126話 堅実派
「見に行くのはいいけどよ、魔法を使うかどうか分からねえぞ」
早足になったリトが、釘を刺すようにそう言って振り向いた。
「魔法ちゅかい、どうやってたかかう?」
もしかして、魔法使いは魔法以外にも戦闘方法があったのだろうか。
飛んできた小さい魔物をいとも簡単に払いのけつつ、リトは肩をすくめた。
「狼は結構素早いからな、魔法向きじゃねえ。巣穴やまとまった群れの中にぶちかますってのが定石だろ、それなら初っ端にやってるだろうからな」
そうか……確かに機敏な魔物を的にするのは難しいかもしれない。
「魔法ちゅかい……役立たず?」
落胆して呟くと、リトよりファエルが反応した。
「はああー?! この馬鹿弟子は何言ってくれちゃってんのぉ?! 魔法使い、これ戦闘の要!!」
私の目の前に飛んでくると、吸盤のある指をビシッと突きつけた。
「かまめ?」
「そう、要! 魔法使いがいなけりゃどうするわけ? 剣や弓なんて、せいぜい単体相手。どっかんやるのは、魔法使いの役目よ? チョー強力無比な遠距離戦闘員よ? 安全圏から敵をなぎ払う快感は、魔法使いだけに許された特権!!」
そうだろうか。リトは、遠距離もできる気がするけれど。ちらりとリトを見た私を察し、ファエルがぺちっと私の頬を叩いた。
「黙らっしゃい! 常識とは、規格外を除外した結果よ!」
理不尽……何も言ってないのに。
「俺は規格外っつうほどじゃねえわ! リュウの方がよっぽどだろ」
じとり、と見つめられて首を傾げる。私は、まだ何もできないのに。
「とにかくぅ、弟子は魔法の凄さってモンをもっとその目に焼き付けておくべし! ほら過保護者、疾く向かうがよい!」
「だから、魔法が見られるとは限らねえって言ってんだろ……」
ブツブツ言うリトは、道もろくにないような場所を迷わず進んでいく。そういえば、リトは現場に行ったことがないのに、場所が分かるんだろうか。
「誰でも分かるわ。音やら気配やら何やらな」
「でも、りゅー分からない」
「奇遇ですねぇ~ファエルも分かんない。あっ、でもバリバリのバキバキに魔法使えたら、索敵なんて朝飯前なのよぉ!」
呆れた視線が私たちに突き刺さる。私はともかく、ファエルも分からないのか。
「ピィ」
ふいにペンタが鳴いて、頭に手をやった。私の手に、ふわっと柔らかいペンタの手が触れる。
ああ、そうか。
「ぺんた、分かる」
「そうだな、そいつは割と感知能力高いな。うるせえカエルよりよっぽど優秀だ」
怒るファエルの顔をむんずと掴み、リトが人差し指を唇に当てて見せた。こくり、頷いて親指をたてる。
ファエルの声が聞こえなくなると、進むにつれ少しずつ異質な音が私にも聞こえ始めた。
張り上げる人の声と、魔物のうなり声、激しく草の鳴る音。
リトは方向を変えて歩みを進めたかと思うと、ひょいひょいと樹上へ飛び上がった。
ラザクのロープもなしに、跳躍で枝から枝へ飛び移ってしばし。
「ほら、見えるだろ」
潜めた声に耳元でささやかれ、目を凝らして一生懸命頷いた。
背負子を下ろしてもらった私は、リトに抱えられて身を乗り出している。
巣穴がある場所は、少し木々が拓けた広場のようになっていた。いくつか、やや盛り上がるように地面に開いた穴が巣穴だろう。
私たちは、ちょうどミッチたちの背後に陣取っている。戦闘の邪魔にならないように、と結構高い位置にいるので、戦闘の全体を見渡せる最高の鑑賞場所だ。
地面に横たわった動かない魔物は、3頭。……3頭?
