前世の兄の研究所はワクワクするものがいっぱい
部屋に戻り午後から市井を見て回りたいと言うと、反乱軍が何時襲ってくるか分からないからと城から出して貰えなかった。
「前世の実家を見に行きたかったな」
「もう家族は居ないんだろう……止めとけ」
「そうっすよ。お嬢の悲しむ顔は見たくないっす」
さっきの会話の途中、前世の家族の最期をきいて無意識に悲しい顔をしたのかもしれない。悲しくないと言えば噓になるけど、王家への恨みが強くなっただけで故人を偲ぶ余裕はない。
「私を誰だと思ってんの? ひ弱で大人しいお嬢さまじゃないのよ」
「「知ってる」」
物心ついた頃から喧嘩や怒声は日常茶飯事。剣道と合気道は段持ち。多少の殴り合いなら負ける気がしない。
「じゃあ、こっそり抜け出しちゃう?」
「前世の記憶だと見付かる率高いわね」
「僕たちも何かしらの能力が使えればいいのにね」
「そんな都合の良いことある訳ねぇだろ」
「イケメンにな~れ!」
ボンッ! と言う音と共にキラキラとした粒子が舞い、それが消えるとスラリとした司が姿を現した。
「噓……」
「マジか……」
「異世界転移特典……すか?」
「キャーー! 見ないでーー!」
細くなった分、服がダボダボでズボンが落ちてしまっていたが……。
「俺らも使えるのか?」
「試してみるっす」
その後色々試してみたら、念力、透視、隠密、瞬間移動、治癒、変身が出来ることが分かった。おそらくこの能力は私と同じで神力。
「よし! 抜け出そう」
「その前に僕にお礼言ってよ! 実験台になったんだから!」
「サンキュー」
「軽っ! 死ぬほど大変だったんだよ? だからお礼は莉奈ちんの口づけ希望!」
「咲夜、能力で息の根を止められるか実験を始めようか」
「了解っす」
「止めてよ! ホント冗談も通じないんだから!」
目の前に広がる廃墟と化したロッサム侯爵邸。
頑丈だった門は壊され鉄の柵は錆びて折曲がり、季節毎に違う色合いを見せていた庭園は朽ち果て、邸宅は雨風に晒されたのか民衆の襲撃を受けたのか倒壊していた。
「見る影も無いわね……」
確か二十歳くらいまでここで暮らしていたと思う。母は早くに死別し父や兄はほとんど居なかった邸だ、家族の思い出もほとんど無い。
「そう言えば、兄の研究所が敷地内の奥にあった筈だけど」
「行ってみるか?」
「そこもあばら家になってんじゃないっすか?」
「そうね……本人もこの世に居ないしね」
雑草の生い茂る小道を抜けるとドーム型の研究所が見えてきた。少し外壁が薄汚れてはいるが朽ち果てず残っていたようだ。もしかしたら兄が何らかの魔法を掛けていたのかもしれない。
「残ってはいるけど入り口はどこだ?」
「開け~ゴマとか言うんすかね」
「ああ……確か……」
壁の一画に文字を書き込むスペースがある。そこに暗号を正確に書き込めば扉が現れて中に入れる仕組みになっていた。この装置も兄が発明したものだ。歴代の聖女が残した文献を参考にして考えた暗号だと言っていたけど……。
ん? 今なら分かる……当時は象形文字的な暗号だと思っていたけど、あれは英語だ。
[I like my brother]
ガコンと音がして扉が現れた。
「何したんだ?」
「どうやったんすか?」
「暗号を書き込んだの」
「英語っぽかったね」
「歴代の聖女が使っていた言語を引用したらしいわ。聖女たちの使っていた文字を、この世界の学者が書き留めた文献があるんだって言っていたような?」
召喚された聖女は、この世界の人と会話は出来ても文字は読めない。逆もしかりだ。言葉にすると自動で変換されて聞こえるから本来の発音は分からない。この世界のアルファベットを使って発音しても、この世界の一番近い言葉に変換されるかだ。「Hou much」が「はまち」とか「What time is it now」が「掘った芋いじくるな」みたいな所謂空耳英語のように別の意味で伝わってしまい、言葉次第では「好きです」が「顔も見たくない」と変換された例があるとかないとか。
これは異世界同士の越えてはいけないボーダーラインじゃないかと言われていた。
前世を思い出した今の私は同時通訳みたいに音声多重で聞こえてきている。あっさり超えたよボーダーライン。
「その聖女、英語圏の人だったんすね」
「私は兄弟が好きだって意味だね。仲良かったの?」
「ううん。意味は分かっていないと思うわよ? そんなキャラじゃ無かったし、兄妹仲も希薄だったし」
微妙な顔をした三人を置き去りに扉を開け中に入っていった。足を踏み入れると自動で室内灯が点き、何十年も閉ざされた空間とは思えないほど清浄な空間が広がっていた。
「変わらないわね……」
真っ白な壁には本がびっしり敷き詰められ、棚には色々な魔道具が並べてある。中央には大きな机と椅子、その真向かいにローテーブルとソファーがある。ローテーブルの上には猫の置物が置いてあった。
「わ~懐かしい」
この置物は実はキャンディーポットで、膝に乗せて背中を撫で顎を擦ると口から飴が出てくるのだ。子供の頃はキャッキャッと喜んで何回も飴を出しては兄に呆れられていた記憶がある。
「何すかそれ?」
「猫の置物か?」
私はソファーに座り猫を膝の上に置いた。背中を撫で顎を擦るとガコッと猫の口が開きオレンジ色の飴が出てきた。
「キャーー! 出たーー!」
装置が壊れていなければ中の飴は品質を保つ魔法が掛けられている筈だ。私は飴を摘まむとパクっと口に放り込んだ。
「ちょっ! お嬢! 何食べてんすか!」
「吐き出せ! 腹壊すぞ!」
「僕より食いしん坊」
「ん~美味しい~」
目を見開く三人にも飴を出して口に放り込んでやった。
「飴か?」
「そうよ。腐らない魔法が掛けられているの」
「便利な世界っすね」
前世の兄はイーサン・ロッサムと言う名前のリーナより五歳年上の不愛想な錬金術師だった。いつも魔道具の研究と開発ばかりしていて一度研究所に入ると二・三ヶ月は出てこないのはザラで半年出てこない時もあった。
真っ白なローブと銀のモノクル、いかにも研究者と言ういで立ちだった。小さい頃は構って欲しくてよく研究所に遊びに来ていたけど研究に没頭している兄に話し掛ける勇気は無く、いつも兄の後ろ姿ばかり眺めていた。
そんな私を不憫に思ったのかこの猫のキャンディーポットを買ってくれたのだ。
「置いてある本は新品みたいっすね」
「それも魔法が掛けられているのかも」
研究に没頭していた人だから擦れるくらい本を使用していた事が想像できる。きっと劣化しない為の魔法が施されている筈だ。私はその中のひとつを手に取り本を開いた。
「本当だ。一度も使った事がないみたいに綺麗ね」
「これって魔法の道具なのかな? どうやって使うの?」
「さぁ? 専門的な魔道具の使い方は分からないわ」
「分解して中を見たいっす」
「お前はいつも拳銃とか分解していたもんな」
暫く魔道具を引っ張り出して皆でワイワイ騒いでいたからその気配に全く気付かなかった。
「アタクシの研究所に勝手に入っているのは誰です? 殺しますよ?」
黒いロングコートを羽織った男が後ろで剣を突きつけていた事に。