甘酸っぱい出逢いを生温かい目で見守る
「アーシェリン。大きくなったな。お祖父ちゃんだぞ」
「気持ち悪いぞ、咲夜。アーシェリンが引いているだろうが」
「えっと……お祖父ちゃん……とは呼べませんが会えて嬉しいです」
「それならジイジって呼んでくれて良いぞ?」
「同じだろうが」
「隼人さん、さっきから煩いっす! 孫との感動の再会を邪魔しないでほしいっす」
「ハヤト様、先ほどは叔父が失礼しました」
いきなりマッチョのオッサンに抱き締められた隼人は暫く硬直していた。直ぐに咲夜と司が二人を引き剥がし「俺がジルベルだ」とローラン達に説明したのだ。
「気にするな。でもさっきのマッチョなオッサンの感触が残っていて気持ち悪いからアーシェリンで上書きさせてくれ」
「何言ってんすか? 殺すよ?」
「ああ? お前は俺に敵わねぇだろうが」
「止めなさいよ、二人共」
「だってお嬢、隼人さんが俺のアーシェリンに手を出そうとするから」
硬派な隼人は自分から異性にグイグイ行くタイプではない。いつも私を優先するから私に惚れているのかと思っていたけど「お嬢と無人島に二人だけになっても手は出さねぇよ」と言われた事がある。「お嬢は俺にとって家族のようなもの……大切な弟だ」と言われ、地に沈めてやったのは言うまでも無い。
今にして思えば、記憶と言うか魂が前世を覚えていて、無意識に前世とは真逆の人生を歩んでいる気がする。
品行方正な淑女の鑑のリーナは、傍若無人で喧嘩っ早いヤンチャ娘になった。
真面目な妻一筋の脳筋ジルベルは、頭脳明晰な女ったらしになった。
中性的で優しいリアムは、ガタイの良い硬派で暴力的な漢になった。
私たち三人が異世界で生まれ変わり出会った。そこに何かの意図か干渉があった事は疑いようがないが、私は今の人生に満足している。
「ハヤト様は聖女様の恋人ではないのですか?」
「お嬢? ないない。アイツは中身、男だから」
「お嬢、言われてるっすよ! 叩きのめしてください!」
「そうしたいんだけど……初めて見る隼人の姿に感動しているのよね」
「お嬢が止めないと誰が止めるんすか! おい、ローラン! 俺のアーシェリンが狼に食われちまう! 引き離せ!」
「さっき間違えて抱きついた手前、何も言えませんよ」
「アーリー! 可愛いひとり娘が厳つい男に持っていかれても良いのか?」
「お義父さんが亡くなった後、三姉妹になりましたよ? それにハヤト様、男前じゃないですか」
「お前ら全員、敵だーー!!」
一部(咲夜)を除いて和気あいあいと話していると、遠慮のないノックの音が響いた。また傲慢な王家の誰かが来たのかと思い不機嫌に「どうぞ~」と言うとそこには、所謂縦ロールのお嬢様が能面のような顔をして立っていた。怖い。
「お初にお目に掛かります。ジテム侯爵家の長女、ラミエラと申します」
「はあ」
名前を聞いてもピンとこない令嬢だった。見たところ二十歳前と言った感じだ。ローラン達は令嬢が誰なのか分かっているようで微妙な顔で私と令嬢を交互に見ている。
「単刀直入に申し上げます」
「はい?」
気の抜けた私の言葉に能面だった顔が般若に変わった。
「ルシファー殿下と別れてくださいませ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………はぁ?」
誰もが絶句する中、私はなんとか言葉を絞り出せた。
「殿下とわたくしは幼い頃から婚約を交わしている関係に御座います。それ故……どうか……身を引いて下さいませ」
全くもってポカンである。
「別れてくれも何も王子と私は何でもない関係だからね?」
「分かっております。婚約者のわたくしに面と向かって言えない関係だって事は」
「何故、そうなる!? 怖いんだけど?」
眉間に皺を寄せ少し涙目のラミエラが鼻を赤くしながら言葉を発した。
「行方不明になった聖女様が見付かった時、殿下と聖女様が涙を流しながら抱き合っていたと聞きました!」
風評被害も甚だしい。ほんの数時間前の話なのに、こうも歪曲されているなんて!
「事実無根の出来事ですけど? いったい誰に聞いたんですか?」
「キララ王女が仰っていました」
あの小娘! 適当こいてんじゃね~よ!
