聖女は生命をかけて結界を張る
母はミルヴァがまだ幼いときに亡くなってしまった。なので、ミルヴァには母の記憶があまりない。ぼんやりとした霞の中で、うっすらと覚えている程度だ。
親戚のおばさんに、母がどんな人だったのか聞かされたことがある。美人で優しい人だったらしい。そして、聖なる力を持った聖女候補の一人だったそうだ。
ミルヴァは、そんな母の血を受け継いでいる。
受け継いでいるといっても美人の血ではない。聖なる力の方だ。聖なる力とは、簡単に言うと魔界からこの国を守る結界を作る力のことをいう。ミルヴァは母の血を受け継ぎ、その力を有していたのである。
母を亡くし、父は他に女を作って姿をくらましてしまい、幼くして一人ぼっちになってしまったミルヴァだが、なんとか無事に成人にはなれた。それというのも、この聖なる力を持っていたおかげである。この聖なる力があったからこそ、授業料もまともに払えない貧しい親戚の家で育てられたミルヴァが、王国奨学金を利用して魔法高等学校まで卒業できたのだから。
魔法学校を卒業すると、不思議なことが起こった。
ある朝、目を覚ますと、聖なる力が体中から自然と湧き出るようになったのだ。今までは神経を集中してやっと溜め込むことができていた力が、なぜかその朝から、山肌からあふれ出る湧き水のごとく、ミルヴァの身体の中に次々と満たされてくるようになったのだ。
(なんだろう、この感覚。今までに経験したことのないものだ)
自分の身体がどうかしてしまったのではと怖くなってしまったミルヴァは、すぐさま近所の魔法使い専門病院に駆け込んだ。
二十年以上開業を続けているベテラン医師はミルヴァの症状を診てすぐさまこう言った。
「とても私のところで扱える症状ではありません。紹介状を書きますので、それを持ってすぐさま王宮に行きなさい」
言われるがまま、その足で王宮へと向かう。
王宮にはこの国最高の人材が集まってくる。護衛のプロ、料理のプロ、清掃のプロ、そして医療のプロ。ミルヴァの症状はそんな王宮にいる超一流の医師に診て貰う必要があると判断されたのだ。
(私はとんでもない病気にかかってしまったのでは。もしかして命に関わるような病気なのだろうか)
そんな思いが湧いてきた。
でも。
そう、でももし命に関わるような病気にかかってしまっていても、別に構わない。ミルヴァには親もいなければ兄弟もいない。母が早死にしたときから、おそらく私も若くして死んでしまうのだろう、そんな予感を以前からずっと抱くようになっていたからだ。
(王宮で私は死を宣告されるにちがいない)
そう覚悟していたミルヴァに、王宮医師団の男性は、各種測定器の数値を見ながらこう述べた。
「特に身体のどこかが悪いわけではありません。ただ、恐ろしく強大な「聖なる力」を有しておられる。その量は現職の聖女を遥かに超えるものです。あなたはこの国を守る新しい救世主となられるお方だ。すぐにラインバルト国王に拝謁できるよう手配させていただきます」
こうして、近所の町医者に診てもらったミルヴァは、一日にして国王と会うことになってしまったのである。
わけもわからずに通された部屋で突っ立っていると、やがて従者を引き連れたラインバルト国王が姿を見せた。
一般庶民のミルヴァは、国王に対してどんな態度で接していいのか、どのような礼儀があってどのような体勢で、つまり片膝を付いたり手を胸の前で横にしたりといったことがまるで分かっていなかった。なので、結局ぼんやりとその場で立ち尽くしていると、そんなミルヴァの様子を見ながら国王が口を開いた。
「ミルヴァ、聖女候補として明日からこの王宮で暮らしてもらいたい。そしてこの国の結界を張る仕事を手伝ってもらいたい」
それはラインバルト国王からの勅令といってもよかった。なぜなら、国王からのお願いを断ることなど、普通はできないことなのだから。
結局ミルヴァは、翌日から王宮職員として宮殿で暮らすことになり、聖女候補として聖なる力を開放してこの国の結界を張る仕事を始めたのだ。
ミルヴァの結界を張る力は群を抜いて強く安定していた。
実は、当時の現役聖女はひどく体調を崩しており、ラインバルト王国の結界はすでに限界を迎えようとしていた。そのため、ミルヴァは新たな救世主と崇められることになり、宮廷での扱いも格別に良いものとなった。国の重要行事には国王席横で出席するようになり、民衆はミルヴァのことを、新聖女様と呼ぶようになった。
