邂逅1−1
いつも通りの平穏で平凡な日常、少しの不平不満はありつつも慎ましく学校へ通い授業を受けながら思案する。
後如何程の時間を過ごせばこのスッキリとしない何かを持て余す様なモヤモヤした毎日から解放されるのだろうか。
若者特有の体力、精力からくる物なのだろうか。
そうだとしても学業も運動もたいして得意ではない自分には良い発散方法も無ければ改善案も無い。
この有様では解放されたとして、その先の未来にもあまり良い期待や希望は持てはしないだろうなぁなどと考ていた天気の良い昼下がり。
少し開いた窓から入る風が心地良い、教師の語る面白くも無い話を半分以上聞き流しながら日が陰ってしまった空を見上げると、目の前が真っ暗になった。
その日、突然に世界は変わってしまった。
文字通りに「世界」が。
{世界・地球上の人間社会全て。・世の中。・全ての有限な物事や事象の全体。・特定の範囲。・同類の者の集まり、または社会。・特定の文化・文明を共有する人々の⋯(Wikipediaより)}
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西暦20xx。突如として現れ地球に根ざす謎の超巨大植物によって起こされた天変地異にも等しい災害で人類は滅亡の危機に瀕していた、危機的状況を脱するべく生き残った人類は一致団結し様々な問題の解決に当たった。
だが団結の甲斐虚しく、復興は困難を極めた。諦観に包まれる中、その原因である植物の特異性と有用性に気付いた者達がいた。
植物は光合成では無く人の思念、感情を栄養素とし未知のエネルギーに変換し放出することが解明され、それを転機に人類は地球を壊滅させた植物との共生を開始する。
このエネルギー革命により人類は更なる発展を遂げ、かつての文明を超えるテクノロジーを手に入れる⋯⋯しかしそれは、諸刃の剣だった。植物からのエネルギーを使えば使う程に植物は成長し、地球を蝕んで行く。
地球の存続か、新たなる揺籠としての植物か、選択と対立を迫られた人類は根と葉。2つの派閥に別れた人々は、争いを始める⋯⋯⋯。
「世界」は変わってゆく、「悲哀」に溢れかえった「森林地」で⋯⋯⋯⋯。
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目を突き刺す人工的な光はやたらと眩しく目を顰めたくなり、耳に飛び込んでくる音は耳を塞ぎたくなる怒号が飛び交い、身体に受けるのは地震なのかはたまた建物の崩壊に巻き込まれたか、不愉快で不規則に揺れている。
「やっと見つけたコレを奪われる訳にはいかん!ヤツらを此処に近付けるな!」
「1番から6番通路、及び研究棟、発掘棟、連絡途絶!」
「WV部隊は何をしている!」
余程の事態なのだろう。男達は恐怖か焦りからか、もしくは両方か口の端から泡を飛ばしに飛ばし、慌てふためき、汗の滝を流しながら喚き散らしている。
覚醒直後の反応の鈍さか、目の前のパニックに釣られたか、遅れて自身の置かれた状況に気がつくと眼は限界まで開かれ驚愕の色に染まる。
夥しい数の長く太く伸びる木の根が重なり合い、薄緑色の液体に満たされた透明で弾力のある膜を包んでいる。
何も知らずに見れば神秘的な光景ですらあった。
その中に漂う、己の身体を自覚せぬままであれば。
(何だよっ⋯⋯コレはっ⋯⋯)
何が、起こって、何が、どうして、何で、溺れてない、何で何で何で何が何が何が⋯繰り返し溢れ出てくるwhyの文字が頭の中で荒れ狂う。
感情のままに眼の前を隔てる透明な膜を叩き、叫ぶ。しかし液体の中で叩く音は空しく消えて、声は泡と消えてゆく。
依然変わらずに騒ぐ男達は此方に気付く様子も無く、携帯端末や人に向かって怒鳴っているがその声が聞こえなくなる程の衝撃音が起こると辺りはさらに混乱し、走って逃げ出す者、さらに怒号を上げる者、銃を構える者、怯えてうずくまる者達と事態は混沌と化し狂乱の坩堝だ。
(巫山戯んなッ!出せっ、此処から出せよッ!)
