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125話 安全か安全でないか

フェルウルフというのは、思ったよりも大きいのだな。

私は樹上で足をぶらぶらさせながら、飛びつこうと躍起になっている魔物を眺めていた。

命綱までつけられて太い枝に腰掛けた私は、彼らには極上のプリンにでも見えるのだろうか。

最初3頭だったフェルウルフは、どうやら仲間を呼んだらしい。もうすぐ10頭だろうか、いつの間にか数が増えている。

一見、赤い目に体毛の黒い大型の狼。地球の狼より耳が小さくて爪が長く、筋肉質だ。前足が発達しているところを見るに、案外猫のように前足を使った攻撃もするのかもしれない。

中々身体能力の高い狼型の魔物は、助走を付けて幹を駆け上がるという方法を思いついたらしく、段々私の足との距離が縮まってきている気がする。


「ひいいい! 弟子、弟子、足を引っ込めよ! ひいっ!」

私の足を狙った顎がばくんと閉じるたび、ファエルが悲鳴をあげた。

だけど、足を引っ込めるとバランスを取るのが難しい。

命綱はあるけれど、落ちるのはリスクが高い。別に、噛まれるまでは痛くないのだから、引っ込める必要はないと思う。動くなと言われたし。

方々で遠吠えが聞こえ、集まった魔物が10を超えた。

リトは、まだだろうか。

そろそろ腰掛ける尻が痛くなってもぞもぞ身じろぎしていたとき、それは起こった。


性懲りもなく飛びつく狼たちが、わずかな確率を掴み取ろうとしていた。

単純な繰り返しの果てに、万分の一の確率が、千分の一に、そして百分の一に近づいていく。

それは、ただの偶然。

偶然、2頭同時に飛びついた狼たちが途中で接触した。

その瞬間、偶然1頭が仲間の身体を蹴った。

そして――必然的に狼の顎は、私の足を射程に収めていた。


◇◆◇


「――本当に、大丈夫だろうな?」

しつこい。リトは、いつもしつこい。

うんざりと頷いて、繋いだ手の先を見上げた。

「りゅー、何もしない。大丈夫なないのは、りと」

「俺だけなら、そうそう大丈夫じゃねえ事態になるかよ」

言いながら私を抱き上げたリトは、ひょいと頭上の枝に飛びついて、私を乗せた。

「絶対、そこから動くなよ。いいか、絶対っつうのは、何があってもってことだ」

ふむ、リトはどうやら言葉の定義付けを覚えたらしい。

ひとまず、動こうにも私はこの高さから下りられないし、上れない。


「落ちたら?」

「お、落ちるなよ?! 絶対だぞ?」

そんなことを言われても。

不服そうな私に不安を感じたか、リトは上の枝と私の身体を紐で結んだ。

これなら安心だ。頷いた私をじっと見つめ、多分また『大丈夫か』と言おうとした口が閉じられた。

「感づかれたな」

「じゃあ、ばいばい」

「お前は、本当に……! 分かった、行くけど、絶対――」

うんうんと適当に流して大きな身体を押しやると、リトは渋々枝から飛び降りた。

途端に、私の目ではその姿が確認できなくなる。気配を消すと、探せなくなるのはどうしてなんだろう。


「わ、我、早まったか……いや、樹上のこっちの方が安全に決まって……いや、でも実力者についている方がむしろ……?」

さっきからファエルがずっとブツブツ言っている。ペンタは、こんなに落ち着いているのに。

「作戦、決行」

私はやがて見えてくるだろう魔物を探して、目を凝らしたのだった。


◇◆◇


魔物は、本当に大きい。こんなに飛び上がられてしまっては、足を引っ込めようが引っ込めまいが同じ事だな、とぼんやり考えて赤い瞳と視線を合わせた。

うるさかったファエルが、息を呑んだのが分かる。こういうときに限って、悲鳴は出ないらしい。

空中で身を捻った魔物が、大きな顎でがぶりと私の足を――

「ギャンッ」

