独りになった錬金術師
※別視点です。
「うわああああぁぁぁん! うわああああぁぁぁん!」
幼い頃のアタクシは泣き虫だった。
「イーサン! いい加減におし!」
「いやだああぁぁぁ! 勉強したくないぃぃぃ! 魔道具作るのおおおぉぉぉ!」
「勉強が終わってから作りなさいな!」
「今がいいぃぃぃぃ!」
「お尻、パチンパチンしますよ?」
「うわああああぁぁぁん! お母さまなんか嫌いだああぁぁぁ!」
魔力持ちとして生まれたアタクシは物心が付いた頃から魔道具作り中心の生活を送っていた。
魔力持ちは夢中になると寝食も忘れ没頭する性質を持っている。アタクシも類に漏れず研究・開発・作成にのめり込んでいた。母親も最初の頃は口を出さず微笑まし気に見守っていた。
しかしある日、食事をする時間が無駄だと判断し「後で食べるから」と置いてあった食事を捨て水だけで生活をして死にかけたことがあった。
それが母親の逆鱗に触れたようだ。
「イーサン! 今日から一般常識、次期当主としての心得、社交界のマナー、その他諸々のお勉強をやってもらいます」
「嫌だ! やらない! 研究所に行く!」
「我儘は許しません! 研究所は暫くの間、封鎖です!」
「うわああああぁぁぁん! お母さまのいじわる~!」
その頃のアタクシはそんな母の仕打ちが悔しくて泣いてばかりいたのだ。
「イーサン。もう直ぐお兄さまになるのに我儘言って泣いてばかりいると生まれてくる赤ちゃんに笑われますよ」
そんなある日、母にそう言われた。
「お兄さま?」
「そう。このお腹の中にはイーサンの弟か妹が入っているの」
「太ってきたのではなかったのですか?」
「違いますよ~赤ちゃんが入っているだけですよ~」
「だったら今手掛けている、装着するだけで痩せる魔道具の開発取りやめにします」
「開発は続けなさい」
お腹の子は錬金術以外に興味が無かったアタクシが初めて興味を持った存在でした。
「お父さま、僕の研究所に勝手に入らないでください」
「息子が年々辛辣になっていく……お父さま悲しい」
「僕は生まれてくる妹の為の魔道具を作らなきゃいけないのです」
「えっ? 生まれてくる子って女の子なのかい?」
「男と女じゃ使う魔道具も異なりますから判定できる魔道具作って先に調べてみました」
「そうなの? こうしてはいられない! アレを用意しなくては」
「アレとは何ですか?」
「女の子が生まれたら絶対に必要になるものだよ~そんな事より……イーサンは目が悪い訳でもないのに何故モノクル掛けているんだい? 五歳児には似合わないよ?」
「研究者っぽいからです」
「形から入るタイプなんだね」
そして生まれてきた妹、リーナを見たアタクシは雷に打たれたかのような衝撃を受けたのです。
人間の形をした光の精霊が生まれてきた……と。
よその赤ちゃんは猿としか思えなかったのに、リーナはその存在だけで万人がひれ伏す神々しさを持っていた。
「可愛いです。どこかに行ったり誰かにとられたりしないよう閉じ込めておいても良いですか?」
「お父さまもそう言って監禁部屋を用意していたので遠い西の大陸の外交に行かせました」
「ああ……最近見ないなと思っていました」
思った事を口にするとリーナと会えなくなると学習しました。
それからのアタクシはリーナを幸せにする魔道具を作る事に専念しました。
転ばない靴、日光を遮断し雨にも濡れない帽子、身体の状態が直ぐに分かるブレスレット。リーナは怪我や病気をせずにすくすく成長していきました。
しかし、リーナにばかりかまけていたのが悪かったのでしょう……母の病に気付かなかったのです。
「うわああああぁぁぁん! お母さま死なないでくださいぃぃ!」
「イーサン。そんな大声で泣いていたらせっかく眠ったリーナが起きてしまうよ」
「だって……だって!」
「イーサン。よくお聞きなさい……」
痩せ細った母の手がアタクシの小さな手を取り弱々しく握った。
「イーサン……アタクシの代りにリーナを守るのですよ」
カサついた唇から放たれた言葉がアタクシの魂に刻み込まれた。
「分かった! 僕がリーナを守るから!」
「いい子ね……アタクシはあの世で見守っていますからね…………もし、リーナが不幸になったら……分かっていますね?(お仕置きですよ!)」
恐怖を伴ってアタクシの魂に刻み込まれた。
母が亡くなり、アタクシは五歳のリーナの母親代わりをした。留守がちな父の代りに家庭教師を雇い淑女教育を施した。
「さあ、リーナ。アタクシと一緒にお勉強しますよ」
「いやだああぁぁぁ! お兄さまこっちに来ないでええぇぇぇ!」
でもリーナはアタクシとの勉強を嫌がり逃げてばかりいた。
「坊ちゃま、僭越ながら……」