騒いでいる男達と同じく恐怖と焦りの感情を抱きながら心の中で毒づくと、途端に一際に大きな音が響く、壁は風に吹かれるように飛び跳ねて、天井が雪崩のように崩れて落ちて往く。
衝撃と、振動と、煙と、破壊を纏い、現れたる━━元凶。
━━7mを優に超える高さに聳える頭。伸びるツノ。
━━━左右が繋がった眼は静かに明滅を繰り返す。
━━━━━しなやかに伸びる四肢は金属の筋繊維で赤銅色に煌めく。
━━━━━━━その身に纏うのは、鎧か具足の類か、鈍い輝きを放ち、辺りを映す。
━━━━━━━━━━荘厳と立つ機械の巨人と━━━━━━━━━視線がぶつかる。
そして視線を交えて数秒、巨人は室内を、いや、全てを蹂躙した。虫を払うが如く、逃げ惑う者を払い飛ばし、銃で応戦する者を叩き潰し、怯え蹲る者を気にも留めず踏みつけ、原型を留めているモノなどありはしなかった。
例外は⋯元凶たる巨人自身と、奇跡的にか意図してなのか、膜の中で液体に浮かぶ己が身だった。
喋れもせず、碌に身動きも出来ぬまま、未だ頭の中でwhyの文字が踊る。
(何で⋯⋯どうして⋯⋯何が⋯⋯)
一歩、巨人は動く、死の恐怖を携えて、此方の心中の変化など構う事無く。
(死にたくない!)
一歩、巨人は進む、腕を振るえば肉塊に変えられる距離へと。
(死にたくない!!!)
一歩、巨人は迫る、その脚で踏まれれば地面に咲く赤い染みに変わる距離へと。
(死にたくない!!!!!)
一歩。巨人と目と目が合う、恐怖で塗り潰され瞬きを忘れた瞳と、何の感情も読み取れないゆっくりと瞬きのように明滅する眼が。
巨人は此方を見下ろしたまま、動きを停めた。
いったい、いつまでそうしていたのか、一秒が何倍にも、何十倍にもなったのか、相対性理論を身体中でひしひしと感じていると、再び動いた巨人は片膝をついて距離が更に縮まる。手が伸ばせれば届きそうだ。
そこで始めて、人型を模した巨人の中で異質な部位があるのに気がつく、股関節にあたる部分は不釣り合いに大きく、巨大化させたバイクのエンジンをそのままはめ込んで、そこから脚や胴が伸びた形をしていてる。
そのバイクのエンジンが観音開きで開かれる。鬼が出るか蛇が出るか、起こした所業を間近に見た後では本物の鬼や悪魔が出ても驚きはしないだろう。
かくして現れたそれは人間だった、外見上はだが。
長く揃えられた艶のある髪がはためく、顔立ちは端正で此方を睨みつける眼は長い睫毛が揺れる、やたらと高い身長に育った2つの膨らみは身体の線をハッキリと表す全身を覆うスーツで強調された銃で武装した女性が敵意と猜疑が混ざった眼差しで問いかけながら、両手で持った銃を向ける。
「木人でないことは確認したけれど、貴方、何者なの?所属と目的を述べなさい!」
どうやら、未だ死へのカウントダウンは止まっていない様だ。答えたくても喋れば泡が浮き上がり視界を濁すだけで、身振り手振りでは何も伝わりはしない。
「⋯⋯⋯。」
此方の状況に気づいてくれたのか、少女はため息を吐きながら身体に当たらない位置に銃口を寄せて引き金を引く。
けたたましく鳴り響く銃声に咄嗟に耳を塞ぐ、銃弾が膜を突き破り、空いた穴から溢れた液体が滴り落ちる。
やっとのこと解放された身体と開放された空間を喜ぶ間も無く、少女は再び銃を向けて問い掛ける。
「これで答えてもらえるかしら?」
