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神に嚙みついた少年

※別視点です。

「要らないのなら俺が貰うからな!」


 齢七歳の俺が聖女と恋仲になったと噂され始めたスチュアートに啖呵を切って鼻で笑われた屈辱は今でも覚えている。


「リーナの事を言っているのなら心配無用。リーナは私の大事な婚約者だからね」

「じゃあ何でリーナ姉ちゃんを放っておいて、その女といつも一緒に居るんだよ!」

「まあ! 私は聖女なのよ? その女って言ったら罰が当たるわよ?」


 物心が付いた頃によく聞かされていた聖女とはまるで違う現実に落胆した。俺が思い描いていた聖女は幻想に過ぎなかったのだと。美化されて伝えられているだけだったのだと。


「聖女なんか知るか! リーナ姉ちゃんのものをとるな!」

「この国の王太子をもの呼ばわりするとは怖いもの知らずな小僧だな」

「ほんと! 生意気なガキンチョね!」


 その後、護衛に城から出されリーナが処刑されるまで城に入る事は出来なくなり後悔した事を俺は忘れない。





 俺が生まれたのは騎士の家系だった。当時は父も騎士で、王族の護衛で訪れた神殿で母と出会った。

 母の一族は皆神職に就くのが決められていて母も大神官だった祖父の手伝いをしていたのだ。


「オーウェン、来ていたのか?」

「リアムにいちゃん! おっす!」

「オーウェン、こんにちはでしょう」

「大きくなったな~」

「もう四さいだもん」


 幼い頃は母に連れられて神殿でお祈りをした後、母の実家に寄って祖母の話を聞くのが日課になっていた。


「今日はね~聖女さまの話を聞いていたんだ!」

「どんな話だ?」

「あのね~聖女さまはね~よくわからないけど~せいじつで、まじめで、やさしくて、じひぶかいんだって」

「ハハハ! よく分からないか~まだ小さいもんな」

「さっき大きくなったって言ったくせに!」

「「「アハハハハ」」」


 その後も母の実家に行く度に聖女の話をねだり、五歳になる頃には誠実で優しく慈悲深い聖女の偶像が俺の中で出来上がっていた。



 そして見付けた俺の中の聖女……リーナ・ロッサム。



「元気なお孫さんですね」


 祖父のジルベルに連れられ近衛騎士団の訓練所に通い始めた初日、差し入れの菓子を持って来た彼女に出逢った。


 その頃の俺の周りは厳つい男か騒がしい女しかおらず、リーナのような可憐なお嬢様に出会うなんて皆無だった。

 ふわりと香る花の匂い。キラキラと光る銀色の柔らかそうな髪。傷ひとつない白く滑らかな手で渡された菓子のお礼を言おうと顔を上げた時に見た女神のような微笑み。


 生まれて初めてのトキメキだった。


「聖女さま?」

「ふふふ。聖女さまと間違えられて光栄です」


 その日からリーナを見掛けたら駆け寄り、見掛けられなかったら見付けにいき、抱きつくのが日課になっていた。


「リーナおねぇちゃーーん」

「きゃっ! こらこら急に抱きついてきたら危ないでしょう? 何回言えば止めて貰えるのかしらね?」

「もうやめる~」

「本当かな~?」


 頭ひとつ分周りの奴らより大きい俺が勢いよく抱きつくと小柄なリーナはいつも転びそうになる。でも俺を怪我させないようにとギュッと抱き締めてくれるのだ。


 誰にでも笑顔で接し、困っている人を見れば手を貸す。身分が高いのに偉ぶらない。誠実で優しく慈悲深い……俺にとっての聖女はまさしくリーナだった。


 俺は密かにリーナの騎士になろうと決めた。





「また殿下に決闘を挑んでサークナイト団長に拳骨されたんでしょう? 痛くなかった? もうバカな事はしちゃ駄目よ?」

「バカな事じゃないやい! 本気だもん! 勝つまで諦めないもん!」

「ふふふ。ありがとう、オーウェン。その時はわたくしを貰ってね?」

「うん! 絶対だからね!」


 結婚したら一緒に居られる事を知った俺はすぐさまリーナにプロポーズをした。でも婚約者が居ると言われ、絵本で読んでもらった『決闘して悪い王子から姫を救う騎士の話』が頭に浮かびそのまま決闘を申し込んだ。