「何ですか? トーマス。お母さまには及ばずとも淑女教育は全て頭に入っています。文句は受け付けませんよ!」
「お嬢様は……おそらくお坊ちゃまが怖いのです」
「怖い? お母さまの口調を真似て優しく接しているのに?」
「口調は兎も角として……化粧やドレスは必要ないかと……」
「この化粧とドレスが怖いと言うのか?」
「はい……トラウマレベルです。使用人も怯えています」
「じゃあ、化粧は侍女に頼むか……」
「坊ちゃま、そう言う事では無いのです」
結局、三ヶ月後に外交から帰って来た父に涙を流しながら「止めてくれ」と頼まれ淑女教育は家庭教師に任せる事になった。ドレスと化粧は止めたが、すっかり板についた母の口調はなおらなかった。
時おりリーナは母を思い出し「会いたい」と泣いていた。アタクシはその言葉で母が生前残した言葉を思い出しては怯えていた。二度とアタクシの前で言わないようお願いした。その代わり母の髪色の猫のキャンディーポットを作ってあげた。思いのほか気に入ったようで安心した。
リーナが十三歳になり忌々しい王太子の婚約者になった。たまに研究所に足を運んでいたリーナがパタリと来なくなった。アタクシは二人の婚約を解消する魔道具の研究開発に力を注いだ。
そうこうしている内に我が大陸に瘴気が発生した。アタクシは婚約解消の魔道具開発を断念し、王太子の婚約者たるリーナを守る力になるだろうと瘴気の研究に没頭してしまった。
文献を読み漁り、瘴気の成分の分析、魔物と化した動物を解剖するなど色々な角度から研究した。だが、満足のいく結果は得られず気付けば二年あまりの歳月が流れていた。
『イーサン!』
ふと、母の怒鳴り声が聞こえた気がした。研究に没頭していたら聞こえてくる空耳。備蓄していた水と食料も無くなりかけていたのでアタクシは一年ぶりに研究所から外に出た。
――そこには憔悴しきったトーマスの姿があった。
「旦那様とお嬢様がお亡くなりになりました。お守りできず申し訳ありません……」
目の前に広がる荒れ果てた庭園と半壊した邸。その光景とトーマスの言葉が理解出来なくて……泣き崩れる彼をただ冷たい目で見ていた。
リーナは八か月も前に……父はひと月前に処刑されていた。
リーナが悪魔と契約し異世界から召喚した聖女を毒殺しようとした? その腹には悪魔の子を宿していた? 父は反逆者となり離宮に押し入り護衛や使用人を惨殺した?
あり得ない! あり得ない! あり得ない! あり得ない!
「嘘だ……絶対にあり得ない……」
「わたくしもそう思います」
トーマスの話ではリーナを告発したリーナの侍女がいつの間にか家族ごと居なくなっていた事、半年前に他国で見付かった腐乱した変死体が父の結婚指輪をはめていた事、その後起こった離宮襲撃の主犯とされる父が大罪にもかかわらず公開処刑されず斬首した首も晒されなかった事。
「リーナは冤罪を掛けられ処刑され、父は他国で殺害され襲撃の犯人に仕立てられたと言う事か……?」
――いったい何の為に!?
その理由は直ぐに分かった。
王太子と聖女の第一子。丸々としたその身体は生まれたばかりの赤子ではない。二人は結婚する前から姦通していた。側近たちは皆気付いているのに誰もそれを告発しない。
告発すれば処刑が待っているからだ。
許さない! 許さない! 許さない! 許さない!
アタクシのこの手で王家諸共屠ってやる!
「母様……お仕置きは甘んじて受けますから、もう少し待っていてください」
その後、アタクシは王家を油断させるため自死に見せかけて消息を絶った。王家に不信感を持つ者を秘密裏に探し出し革命軍を結成した。
王家と聖女を召喚した神殿を潰す為のレジスタンス。
幾度も申請していた浄化を待たされ魔物によって家族を殺された平民。住む家も領土も失くした領主。神殿から追放された神官。家族の死に不信感をいだいた騎士。
初めは身を隠しながら徐々に人数を増やし、攻撃に特化した魔道具の開発をしていた。やがて反撃出来る目途が付き王家や神殿に関連する箇所を破壊し、祭事や催しの場をことごとく襲撃した。
そして二十年が過ぎようとしていた頃、再び瘴気が大陸に発生したのだ。
否。完全に浄化できていなかったのだ。
あんな聖女が召喚されなければ……アタクシの家族の命が失われる事は無かった。全ての罪は王族と神殿にある!
これは勝機である! アタクシたちが手を下さずともこの国は亡びるかもしれない。
「聖女が召喚された! ……葬ってくる!」
「お待ちなさい! オーウェン!」
再び聖女は召喚された……妹の記憶を持って……。
作者はイーサン推しです。
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