何と答えたものか。目が覚めたら閉じ込められていて貴女とロボットが暴れまわって尋問を受けています、などと正直に言って信じて貰えるかは怪しい。答えあぐねているとその逡巡を黙秘と捉えたのか少女は銃を持つ手に力を込め始めたので、慌てて答える。
「木藤 樹、高校生です、何も知らない、助けて下さい。」
脳をフル回転させて出した答えは端的に事実と要求だけを告げた。
「コウ⋯コウ⋯セイ?」「あ、貴方、何を言っているの?」
端的に伝え過ぎたか、彼女は返答に困り、戸惑いを覗かせる。必死に助けを求めていると理解してくれたのか銃を持つ両手が自然と下がる。
「目が覚めたらあの中に居て、すぐに君が⋯この巨人が来て⋯」「本当なんだ!何もわからなくてっ!」
「そうだ!俺、授業中に空をっ!」「そしたらっ⋯⋯⋯⋯。」
命の危機を脱した安堵から、堰を切って溢れ出す感情に任せて思いつくままに捲し立てる。
「落ち着いて!」
力強く発せられた彼女の声にハッとなる。もはや銃を握っていないその手が両の肩を包む。
「いいわ、信じましょう。」
続いた優しい言葉と微笑む仕草に心が落ち着きを取り戻してゆく。軟化するイツキの表情を見て彼女は続けて話す。
「私の名前はアリス・ト・ツージェイ。
根ルート所属のVW部隊の隊員よ。
そして、キトウ イツキ。今から貴方を戦時規定に則り、所属不明の捕虜、若しくは難民として、一時的な拘束及び保護の対象として扱います。」
軽い自己紹介の後に聞こえてきた物騒な単語に不安を覚えて身体を固くすると、彼女、アリスは慌てて顔の前で手を振り、自分は無害な人間である事をアピールして柔らかに微笑んだ。
「あ、あ、ゴメンね、安心して、形式的に言ったまでよ。ほら、行きましょう、此処では碌に話も出来ないわ。」
アリスはイツキの手を引き巨人の中へ入るよう促す、内部は一人分の座席を中央に据えて見たことも無い機器が所狭しと並ぶ。
高校生の平均はある自身の身長で見上げる事になる長身の彼女と二人で乗るには些か無理がある狭さだ。と考えを巡らせている途中で端の方へぎゅうぎゅうと押し込められる。
「我慢してね。VツインのVWだとあまり広くは無いから。」
アリスが座るシートの後方に追いやられ長時間は耐えれない姿勢で物を考える余裕が生まれたイツキが訝しむ。
(思ったよりも広かったのか?収まる空間は残って無かった筈だ。⋯それに、このロボットを動かす技術何て見た事も聞いた事もないぞ。」
いつからか漏れ出ていた心中を聞いていたアリスは眉を八の字にして気の毒そうに憐れむように、そして優しく諭すような声色で答えた。
「この子はねVehicle Weaponって言うのよ、物騒な名前だけど怖くないわ。どうやって動いているかは落ち着ける場所で話をしましょう。」
その優しさと憂いを帯びた態度に、見た事も聞いた事もないコクピットの中でイツキの頭の片隅にある不安が肥大化していく。
(もしかしたら、俺は⋯⋯⋯。)
気付いてはいる。しかし確信が持てないままでいる。願わくば悪い夢であれと思う。考えるの止め、不安を掻き消すように頭を振るうイツキを心配そうに見てアリスが告げる。
「今は混乱しているみたいだけれど心配しないで、貴方は責任を持って私達が保護するわ。」
コクピットが閉まり一瞬の闇が訪れる、すぐさまに電子の窓が何枚も浮かび上がり重なり合い、VWが立ち上がる。意を決した表情でアリスが通信装置に指を伸ばす。
