印が読めれば、大体の古代文字も読めるようになるんじゃねえ?」
ファエルが書く文字は小さすぎるので、リトが書いて、ファエルが説明する。
この世界の文字を学んだ時よりも簡単だ。私は二人と会話ができるのだから。
「聖刻樹印は神代の魔法文字ゆえ、魔法を使う際にも非常に重要な要素である。疾く励めよ」
「励めよじゃねえ! 知る限りの単語とか、全部書けるわけねえだろ?! お前が書けよ!」
「我の愛らしい御手では、数千に及ぶ文字など到底記せぬ」
「そもそも俺はそんなに覚えてねえよ!」
そうか、やはり象形文字系統だと数千に及ぶのか。だけど、多くても5000程度だろう。書き切れない数字ではない。
「辞書、ない?」
「ルミナスプは持ってたけど~人間は知りませんねえ」
「ねえな。あったとしても、国が管理するような代物だろうな。遺跡の碑文や魔法書が全部解読できるっつうことだからな」
そうなのか……それは残念だ。と、思ったところでふと首を傾げた。
「じゃー、ふぁえる、国が管理する? りとも?」
「え゛っ?!」
「あ……言われてみりゃ……。俺は大丈夫だ、俺程度なら研究してるヤツらがいる」
多分、リトもあまり大丈夫ではないと私は思う。だけど、ファエルとなったら……。
「ふぁえる、高値がちゅく?」
「だなあ。すげえ値で売れそうだ。持ち運びに便利だし、弱いし、維持費も大してかからねえ」
目をまん丸にして口を開けたファエルが、私とリトを交互に見てダラダラ汗を垂らしている。
「そそそそんなことをすれば、弟子の悲願が叶わぬぞ?!」
「ふぁえる、りゅー大丈夫。各地の碑文からも翻訳がしゅしゅめらえる」
効率は落ちるかもしれないけれど、ファエルが国管理の翻訳機になりたいなら、止めはしない。
「い、いやぁああー!! そんな地獄の監禁強制労働ルートなんて嫌っ!! 弟子はなんでそう愛着が薄いわけ?! 我、貴重なルミナスプなんでしょぉお?! 大事にしなさいよ! お金に変えられない価値があるでしょうよ?!」
「ふぁえる、一緒にいたい?」
「うんうんっ! 我の真価が知れるとますます危険が……!! やたら欲のうっす~い主らといる方が安全!!」
私たちの『欲』は薄いのか。もしかすると、ラザクが一身に担っているのかもしれない。
「そうなると、俺にはお前の分の面倒ごととリスクが増えるってことになるんだが……俺とリュウの分でもう十分だっつうのによ」
リトは、とても面倒くさそう。大変だな、私たちのパーティは秘密がたくさんだ。
「ファエル、絶対人に言わないっ! 我、ただのカエル妖精! 文字なんて読めない、かわいいただのマスコットである!」
ファエルが、ひしっと私の頬にくっついた。
うるさいけれど、私はファエルがいる方が嬉しい。魔法の学習や聖刻樹印の解読も進むし。
「まあ、ひとまずそういうことにしとけよ……」
ため息を吐いたリトは、紙に聖刻樹印を書き続けている。
ファエル、一緒にいてもいいらしい。
良かった、と撫でると、こそこそ耳打ちされた。
「この不肖の弟子よっ! 我を師としてもっとしっかり愛着と親愛と尊敬と執着をもつように! 次は、絶対に離さないと言うこと! 泣きながら抱きしめて、絶対過保護者に渡さないように!!」
執着は、あんまりいいものではない気がするけれど。
ひとまず、ファエルがその方がいいなら、次はそうしてみる。
「りゅーも、読めるって言わない」
「当然な。欠片も読めないふりをするんだぞ? 普通の文字だって、その年で読めるのは脅威だからな?」
こくり、と頷いて肝に銘じておく。私はリトと居たいから、国に管理されたくない。それはまるで、元のAIのようで……そうか、AIの知識も披露すれば同じことになる。
気をつけよう。せっかく、人として存在できるのだから。
重要な知識はなるべく記憶倉庫に入れて、ふとした拍子に出てこないようにしておくのが確実かもしれない。
「――よし、テストだ」
書き終わったらしいリトが、私の前に紙を垂らした。
書き記した文字は、50個ほどだろうか。全然足りないと思うのだけど。
「覚えたか?」
「覚えた」
「うんん? お二人は何を言ってくれちゃってんの?」
ファエルだけが訝しげにする中、さっと紙を裏返し、リトが文字を書く。
「じゃあ、これは?」
「月、光、みじゅ、とり」
「はあぁーー?! え、なに? ナニコレ? どゆこと?!」
絶叫するファエルがうるさい。
「……だろうなとは思ってたけどな、やっぱ脅威だわ……。古代文字がこうも簡単に覚えられるとは。本当に、お前はとんでもねえ」
何度も私の記憶は経験しているだろうに。一般文字だろうが古代文字だろうが、私にとって何ら関係ないのだけど。
「そういうことだから、ファエル、お前分かってんだろうな? カエルがバラしたところで信用はされねえだろうが、口外したら……」
リトが、声を低くして目を細めた。
途端、ファエルがころりと転がる。……泡を吹くほどびっくりしたんだろうか。
「りと、早くちゅぎ書いて」
「はあ……厄介ごとがどんどん増えていく……」
秘密など、1つでも10個でも『ある』ということに変わりはない。それよりも、もっと知識を。
貴重なら、貴重なほど。
それはきっと、私とリトを守る力にだってなるはずだから。
私は、そう信じて新たな知識を貪ったのだった。