そんなミルヴァの力を見越したのだろう。ラインバルト国王がこともあろうか自分の息子のセルフィン第一王子とミルヴァを婚約させたのだ。
強い結界があれば、魔物からの侵入を恐れることなく国政を行える。強固な結界は、安定した国を作るためには必要不可欠なものだった。結界の強さが、国の強さに結びつくと言っても過言ではなかった。それほど結界は国にとって大切なものであったのだ。
そのため、強大な「聖なる力」を持つ者は、当然各国が欲しがる人材であり、多額の金銭と安定した生活を保証することで、自国に呼び寄せ移籍させることは日常茶飯事に行われていた。
ミルヴァのもとにも、すぐに隣国の密使が近づくようになり、他国にミルヴァを奪われることを恐れたラインバルト国王は、自分の息子であるセルフィン王子とミルヴァを結婚させようとしたのだ。
だが、その頃からだった。
なぜか急にミルヴァの聖なる力が弱りだしてきたのだ。いつもなら簡単に張ることができた結界をどういう訳か作ることができなくなってしまったのだ。
そのため、ラインバルト王国の結界は不安定になり、今後は国力そのものも弱ってくるのではないかと心配されるようになった。
そんな時期に開かれた舞踏会の夜、事件は起こった。
「ミルヴァ、今日限りお前との婚約は破棄させてもらう」
突然、婚約者であるセルフィン王子が、舞踏会の演壇でそう宣言したのだった。
王宮に招待されている着飾った貴族たちが、びっくりした様子でミルヴァに視線を向けてきた。
けれど皆の視線を向けられた当のミルヴァにしても、まったくの寝耳に水の話だった。あまりに突然で予想もしていなかったことで、いったい何を王子が言っているのかすぐには理解できなかったほどである。
(婚約破棄? どうしてだろう)
そう考えてみると、すぐに思い当たることがあった。
(聖なる力が弱まった私には、もう利用価値が無くなったということなのね)
ミルヴァはあくまで結界をつくるためだけに必要な存在だったのだ。セルフィン王子にしても、役立たずのミルヴァとは一日も早く婚約を解消したいと思ったのだろう。
「ミルヴァの代わりの新しい婚約者をここで皆に紹介したいと思う」
王子はそう言うと奥の席に座る一人の女性に声をかけた。
「ローライン、こちらに来るんだ」
すっと席から立ち上がった女性は、ミルヴァより背が高くブロンドの髪が柔らかくウェーブしていた。そして明らかにミルヴァより美人であった。
「これからはここにいるローラインが新しい婚約者となる。ローラインは聖なる力も宿した女性だ。これからはミルヴァに変わって、この国の結界づくりに尽力してもらうことになる」
舞踏会の出席者たちはじっと王子の言葉を聞いていたが、ローラインが聖なる力を持っていると聞くと途端に明るい表情で新しい婚約者を祝福しだした。結界が弱まっているこの国の救世主になってもらいたいという期待の現れだろう。
「さて、ミルヴァ」
セルフィン王子はミルヴァに顔を向けて話し始めた。
「私は慈悲深い男だ。今までこのラインバルト王国の結界を守ってきたお前を無下にするつもりはない。これからは隣国であるミズリーに行くがよい。これからはミズリー国の結界を作る作業に加わればよい。まあ、お前がまだ結界をつくる能力が残っていればの話だが。ミズリー国もお前が結界さえしっかりと作れば、すぐには魔物のエサにしてしまうこともないはずだ」
舞踏会に参加する貴族たちがざわつきはじめた。そして、皆は明らかに同情のこもった目でミルヴァを見つめてくるのだった。
それもそのはずである。隣国のミズリーはここラインバルト王国の10分の1ほどの広さしかない国で、いつ周囲の国に占領されてもおかしくない弱小国だったからだ。それに、そこの王子の評判がすこぶる悪いものだった。
ミズリー国にはマイヤーという王子がいるのだが、彼は悪魔に魂を売ってしまった残忍な男だと噂されていた。なんでも貧しい人民から多額の税金を搾取し、不平を言うものに対しては容赦なく捕らえると処刑までしてしまう男だと聞かされている。
(用の無くなった私は、とんでもない国に売られてしまったというわけね。きっと聖なる力がほとんど無くなっている私など、隣国でもひどい扱いを受けるに決まっている)
「さあミルヴァ、ミズリー国は一刻も早くお前に来てもらいたいそうだ。さっそく明日、荷物をまとめて隣国に出向くとよい」