モニターにはメットを被った女性が映し出され、バイザーに親指を掛けて乱暴に跳ね上げると険のある表情でアリスを睨む。
「新入り、緊急時以外の通信はするなと言ったはずだな?⋯⋯」
静かな声だったが、黒い瞳の奥で怒りが揺れる。導火線に火が着いた、上手く処理しなければ爆発が叱責に変わり飛んでくる。
「はっ!申し訳ありません!隊長!想定外の事態であり、上官の判断を要すると判断しました!」
余程緊張しているのか、明らかに身体に力が入り過ぎているアリスが敬礼して応じると。
「言い訳をする前にその事態とやらの説明を先にしろ⋯⋯。お前も無能の類か?⋯⋯」
呆れの混じる声と顔で説明を促す上官と緊張が解けずに上手く説明ができないアリスとの会話はまるで、捨て猫を拾った子供が親に飼育の許可をねだる光景と重なって見えて微笑ましく思えてくる。
無論、自身は猫では無く、会話を続ける二人は親子では無い。現実から逃避していると話が纏まった様だ。
「つまり⋯何処ぞの馬の骨見つけたから拾って帰りたい⋯⋯と?」
「は、はい、端的に言えば、そうなります。」
「⋯ふん、いいだろう⋯⋯。そろそろ他の奴も制圧を終えているだろうしな⋯⋯。先にアベンシスに戻っていろ⋯⋯。」
言い終えた瞬間に映らなくなったモニターを眺めて、俯き長く息を吐くアリス。
「緊張したわ。悪い人ではないのだけれど、少し恐いのよね。」
誰に語る訳でもない呟きを漏らしてから振り向いたアリスが微笑みながら語りかける。
「今から私達の母艦に帰投するわ、戦闘にはならないと思うけれどそこそこ揺れるからしっかり掴まっていて、いいわね?」
先程からアリスはイツキに対して小さい子供に言い聞かせる態度で接している。安心させる為だろうか、身長はまだしも見た目の年齢に大きな差は無い筈だが保護の対象として扱われてからの彼女の距離感に妙な気恥ずかしさを覚えてしまい、返答も若干ぎこちないものになる。
「あ、ああ、わかった、大丈夫だ。」
そうして二人を乗せて動き出したVWは、謎だけを残して全壊した部屋を後にする。
アリスの言葉通りに凄まじく揺れるコクピット内。昔、運転が荒い親族の車に無理矢理乗せられて酷い目に遭った嫌な記憶が蘇る。
縦横無尽に駆けるVWの速度はその時の比ではなく、体に受ける負担も相応となってイツキに襲い掛かる。
「外に出るわ、イツキ、平気?」
気遣うアリスに呻く様な返事を返すのが精一杯で、必死にシートの端を掴んでいる。そうしている間は考える余裕の無い分気持ちが楽だった。モニター越しに飛び込んできた光景を目にしなければ。
大木と見紛う枝が空を横切り、生い茂る葉には雲が懸かる。遠く見える地平線から伸びる影は天を指す。己の変わりに立つ2本の機械の脚は土でも石でも人工物でもない樹の上を踏み締めていた。イツキの知るどんな世界にもない景色は逆に彼を冷静にする。
(やはり此処は俺の知る世界じゃ無かった、授業中の記憶まではしっかりとある。そこから一体どうしてこんな事に⋯⋯。いや、今はアリスに着いて行くしかないな。情報が足りなさすぎる。)
己の記憶を再確認してから今の現状を省みて正しい判断をした筈だと自分に言い聞かせて、考えても埒が明かない問題に蓋をして思考を打ち切るとコクピット内に短い電子音が繰り返しに鳴る。警戒した表情に変わったアリスが正面を向いて手を忙しく動かす。