「実際はいきなり抱きついてきた王子が莉奈ちんにお腹を殴られて涙を流したって言うのが真実だよ?」
「えっ?」
「ハッキリ言ってあの王子には迷惑しているのよね」
「嘘です! わたくしには分かります。いつか貴女様も殿下をお慕いする日が来ると言う事を」
「ないない」
「あの素晴らしい殿下を好きにならない令嬢なんて居る筈ありません!」
うわ~ここまでくると洗脳だわ~。
「これ(ラミエラ)どうする?」
「何を言っても訊く耳持たない感じだな」
「そうっすね。思い込みが激しいお嬢さんみたいっす」
「婚約解消を勧めてみたらいいんじゃない?」
「火に油を注いでどうすんのよ!?」
コソコソと喋っているのが気に障ったらしく「何とか言ったらどうなのですか?」と声を荒げてきた。
よくよく考えてみるとラミエラはリーナと同じ立場だと言える。聖女に傾倒する王子の婚約者。もしかすると彼女はリーナと同じ結末を辿る事を恐れているのかもしれない。
「アナタは殿下を本気で愛しているの?」
「勿論です! お慕いしております!」
「本当に? 殿下の好きな所を十個言える?」
「はい! 殿下はお優しく、文武両道で、立派な方です」
「それから?」
「そ、それから……あの……えっと……眉目秀麗で……」
「面食いなのね?」
「違います!」
「私から見た殿下は無責任で優柔不断な世間知らずにしか見えないんだけど?」
「ふ、ふ、ふ、不敬です!」
ルシファーに対する悪口に顔色を悪くするラミエラ。キョロキョロと辺りを窺いながら私を諫めようとしている。案外、良い子なのかもしれない。
「大丈夫よ。私は聖女なんだから不敬で罰を受ける事は無いわ。それよりもアナタがあらぬ疑いを掛けられないか心配よ」
「えっ?」
「アナタも知っているでしょう? 二十年前の事件を」
ピクリと肩を震わせ下唇を噛み俯いたラミエラ。矢張り自分がリーナの二の舞になるんじゃないかと不安でここに来たのだろう。
「わたくしは悪魔を召喚したりしません!」
「処刑された令嬢だって悪魔を召喚なんてしてないっすよ!」
「えっ?」
「見てもいない事を事実のように話すんじゃねぇぞ!」
「でも……皆が……」
「ここに居る皆で君が聖女を殺そうとしたって言ったらどうなると思う?」
「わ、わ、わたくしは……そんな事……」
彼女の一言が三人の逆鱗に触れたのか容赦なくラミエラを追い詰めていく。
「そうやって事実が捻じ曲がっていくって事よ」
「わたくしはただ……婚約者として……うっ……うっ」
「ごめんごめん。泣かすつもりは無かったんすけどね。でもアンタさぁ、良く知りもしない人の悪口言っちゃ駄目っすよ?」
とうとう泣き出してしまった彼女にタラシの咲夜が慰めに行く。ハンカチで涙を拭い彼女の頭をポンポンと撫でている。こなれた感じの咲夜の対応にサークナイト家がドン引きしていた。
「母さん一筋の父さんが……」
「今はチャラい青少年ですから大目に見て下さい」
「あっ……はい」
咲夜のハンカチで鼻をかみ落ち着いたラミエラが私に頭を下げてきた。
「周りの令嬢たちからわたくしは殿下の婚約者に相応しくないと言われ続けていて、殿下もそれを否定する事がなく不安な毎日を送っていました」
ルシファー王子は駄目だな! スチュアートでさえ内心はどうあれアキナが来るまではリーナを尊重してくれていたぞ。
「そんな中瘴気が発生し、聖女をお迎えする事になった時の殿下の喜びようは直視できませんでした」
「あの男は私じゃなくて聖女に惹かれているのよね。母親のことも尊敬してそうだし? 只のマザコンじゃない?」
「マザコン……?」
「あんなのと結婚したら苦労するっすよ?」
「だな。辞めとけ、辞めとけ」
「そうそう。まだ咲夜の方がマシだよ?」
「コラ、ブタ、コラ! まだマシとは何っすか!」
今までとは別の意味で婚約を解消するよう勧められて困惑しながらも安心した顔をするラミエラだった。