そうしてお払い箱になったミルヴァは、ミズリー国へと向かったのだった。
王宮が手配した馬車に乗せられたミルヴァは、馬車の御者に道中のある場所で止まってほしいとお願いした。すると御者はミルヴァの申し出に快く応じてくれた。おそらく、評判の悪い国に向かわされるミルヴァを不憫に思い、そのくらいの願いなら聞いても差し支えないと思ってくれたのだろう。
「さあ、着きましたよ」
その言葉でミルヴァは馬車を降りた。懐かしい風景が広がっている。グランドのように仕切られた土地の中に、数多くの墓石が並び置かれていた。そう、ここは墓地である。ミルヴァはその中を足早に進み、一つの墓石の前に立った。そして手を合わせ目をつぶった。
(お母さん、隣国のミズリーに行くこととなりました。ここには当分来られそうにありません。もしかすると一生来られないのかもわかりません。けれど、心のなかではずっとお母さんのことをお祈りしています。お母さんもどうか私のことを見守っていてください)
本当はもう少しここでゆっくりとお墓参りをしたかったのだが、あまり御者を待たせると彼に迷惑がかかると思い、後ろ髪を引かれる思いでお墓を後にして馬車へと戻る。
「ご挨拶はできたのですか?」
やさしそうに御者は聞いてきた。
「ええ、規則に反してこんなところに寄らせてしまって申し訳ありませんでした」
「おやすい御用ですよ」
馬車は再び走り出し、隣国へと向かっていった。町を離れると、何もない荒涼とした土地が広がり、その中をガタガタ揺れながら馬車は進んでいく。国境に到着したのは日も暮れかけた夕方だった。
御者の話によると、国境に建てられてある小さな小屋で一泊し、明日の朝、ミズリー国に入るのだと言われた。女ひとりで小さな小屋に泊まることはとても不安だったが、それ以上に心配なことがあった。なんと馬車で移動できるのはここまでで、国境を越えれば、そこからは自分の足で歩いてミズリー国のお城まで行かなければならないというのだ。
(見ず知らずの国の中を女ひとりで歩いていくなんて)
お城までの簡単な地図を渡されたが、もともと方向音痴のミルヴァが、そんな紙一枚でちゃんと目的地まで無事にたどり着けるのか、盗賊などに出会わずにすむのか、心配事が次々とわいてきた。
翌日、国境を越え歩きだしてすぐに、自分が持たされた地図がいい加減なものだと気がついた。地図では一本道のところが、分かれ道になっているのだ。これでは目的地であるお城までたどり着くこともできない。
ミルヴァは自分の勘を信じて、分かれ道を右に曲がった。なんとなくこちらだと思ったのだが、方向音痴のミルヴァは過去に何度も自分の勘を信じて道に迷ってしまっている。知らない土地で迷ってしまったらどうすればいいのだろうか。ここミズリー国のマイヤー王子は、悪魔に魂を売ってしまっているそうで、そのためこの土地には魔物がウロウロしていると聞いている。
(魔物に出くわしてしまったら、もう私の人生も終わりになるのね)
そんな気持ちになったが、まあそれはそれでいいのではとも思えてきた。これからの地獄のような人生を考えると、お母さんと同じ場所に行くほうが幸せかもしれない。そう思えてきたのだった。
わけも分からず真っ直ぐに歩いていると、目の前に森が迫ってきた。
この森の中を抜けていかなければならないのだろうか?
一度立ち止まり、もう一度地図を見てみる。地図には森などどこにも記載されていなかった。
森に続く道は整地されておらず、人の足で踏み固められているようでもなかった。吸い込まれるような冷たい空気がこちらに流れてきている。怪しい雰囲気たっぷりの森である。
(暗い場所に続く道だけど、なんとなく真っ直ぐ進むといいことがありそうな気がするわ)
なぜかそんな気持ちになった。ミルヴァは感覚で生きているようなところがある。いつもその感覚が正しいと限らないことは百も承知していたが、どうしても気持ちに逆らえず行動してしまい、後で痛い目に合うことも多いのだ。
今回も浮かび出てきた感覚の通りに、深いことは何も考えず足を森の入口へと進めた時だった。
「お姉ちゃん、どこに行くの?」
背後からそんな声が聞こえてきた。
振り向くとそこにはまだ幼い男の子が一人で立っていた。パッチリとした二重の目を持つかわいらしい男の子だった。
「そっちは危険だよ。そこは魔の森だから」
「魔の森?」
「そう、魔界から来た魔物の居住地だよ」
(居住地?)