「単気筒の反応が3⋯。敵が残っていたみたい、突っ切るわ!掴まって!」
操縦レバーを強く握り叫ぶと、強烈なGで体が後ろへ叩きつけられて後頭部を強打する。
急加速するアリスのVWの前に立ち塞がった敵の機体は、5m程の大きさで丸いシルエットをしたシンプルな、悪く言えば簡素な作りをしていた。同じ機体が右後方から詰め寄り、最後の一機は距離は遠いが肩に背負う長く伸びた筒を此方に向けている。もしかしなくてもバズーカや無反動砲の類か、或いはこの世界ならビームが放たれても不思議では無いだろう。
「このぉおおおっ!」
アリスがコクピット内でペダルを踏み込むとVWのエンジンが震え、濡れた地面のオイルの様な色でオーラが立ち昇る。色の境目が曖昧でオーロラの様に揺らめくそれを機体に纏わせ、吶喊する。
振りかぶって勢いを着けた拳が敵機の顔面に叩きつけられる。殴られた機体は破片を撒き散らしながら地面を転がり動かなくなった。
「ふん、馬力が違うわ。」
勝ち誇るアリスのVWにもう一体の敵機が追いつき、飛び掛かる。後ろから羽交締めにされ揉み合いになるが余程機体の性能に差があるのか、脇と首に絡む敵機の腕を容易く剥がし、払い除ける。
振り向き様に腕を薙ぎ、敵の体勢が崩れる。追撃の機会を逃さずに詰め寄り拳を叩き込む。だが先程の殴り飛ばされた機体とは違い、今回は原型を留めている。
それどころか此方の拳は相手に届いてすらいない。色彩豊かなオーラが敵の機体からも立ち昇る。
「やるじゃない、AMGの癖に。」
お互いのオーラがぶつかり、力の奔流が生まれる。余裕を見せるアリスのVWのオーラは相手のそれよりも大きく徐々に相手のオーラに食い込み侵食して行く、あと僅かで敵のオーラが掻き消えそうになったその時。
続く攻防の隙に距離を詰めた砲を担ぐ機体が背後から放った一撃は、敵味方諸共に巻き込み。直撃した場所の地形を変えた。
「きゃぁああっ!」「うわぁああっ!」
さっき殴った敵の比でなく地面を跳ねて飛ぶVWの中で二人は同時に叫ぶ。固定具を着けていないイツキは上へ下へと狭いコクピット内部を転げ回りながら、又も運転の荒い親族の車での出来事を思い出す、信号無視の車が横っ腹にぶつかり、横転した車が何度も回転する情景が頭の中に浮かび上がる。
(あの時はどうやって助かったんだっけ?シートベルトを着け忘れて⋯それで⋯。)
走馬灯だったのか、既視感によるフラッシュバックか。背中の柔らかい膨らみと体に回された両腕の暖かさにイツキの意識が現実へと戻ってくる。
(そうだ!あの時は母さんがこうして⋯⋯。)
しかし、その事故で母はもう⋯⋯。では誰が?考える迄もない、この知らない世界でただ1人接した。保護をすると約束してくれた、優しく微笑んでくれた、手を差し伸べてくれた⋯⋯⋯⋯。
「アリス!!」
彼女の名を呼ぶ。気を失っている為か返事は無く、項垂れた頭からは血が滴りイツキへ落ちてくる。信じられない光景に半狂乱で繰り返し名前を呼び続ける。
「アリス!」「アリス!」「アリスゥッッ!!!」
アリスは答えない。
ぶつっと嫌な音を立ててモニタの表示が消える。
黒色の液晶が映すのは、意識も無いままで大切なモノを守る様に抱くアリス。
そのアリスに包まれて居る筈の「樹」の姿は⋯⋯⋯⋯⋯⋯何処にも無かった⋯⋯⋯。
誤字、脱字、ご意見ございましたら優しく教えて下さい。