魔物の唾液が服についたのでは、と感じた刹那、魔物が弾かれるように落ちた。

重い音を響かせて地面に打ち付けられたその身体は、わずかにもがいて動かなくなった。

その眉間に深々と刺さったナイフを認めて、樹上を見上げる。


「りと」

そんなところにいたのか。いつの間に。

ガサガサ音をたてて近くの枝まで下りてきたリトが、私の命綱を解いて抱き上げた。

「俺が死んじまうわ……こんな作戦、もう絶対やらねー!!」

ぎゅうぎゅう抱きしめるリトが、動かない。

「りと、まもも逃げる。早く」

せっかく集めたのに、もったいない。

ぺちぺち叩くと、長い長いため息とともに、硬く締まった腕が解かれた。


「動じねえにもほどがあるんだよ! 今、お前死にそうだったろ!」

「りゅー、死にそうない。りとがいる」

現に、安全だったと思うのだけれど。

「そうだけどよ……」

ぶつくさ言うリトが、私を背負子に乗せた。ここに置いておくより背負っていた方がいいと判断したらしい。

警戒する魔物たちは、リトを認めて飛びつかなくなったものの、それでもまだ逃げずにこちらを睨み上げている。

「10頭以上いるな。十分だろ……いくぞ?」

私はサッと片手の親指を上げて、「いいぞ」をやってみせた。

ふっと笑ったリトが、片手に剣を抜いて飛び降りる。


着地するかしないかのうちに飛びかかってきた数匹が、一太刀でまとめて切り払われた。

屈んだと同時に、さっきのナイフを魔物の眉間から抜き取って左手に。

飛びついた一頭を長剣で受けざま地面へ叩き付け、間を縫うように襲いかかる一頭を左手で一閃。

返した長剣で別の一匹を切り上げる。

あっという間だ。

本当にあっという間。戦闘不能になった魔物は、もう7頭。

リトを囲んで牙を剥く魔物の耳はぺたりと伏せられ、尾が、腰が下がっている。

「討伐依頼だ、悪いな」

呟いたリトが、今度は先制した。


「――ギャンッ」

文字通り尻尾を巻いて逃げていった最後の一頭が、リトの投げたナイフでもんどりうって転がった。

「結局、何頭いた?」

「じゅうろく」

即答した私に苦笑して、リトは剣を納める。

「集めすぎたな……俺らの方が数多いじゃねえか」

「りゅーの作戦、うまくいった」

相棒として作戦を決行させたかいがあるというものだ。きちんと役に立った満足感が私の機嫌を持ち上げて、血なまぐさい草原の中でによによ笑みが浮かぶ。


今回は助っ人として、ある程度の魔物を引き受けると言うから、私を餌に群れを分断させる作戦だった。そのために、わざわざ草原を歩いてあの木まで行ったのだ。

鼻のいい狼型の魔物なら、すぐにやってくるだろうと。

リトがいれば危険もないのだから、とても効率が良い。リトは大変に嫌がるけれど、今後も使わない手はないと思っている。


巣に残る魔物は、ミッチたちのパーティが担当しているはず。

この分だと、彼らの担当分は10頭に満たなかったのでは。

「あいつらは、まだか」

位置の下がった太陽を見上げ、ため息を吐いたリトは、ゆっくり巣の方へ歩き出した。

はたと気がついた。まだ、ということは、まだ戦闘中ということで……。

「りと、早く! りゅー、見たい」

「何を? 魔物ならさっきいっぱい見ただろ」

ことさらのんびり歩くリトにしびれを切らし、背負子を下りようとして止められた。

「まほう!」

「あー、魔法使いもいたな。確かに、見る機会はあんまねえな」

こくこく頷く必死の形相に苦笑して、リトは歩く速度をぐんと速めたのだった。

確率の表現難し……1回の試行の成功確率は固定で、試行回数が増えることで「1回以上成功する可能性」が上がるということで……まあ、雰囲気で!!!




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