魔物がこの森で当然のように暮らしているような、その言い方にちょっと耳を疑った。
「この森に魔物が住んでいるの?」
「そうだよ。お姉ちゃんもしかして他所から来た人なの? 魔の森を知らないなんて」
「実はそうなのよ。となりのラインバルト王国からきたのよ」
「ラインバルト王国? 確かこのミズリー国を占領しようとしている国だよね」
確かにラインバルトはミズリーを占領しようと画策していることは、セルフィン王子の口からも直接聞いたこともある。ただ、ミズリーを狙っている国は他にもあるため、そのにらみ合いが続いており、どの国もミズリーに手を出せずにいるのだ。あと、ミズリーは魔界と手を結び、魔物が生息している地域でもあるので、どの国もそのような危険な国をあえて手に入れようとはしてこなかった。
「おそらくラインバルト王国は、ミズリーを占領などできないと思うわ」
ミルヴァは子供を安心させるためにそう話した。
「本当?」
「ええ、ラインバルトは聖女様が体調を崩していて結界がかなり弱まってしまっているの。今は自分の国のことで精一杯だと思うわ」
心のなかでは私が抜けた穴は大きいのよとでも言いたかったのだろうか。ミルヴァは子供相手にそんなことを言っていた。
その時だった。
今まで快活に話しをしていた子供が、急に顔色を変え、ゴホゴホと咳き込み始めたのだった。
「どうしたの? 大丈夫?」
ミルヴァは思わず子供に駆け寄り声をかけるが、その子は返事もできず苦しそうに咳を続け、今にも呼吸困難になりそうな勢いだった。
(これは、肺の病気にかかっているのでは)
ミルヴァは急いで子供の胸に自分の手のひらを当てた。神経を集中させるために目を閉じる。やがて自分の右手に発生した微粒子が子供の体に流れていくのを感じた。
(聖なる力は弱まってしまった私だけれど、回復術くらいなら少しは使えるはず)
そう願いながら、自分の白魔法を子供の体に流し続ける。
やがて、子供の咳は止み、顔色ももとに戻りはじめた。
「どう、息はできそう?」
回復術が一段落した時、ミルヴァはそう声をかけてみた。
「うん」
子供は今受けた術にびっくりしているのだろうか。もともとの大きな目をより丸くしてミルヴァを見ている。
「ありがとう。お姉ちゃん、もしかして魔法使いなの?」
「うん。たいした力は持っていない、お払い箱の魔法使いだけどね」
「すごい、すごいよ、お姉ちゃん! 魔法使いなんて本当にいたんだね」
子供の驚くさまを見て、そうかと思った。おそらく、ここミズリー国は、弱小国のため、元々いた魔法使いたちは他国に移籍してしまい、ほとんど残っていないのだろう。なので、魔法使い自体がとてもめずらしい存在なのだ。そして有力な魔法使いがいないから、結界も作れず、魔の森なんて呼ばれる魔物の居住地があったりもするのだろう。
それにしても、小さな子供をその場しのぎにしろ元気にさせることができ、ミルヴァは今までにない喜びを感じていた。これまで彼女には、国のための結界を作るという大きな使命があった。ただ、その役目は人々の喜ぶ姿が直接目に届くものではなく、ただただ重責に耐えて行っていた任務でしかなかった。けれど、こうして目の前の子供を助け、その喜ぶ姿を実際に見ることは、些細なことかもしれないが、こちらまで元気をもらえるうれしい出来事だった。
「お姉ちゃん、こんな森に向かおうとしているなんて、道に迷ってしまったんだろ。いったいどこに行こうとしていたんだい?」
元気を取り戻した子供が言う。
「ええ、この国のお城に向かっているの」
「お城? あそこのことかな? じゃあ、案内するよ」
「でも、子供のあなたを連れ回すわけにはいかないわ」
「大丈夫。僕の家もお城の方向なんだ。着いておいでよ」
「そうなの、ではお言葉に甘えるわ」
一人ではお城にたどり着ける自信がなかったミルヴァは、素直に子供の後についていくことにした。
(この子が私を騙して、盗賊団のいる場所に連れて行くことなど、おそらくはないだろうし……)
けれど、盗賊団ではないにしろ、ミルヴァは今から悪魔に魂を売った王子のもとに行こうとしているのだ。とんでもなくひどい所に向かっていることには変わりはない。
「ねえ、私はミルヴァというの。あなたは?」
「僕の名前はシン」
「ねえシン」
ミルヴァはずっと気になっていることを聞いた。
「マイヤー王子はとても怖い人だと聞いているのだけど、本当?」
「怖い?」
シンは意外そうな顔をした。
「どちらかというと、優しい人だよ」
「優しい?」
思ってもみない答えが返ってきた。
「民衆を次々と処刑する、恐ろしい人だと聞いているけど」
「処刑?」
シンはその言葉にびっくりした様子だった。子供相手に、処刑などという恐ろしい言葉を使ったことに後悔した。
「行って会えば、マイヤー王子がどういう人かすぐに分かるよ。でも気をつけなよ。王子は女性にむちゃくちゃ人気があるんだから、お姉ちゃんが王子と二人っきりで会うなんて知られたら、みんなが嫉妬してくると思うよ」
どういうことだろう。
確かに人の噂というものは当てにならないというが、シンの言う事を鵜呑みにして、王子が優しくて人気があると思ってしまうのもなんだか怖い気がした。
(私は他所の国から来た魔法使い。聖なる力が弱まっていると知られれば、用無しで捨てられるに決まっている。実際、セルフィン王子にもそうやって捨てられてこの国に来たのだし)
「さあこっちだよ」
シンは、ミルヴァの不安などもちろん知る由もなく、明るい声で彼女をお城へと案内するのだった。
ただ、ラインバルト王国にしてもそうなのだが、巨大な建物である城は遥か遠くからでも、すぐに目に入ってくるはずだ。しかし、ここでは、なかなかそのお城が姿を現さない。
(まだかなり遠いのかしら)
そう考えているとシンが声をかけてきた。
「もうすぐ着くよ」
「え? でも、お城がまだ見えないけど」
ミルヴァが戸惑っていることなどお構いなしに、シンはある一軒の家の前で立ち止まりこう言った。
「ここだよ。ここがミズリーのお城だよ」
「ここ? これがお城?」
お城と言えば城下を一望できるような高い建物を想像したが、ここにあるのは普通の家である。まあ、普通というかこの町で見てきた平均的な家よりかは一回り大きな造りになっているようだが、それでもどう見てもただの家である。
(どういうことだろう。他国から狙われるのを恐れて、王族は民家に紛れて暮らしているのだろうか?)
