127話 後始末
「ヒイィィイイイ……ッ!」
耳元で風が鳴る音、ではなかった。妙な音は、ファエルの口から出ているらしい。
遙か樹上から音もなく飛び降りたリトは、途中で幹を蹴って、垂直から水平移動に変わった。
私の髪は真上に引っ張られたかと思えば、ぐんと顔を包み込んで乱れる。
もう上下左右も分からない。私の手では掴まってもいられないけれど、大丈夫。リトの手ががっちり私を抱えている。
激しい移動の切り替えで、飛んでいったよだれがいっぱいリトの服についたなと思った時。
健闘をたたえ合う4人の背後に、忍び寄る魔物を見つけた。どこから……そうか、巣穴に残っていたのか。
地面に到達したリトの足が即座に地を蹴るのと、彼らがリトに気付くのと、魔物が飛びかかるのが、ほぼ同時。
「ギャンッ」
「!! リトさん?!」
驚きに見開かれた彼らの目が捉えたのは、恐らく魔物がリトに蹴り飛ばされた瞬間。
「りと、剣は?」
「危ねえだろ」
危ない、とは。ああ、私が危ない? リトのリスク管理はよく分からない。
驚愕から安堵の表情に変わった彼らの目が、もう一度見開かれた。
リトがぐるっと身体を回転させて、さらにもう一頭を蹴り飛ばしたから。まともに回し蹴りを食らった魔物が、ものすごい勢いで木にぶつかって、そのまま動かなくなる。
散々かき乱された髪が、やっとふわりと私の頭を覆った。
ペンタが、ピィピィ抗議の声を上げている。
「おわり?」
「そうだな。これで終わりだ」
にっと笑ったリトが私の前に大きな拳を見せた。思わず、きゅっと口角が上がる。
こつんと拳で乾杯して、私はによによ抑えられない笑みを浮かべたのだった。
しばし空白の時間を経て、奇声を発したミッチを皮切りに他の皆も再起動した。
興奮したミッチが、大変うるさい。
「素手って! リトさん、素手!! 俺、俺正直ここまで実力離れてると思ってなくて!」
「本当に助かりました! なんでBランクなんですか? 明らかにもっと実力ありますよね?!」
「本当~~に、ありがとうございます! そして、すみません……!!」
いつもは止めるはずの面々も詰め寄ってきているので、リトは段々後ろへ追い詰められている。
「そもそも手伝う約束で、普通に約束通りのことしかしてね――」
「普通じゃないっす」
間髪入れずに挿入されたミッチのセリフに、皆が思いきり同意した。
やっぱり、リトは普通じゃないのだな。私と同じだ。
「分かった、気持ちは受け取るから、お前らのすべきことをしてくれ」
ぐいとミッチの顔面を押しやったところで、ハッとした彼らが恥ずかしそうに迫るのを止めた。
「すみません、つい。処理と討伐部位回収します! そう言えば、リトさんの方にはフェルウルフ行きました?」
「巣の方は明らかに浮き足立ってたから、撹乱作戦は大成功でしたよ!」
「正直、子連れで心配してたんすよ! もしそっちに何頭も行ったらどうすんだって。だけど、アレ見ちゃうと……リトさんにとって、何も心配いらない作戦だったんだなって!」
囮作戦は、彼らへは陽動作戦だと伝えてある。私たちの方へ注意を引きつけておいて、彼らが急襲するということにしてあった。
「ああ、言っておいた場所に、討伐した分は置いてある」
頷いたリトに再び感謝の声を上げ、彼らはほくほく顔で今から回収に行くらしい。
一応、一カ所にまとめて置いているのだけど、本来、討伐証明として色々処理が必要なのだとか。リトはそこまで手伝わないらしい。その代わり、お金になる部位もいらないという契約だとか。
「りとは、素材いやない?」
「いらないわけじゃねえけど、俺は基本的に食う分以外の解体はしねえな。めんどくせえから」
いわゆる獲物から取れる素材、というのは冒険者の資金源のはず。じゃあどうするんだと思ったら、丸ごと持って帰って有償で解体してもらうらしい。
リトの持っている収納袋に、かなりの容量があるが故の力業だ。
「だけど、解体はいずれお前にも教えなきゃいけねえな」