 この時も鼻で笑われ祖父の拳骨が飛んできた。その日以来何度も決闘を挑みにいっては祖父か父、たまに母の拳骨を貰う日々を過ごした。





 大陸が瘴気に侵され始めたのは俺が六歳の時だった。すぐさま聖女召喚の儀が執り行われ俺にとっての悪女がやって来たのだ。



「最近リアム兄ちゃんが元気ないんだ」

「恋煩いじゃないのか? 聖女さまに懸想しているっぽいし」


 王城と神殿の連絡係に指名されたリアムは最初の頃は嬉しそうに従事していた。しかしある時を境に暗い表情を愛想笑いで誤魔化している風だった。

 俺はリアムと歳の近そうな騎士見習いに相談した。


「けそうって何?」

「恋してるってことだよ。オーウェンにはこの手の話はまだ早かったかな」

「兄ちゃんがあんな女に恋するもんか!」

「こらオーウェン! ここは城の敷地内だから聖女の悪口を言ったら怒られるぞ」

「かまうもんか! みんな言ってる!」


 初めの頃は大人しそうな優しい印象だった聖女は徐々に本性を現し、浄化そっちのけで豪遊しては贅沢を貪っていた。




「祖父ちゃん。王子と聖女が恋仲だって言われているけど本当か?」

「うっ……誰がウチの大事な孫に下世話な話をしたんだ?」

「どうなの? リーナ姉ちゃんがコッソリ泣いている所を見たんだ」


 何時ものようにリーナを探し回っていたらスチュアートとリーナが口論している場面に出くわした。リーナが伸ばした手がスチュアートによって叩き落とされ、バランスを崩したリーナが倒れ込む。助け起こしもしないで踵を返すスチュアートの後ろ姿を、涙を流しながら見つめるリーナをただ黙って見守る事しか出来なかったのだ。


「そうか……」

「聖女と恋仲ならリーナ姉ちゃんと別れればいいじゃないか!」

「そう簡単な事では無いんだ。幼いお前に言っても理解出来ないかもしれないがな……」

「全然分からない! もう良い! 俺がリーナ姉ちゃんをもらう!」

「こら、オーウェン!」


 そして俺は王城に出入り禁止になり最初の悲劇が訪れた。





「リアムが……聖女さまを……?」


 浄化ももう直ぐ終わると囁き始めた頃、神殿に従事していたハイアット家の皆が意気消沈した姿でウチを訪ねてきた。母にとっての伯父や従弟も含め十人位で、その中には大神官の祖父の姿もあった。

 訪ねてきた理由がリアムが問題を起こし一家の皆が神殿から追い出され、行くあてがここしかなかったと言う事だった。リアムが起こした問題は聖女を自分のものにしようとして襲い掛かったと言う信じ難いことだった。


「あの子があんな大それたことをするなんて……信じられない」


 祖母は泣きじゃくり憔悴しきっていた。祖父も虚空を見つめ呆然としていた。


「リアム兄ちゃんが悪い事する訳がない! 何かの間違いだよ!」

「そう思いたいけど……あの子は聖女さまを慕っていたから……」

「あんな女、リアム兄ちゃんが好きになるはずない!」

「オーウェン! 聖女さまの悪口を言っては駄目でしょう!」

「何で誰もリアム兄ちゃんを信じないんだよ! ねぇ祖父ちゃん。兄ちゃんを助けに行こうよ!」


 騎士団長をしている祖父に縋り付いてお願いした。祖父なら助けられるだろうと……でも返ってきた言葉は幼い俺を叩きのめす言葉だった。


「オーウェン。よく聞きなさい。残念だけど彼はもう……処刑されたんだよ」

「えっ……?」


 俺はそのまま気を失い、その後熱を出して起き上がる事が出来なかった。無性にリーナに会いたかった。慰めて欲しかった。


 やっと身体が動けるようになった頃、リーナが悪魔を召喚して聖女を殺そうとしたとして投獄された。


「絶対嘘だ!! リーナ姉ちゃんはそんな事しない!!」

「オーウェン、嘘じゃ無いの。証拠もあるしスチュアート殿下をとられたと思って嫉妬したんだよ」

「違う!! 姉ちゃんはあの悪い聖女にはめられたんだ!! 絶対に姉ちゃんは悪い事なんかしない!!」

「オーウェン! 滅多な事を言うもんじゃありません! あなたまで処刑されたらお祖母ちゃん生きていけないわ」

「お祖母ちゃん! お母ちゃん! 僕の言う事を聞いてよ! 王子も聖女も悪いヤツなんだって!」


 俺には確信めいたものが有った。リーナは絶対に人殺しなんかしないと。人殺しはあの二人だと。でも誰も俺の言葉を聞いてくれなかった。ただ、祖父のジルベルだけが優しく抱き締めて諫めてきた。


「オーウェン。リーナ様の処刑はもう誰にも止められないんだよ。だから祖父ちゃんがリーナ様が苦しまず逝けるようするから。もう泣くな……」



 どんなに足掻こうが、どんなに叫ぼうが、子供の俺に出来る事は何も無かった。


 そして処刑は執行されリーナは灰になった。




 その後浄化が終わり、百年の安寧が訪れても俺の心は荒んだままだった。祖父は離宮の護衛に就くようになり滅多に帰って来なくなり、ハイアット家の皆も新しい住処を見つけ出て行った。


 そしてまた悲劇が起きてしまった。


 リーナの父親が反逆者たちと徒党を組んで離宮を襲い祖父が殺されたと知らせが来たのだ。おまけに祖父の遺体は損傷が激しい為返す事が出来ず既に埋められたと説明された。


 祖父ちゃんまでアイツらに殺された!!!


 俺は天に向かって叫んだ。


「何が神の使いだ! 何が聖女だ! ただの人殺しじゃないか! あんな女を寄越した神を俺は許さない! 俺の大事な三人を返せーー!!!」




 誰も聞いてくれなかった俺の言葉を、神が聞いてくれていたんだな。



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