シンは玄関の門を無造作にくぐり抜けると、ドアの上部に付いているドア鈴の紐を引っ張りはじめた。チリンチリンと空気の中を鈴の音が伝わっていく。
「マイヤー王子、お客様です」
シンは扉に向かってそう声をあげた。
その姿を見てミルヴァは仰天してしまった。
(どういうことだろう。こんなに簡単に王子を呼び出すなんてありえない。やはり私は、この子に騙されて連れてこられたのだろうか)
逃げ出したほうがいいのだろうか、そうミルヴァは思っていたが、逃げ出すよりも早く、家のドアが開かれた。そして、中から一人の男性が姿を見せたのだった。
「マイヤー王子、お客様です」
「やあ、シン。お客様とはその人かい?」
男性はそう言って私に視線を向けてきた。
その男性の姿を見てミルヴァはハッとしてしまった。
マイヤー王子の雰囲気が噂で聞いていたものと全然違うのだ。背が高く、栗色の髪が緩やかに流れ、整った顔から見て取れる表情は思いの外やわらかいものだった。とても悪魔に魂を売ってしまった残忍な人のようには見えなかった。
「優しくて女性に人気がある」というシンの言葉はあながち嘘ではなさそうに思えた。けれど、人を見た目で判断してはいけないとはよく言ったもので、マイヤー王子にも裏の顔があって、こんな見た目でも噂通り平気で人びとを処刑していく人物なのかもしれない。
そう考えて立ち尽くしているミルヴァにマイヤー王子が声をかけてきた。
「やあ、もしかして君はラインバルト王国から来てくれたミルヴァさんかい?」
「はい」
ミルヴァは自分の名前をさん付けで呼ぶマイヤー王子に疑問を投げかけた。
「あなたは本物のマイヤー王子なのですか?」
「そうですよ。本物です。予想外でしたか?」
「はい。お噂とはかなり違うようにお見受けします」
「ほう、僕はどのように噂されていたのかい?」
まさか悪魔に魂を売ったひどい人物だとは言えず、濁して答えた。
「もう少し恐そうなお方だと聞いておりましたが、とてもそんな風には見えません」
「ハハハ、それは褒め言葉と受け取っていいのかな」
マイヤー王子は優しそうな笑顔を向けてこう言った。
「さあ、ミルヴァさん、長旅でお疲れになったでしょう。中でゆっくりと休んでください」
確かにミルヴァは疲れていた。不安いっぱいになりながら知らない土地を歩いてきたことから、心も体もヘトヘトの状態だったのだ。なので彼女は、王子の言われるがままにお城の中、いや家の中へと入っていったのだった。
意外なことにこの家で暮らしているのはマイヤー王子、一人っきりだった。家族も従者も料理人もいなかった。なぜなのか聞きづらい質問だったが、謎のまま置いておくことができず、素直に聞いてみた。
王子の説明はこうだった。
国王と王妃はマイヤー王子が幼い頃に亡くなってしまい、王位を継ぐことになったが、実際にはまだ若かったため、名目上は王子のままでいること。自分が王位を継いだ際に、民衆の税の負担を減らすため、巨額な維持費を必要とするお城は取り壊し、ここの小さな家を城としたこと。自分ひとりが暮らす家に、わざわざ従者を置く必要もないことから、家来は誰もいないということ。
何もかもがエルヴァにとってはびっくりするような話だった。ということは、マイヤー王子は、名ばかりの王子で、実際には普通の民衆と同じだというのだろうか。
「では、あなたはいったいここでどうやって暮らしているのですか?」
「実は、私は王子でありながら魔法使いでもあるのです。この地、ミズリー国にはほとんど魔法使いがおりません。なので、私はこの国の結界を張る役割をになっているのです。私の聖なる力では、まともな結界を作ることはできないのですが、不完全なりにもなんとかやっている現状です」
結界を張る役割!