随分少なくないだろうか。リトは、一瞬で7頭倒していたのに? そして、ここにはもう残り6頭しかいない。
「弟子よ……この際、常識の範囲ってモンを見ておいた方がよい」
不思議そうな顔をしていたのに気付いたか、ファエルが偉そうにそう言って私の頬をつついた。
「いくよ?!」
ケリーの鋭い声と共に、ドン、と弾ける火弾が彼らを囲む魔物の陣形に着弾した。悲鳴と共に飛びすさった魔物たちと、攻撃範囲外にいた魔物。ミッチとロガンが、火弾とほぼ同時にその範囲外の魔物へ肉薄していた。
完全に火弾の方に気を逸らせていた魔物が、泡を食って戦闘態勢を取る。
「ふんっ!」
ロガンが振り下ろした剣を躱した――途端、ギャンと悲鳴が上がった。
「っし!」
待ち構えていたミッチの剣が魔物を切り伏せ、既に剣を振り上げていたロガンが、トドメを刺す。
その隙に背に飛びかかってきた魔物が、空中で何かに弾き飛ばされた。
「OKアオ! こっちを!」
ケリーと共にその場に残っていたセリナが叫ぶと、葉っぱのような色をした大きな鳥が鳴いた。
直後、土埃が舞い上がり、ケリーたちに飛びかかろうとしていた魔物を押し返す。
「とり……?」
一度羽ばたいた鳥は、きちんとセリナの腕に戻って来る。野生でないのは確かだ。
「お、召喚できるやつがいたんだな。エアリアルファルコか」
「召喚……!」
魔法と、召喚。私が必要とするものが、ここに揃っている! セリナは剣を持っていたけれど、召喚もできるのか。
私の目は、再び弾けた火弾と召喚獣という存在に釘付けだ。
「なんつうか、手堅いパーティだな。さすがCランクってとこか」
やや退屈そうに呟いたリトが、大分傾いた日を振り仰いだ。
「りと、りゅー野営する」
「なんでだよ?! そこに町があんのにめんどくせえ。飯は?!」
「りゅー、りとのお肉でがまんする」
「我慢とか言うな! なんでわざわざ野営するんだ?」
私だって、野営よりふかふかの布団で寝たいし、真っ黒なお肉よりおいしい食事をとりたい。
だけど、時間は有限だから。
「りゅー、魔法と、召喚のこと聞く」
野営をすれば、その間はずっと一緒だろう。他にすることもない。
「あー……それでか。はあ……食材持って来てねえぞ、何か狩りゃあいつら料理できねえかな」
私の固い意思を見て取ったか、リトは早々に帰宅を諦めたよう。
「野営、する」
「分かった、分かった。せっかくだからしっかり戦闘見とけ」
ため息を吐いたリトに満足して、私は戦闘に視線を戻した。
残りあと、5……4頭になった。まだ4頭。
「見たか弟子。群れに対してこちらの人数が少ない時、分断して各個撃破を狙うのが王道よ。4人しかいないパーティで、魔法使いがどれだけ要となるか分かるであろう。群れの中に単身飛び込んで無双とか、邪道も邪道よ!」
なぜかファエルが得意げに胸を反らして腕を組む。その通りなんだろうけれど、いまいち納得できないのは、リトが簡単に倒していたからか。
だけど確かに、彼らを見ていると一人で倒すのは不可能に思えた。
必ず二人で攻撃に行くのは、一方が攻撃する間に他の個体からの攻撃を避けるため。後方からの支援もあるけれど、それでも魔物が素早いとリスクが高いのだろう。
しかも、後方の二人組だって狙われる。セリナが鳥を連れているから、なんとかなっているという感じだ。その代わり、彼らはほとんど怪我をしていない。これが『手堅い』ということだろう。
魔法のダメージも徐々に蓄積され、3頭になってからは早かった。ミッチ・セリナ・ロガンが同時に攻撃に転じて、各々が一頭を仕留める。
油断なく杖を構えていたケリーがふうと肩の力を抜いて歩み寄り、4人が笑みを浮かべて拳を合わせるのが見えた。
「りゅーたち、勝った」
安堵と、誇らしい気分でリトを見上げると、彼はちょっと肩をすくめた。
「詰めが甘え。まあ、あいつらで対応はできるだろうけど……」
言いながら立ち上がると、私を抱えたまま飛び降りた。