呟きながら、慣れた手つきでテントを設営している。ちょうどよく拓けているので、魔物のいなくなった巣穴広場で野営するらしい。
「――リトさん……ありました。フェルウルフの遺骸16頭分……」
太陽が地平線すれすれまで落ちた頃、神妙な顔をしたミッチが、顔色の悪い3人と共に帰ってきた。
どうやら、他の魔物に持って行かれる前に発見できたらしい。ああ、と簡単に返事をするリトに、彼らは言葉少なだ。
「リトさんが引きつけてくれなかったら……どうなっていたか分かりません」
「リトさん、あなたは命の恩人です。このことは確実にギルドに伝えて――」
真摯に向けられた視線を遮るように、大きな手の平が掲げられる。
「待て待て、いらねえよ。ギルドには言わなくていい」
「な、なんで?!」
「俺は定住しねえから、ギルドからの評価が高いと逆にめんどくせえ」
当たり前のように告げたリトに、4人は何度目になろうかという呆気にとられた顔をした。
少し居心地悪そうに首をさすったリトは、話題を変えようと傍らにあった獲物を持ち上げる。
「それより、お前ら料理できねえ? 礼っつうなら、それでいい」
片手で持ち上げて見せたのは、耳が短くてツノの生えた大きいウサギ……もしくはツノが生えて後ろ脚が発達した巨大ネズミ。私の半分くらいあるから、全員で食べても大丈夫だろう。
「……は? え? リトさんそれ、いつ狩ったんすか」
「今」
端的な答えに、獲物とリトを往復していたミッチの視線が段々と輝き始め……
「やべえっす!! リトさぁん! 何なんすかーー! ハイスペックがすぎる! もうこんなん惚れるっしょ?! うおお、一生ついて行――ぶっ」
「ヤメロ」
奇声と共にリトに飛び込んで来ようとしたミッチが、がっしり顔面を掴んで止められている。
慌てた3人がミッチを引き剥がして捕獲してくれた。
「ももも申し訳ないっ!」
「と、とりあえず料理は……あのっ、スープとか焼いたり普通のでよければ!」
「この馬鹿はきちんと管理します! 他になにか、できることがあれば何なりとっ!」
勢いにのけ反っていたリトが、ふと私を見て、口を開いた。
「ああ……なら、可能な範囲で、コイツに魔法と召喚獣のことを教えてやってくれ。興味があるらしい」
ぽんと頭に手を置かれ、私は瞳を輝かせてセリナを見つめた。
「この子に……? でも、魔法を使うにはまだ年齢が……」
「いいんだ、こいつの気が済むようにしてやってくれ。別に、魔法を使えるようにしてくれってワケじゃねえから」
苦笑したリトと期待に満ちた私を見比べ、セリナは不思議そうな顔のまま何度も頷いたのだった。
「触える……」
カラスほどの大きさの猛禽は、私の小さな手を気にするでもなく、じっと動かない。
「ふふ、かわいいでしょう? これでもエアリアルファルコっていう魔物の一種なの。こうして好きに触れるのも、召喚獣のメリットかもね」
人と、馬とペンタとファエル以外の生き物を初めて触った。ああ、スライムも生き物だったろうか。
鳥の背中は、ふわふわしていた。
畳まれた翼は、撫でると思ったよりつるりとしている。
くちばしは固くて、つまむと嫌がって手を振り落とされてしまった。
足は、固いけれど温かくて、びっくりした。お腹は、ペンタに似て指がどこまでも埋まってしまい、不安になる。
大きな目が、ぱちり、ぱちりと瞬いて私を見ていた。
「かわいい……」
「ありがとう! 召喚獣っていうのは、正確には生き物ではないらしくてね、仮初めの命って言うんだって」
「かりそめ?」
どう見ても生きているのに、これが仮初め? 私は情報をひとつも逃すまいと、セリナの言葉に耳を傾けたのだった。
デジドラKindle書籍版、改稿作業進行中です!
ストーリーの大枠は変わらないけど、詳細を詰めたり追加したり、楽しく読んでいただけるよう頑張ってます!
書き下ろしも入れるつもりですが、こういう話が読みたいとかありますか~?