ミルヴァにはピンと来るものがあった。
(だから私はこの国に呼ばれたのだ。結界を張る仕事を手伝うために私はここに呼ばれたのだ。けれど私の力はもうほとんどなくなってしまって……)
そんな重要なことを隠しておいてもいずれは分かることだ。そう思ったミルヴァは、正直に述べた。
「私は確かにラインバルトで結界を張っていましたが、今はその能力もほとんど失ってしまった役立たずの魔法使いです」
「ええ、聞いております」
「でしたら、なぜ私をこの国に?」
「私も魔法使いの端くれ。ラインバルトのような巨大な国の結界を張る仕事がどれほど大変かはよく分かっております。その仕事をほぼあなた一人の力で行っていたと聞いています。だったら聖なる力が尽きてしまうのは当然のことです。いくら突出した力を持っているとは言え、お一人で続けるには無理がありすぎたのです」
「そうかもしれません。でも、こうなってしまったら、ここでも私はただの役立たずですよ」
「そんなことありません」
マイヤー王子は優しく笑った。ミルヴァはその笑顔を見ると、彼の噂を一時でも信じてしまった自分を恥じた。
「ミルヴァさんは白魔法が使える。その白魔法は民衆の大きな救いになります。現にここに来る時に、シンを救ってくれましたからね。もちろんそれが使えなかったとしても、あなたの存在価値がなくなるなんてことはないのですが」
確かに白魔法ならまだ使える。全ての魔法使いが白魔法を使えるものではない。白魔道士になるには、努力だけではどうにもならない持って生まれた才能が必要だったからだ。ミルヴァはこの才能も亡くなった母から受け継いでいたのだ。
「それだけで私はここに置いていただけるのですか?」
「もちろん。ただ、君が嫌なら無理にここにいてもらう訳にもいかないが、できればこの国の力になってほしい」
ラインバルト王国にいてもミルヴァの居場所はもうなかった。聖なる力が尽きてしまったミルヴァは、簡単に皆の前で婚約破棄され晒し者にされてしまったのだから。
この国で暮らそう。ミルヴァはそう決心した。
それからというもの、ミルヴァはこの小さな小さなお城で、マイヤー王子との二人暮らしの生活が始まった。
若い男女が同じ屋根の下で暮らすことになったが、マイヤーはあくまでも紳士だった。王子が私のことを好いてくれているのは日頃の態度を見て感じ取れたが、彼は一切私に手を出してはこなかった。部屋は別々で、夜になると全く顔を合わさないで済むような配慮がなされていたのだ。
そんな暮らしが三ヶ月くらい続いた頃、私にある変化が起こった。
今まで枯れ果ててしまっていたはずの「聖なる力」がまた体から溢れ出してきたのだ。どうしてこんなことが起こったのかはわからない。この地での暮らしは、私にとって以前とは比べ物にならないほど快適なものだった。そして、これほど心も体も休まる生活を続けてこられたのも初めての経験だった。その暮らしが幸いしたのかもしれない。以前と同じように、いや、もしかしたら昔以上に自分の体の中に「聖なる力」がみなぎってきているのを感じたのだった。
「私、結界を作る仕事、お手伝いできそう」
さっそくマイヤー王子に報告すると、その日からミルヴァは王子と一緒に結界を張りはじめた。ミルヴァの聖なる力は群を抜いて強力なものだったが、マイヤー王子はこうミルヴァに忠告した。
「結界を完璧に貼る必要はない。聖なる力は使いすぎると枯渇するばかりでなく、魔法使い本人の心身にも悪影響が現れるという研究結果があるんだ」
聖なる力を使いすぎると心身に悪影響が現れる?
そんな話、ラインバルト王国にいるときには聞いたこともなかった。
もしかして、とミルヴァは思った。
ラインバルト国王やセルフィン王子たちはその事実を知っていたのではないのか。知っていて、あえてそれを隠して聖なる力を持つ魔法使いたちに限度を越えて働かせていたのではないのか。ラインバルト王国の聖女にしても、今は体調を崩してしまっているではないか。
だとすれば、ミルヴァの母が早死にしたのも、聖なる力を酷使しすぎたからかもしれない。母は聖女候補として、ラインバルトの結界を作っていた一人だったわけなのだから。
(私が体調を崩す前に聖なる力が枯渇したのは幸運だったのかもしれない。そのまま結界を作り続ければ、私も体調を崩し、最悪の場合命を落とすことだってありえたのだ)
「だからミルヴァ、結界は君の負担のない範囲内で手伝ってもらうことにするよ」
マイヤー王子は優しい笑顔を向けながら話を続けた。
「それに、この国は魔族の力で守られているところでもあるんだ」
ミルヴァの頭に「王子は悪魔に魂を売ってしまった」という言葉が浮かんできた。
何か、魔物と取引でもしているのだろうか?
「魔族に守られているとは、どういうことですか?」
「魔の森などを魔物の住処にすることで、その驚異から他国がこの国を攻められずにいるんだ。だから、結界は完全に閉じるまで張ってはならない。もちろん、結界がほとんど機能していない今の状態も問題だ。今は僕一人で結界を作っているので、とても不安定な状態だ。無理のない程度にミルヴァが手伝ってくれるなら、こんなにありがたいことはないし、この国の安全は守られることになるよ」
そういうことなのだ。魔物と共存しているのは悪魔に魂を売ったわけではなく、この国のことを考えた結果だったのだ。
そうしてミルヴァは、次第にマイヤー王子を意識し始めている自分に気づきはじめていた。ミルヴァの持つ聖なる力がマイヤー王子の役に立つと考えただけで、気持ちが高ぶり嬉しくなってしまう。ミルヴァを心配してくれるマイヤー王子の優しい気持ちがひしひしと伝わる時などは、王子のためなら何でもできる気持ちになってしまった。
そんな彼女の力もあって、ミズリーの結界はみるみる安定していった。魔物は限られた土地でしか生息できなくなり、民衆も安心してこの地で暮らすことができるようになった。そのような日々が続くと、自然に人々からこんな言葉がもれ出てくるようになった。
「この国の結界を守ってくれているマイヤー王子と聖女ミルヴァに、ちゃんとした宮殿を建ててそこに住んでもらおうではないか」
そんな言葉が人々の間から聞こえはじめると、すぐにミズリーの職人たちが集結し、あっという間に立派な宮殿がミズリーの小高い丘に建てられてしまったのだ。
二人はそこに移り住んだが、今までと変わらず慎ましやかな暮らしを続けた。マイヤー王子は、ミルヴァのことをとても大切な宝物を守るように接してくれた。けれど、二人の関係がそれ以上発展することはなかった。ミルヴァはそのことについて寂しく思ったが、こう考えて自分を納得させた。
(マイヤー王子は私に対して好意を持ってくれてはいるが、これ以上深い関係になることを望んではいない。だいたい庶民の私が王族と真剣にお付き合いするなど、ありえないことだ。身分差がありすぎてうまくいくはずがない。王子はそういったことをわきまえていて、あえて私との距離を縮めようとしないのだ)
残念だったが、王子がおそらくそういう気持ちでいる以上、ミルヴァもこの恋心をこれ以上盛り上げるわけにはいかなかった。王子への思いはじっと胸の奥にしまい込み、王子の側で結界を張れることに幸せを感じながら静かな毎日を過ごしていた。
そんなある日のことだった。私たちの宮殿に、思いもよらない人物が現れた。
「ミルヴァ、久しぶりだな」
そこにいたのは、私との婚約を破棄したラインバルト王国のセルフィン王子だった。セルフィン王子は従者を引き連れ、約束もなく突然宮殿にやってきたのだ。
応接室に通されたセルフィンは改めてこう切り出した。
「ミルヴァ、我がラインバルト王国に戻ってきてくれ」
あまりに急な申し出に、私はびっくりしてしまい、その場で固まってしまっていた。
「どういうことですか?」
代わりに、私の横に座るマイヤー王子が口を開いた。
「実は、ラインバルト王国の結界を保つため、もう少し優秀な魔法使いが必要になったのだ。ミルヴァがこちらで休ませていただいたおかげで、また聖なる力を取り戻したと聞いている。だったら、生まれ育ったラインバルトで暮らす方がミルヴァのためでもあるだろう。ミルヴァ、今すぐラインバルトに戻り、また以前のように結界を張ってくれ」
「そんな……」
ミルヴァは反射的に声を出した。
「ラインバルトにはセルフィン王子の新しい婚約者であるローラインがいるではありませんか。彼女が今、ラインバルト王国の結界を張っているのではないのですか?」
「いや、ローラインは体調を崩し、結界を張れるような状態ではない。なのでローラインは療養に専念しており、私との婚約も解消している」
(間違いなかった。ローラインも私と同じように酷使され捨てられたのだ)
「ミルヴァ、頼む。もうお前しか頼ることができないんだ。婚約は再度結ぶことにする。だから、生まれ故郷のラインバルトに帰ってきてくれないか」
「……」
「実は、ミルヴァを他国にやってしまったことで、私は他の王族たちの反感をかなり買ってしまっている。このままでは、王子の地位もはく奪されてしまいそうなんだ。頼むミルヴァ、お前の言うことはなんでも聞き入れる。私を助けると思って戻ってきてくれ!」
「そんな、自分勝手な……」
ミルヴァの濁した返事を聞き、セルフィンはイライラした調子で述べた。
「ミルヴァ、よく考えろ。お前は私の申し出を断ることなど出来ないんだぞ。よく考えろ。ラインバルトはここミズリーよりずっと強大な国だ。お前が断れば、ミズリーばどうなってしまうのか、想像がつくだろう」
そんなセルフィンの脅しを含めた言葉を聞いたマイヤー王子が、はっきりした口調で話し始めた。
「セルフィン王子、ミルヴァさんをラインバルトへ戻すつもりはありません。申し訳ありませんが、この件はあきらめてください」
「なんだって!」
セルフィンはじっとマイヤー王子をにらみつけながら声を高めた。
「こんな国、ひねりつぶしてもいいのだぞ」
「やれるものならやってみるがいい。この国に手を出すと、民衆だけでなく魔族が黙ってはいませんよ」
マイヤー王子は、平然と答えた。
「それに、ここにいるミルヴァさんと私は結婚する予定なのです。セルフィン王子にお渡しするわけにはまいりません」
(結婚する予定? マイヤー王子は何を言っているのだろう? 私はマイヤー王子とそんな話、一度たりともしたことがないのに)
「どうですかミルヴァさん、私と一緒にここミズリーの地に残っていただけませんか? そして、これからも私のそばにいてもらえませんか?」
マイヤー王子は、緊張した面持ちでそう述べてきた。心なしか声が震えていた。
「残ります。もちろん残ります」
ミルヴァは一切の迷いもなくそう返事をした。
「セルフィン王子、そういう訳です。お引取り願ってもよろしいでしょうか?」
マイヤー王子の言葉を前にして、セルフィンは眉間にしわを寄せ、顔を真っ赤にしながら無言で座っていた。だが、やがて勢いよく席を立つと、こう叫び始めた。
「お前たち、今日のことはきっと後悔する時がくるぞ! 覚悟しておくんだな!」
そして、そのまま背中を向け、従者たちを引き連れ部屋を出ていってしまった。
「大丈夫でしょうか?」
ミルヴァは不安になりマイヤー王子に聞いてみた。
するとマイヤー王子は真面目な顔でこう答えたのだった。
「僕は君をどんなことがあっても守るつもりだ。だから、心配しなくて大丈夫だよ」
ミルヴァにとってはうれしい言葉だった。
そして、つい今しがたマイヤー王子がセルフィンに言った言葉を思い返していた。
――ミルヴァさんと私は結婚する予定なのです。セルフィン王子にお渡しするわけにはまいりません。
マイヤー王子は間違いなくそう言ったのだった。
(あの言葉は本心なのだろうか?)
そう考えると心臓がドキドキしてきたが、そんな自分をすぐにミルヴァは戒めた。
(そんなはずはない。マイヤー王子が私と結婚だなんて、そんなこと思っているわけはない。あのときはきっと、私をこの地ミズリーに引き止めるためだけに、口から出任せを言ったに決まっている)
現実を知り、あとで傷つくのを恐れたミルヴァはそう自分に言い聞かせた。
そんなミルヴァを、セルフィン王子はまばたきもせずに一直線に見つめてきた。
「ミルヴァさん、さっきの言葉なんだが」
「さっきの言葉って何でしょうか?」
「セルフィン王子に向かってあなたと結婚すると言ってしまったことです」
(言ってしまっただなんて……。やはり本心ではないのだ)
「ミルヴァさんを不快な気持ちにさせたのなら謝ります。申し訳ありません」
「別に……、謝ってほしくなどありません」
なぜだかミルヴァの目から涙が溢れ出てきた。マイヤー王子の謝罪の言葉で悲しくなってしまったのだ。
「ただ」
マイヤー王子はそこで深呼吸をし続けた。
「本当はセルフィン王子にではなく、君に、ミルヴァさん本人にちゃんと僕の気持ちを伝えるべきだったんだ。最初に君に告白ができなかったことは、本当に申し訳ないと思っています」
「……」
「だから、今、この場で述べさせてもらう」
マイヤー王子はもう一度深く深呼吸をした。王子が、自分の緊張を何とか解こうとしているように見えた。
「ミルヴァさん、僕と結婚してくれませんか。必ず君を幸せにします」
その言葉を聞いたミルヴァは、今まで目にためていた涙がこぼれ落ちてくるのを止めることができなくなってしまった。先ほどためていたのは悲しみの涙だったが、今こぼれ落ちている涙はそうではなかった。
「はい。喜んでお受けいたします」
大粒の涙をこぼしながら、ミルヴァはそう返事をしたのだった。
※ ※ ※
結婚式は、二人だけで挙げる予定だったが、民衆がそれを許さなかった。式当日、小さな宮殿の庭園には入りきらない数の国民が集まり、マイヤー王子とミルヴァはみんなが注目する中で誓いのキスをした。シンが花束を持ってきてミルヴァに差し出した。
「ありがとう」
ミルヴァはそう言って、幼い子供からの花束を受け取ったのだった。
そのころになると、隣国のラインバルトから、こんな噂が流れてきた。
セルフィンが失脚し、王子の座を失ったというのだ。どうしてそうなったのか、詳しいことは分からなかったが、これでミズリーに対する脅威はなくなり、今後はラインバルト国と友好的な関係を結べそうな状態になった。
「ねえ」
ミルヴァはマイヤー王子にこんなお願いをした。
「いつか、ラインバルト国にある母のお墓にお参りに行きたい。行って、あなたのことを母に紹介したいの」
マイヤー王子は微笑みながらこう答えた。
「うん。近い将来、必ずお墓参りに行けるようにするよ。僕も君のお母様にちゃんとご挨拶したいからね」
二人の頭上には雲ひとつない青空が広がっていた。その澄んだ空は、このミズリーの地から隣国のラインバルトまでずっと広がっていたのだった。
(了)
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